鼓膜を突き刺すような兄の怒号は、傍らに立つ秘書の耳にまで届くほどだった。秘書は慌てて背を向け、何も聞こえなかったふりをした。哲也の表情が硬直した。部下の前で、面目丸潰れだった。熊野家の当主は早くに他界しており、兄の熊野和也(くまの かずや)が一族の重責を一身に背負い、弟を今日の地位まで育て上げてきた。長兄は父親も同然であり、哲也は幼い頃から十歳も年の離れた兄に絶対服従してきた。しかし年を重ねるにつれ、享楽にふける日々に身を投じすぎた哲也は、いつしか兄の言いつけを素直に聞き入れられない反骨心が芽生えていた。「兄貴、俺はもうホテルの下まで来てるんだ。瀬川社長も氷室代表もずっと上で待ってる。今さらすっぽかすのはさすがにまずいだろう」哲也は一刻も早く待ちわびた極上の美人を拝みたくて、焦燥感を隠せなかった。「お前が腹の底で何を企んでいるかなど、お見通しだ」和也は声を低く抑え、冷徹なまでの厳しさで言い放った。「氷室代表に手を出すことなど、絶対に考えるな」その言葉を聞いて、哲也も取り繕うのをやめた。「なんでだめなんだよ?もしかして、兄貴もあの女に目をつけてるのか?」「馬鹿なことを言うな!」和也は頭ごなしに叱り飛ばした。「彼女は、ブライトトレイル・ベンチャーズの北川翔吾と抜き差しならない繋がりがある。お前が氷室代表と個人的に会おうとしていると聞きつけた北川社長が、直接うちの会社に乗り込んできたんだ。彼は今も、俺のオフィスに座っているぞ。北川社長とは長年の付き合いだ。うちが去年のM国での二つの巨大プロジェクトで立ち上がれたのも、彼の強大なバックアップがあってこそだ。北都ではあまり目立たないが、M国では『ウォール街の狼』と呼ばれている。軽々しく敵に回していい相手じゃない。その男が特別に目をかけている女に近づいて、わざわざ致命的な不始末をしでかしてくれるな!」哲也は忌々しげに鼻を鳴らし、気まずそうに目を逸らした。翔吾が凄腕だというなら、熊野家だって引けを取る格じゃない。兄貴は年を取るにつれて臆病になった。あの翔吾とやらは、自分より二つも年下の外国帰りの青二才じゃないか。北都に戻ってきた以上、こちらがホームだ。兄貴はいくらなんでも過大評価しすぎだ。「兄貴、俺のことを何だと思ってるんだ。氷室代表とは純粋な商談をしに行くだけだ
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