All Chapters of やり直せますか?冷戦3年越しの愛に謝罪: Chapter 311 - Chapter 320

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第311話

音は彼女たちがなぜこんなひどい仕打ちをするのか理解できなかった。引き裂かれた服の胸元を必死に押さえながら、怒りに震える声で叫んだ。 「中島さん、あなたたち気でも狂ったの?警察を呼ぶわよ!」 「ちょっと見ただけじゃない。ケチね」 真琳は他の二人の女に目配せした。 「ま、いいわ。音さんがそんなに隠したいなら、もう見ないであげる」 「つまんないの」 二人は音を突き放した。 音は解放された隙に地面から這い上がり、真琳を睨みつけた。 「大勢で群れて人をなぶり物にするような人間は、いつか必ず報いを受けるわ!」 「私が何をしたって?ちょっとからかっただけじゃない。あんたがムキになってるだけよ」 真琳は奪った原稿を彼女に投げ捨てた。 「こんなダサいデザイン画なんて、破く意味すらないわ!」 原稿がひらひらと地面に舞い落ちた。 音は顔の泥汚れを乱暴に拭い、屈み込んで原稿を拾い上げた。そこに描かれたふくよかな女性用のドレスを見て、涙が溢れ出した。 やはり、自分はあのふくよかな女の子と同じなのだ。 いつまでも他人の嘲笑といじめの中で生き、反抗する力さえ持てない。 彼女は服の襟を掻き合わせ、うつむいたまま走り去った。 彼女が完全に見えなくなるのを待って。 廊下の曲がり角から、人影がゆっくりと姿を現した。 真琳と他の二人は、すぐに媚びた笑顔で駆け寄った。 「神崎様、さっきの私たちの演技、どうでしたか?大丈夫でした?」 清華は音が去った方向を一瞥し、口元に満足げな笑みを浮かべた。 「悪くないわね」 「本当ですか?実は前からあいつのこと気に入らなかったんです。ずっと痛い目に遭わせてやりたかったんですけど、勇気がなくて」 もし清華が突然現れて、何かあっても後ろ盾になると約束してくれなかったら、ここまで堂々と音を侮辱することはできなかっただろう。 「あんたたちもあいつが嫌いなら、次は手加減しなくていいわよ」 「神崎様、お任せください。手加減なんてしませんから」 三人は口を揃えて媚びへつらった。 「覚えておきなさい。あいつをコンテストに参加させないこと。一生、日の目を見られないようにするのよ」 宗也があんな傷モノのために、何度も自分に恥をかかせ、追い出したことが許せなかった。 しかも、
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第312話

藤堂邸の門前で、清華は門前払いを食らっていた。 こうなることは最初から予想していた。彼女は慌てることなくスマホを取り出し、宗也に電話をかけた。 宗也が電話に出る。 その口調は、相変わらず冷酷そのものだった。 「神崎さんはストーカーか?それとも貰い手がなくて、どうしても既婚者の俺に付きまといたいのか?」 清華は奥歯を噛み締め、喉の奥に広がる苦い屈辱を飲み込んだ。だが次の瞬間、彼女は挑発的に眉を上げ、不敵な笑みを向けて言い返した。 「宗也、何が既婚者よ。あなたのあの耳の聞こえない奥さんが今何をしてるか知ってる?他の男と寝て、のし上がろうとしてるみたいよ」 彼女は、これを聞けば宗也が激怒すると思っていた。 だが予想に反して、彼は一瞬驚いた後、鼻で笑ったのだ。 「神崎さん、まずは聞かせてもらおうか。俺と寝るよりも簡単にのし上がれる男が、一体どこにいるんだ?」 「……」 清華は言葉に詰まった。 確かにそうだ。 音がのし上がりたいなら、宗也に取り入るのが一番の近道だ。たかがカルチャーセンターの講師と寝る必要などどこにある? だが、彼女の体にあった無数のキスマークは、紛れもない事実だ。 「もしかしたら、他に好きな男でもできたのかもね。だって、世の中の女がみんな、宗也みたいな非情な人に夢中になるわけじゃないのよ」 後半の一言は、見事に宗也の胸に深く突き刺さった。 音がどれほど自分を拒絶しているか、それは宗也自身が一番よく知っていたからだ。 「神崎……」 通話が切れた。と同時に、清華は頭上から冷ややかな声が降ってくるのを聞いた。 彼女は声のする方を見上げた。 いつの間にか、宗也がバルコニーに立っていた。長身にいつもの白いシャツと黒のスラックスを纏い、和風建築の白壁と青い瓦を背景に、彼自身の際立った気品が漂っていた。 この男は、本当に美しい。 清華は一瞬、自分が彼に執着してしまうのも無理はないと納得してしまった。 彼女は口元に笑みを浮かべ、少し口調を和らげた。 「宗也、私たち、どうしても敵同士みたいにいがみ合わなきゃいけないの?」 「ならどうする?愛人として扱えとでも?」 「友達にはなれないの?」 「友達はもう十分足りている」 宗也は鼻で笑った。 「そうね、あ
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第313話

「お前、死んでるのか?」 「は?いえ社長、生きておりますが……」 「生きているなら、なぜ喋らない」 喋れと言われましても。亮は必死に思考を巡らせ、この状況で社長が何を聞けば機嫌を直すかを必死に考えた。 しばらくして、ようやく一言絞り出した。 「社長、神崎さんが奥様との仲を裂こうとして、わざとデタラメを吹き込んだのは明白です。なぜあんな女の言葉を気になさるのですか?」 「だが、あいつの言ったことの半分は図星だ」 「まさか奥様がコンテストでのし上がるために、講師と寝たなどと本気で信じておられるのですか?奥様は社長にさえなびかない方ですよ、それがどうして……」 「俺が、そっちの半分だと言ったか?」 宗也は冷ややかに言葉を遮った。 もちろん、音がコンテストのために講師と肉体関係を持つなどとは信じていない。 あいつはそういう女ではない。 それに昨夜、あいつを抱いた時の反応で分かる。体は敏感で、きつく締まっていた。直前に他の男に抱かれた形跡など微塵もなかった。 亮は宗也の眉間に皺が寄るのを見て、一体「どっちの半分」が図星だったのかと内心頭を抱えた。 宗也は、この察しの悪い部下が答えに辿り着くのを待つ気などなかった。 ただ淡々と話題を切り替えた。 「弁護士には連絡したか?」 「はい、連絡済みです。離婚手続きは一時保留にさせてあります」 宗也の険しい表情が、わずかに和らいだ。 「下がれ」 亮はようやく呼吸を許された心地で、逃げるように部屋を出ようとした。 だが数歩進んだところで、彼は足を止めて振り返った。 「社長、奥様の件ですが……私の方から何かフォローを入れておきましょうか?」 「お前ごときに何ができる?」 宗也は眉を上げて問い返した。 「えっと……奥様に花束を贈るとか、スイーツを差し入れするとか?女性はそういうものがお好きでしょう?」 「なら行ってこい。俺のためにそれを買ってくるよう、あいつを説得してな」 この俺に機嫌を取らせるだと? 今、こちらに泣きついてくるべきなのは、あの強情な女のほうだ。 宗也の視線が、デスクの上に置かれたピンク色の補聴器に落ちた。 見ていろ。 あと何日強がっていられるか、見ものだな。 …… 音はシェアハウスに戻っていた。
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第314話

音は一週間、講義を欠席していた。 久しぶりに顔を出すと、すぐに真琳たちが取り囲み、好奇の目で彼女を値踏みし始めた。 「音さん、耳が聞こえなくなったって聞いたけど、本当?」 真琳はわざとらしく手を伸ばし、彼女の耳元を覗き込もうとした。 「前は補聴器つけてたわよね?今日はどうしたの?まさか落としちゃった?」 どこから漏れた情報なのか、音が完全に聞こえなくなったことが知れ渡っていた。 彼女たちは音を蹴落とす口実をずっと探していただけに、まさに渡りに船だったのだろう。 音の心臓がドクンと跳ねた。 彼女が一番恐れていたのは、耳が聞こえないという秘密がバレることだった。 まさか、こんなに早く知られるとは。 彼女は努めて冷静を装い、彼女たちを見据えた。 「また、何をするつもりなの?」 「秦野先生もいるし、何もしないわよ。ただの心配、親切心ってやつ」 真琳は身を乗り出し、声を潜めて言った。 「まさか知らないわけじゃないでしょ?コンテストは、耳の聞こえない人は参加できないのよ。決勝に残った作品は展示されて、プレゼンもしなきゃいけないんだから。あんたみたいな耳の聞こえない奴が、どうやってステージで発表するつもり?」 言い終わると、真琳は一歩下がった。 わざとらしく同情するような顔つきで彼女を眺める。 「ああ、ごめんごめん。今言ったこと、どうせ聞こえてないわよね?無駄骨だったわ」 確かに音には彼女の声は聞こえなかった。 だが、口の動きでおおよその内容は読み取れた。 耳が聞こえなければ参加できないことは、彼女も知っていたし、最も懸念していたことだ。 彼女は相手にせず、瑞生のオフィスへと向かって歩き出した。 真琳は彼女の背中に向かって唾を吐き捨てた。 「恥知らずが。また秦野先生に色目を使いに行く気よ」 「シーッ……声が大きいって」 別の女が真琳の袖を引いて注意した。 「先生に聞かれて参加資格取り消されたら終わりよ」 「何を怖がってるのよ。私たちには神崎様がついているのよ?」 真琳はふんと鼻を鳴らした。 「神崎様が言ってたじゃない。私たちが参加できるかどうかは、彼女の一声で決まるって」 「そうそう」 別の女も声を潜めて言った。 「それに神崎様、あの耳の聞こえない子
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第315話

音は無理やり顔を上げさせられ、彼女たちの醜悪な表情を見せつけられた。「音さん、コンテストで私たちを負かすって言わなかったっけ?まだ始まってもいないのに、もう降参?あら、ごめんなさい。忘れてたわ、あんた耳が聞こえないんだった」真琳は取り巻きに命じた。「ほら、スマホで打って見せてあげなさいよ」「必要ないわ。読めるから」音は髪を掴まれる痛みに耐え、涙を堪えて言い返した。「あなたたちは、運良く健常者として生まれただけよ。実力で私に勝ったことなんて一度もないくせに、何をそんなに威張ってるの?」「健常者ってだけで、あんたより一万倍は優秀なのよ」真琳は音の頬をペチペチと叩いた。「音さん、要するに今のあんたはもう『傷モノ』なの。よくものこのこと出てきて恥をさらす気になれるわね?恥ずかしくないの?」「私は障害を持っただけ。役立たずじゃないわ」コンテストに参加できなくても、デザイナーになれないわけではない。「役立たずじゃないなら、どうして参加拒否されたのかしら?なら、その特技を活かして主催者に枕営業でもしたら?参加させてくれるかもよ?そうよ。コンテストに出られないなら、一生『役立たず』として生きるしかないじゃない」女たちは言い合うと、顔を見合わせて下品に笑った。少し離れた場所に停められた高級車の中で。亮は、数人の女に地面に押さえつけられている音の姿と、後部座席に座る宗也の様子を交互に見た。さすが社長だ。落ち着きすぎていて、逆に怖い。秘書である自分でさえ、見ていられなくなってきたというのに。「社長……奥様をお助けしなくてよろしいのですか?」「少しは痛い目を見させたほうがいいだろう」「それはそうですが……」気が済むまで待ってから、宗也はようやく亮に合図を送った。亮は車を降り、女たちの元へと歩み寄った。亮の振る舞いには一切の躊躇がなかった。有無を言わさず、真琳たちの腹を一人ずつ蹴り上げた。彼女たちは何が起きたのかさえ分からず、地面に転がって哀れな悲鳴を上げることしかできなかった。音は亮の姿を見て、本能的に視線をその先の高級車へと向けた。半分開いたウィンドウの向こうで、宗也の端正な顔に薄い笑みが浮かんでいた。彼は音を見ていた。まるで、退屈しのぎの余興でも眺めているかのようだ。
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第316話

音は彼から差し出されたタオルに目を落とし、再び宗也の顔を見た。 情けないことに、彼女はそのタオルを受け取ってしまった。 顔の汚れと涙の跡を拭う。その指先は小刻みに震えていた。 その震えは、彼女の心にどれほどの悔しさと怒りが渦巻いているかを物語っていた。 宗也は手を伸ばし、震える彼女の手を自分の大きな掌で軽く包み込んだ。 「落ち着け」 「宗也……」 音は声を詰まらせながら彼を見上げた。 「他人の夢を踏みにじって脅迫するなんて、少しも恥ずかしいと思わないの? おめでとう、あなたの勝ちよ。コンテストに参加させてくれるなら、何でも言うことを聞くわ」 宗也は袖口を整えていた手を止め、目を上げて音を見た。 ふと、清華の言葉が脳裏をよぎった。――あなたには彼女を尊重する気持ちが欠片もないもの! 音は、それほどまでにコンテストに参加したかったのか。 自分に頭を下げることさえ厭わないほどに。 「音、先に騙したのはお前のほうだ」 彼は身を乗り出し、至近距離から音を見据えた。 「無実の被害者ぶるのはよせ。俺はこの一ヶ月、お前に弄ばれてシングルファーザーを演じさせられていたんだ。俺のほうが被害者だろう?」 「……」 音は言葉に詰まった。 宗也は顎で車のドアを指し示した。 「聴覚障害者が参加できないのは、俺が作ったルールじゃない。去るも残るも、お前の自由だ」 音は唇を強く噛み締めた。 涙が目から零れ落ちる。 選ぶ自由だって? 最初から彼に首根っこを押さえられ、逃げ場などないくせに。 結局、彼女は残ることを選んだ。 「それでこそいい子だ」 宗也は満足げに唇の端を上げ、大きな手で彼女の後頭部を支えると、優しく胸元へと引き寄せた。 しっかりとした抱擁。温かく、安心感のある胸板。 だが音にとっては、少しも頼りたい場所ではなかった。 彼女が身をよじって抜け出そうとしたその時、突然、耳元で淡々とした声が響いた。 「音、これはお前自身が選んだ道だぞ」 音はハッとした。 ついに、音が聞こえたのだ。 彼の話し声、外を走る車の音、人々の喧騒…… 彼女は無意識に耳に触れた。そこには小さな補聴器が戻っていた。 世界が急に鮮明になったように感じる。 宗也は彼女の瞳の奥
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第317話

音にとって、男女の営みとは互いに心を通わせ、自然な流れで行われるべきものだった。 この三年間、彼女が大人しく宗也に抱かれていたのも、心底彼を愛していたからこそだ。 「藤堂さん、愛してもいない女相手によくそんな気になれるわね」 音は無表情で言い放った。 宗也は一瞬、呆気に取られ、真剣に考え込んでいるようだった。 音は一人で納得したように頷いた。「分かったわ。男の人ってそういう生き物なのね。じゃなきゃ、高級クラブがあんなに繁盛するわけないものね」 だが、階段を上りかけたその時、宗也に腕を強く引っ張られた。 体が反転し、彼の広い胸にぶつかる。 宗也は冷ややかな目で見下ろしてきた。 「俺への当てつけか?それとも、ただの自虐か。自分をそこらの水商売の女と同列に置くとは」 「……」 音は彼の胸を押し返そうとした。 「そんなこと言ってないじゃない」 「ずいぶんと、噛み付くのが上手くなったな」 宗也は大きく一歩踏み出し、彼女を階段の手すりへと乱暴に押し付けた。 二人がいるのはちょうど階段の踊り場だった。すぐ背後は一階への吹き抜けになっており、落ちる恐怖から、音は咄嗟に彼の首にすがりついた。 「ちょっと、やめて!」 宗也はさらに体重をかけ、顔面蒼白になっている彼女を至近距離で見据えた。 「いいか音。お前が俺を騙した代償はまだ払ってもらっていないぞ。大人しくしていた方が身のためだ。さもないと、いつでもその補聴器を取り上げるからな」 その脅し文句に、音はすっかり口をつぐんでしまった。 「妻の義務を大人しく果たせ。分かったな?」 「私……」 背中には硬い手すりが食い込み、正面からは宗也の屈強な体が容赦なく密着してくる。 音は、このまま腰が折れてしまうのではないかと感じた。 「分かったから……痛いってば……」 宗也はようやく彼女の体を解放した。 …… 亮が数人を引き連れてシェアハウスへ荷物を取りに来た時、亜美は音が藤堂家の嫁だという事実を、どうしても信じようとしなかった。 亮が、宗也と音が一緒に写っている過去のインタビュー記事を見せるまでは。 亜美は半信半疑のまま、隣の翔太を見つめた。 翔太はヘラヘラと笑って頷いた。 「馬鹿だな。俺はとっくに知ってたんだよ。じゃなき
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第318話

二度目に切られた時。 音は少し焦り、彼の体を押しのけながら咎めた。 「少しは強引な真似をやめてくれない?もし友達からの急用だったらどうするのよ」 「夫より重要な友達などいるのか?」 宗也は彼女の両手を頭上に押さえつけ、低く掠れた声で脅しをかけた。 「いいか音、藤堂家の奥様の座に戻ることを選んだのは、お前自身だぞ」 「……」 音が何か言い返そうとしたその時、突然彼が唇を重ねてきて、その言葉を塞いだ。 電話は亜美からだろうと、彼女には分かっていた。 この時間になっても帰らないことを、亜美はきっと心配しているはずだ。 自分の素性を亜美に説明する間もなく、宗也に藤堂邸へと連れ去られてしまったのだから。 こんな状況で、宗也が自分をあっさりと逃がしてくれるはずがない。 音は大人しくするしかなかった。 彼の唇が何度も自分の肌に落とされるがままに身を任せていた。 宗也は逆に、その不自然なほどの従順さに違和感を覚えたようだ。 顔を上げ、彼女をじっと見つめた。 「なぜ抵抗しない?」 音は彼の黒い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。 「早く済ませて。電話をかけたいの」 「……」 宗也の口角がピクリと引きつった。 「早くなどできない。二時間は終わらんぞ」 「……」 音はカッと顔を熱くした。男の絶倫さというものが、これほど厄介なものだと初めて痛感した。 「なら、できるだけ早く済ませて」 「音、ベッドの上でまで値切るつもりか?」 彼の長い指が、音の腰の柔らかい肉を強くつねった。その痛みに、彼女は小さく声を上げた。 「痛い……」 「言ってみろ、どのくらいならいい」 「い、一時間……」 「それなら、先に電話をかけたらどうだ?」 宗也は明らかに不機嫌そうに、サイドテーブルからスマホを取り上げ、彼女の目の前に突き出した。 音がスマホの画面を確認する。 やはり、亜美からの着信履歴だった。 彼女は勢いよくベッドから起き上がり、すぐに折り返しの電話をかけた。 宗也も体を起こしたが、その瞳には明らかな怒りが満ちていた。 彼はただの皮肉のつもりで言ったのだ。 それなのに、彼女は真に受けたというのか? しかも、夫である自分の目の前で、本当に電話をかけ直すとは。 彼は冷
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第319話

「いいか、着信拒否を解除しないなら、結婚の話は白紙だ」 「何ですって?」 亜美は怒りで息を荒らげた。 「彼女のせいで私と別れるって言うの?翔太、私と彼女、一体どっちを愛してるのよ?」 「はっきり言ってやるよ。俺が愛してるのは彼女だ。彼女が藤堂家の嫁じゃなけりゃ、とっくに口説いてるよ」 「な、何言ってるの――」 亜美の声は怒りで震えていた。 「俺がどうしてプレゼントを買ってお前の機嫌を取ったと思ってる?お前を愛してるからだって?当然違うね。お前が運良く藤堂家の嫁という金の成る木と知り合ったからだ。お前に彼女に取り入らせて、後で大金をせしめてやろうと思ったからさ。 それなのに、お前はどうだ?些細なことで彼女を着信拒否しやがって……覚えておけ。彼女と縁を切るっていうなら、俺はお前とは結婚しない」 「なによ!翔太、あんたって最低よ!」 亜美は金切り声を上げ、物を手当たり次第に投げつけ始めた。 音は庭に立っていた。 だが、もはや中に入る勇気はなかった。 翔太がここまでクズだとは思わなかった。 亜美が自分のついた嘘をここまで気にするとは、思ってもみなかった。 今中に入れば、亜美は間違いなく自分を殺してやりたいほど憎むだろう。 やめよう。 これ以上、彼女を刺激するのはやめておこう。 一歩後ろへ下がり、彼女は肩を落として門の方へと向き直った。 人生とはこういうものだ。 出会いと別れ、浮き沈みの繰り返し。愛情であれ友情であれ、永遠に続くことなどあり得ない。 彼女と亜美の友情も、おそらくここまでなのだろう。 音は失意の中、街灯の下を歩いていた。 帰り道、街灯に長く伸びた自分の影だけが、彼女に寄り添っていた。 涙を拭いても拭いても、止めどなく溢れてくる。 彼女はスマホを取り出した。 亜美にとても長いメッセージを打ったが、送信ボタンを押す直前でためらった。 どれだけ説明を重ねても、一度ついた嘘を覆い隠すことはできない。 自分は嘘を最も憎んでいたはずなのに、結局自分もそういう人間になってしまった。 最後に、彼女は亜美に短い一言だけを送った。「ごめん……」と。 藤堂邸に戻ったのは、すでに深夜一時を回っていた。 宗也はベッドに寄りかかり、雑誌をめくっていた。 彼はす
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第320話

宗也は音へと歩み寄った。 自分がバスローブを着ていることなどお構いなしに、そのままシャワーの下へと足を踏み入れる。 いつものように長い指で彼女の顎をクイと持ち上げると、掠れた声で言った。 「俺をわざと誘っているのか?あの夜の続きをしたいからじゃないのか?」 「そんなつもりないわ」 「ずっとドアをノックしていたのに、なぜ開けなかった?」 「聞こえなかったからよ」 音の瞳には、涙なのかシャワーのお湯なのか分からない雫が溢れていた。 宗也はハッとした。 彼女の耳が聞こえない状態であることを、すっかり忘れていたのだ。 「じゃあ、こんなに長く中で何をしていたんだ?これ以上洗ったら肌がふやけるぞ」 彼の親指が音の唇を軽くなぞり、何度も優しく撫でる。 そしてそのまま顔を寄せ、彼女に口づけようとした。 この藤堂家の御曹司は、当然のように今夜はあの夜の続きができるものだと思い込み、深夜一時過ぎまでベッドで彼女を待っていたのだ。 だが音は、自分の指を彼の唇に押し当ててそれを遮った。 「藤堂さん、私、そんな気分になれないの……」 宗也の動きがピタリと止まり、降り注ぐシャワー越しに彼女を見下ろした。 「まだ親友のことでも考えているのか?」 「私は……」 音は、彼のどこか皮肉を含む視線に居心地の悪さを感じ、そっと顔を背けた。 「藤堂さん、とりあえず服を着させてもらえないかしら?」 いくら夫婦とはいえ、こんな風に裸で向き合うのは、やはり落ち着かなかった。 宗也は少し意味ありげに、恥じらいで真っ赤に染まった彼女の体を一瞥した。喉仏を微かに上下させると、彼女をシャワーの下から引き寄せた。 そして大きなバスタオルを手に取り、彼女の体をしっかりと包み込んだ。 きつく包む。それは彼女のためでもあり、彼自身が理性を保つためでもあった。 音は彼に出て行ってもらい、服を着ようとした。 だが突然、体がふわりと宙に浮いた。 宗也に抱き上げられ、洗面台の上に座らされたのだ。 音は驚いて声を上げた。「藤堂さん、何をするの?」 宗也は手際よくドライヤーを手に取ると、彼女を見て言った。 「髪を乾かすに決まっているだろう」 「自分でやるわ」 音は彼の手からドライヤーを奪い取ろうと手を伸ばした。
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