どちらにしても、和彦の存在は、綾香の心に刃を突き立てる存在にしかなりえない。そう思いながらもこうして向き合うと、やはり自然と出てしまうのだ。『母さん』と。 皮肉でもなんでもなく、和彦は心の底から綾香に同情していた。幼少時からの綾香の自分に対する態度は、すべてを知った今では理解と許容ができる。「何も……、悪くないでしょう。あなたは。家と大人の勝手な都合に巻き込まれただけで――」 ここまで言って綾香が呻き声を洩らした。「そんな環境が、あなたを追い込んでしまった。だから、あんな連中のところに……」 和彦はハッとして顔を強張らせる。綾香の言う『あんな連中』がなんであるか、即座に理解した。「母さん、ぼくは――」 行き場がなくて長嶺の男たちの庇護下にあるわけではない。そう訴えようとしたが、綾香が続けた悲痛な告白に声が出なかった。「あなたを見ていると、どうしても紗香のことを思い出していた。……妹から取り上げてしまったという罪悪感が、ずっと消えなかったの。でも、また子供を持てて嬉しいと思ってしまう自分もいて、英俊にしていたように素直に大事にはしてあげられなかった。そうしているうちに、あんな事件があって、紗香の母親としての執念を見せつけられて……」 和彦が、側にいるのに触れられない存在になってしまったのだと、綾香は続けた。 歯止めを失ったように心情を吐露し続ける綾香に、ただ和彦は気圧される。綾香が語れば語るほど、母親という殻が剥がれ落ち、その下からおぞましいものが姿を見せそうだ。 今の綾香と重なるのは、幼い和彦の前で壊れていった紗香の姿だった。 込み上げてくるものがあり、口元を押さえる。そんな〈息子〉の異変に気づかず、綾香がぎこちなく微笑みかけてきた。「ああ、ごめんなさい、立たせたままで。さあ、早く上がって」 そう言って綾香が手を伸ばしてきたが、腕に触れられる寸前で本能的に和彦は身を引く。愕然としたように綾香が顔を強張らせた。「ごめん、母さん。今日は帰るよ……」
Terakhir Diperbarui : 2026-09-20 Baca selengkapnya