宗也は清華のことなど、眼中になかった。どうせ諦めて去っていくだろうと思っていたのだ。ところが、昼になると清華は再び現れた。今度はきちんとしたオフィススーツに着替え、香水も落としていた。その手には、手作りの弁当まで携えている。彼女は弁当を宗也の目の前に置くと、得意満面で言った。「良妻賢母がお望みなんでしょう?私にだってできるのよ。宗也、食べてみて。美味しいわよ」彼女は太陽のように情熱的だったが、対する宗也は溶けない氷のように、終始冷ややかな表情を崩さなかった。弁当に向けられた視線さえも、冷え切っていた。「妻の料理には及ばないな」彼は視線を書類に戻し、淡々と言い放った。「下げてくれ。他人が作った料理は口にしない主義だ」清華は午前中ですでに彼の冷酷さを味わっていた。心の準備はできている。雅代夫人の言う通りだ。彼が何を言おうと、何をしようと、気にしてはいけない。一時の我慢が、一生の幸せに繋がるのだから。彼女は耐えることに決めた。「奥さんの腕がいいのは知ってるし、あなたが彼女の手料理を好きなのも分かってるわ。でも、私だって他人じゃないでしょ?去年会った時、食事をご馳走するって約束してくれたじゃない」「そうだったか?あの時、何十人もの女に同じことを言った覚えがあるが、お前のように真に受けた者は一人もいなかったな」「それは、私だけがあなたに本気だからよ」「その気持ちには感謝するが、あいにく間に合っている」宗也は椅子から立ち上がり、彼女を冷ややかに見下ろした。「神崎さん、その妄想はやめるんだな。さもないと、夏川美咲の二の舞になるぞ」清華の顔色が変わった。だがすぐに彼の背中に向かって叫んだ。「ならないわよ!私は彼女みたいに愚かで性悪な女じゃないもの!」返ってきたのは。重々しく閉ざされたドアの音だけだった。……その頃、音はファッションデザインコンテストの応募手続きをしていた。不意に、くしゃみが出た。鼻をすする。一体誰が噂をしているのだろう。もう三回連続でくしゃみが出た。まさか宗也ではないだろう。いや、きっと彩羽だ。午前中に電話をかけてきて、会いたいと言っていたから。「音、どうしたの?」亜美がぼんやりしている彼女を見て、心配そうに顔を覗き込んだ。
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