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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 1811 - Chapter 1820

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第49話(32)

 粘膜を舐られ、舌の裏までまさぐられているうちに、唇の端から唾液が垂れ落ちる。和彦が息苦しさに喘いでいると、南郷の目元がうっすらと笑みを湛える。その頃には和彦の抵抗は緩慢なものとなり、易々とベッドの上に押さえつけられていた。のしかかってくる南郷の体は熱くなり、すでに汗が肌を滴っていた。引き締まった腹部をぐっと押し付けられる。和彦が意識するのは、百足の刺青のことだ。南郷の肌を伝って、自分の肌へと移動してくるのではないかと、ありえない想像をしてゾクゾクと体の奥が疼いた。 和彦の変化を読み取ったように、南郷が本格的に嬲りにかかる。和彦の肌に唇を押し当て始めたのだ。うろたえて半身を捩ろうとして、いきなり胸の突起を口腔に含まれ、きつく吸い上げられる。痛みを感じて声を洩らすと、今度は機嫌を取るように舌先でくすぐられ、甘噛みされた。 ごつごつとしたてのひらに体中をまさぐられながら、唇と舌による愛撫を加えられる。自分が触れてない場所があるのは許さないとばかりに、傲慢に、和彦のすべてを暴くように。「いっ……」 内腿に軽く歯を立てられ、このまま肉を食い千切られるのではないかと思って体が強張る。しかし怯えに反して、和彦の欲望は再び身を起こしていた。「あんたも人のことが言えないな」 和彦のものを軽く指で弾いて南郷が笑い声を洩らす。屈辱と羞恥で唇を噛むと、顔を上げた南郷に唇を塞がれていた。押し込まれた舌を通して唾液を流し込まれ、吐き出すことも叶わず嚥下する。あとはなし崩しに舌を絡め取られていた。 すでに充溢した大きさとなった南郷のものが、露骨な動きで和彦の下腹部に擦りつけられる。「……ここであんたを一方的に抱き潰してもいいんだが、それじゃあ、前回と同じだ。新たな関係となるのに、それはあまりに芸がない」 ようやく唇を離してから、南郷が白々しい言い回しをする。濃厚な口づけに半ば強引に酔わされていた和彦は、野獣の権化のような男を無防備に見上げる。何がおかしかったのか、南郷は口元を緩めた。「あんたは、俺の〈オンナ〉にはしない。長嶺賢吾を挟んで利害が一致しているだけの関係がいい」「それは…&hel
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第49話(33)

 頭で考えるより先に、体が動いていた。 南郷の腰に自ら乗り上がると、手探りで位置を確かめる。腰を浮かせて準備をしながら、恥ずかしいという気持ちすら消えていた。いっそのこと南郷の興奮が冷めてくれたらとも思ったが、蕩けた内奥の入り口に押し当てた欲望は、高ぶったままだ。「ふっ……」 和彦は慎重に腰を下ろしながら、内奥に逞しい欲望を少しずつ呑み込んでいく。自分の意思で、南郷を受け入れているのだ。「絶対に、〈賢吾〉を守ってくださいね。……あなたの命を使って」 下腹部からせり上がっていく苦しさに喘ぎながら、和彦は呟く。緩く腰を突き上げられ、ふらついて南郷の胸に手を突いていた。腰を掴まれ、それを合図に行為が熱を帯びていく。「んあっ、はあぁ――……」 時間をかけて南郷のものを内奥深くまで吞み込み、息を吐き出す。腹の中にふてぶてしい熱の塊があり、脈打っている。深く繋がってしまうと嫌でも認識せざるをえず、今になって羞恥と自己嫌悪の波が和彦に押し寄せてくる。 ここで冷静になってはいけないと、自分に言い聞かせる。今この場で和彦は、南郷を食らわなければならないのだ。「あんたは考えてることが表情に出すぎだ。悲壮さと動揺。羞恥に動揺……、あとは、発情」 南郷の揶揄に対して睨みつけると、腰を乱暴に突き上げられる。短く悲鳴を上げて前のめりとなると、今度は円を描くように内奥を掻き回される。ビクビクと全身をわななかせ、傍若無人に動く南郷の欲望をきつく締め付ける。「あっ……ん」 緩やかに腰を前後に揺さぶられ、和彦は背をしならせる。体の奥深くをぐうっと突かれて、痺れるような感覚が広がる。南郷が大きく息を吐き出し、尻の肉を強く鷲掴んでくる。 中からの強い刺激によって和彦のものは再び熱くなり、反り返っていた。先端からとろとろと透明なしずくが垂れ、凝視する南郷の視線を意識する。繋がって擦れ合っている部分を指の腹で擦られて、呻き声を洩らす。震える欲望を軽く扱かれてから、じっとりと熱を帯びた両てのひらが、汗に濡れた和彦の
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第49話(34)

**「寝るなよ、先生」 強烈な脱力感に抗えず、意識を半ば手放していた和彦は、横向きにした体を揺さぶられてハッとする。全身を包み込む温かさ――というより、むしろ暑いぐらいの感触に、少し混乱する。 背にぴったりと重なっているのは、南郷の胸板だった。腰に回されているのは南郷の腕で、耳元に押し当てられているのは南郷の唇。一つ一つ感触を辿っていきながら、再び和彦の意識は遠のきかけたが、両足の間に手が差し込まれたことでやっと覚醒した。 南郷は執拗だった。和彦から限界まで精を搾り取りながら、全身に舌と唇を這わせてきた。和彦に興味があるというより、そうすることで賢吾との同化を試みていたのではないかと、行為の最中ぼんやりと考えていた。「んっ……」 当然の権利のように柔らかな膨らみをもさぐられ、手荒く揉みしだかれる。下肢の感覚はだいぶ鈍くなっているが、それでも何も感じないわけではない。ビクビクと腰を震わせると、獣の息遣いが耳にかかった。「あんたが教えてくれたんだ。長嶺組長は、こうするのが好きだと」「教えたんじゃなくて、あなたに強引に聞き出されたんです……」「同じようなもんだ」 明確に違うだろうと思ったが、指摘する気力も体力も惜しい。 尻の間に硬い感触が擦りつけられる。さすがにもう無理だと言おうとしたが、緩んだままの内奥の入り口を易々とこじ開けて、南郷の欲望が挿入される。ぐちゅりと音を立て、中に残っていた精が溢れ出してきたが、南郷にとってはいい潤滑剤だろう。軽く腰を揺すられながら内奥深くを突き上げられ、和彦は呻き声を洩らす。苦しさもあるが、襞と粘膜を強く擦り上げられると、じわじわと快感が滲み出てくる。「――あと一時間ほどしたら、ここを出る。晩メシにちょうどいい時間だ。帰りに、どこか店に入ろう。肉がいいな。分厚いステーキが食いたい」 下腹部を大きなてのひらで撫でられてから、ぐっと押さえつけられる。内奥でふてぶてしく動くものを反射的に締め付け、和彦は短く嬌声を上げる。 繋がったまま獣のように這わされると、背後から腰を掴まれて揺すられる。内奥深くを
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第49話(35)

「なあ、先生、御堂と寝たのか?」 内奥にある南郷のものは間違いなく興奮しているが、問いかけてきた声はひどく冷めていた。どういう表情をしているのか、想像するのもおそろしくて、和彦はシーツに顔を埋めたまま首を横に振る。 繋がりを解かれて体をひっくり返されると、両足を抱えられた。じっと見下ろしてくる南郷の眼差しの冷酷さに、この男は本当に長嶺の男しか見えていないのだなと、妙に感心してしまう。だからこそ、打算含みの関係が和彦と築けるのかもしれない。 すっかり形が馴染んだ南郷のものをすぐにまた内奥に受け入れる。見下ろされながら、力を失っている和彦の欲望は手荒く扱かれ、胸を揉まれて乱暴に突起を摘まみ上げられる。もう一度、南郷から同じことを聞かれた。「……どうして、あなたが気にするんです」「オンナがオンナを取り込むのに、それもありかと思ってな」 和彦は体を揺さぶられながら、南郷の気持ちになって今の問いかけの意味を推察する。 南郷が、硬く凝った胸の突起を口に含み、熱い舌で舐ってくる。されるに任せながら、乱れそうになる思考をなんとか保とうと努める。「ぼくが和泉家に行っている間に、何か、あったんですか? 御堂さんと……」 緩やかに内奥を突かれ、息を喘がせて和彦は問いかける。どうやら正解だったらしい。南郷はわずかに唇を歪めた。大したことじゃないと言われたが、少なくとも南郷が気にかける程度のことはあったのだ。「あいつは見た目は雰囲気のある美形だが、中身はえげつない極道だ。ほぼ堅気のあんたじゃ、簡単に手玉に取られる。特に最近の状況だと、どんな面倒に巻き込まれるかわかったもんじゃない」 第二遊撃隊の中で、この認識は共有されているのかもしれない。ほんの数日前に、中嶋から似たような忠告をされている。「正直、鉛玉ぶち込まれかけたうちの幹部より、あんたのほうが心配だ。弱いうえに、警戒心が薄いからな」「ええ、南郷さんに簡単に連れ去られるぐらいですから。……これ、皮肉ですからね?」「この状況で命知らずだな。やっぱりあんたは危なっかしい」 弄り
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第49話(36)

**** なんとなく肩の辺りに違和感があり、ゆっくりと腕を回したり、首を傾けたりしていると、打ち合わせ相手の長嶺組の組員が不思議な顔をする。「先生、どうかされましたか?」「いや……、なんでもない」 これは軽い筋肉痛だとわかっているし、原因も明らかだ。和彦は複雑な表情を浮かべ、昨日の南郷との間に起きたさまざまな出来事の、ほんの一片だけ思い返す。そうでないと冷静でいられる気がしない。「重いものを持ったせいかな……」 いい加減ジム通いも再開しなければと反省しつつ、打ち合わせに意識を戻す。 和彦が今いる場所は、クリニックの待合室だった。ソファもテーブルもあって、打ち合わせを行うのにちょうどいいのだ。連休明けの明日からいよいよクリニックを再開するため、今日は、和彦を陰からサポートしてくれている長嶺組関係者を集めての最終確認を行っていた。開業が決まったときから担当してもらっているコンサルタントや、機器メンテナンスを行う業者が、クリニック内を行き来している中、和彦はソファに腰掛け、長嶺組でいわゆる総務を担当している組員から説明を受けている。 再開当日にトラブルが起きないようにと、念には念を入れての集まりのため、安心はしていられた。なんといってもすべての事情を把握している面々だ。お飾り経営者である和彦は取り繕う必要がない。 だがせめて、事前に告知があってもいいのではないかと、多少思わなくもない。クリニックで皆が集まると告げられたのは、今朝、ベッドを抜け出してからだったのだ。 大蛇の化身のような男の冷たい怒気を感じた気がして、和彦は小さく身震いする。話さなくても察してしまう。隠したくても暴いてしまう。あの男の慎重さと執念深さはそういう類のものだ。賢吾は確実に、和彦と南郷との間に〈特別なこと〉があったのを知っている。「新しく入ったスタッフの研修も問題なく終わりましたから、午後からのスタッフミーティングは明日の流れを確認するぐらいで大丈夫ですね」「しばらくは忙しくないだろうから、その間にみんながいろいろと慣れてくれたらいいかな」
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第49話(37)

 ミーティングを終えたあとは、どうしても気になるというスタッフにクリニック内の飾りつけを任せ、ついでに福利厚生のためのコーヒーやお茶などの買い出しにも行ってもらう。そうしてバタバタしているうちに夕方になり、解散となる。 やるべきことはやったので、あとはもう、平穏にクリニック再開を待つだけだった。**** しばらくは開店休業状態が続くことを覚悟していたが、意外なことにカウンセリング予約が立て続けに入ったり、休業前からの患者が何事もなかったように施術を受けに来てくれたりと、少なくとも暇を持て余すような事態にはなっていない。患者との世間話からそれとなく聞き出してみたが、どうやら秦が、自分の店の従業員を使って声をかけてくれたようだ。 持つべきものは、やり手の青年実業家の悪友だなと、和彦は素直に感謝する。 久しぶりに美容外科医として働く感覚を取り戻すために、細心の注意を払った。ヤクザやその関係者だけに囲まれて生活していると、どうしても人との接し方が雑になってくると、和彦なりに自覚があったのだ。数少ない長所と自負している人当たりの柔らかさを、クリニックのスタッフや患者を相手に遺憾なく発揮しながら、数日が過ぎていた。 接骨院に行くまでもなくあっさりと筋肉痛は治り、代わりに気疲れによる肩こりをなんとなく気にしながら、終業後の人気のなくなったクリニックを見て回る。火元を確認して、防犯システムを作動させる。 やっと今日の仕事は終わりだと、よろよろとした足取りでエレベーターに乗り込む。空腹だが、どこかの店に立ち寄るのは面倒で、連日手軽な弁当を買って帰っているため、そろそろ本宅の台所を取り仕切る笠野の耳に入りそうでもある。いっそ本宅で食べさせもらうというのも手だが、疲労困憊の状態で長嶺の男と相対するのも――。「さらに疲れそうだな……」 本人たちには絶対聞かせられない独り言を呟いてから、和彦は口元に手をやる。悪気はないんだと、心の中で言い訳しておく。 長嶺の男たちは、クリニックを再開したばかりの和彦を気遣ってくれているのか連絡も控えめで、そんな彼らを悪し様に言ってはバチが当たる。
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第49話(38)

「――……いろいろあった」 すでに日が落ちた街の景色に目を向けながら、ぽつりと和彦は洩らす。何が、とは三田村は問わず、ただ聞いてくれる。「一昨日、祖父の初七日が終わったんだ。母が向こうにいてくれたから、あまり心配はしていなかったけど、連絡をくれた祖母の声が思ったよりしっかりしてたんだ。こちらが気を使わないようにしてくれたんだと思う。……人生の巡り合わせというのは本当にあるんだな。ずっと疎遠だった祖父母とようやくまた会うことができたのに、交流する間もなく祖父がいなくなってしまった」「でも、会えたことに後悔はなかったんだろう、先生は」「もちろん。再会する前なら、なんの感情も湧かなかったかもしれないし、もしかすると、亡くなったということすら教えてもらわなかったかもしれない」「なら、会えてよかった。先生にとっていい祖父君だと確認できたんだから」 うん、と和彦は子供のように頷く。「きっと、ぼくの現状を知ったときは、びっくりしただろうし、心配もしただろうけど、何も言わないでくれた。世間的には眉をひそめられることなんだろうけど」 三田村に語って聞かせられるほど、正時との思い出はない。車内の空気を湿っぽくしたいわけでもないため、話題は自然と、再開したクリニックのこととなるが、再開して数日では、こちらも語れるほどのエピソードはない。「三田村は、変わったことはないのか?」「俺は……、先生に関わること以外では、話しておもしろいことはないな」 三田村の淡々とした――しすぎた口調に微妙に引っかかるものを感じる。その違和感がずっと気になり、商業ビル内にあるスペイン料理店に入っても消えない。 夕食時ということもあり、広い店内はほぼ満席の状態で、予約がなければすぐには入れなかっただろう。隣の大きなテーブル席は仕事帰りらしい社会人のグループで盛り上がっており、おかげでこちらの会話が聞かれるおそれもないようだ。その様子を一瞥して、三田村と一緒にメニューを覗き込む。 千尋のお勧めだという魚介のパエリアの他に、スペイン風のオムレツ、ミートボールのトマト煮とベーコン
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第49話(39)

 南郷さんに、と付け加えても、三田村は表情は変えない。急に喉を乾きを覚えた和彦は、シードルをグラス半分ほど飲む。リンゴの爽やかな香りとともに、すっきりとした甘さが口腔に残る。飲みやすいが、もう少しアルコール度数が高めのワインを頼んでもよかったなと、少しだけ後悔する。一方の三田村は、車の運転があるため炭酸水だ。 バゲットを千切り、トマト煮のソースをつけてぱくりと頬張る。一通り料理に手をつけてから、和彦はさらりと切り出した。「三田村、後悔してないか?」「何について」「ぼくは……、あんたと初めて会ったときに比べて、ずいぶん変わった。自分で言うのもなんだけど、図太くて、逞しくなった。もともとズルい人間ではあったけど」 三田村は不思議そうに首を傾げる。「先生が変わったとして、どうして俺が後悔することになるんだ」「普通の……恋愛関係でもあるだろう? こんなはずじゃなかった、とか。こんな人間だとは思わなかったとか……」 三田村はため息に似た声を洩らした。「先生と俺は――、最悪な状態で知り合ったと言っていい」「うん……」 本当に最悪だったなと、自然と苦い表情になる。そんな和彦を見て、三田村は目元を和らげる。「そこから二人で、いろんなものを積み上げきた。少なくとも俺にとっては、日々、新しい先生と出会っていると思っている。先生と知り合う以前の俺は、何もない、ただヤクザというだけのつまらない男だった。そこに、特別な先生と知り合ったことで、何もかも変わった。変えてくれた。積み上げることで、変えてきた。そこには、マイナス要素は何もない。俺の世界に先生がいるだけで、十分満たされているし、幸せなんだ」 思いがけず真摯な言葉が返ってきて、瞬く間に和彦の頬は熱くなってくる。もしかして赤くなっているかもしれない。 動揺を抑えるために口元を手で覆う。「……ときどき、あんたは、とんでもなく情熱的なことを言ってくれるな。ぼくは、暗に催促したわけじゃないからな。そういうことを言っ
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第49話(40)

**** クリニックが休みの土曜日、和彦はゆっくりと休養――とはならず、朝から働いていた。 トラブルからの暴力沙汰で怪我をした総和会の構成員二人の抜糸をしたまではよかったが、急患が出たといって別の現場に連行されたのだ。仲間内のケンカの弾みでという説明を受けたが、ベッドに横たわっていたのは見た目は少年と呼べそうな青年で、脇腹の切創でかなり出血していた。 総和会に名を連ねる組の組員とのことで、二十歳だとは言われたがかなり怪しい。ただ、全身に刺青が入った姿は、未成年・成人に関係なく、いかつい。 意識が朦朧とした状態でも、物騒なうわ言を呟き続けているのが、病院に連れて行けない理由なのだろうと、頭の片隅で推測しつつ処置をした。ただ、組員は一時かなり危険な状態だった。電話で様子を聞いたときに輸血パックの手配を頼んでおかなかったらどうなっていたか。紙一重という状態を医者の立場で味わった和彦は、緊張から貧血を起こしかけたぐらいだ。正直、手に余る患者だと言ってもよかった。 もっと経験豊富な医者にも駆けつけてほしいと頼んだ言葉が、お守りのようになっていた。 なんとか容態が持ち直し、駆け付けた他の医者にバトンタッチして外に出たとき、安堵からへたり込んだぐらいだ。このとき、時刻はとっくに昼を過ぎていた。 とにかく休みたいと自宅にマンションに戻る。冷や汗でぐっしょり濡れた服を着替えてから、シャワーを浴びる気力も体力もなく、ベッドに倒れ込む。指先が微かに震えていた。ここ最近、毎日がハードすぎないかと思ったが、こんな生活を選んだのは他でもない和彦自身だ。 さすがに今日はもう、どんな依頼が来ても受けられないし、そもそも外出をしたくない。和彦は手を伸ばし、その辺りに放り出したスマートフォンをたぐり寄せて電源を切る。メッセージの通知音も耳に入れたくなかった。 頭の中で、今日の術技が繰り返される。自分にできる限りのことはしたが、胃が締め上げられるような緊張感を味わうと、次こそ取り返しのつかない失敗をしでかしてしまうのではないかと怖くなるのだ。ここまで、そんな気持ちを一つ一つ踏み潰すようにして進み続けてきたが、きっとこの気持ちがなくなることは
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第49話(41)

「本当に、平気なんだ。ただ疲れて横になってただけで……。ああ、昼を食べてないから、ちょっと低血糖かもしれない……けど、間違っても息が止まるようなことはないから」「お前は、放っておくと、勝手に弱ってそうな印象が強すぎる」 さすがにそこまではと言いかけて、まだ賢吾が怖い目を向けてくるので、やめておいた。「心配して、わざわざ来てくれたのか?」「仕事を終えたあとのお前が、いつになく疲れきっていたと報告を受けてな。――ここのところ、忙しすぎたか」 和彦は苦笑いを浮かべて首を横に振る。「その前に、ゆっくり過ごしすぎた。久しぶりの平常運転で、体がまだ慣れてないだけだ」 仕事が忙しくて目を回すなど、社会人の大半は経験しそうなことだ。少し過保護すぎだと思うが、わざわざ駆けつけてくれた賢吾の行動が嬉しくないわけではない。それどころか――。 賢吾がベッドに腰掛け、和彦の肩を抱き寄せてくる。素直に身を任せると、首筋に顔が寄せられた。「シャワーを浴びてないから、汗臭いと思う……」「なら、俺がよく知っている匂いだな」 賢吾の腹に拳を軽く入れてやった。「――……仕事以外で、気にかかることがあるんじゃねーのか」 魅力的なバリトンが耳に注ぎ込まれる。和彦は間近から賢吾の目を覗き込んだ。「南郷から無理難題でも――」「大丈夫。あの人との問題は、たぶん片付いた」 ほお、と賢吾が声を洩らし、両目に冷たい光を宿す。「どんな問題があって、どう片付いたのか、気になるな」「これについては、あんたは知らなくていい」「それは……おもしろくないな。俺のオンナが、俺の気に食わない男と一緒に隠し事をしてるってのは」 やはり南郷のことをそんなふうに思っているのかと、賢吾の声が怖い響きを増していく中、まずそれが気になった。和彦としても、別に南郷の好感度を上げてやろうなどとお人好しなことは考えていない。 賢吾の目を見据えたまま噛み締めるよう
last updateLast Updated : 2026-10-12
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