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第7話

Penulis: そうめんは飛べない
スマホの画面に浮かんだ、たった五文字の短いメッセージ。それを見つめる夏見の指先には強い力が入り、節が白くなるほどだ。

胸の奥で、得体の知れない不安が静かに渦巻いている。けれど彼女は、その正体を突き止めようとはしない。

その夜、彼女は何度も寝返りを打ち、夜明けが差し込むまで一睡もできなかった。

そしてようやく、【わかった】と短く返信した。

――いずれにせよ、終わりをつけなければならないことがある。

約束の場所はKレストラン、昼の12時。

そこは、かつて基之が初めて彼女を連れて行った洋食屋だった。

当時の夏見はナイフとフォークの使い方すら知らなかったが、彼が手を取って教えてくれたおかげで、恥をかかずに済んだ。

約束の日、彼女は基之からもらった白いワンピースを身にまとった。それは彼からもらった最初で最後の贈り物だ。

ワンサイズ小さいそのワンピースを着るために、彼女は必死に食事を減らし、体重を落とした。

それでも、ウエストはまだきつく、呼吸をするたびに苦しくなる。

ドアを押して店内に入ると、基之はすでにいつもの席に座っている。

大きな窓から差し込む日差しが、彼の端正な横顔をやわらかく縁取っている。

目が合った瞬間、彼は久しぶりに優しい声で言った。「今日の君は、とても綺麗だ」

「……ありがとう」掠れた声で、夏見は答えた。

ウェイターがメニューを差し出すと、基之は迷うことなく「ステーキ、ミディアムレアで」と注文し、彼女に視線を向けた。

「君は?」

ナイフとフォークの金属が光を反射し、それは初めてこの店に来た日の光景と同じだ。

――ただ、もう誰も彼女の手を取って使い方を教えてはくれない。

「ウェルダンでお願いします」夏見はメニューを閉じ、金色の文字を指先でそっとなぞった。

ウェイターが去ると、基之はグラスを手に取った。立ち上る水蒸気が、彼の表情をかすかに曇らせた。

「覚えてるか?初めてここに来たとき、俺が国民護衛隊に入りたいって言ったこと」

彼の親指が無意識にグラスの縁をなぞっている。「両親――二人とも元軍人なのに、反対してて。でも君だけが言ってくれた……」

「やりたいことは、やってみたらいい」夏見が小さく続きを口にした。

睫毛の影が頬に細やかな揺らぎを落とした。

「……あの頃の私はね」彼女は小さく笑ったが、目は暗いままだ。

「何も分かってなかった。ただ、そう言うとあなたが嬉しそうだったから」

基之の手の中で、グラスがかすかに震えた。

しばしの沈黙のあと、彼の喉仏が上下した。「この何年も……」

ナイフとフォークがぶつかる音の中で、彼の声はより低く響いた。

「俺は走ることばかりで、一度も振り返らなかった。君がちゃんとついてきてるかどうかも」

彼の指先は白くなるほど力が入っている。「ずっと俺の背中を追いかけてきて、疲れなかったのか?」

基之がふと顔を上げると、夏見が小さく微笑んでいるのが見えた。その笑顔には、かすかにえくぼが浮かんでいる。

「その頃の私はね」彼女の声は、溶けかけた蜂蜜のように柔らかい。

「あなたは私の宇宙のすべてだった。星を追いかける人が疲れると思う?」

微笑みはやがて、明らかな寂しさへと変わった。「でも今はね……」彼女は目を伏せ、テーブルクロスを見つめながら言った。「もう、追いかける力がないみたい」

「え?」基之が身を乗り出した。

「なんでもない」夏見は髪を耳にかけ、本音を隠さずに尋ねた。

「今日、私を呼び出したのは、何を話したかったの?」

基之は目を逸らし、喉を鳴らした。

「昨日……静菜がインスタで『恋がしたい』って投稿してるのを見たか?」

「うん、見た」グラスの反射が夏見の鎖骨にちらついた。「それで?」

「実は……この数年間、俺は君に嘘をついてた」基之の睫毛が震えた。

「勲章が取れなかったって話……

本当は、俺自身が受け取る資格を諦めたんだ」

「知ってるわ」

「――知ってる?」基之はふと顔を上げ、目を見開いた。

夏見は何も説明せず、ただ静かに彼を見返した。「続けて」

彼は力を入れて、やっと喉仏が一回ごくりと動いた。

「今になって……あの勲章を取りたいと思ってる」

押し殺したような声で彼の唇からこぼれる言葉は、それぞれが棘のように夏見の胸に突き刺さった。麻痺していたはずの感覚が、まるで再び息を吹き返したかのように、はっきりと痛みを訴えている。

基之は焦燥のあまり身を乗り出した。

「静菜の家は厳しいんだ。結婚を前提としない交際なんて、彼女の父親が許すわけがない」

――じゃあ、私の十八年は?

夏見は彼の焦りに満ちた表情を見つめ、突然問い詰めたくなった。

――もし静菜が結婚を前提とした関係しか許されないとしたら、私はどうする?

あの十八年間は、一体何だったのだろうか。

けれど、その問いは飲み込んだ。

なぜなら、その答えは――すでに分かっているからだ。

彼女はただ黙って、硬くなったステーキのかけらを口に運ぶ。

噛みしめるたびに、歯の間で抵抗する固い肉が、あの十年も続いた絶望的な日々そのもののように感じられる。そう、彼女は彼が勲章を取るのを待ち続けた日々。

「……年を取ったのね」夏見がぽつりとつぶやいた。

「え?」基之のフォークが空中で止まった。「どういう意味だ?」

「つまり――」夏見は皿を押しのけ、陶器がぶつかる軽い音が響いた。

「私たちの関係は、このステーキみたいなものよ」

ナイフを指の間で軽く回しながら、「焼きすぎて硬くなって、もう飲み込めない」

彼女は、基之の代わりにミディアムレアのステーキを切り分け、皿に盛ってそっと彼に差し出した。

完璧な菱形に整った断面には、彼に教わったナイフの跡がそのまま残っている。

「食べてみて」夏見は指先でテーブルを軽く叩いた。「ちょうどいい焼き加減――」

その言葉を言い終える前に、基之の表情が一瞬で暗く沈んだのが分かった。

「……あなたと彼女みたいにね」夏見は穏やかに笑みを浮かべ、最後の言葉を付け加えた。

「焼き加減も完璧よ。あなたにぴったりだわ」
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