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第20章:すれ違う気持ち2

いつものように氷室に見送られ、自宅に到着。部屋の灯りをつけた瞬間、見慣れた景色がやけに白々しく目に映った。机に置いたスクールバッグが、軽い音を立てて沈む。その中には、今日一日の重さが全部詰まっている気がした。 制服のままベッドに腰を下ろし、スマホを手に取る。メッセージアプリに、氷室からの連絡はない。送ろうと思えば俺からすぐに送れるのに、指は画面の上で固まったままだった。(蓮のあの顔……忘れられない) 用事があると言っていたのに、急いで駆けつけてくれた氷室の顔。神崎の言葉を聞いたときの彼の瞳。怒りというより、必死になにかを押し殺していた色が宿っていた――それが頭に焼き付いて離れない。 俺は氷室にとって、安心できる存在でいたい。ドジばかりの自分でも、氷室が不安に沈んだら真っ先に手を差し伸べられる、しっかりした存在でありたかった。 だけど今日の俺は、それを受け止めきれずに黙ってしまった。あの沈黙が、彼の中の影を濃くしたんじゃないか――そんな気がしてならない。 窓の外、遠くで電車が通り過ぎる音がする。本来なら心を落ち着けてくれるはずなのに、今夜は逆に胸の奥をざわつかせるだけだった。(ぐだぐだ考えてもしょうがない……明日、ちゃんと話そう) そう決めてスマホを机に置く。ベッドに横たわっても、天井の木目が線となって眼に焼きつき、何度も数え直してはため息が漏れる。そのたびに時計の針の音が耳に刺さり、眠りの扉はどんどん遠ざかっていった。 翌朝、いつもより早く家を出た。眠れなかったせいであくびが止まらない。まだ夜の冷たさを僅かに残した空気が、肺の奥まで刺さるように入り込む。 校門に近づくと、すでに氷室がいた。門柱にもたれ、スマホをぼんやり見つめる氷室の顔は、まぶたの下に薄い影を宿したものだった。夜を越えても休めなかった証のように見えて、胸がひどく締めつけられる。「蓮……おはよう」 俺の声に、氷室は反射的に顔を上げる。いつもどおりの笑み――そう見えた。だが目の奥には、薄い膜のような硬さが残っている。「おはよう。早いな」 「なんか……眠れなくて」 他愛のない会話を交わしながら、並んで昇降口へ向かう。手を伸ばせば届く距離なのに、その間に透明で冷たい壁が立ちはだかっているようだった。 靴を履き替えるとき、氷室がふと俺を見た。その視線とぶつかった瞬間、昨日の影
last updateÚltima actualización : 2026-10-03
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第20章:すれ違う気持ち3

午前中の授業は、ほとんど頭に入らなかった。黒板を写しているはずなのに、ノートの文字は妙に歪んでいる。 気づけば背後にある隣のクラスに、意識を飛ばしてしまった。(蓮は今、どんな気持ちで授業を受けているのだろう。彼は取り繕うのがうまいから、俺みたいに落ち着きをなくさないで、きっとノートもキレイに取っているはず――それでも俺と話すまでは、心中穏やかでいられないに違いない) 昼休みのチャイムが鳴る。林田に呼びかけられたが「ごめん、用事ある」とだけ言って、足早に廊下へ出た。廊下を歩く足音がやけに大きく響いて、胸の鼓動と混じり合う。手のひらはじっとり汗ばんで、握ったままの弁当袋が滑り落ちそうだった。 隣のクラスに入り、氷室に視線を飛ばす。まだ机の上に弁当は出していなかった。彼は俺に気づき、少し驚いたように目を上げる。「ここで一緒に……いい?」 急いで近づいてかけた声が、思っていたより小さいものになってしまった。「ああ」 向かい合うと、教室のざわめきが遠のく。辺りに漂う昼の匂い――弁当の温かい香りや、机に反射する光までやけに鮮明に感じられた。「蓮あのね、昨日はごめん。蓮を困らせた気がして」 そのひと言で、俺を見つめる瞳が微かに揺れた。俺が謝ったことで、氷室の肩の力がほんの少しだけ抜けたのがわかる。「……困らせたのは、大きな声を出した俺のほうだ」 低く落ちる声。視線は机の上に落ちたままだった。「昨日、奏に言いたいことが他にもあった。でも……うまく言葉にならなかった」 胸が跳ねる。答えが近づいている予感に、無意識に前のめりになった。 沈黙――時計の秒針と、教室の笑い声がやけに遠くで混じり合う。「……奏」 静かな口調で名前を呼ばれ、俺はそっと頷く。「俺は、おまえを信じてる。けど――」 氷室は唇を噛み、まぶたを伏せる。そこから続く言葉を待つ数秒が、永遠にも思えた。教室のざわめきが遠のき、心臓の音だけが耳を塞ぐ。 俺から言葉を促すと、彼は短く息をはいた。「神崎の言葉が……まだ頭から離れない」 小さな声なのに、まっすぐ胸に落ちてくる。やっぱり、あの日の影はまだ消えていなかった。「蓮……」 俺が言葉を探すより早く、氷室がほほ笑んだ。けれどそれは、痛みを隠すための笑顔だった。「変だよな。俺らのことは俺らが一番わかってるはずなのに……神崎のあん
last updateÚltima actualización : 2026-10-04
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第21章:向き合う気持ち

*** 神崎の声が背後に遠ざかっても、耳の奥にはまだ残響がこびりついていた。「くだらない」なんて自分から吐き捨てたくせに、胸の奥ではそのひと言で針が刺さったみたいに疼いてしまう。 奏の手を握る指先が、無意識に強くなった。「蓮……痛い」 小さく言われたことで、慌てて力を緩めた。(――俺はいったい、なにをしてるんだ) 歩道を並んで歩きながらも、視線は前だけに向けたまま。隣にいるはずの奏が、なぜか遠くに感じられる。冬の匂いを帯びた風が間をすり抜けていくたびに、その距離が目に見えない形で広がっていくようだった。 頭の中では、必死に言い聞かせる。(神崎がなにを知っていようと関係ない。俺の隣に奏がいれば、それでいいじゃないか) ――けれど、そのたびにあの「全部か?」が蘇り、不安は色濃くなっていく。「蓮、本当に大丈夫? さっきから顔が……」 「大丈夫じゃない」 言葉がこぼれた瞬間、奏が目を何度も瞬かせる。その顔を見たら、もう止められなかった。「神崎が奏のなにを知ってるかなんて、実際どうでもいい……そう思いたいのに、どうしても引っかかる。奏が俺に話をしてないことがあるんじゃないかって勝手に想像して、胸がざわつくんだ」 自然と呼吸が浅くなる。爪が手のひらに食い込む勢いで、拳を握り締めた。「もし神崎の言葉に、一片でも真実があったなら――俺は、胸の奥を素手で握り潰されるみたいに、どうしても耐えられない」 吐き出した瞬間、冷えた空気が肺に刺さった。自分の弱さを、奏に晒すつもりなんてなかったのに。 奏は驚いた表情のまま視線を落とし、やがて静かに名前を呼んだ。「……蓮」 その声は責めるでも慰めるでもなく、やけにまっすぐで。逆に胸の奥が締めつけられる。「そんなふうに思わせて、ごめんね」 そして、目を逸らさずに続ける。「全部話せって言われたら……すぐにはできない。でも、隠したいわけじゃない」 奏は一度口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。沈黙が重く垂れこめる。やっと絞り出すように、かすかな声で言った。「ただ怖いんだ……言ったら、蓮が離れていくんじゃないかって」 呼吸が止まる。離れる? 俺が? そんなこと――。けれど奏の瞳は、本気でそう信じている色を滲ませていた。(俺の不安と奏の恐れ。形は違っても、根は同じなんだ……) 胸の奥の苛立ちが、ゆっくりと
last updateÚltima actualización : 2026-10-05
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第21章:向き合う気持ち2

数日後の昼休み、俺と奏は中庭のベンチで弁当を広げていた。秋の終わりだが、日当たりがよくて暖かさを感じていたこともあり、外でも寒さを感じにくかった。仲良く並んでいる今の俺たちは、あの日のすれ違いなんて最初からなかったかのよう。「蓮、この卵焼き、昨日もらったものより甘い」 楽しげに喋る俺たちに向かって、校舎の影が長く伸びる。綺麗な色をした紅葉の葉が一枚、風にさらわれて足元に舞い落ちた。「味が変わったのか? 気がつかなかった」 「蓮のお母さんが、砂糖を多めに入れて作ったんじゃないかな」 そんなありふれた会話が、ただ心地よく耳に響く。手を伸ばせばすぐそこに奏がいて、その存在をちゃんと感じられる――それだけで充分だった。 どこからか見られている視線を感じて、何気なく顔を上げる。校舎の窓の向こうに見えた影は、俺たちを凝視しているように動かなかった――ほんの一瞬だったのに、冷や汗が滲む。肩の形も立ち方も、見覚えのない男子生徒だった。けれど目を凝らしたときには、もう誰もいなかった。(……気のせいか?) そう思って、ふたたび箸を動かす。でも胸の奥に、指先で紙を擦ったときのような細かいざらつきが残った。 放課後、校門を出たときも同じだった。歩道の向こう側に、一瞬だけ背中が見えた気がして目を凝らしたが、そこには通りすがりの人波しかない。 誰もいないはずの背後に、足音だけがまとわりつくような錯覚。首筋の産毛が逆立ち、冷気が這い上がってくる。なにも起きていないはずなのに、皮膚のすぐ下を冷たいものが這う感覚がどうしても消えなかった。(まさか、神崎じゃないよな……? いや、考えすぎだ) そう打ち消しても、不安は種のように胸の奥で芽を出し続けた。「蓮、どうしたの? なにか気になることがあるのかな」 「いや……神崎のことがあってから、変に神経質になっているのかもしれない。実際、なにもないし」 普段の学校生活では奏と別々のクラスで、互いに行き来しなければ同じ時間を共有することができない。しかも俺は生徒会の仕事も抱えている関係で、毎回一緒に帰れる保証はなかった。(こうして奏と喋ることのできる貴重な時間を、くだらないことで潰したくない。それなのになんだろう。言い知れぬ不安を拭うことができないのは) 夕焼けに染まる空の下で、その小さなざわめきは音もなく膨らんでいった。
last updateÚltima actualización : 2026-10-06
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第22章:近づく影

放課後の校庭は、部活帰りの声とボールの音で賑やかだった。生徒会の仕事がない日だったので、奏と待ち合わせすることなく昇降口を出て、いつものように並んで歩き出す。 夕陽のオレンジ色に染まる歩道を並んで歩きながら、その小さな棘がやがてなにかもっと大きなものに変わる予感を振り払えずにいたそのとき、背後からやけに明るい声が飛んできた。「奏先輩!」 振り返ると、短く髪を整えた男子生徒が全力で駆け寄ってくる。まだ幼さの残る顔立ちで、制服の袖からのぞく手首は細い。「やっぱり奏先輩だ! 昨日言ってた本、持ってきたんですよ」 息を弾ませながら差し出したのは、文庫本一冊。表紙には海外文学のタイトル。「ああ、ありがとう。わざわざ探してくれたんだ」 「奏先輩が好きって言ってた作家、俺も気になって読んでみたら、見事にハマっちゃって……一緒に感想を語りたいなって」 無邪気な笑顔に、奏も自然と笑みを返す。その笑顔は間近で見ても、俺にはまだ見せてもらったことのない種類の、柔らかくてほどけたものだった。「加藤くん、じゃあまた来週の放課後に、委員会で!」 「はい! 楽しみにしてます!」 後輩は俺の存在など視界に入っていないかのように、奏とだけ会話を終えると軽く会釈して去って行った。 取り残された俺は、足元の影を踏みつけるようにして歩き出す。胸の奥で、ぬるい水がじわじわと満ちていくような感覚が広がっていた。「……奏、あの加藤ってヤツ、君とよく話すのか?」 「ん? うん、そうだね。委員会で顔を合わせるし、本の趣味も合うから……話しやすくていいヤツだよ」 悪気のない声に、心臓がざわりと波立った。俺の知らないところで、奏が誰かと笑い合っている。その事実が、想像以上に刺さる。(本の話? 感想を語り合いたい? ……そんなの、俺だって――) 胸の奥で、言葉にならない焦りがじわじわと膨らんでいく。奏の「いいヤツだよ」という無邪気なひと言さえ、耳の奥で何度もこだまして棘に変わった。
last updateÚltima actualización : 2026-10-07
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第22章:近づく影2

あの後輩とふたたび顔を合わせたのは、三日後の昼休みだった。中庭へ向かう廊下の先、奏が彼と並んで歩いているのが廊下の窓から見えた。俺が声をかけるより先に、ふたりの笑い声が耳に届く。奏があんなふうに、肩の力を抜いて笑うのはすごく珍しい。 急いで廊下を歩き、奏と待ち合わせしている中庭のベンチに向かう。「……悪い、待たせた。寒くなかったか?」 後ろから声をかけると奏がぱっと振り返り、後輩も俺に気づいて軽く頭を下げた。「氷室先輩とご一緒する予定だったんですね。こんにちは」 「ああ……」 形式的な挨拶を交わす間、後輩の手には二つの缶コーヒーが握られている。「奏先輩、これ。さっき言ってたユウがオススメしている期間限定の商品、コンビニで見つけたんですよ。どうぞ!」 「ありがとう、遠慮なく貰うね」 差し出された缶を受け取る奏の顔が、ふわっと綻ぶ。その表情に、胸の奥がチリチリと熱を帯びた。「加藤くん、放課後また委員会で」 「はい、いろいろ教えてください!」 後輩は笑顔のまま走り去った。残された俺と奏は、いつもどおりベンチに並んで座る。 ――いつもどおりのハズ……なのに。「……さっきのヤツ、よく気がつくな」 「ん? ああ、加藤くん、細かいところをよく見てるから。結構、気配り上手なんだ。俺も見習わないとなぁ」 奏は何気なく言っただけかもしれない。だが、その「気配り上手」という響きが、妙に胸の奥で重く沈んだ。 奏は缶コーヒーのプルタブを開け、美味しそうに口をつける。「さすが期間限定品。コーヒー飲料とは思えないコクがある」 「そうか……」 「蓮も飲んでみる?」 ひょいと手渡された缶コーヒー。そのままこれを飲めば、奏と間接キスになる。「あの……俺がこれに口をつけたら、その……間接キスすることになるが、奏はそれでもいいのか?」 語尾にいくほど、早口になってしまった。「やっ、あ、ごめん。全然気にしてなかった。普段から結構、友達と回し飲みしていたせいで」 「そうなのか……」 内心落ち込みかけたところで、奏は頬をかきながら小さく告げる。「蓮と間接キスできるなら、俺は嬉しいよ」 「えっ?」 「だって、蓮は俺の好きな人なわけだし、ね――」 目の下をほんのり染めて言われると、俺まで顔が熱くなる。「じゃあ……いただきます」 一口飲むが、胸の鼓動
last updateÚltima actualización : 2026-10-08
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第22章:近づく影3

放課後、日直の用事で職員室へ向かう途中、ちらりと窓の外に人影が見えた。昇降口脇の自販機の前で、奏とあの後輩が向かい合って立っている。 二人の距離はかなり近い。後輩がなにかを話し、奏がそれに笑って頷いていた。ただそれだけのはずなのに、俺の胸は妙にざわついた。 後輩の手には紙袋。それを奏に差し出すと、奏は「ありがとう」と口の形だけで言い、嬉しそうに受け取る。(……なんだ、あれ) 遠くから見える仲のいい様子に足が止まり、職員室へ向かう理由が頭からすっぽり抜け落ちる。やがて二人はそのまま昇降口を出て行き、俺の視界から消えた。 奏は、別に悪いことをしていたわけじゃない。理屈ではそうわかっているのに、胸の奥で針のような違和感が疼く。 職員室での用事を済ませて校門を出ると、奏はすでにいなかった。代わりに、さっきの後輩が一人で歩いてくる。すれ違いざまに、思いきって声をかけた。「……お疲れ」 「あ、氷室先輩。お疲れさまです」 爽やかに笑う顔。その奥で一瞬だけ、なにかを計算しているような光が走った――気がした。ほんの刹那のことなのに視線を逸らした後も、その光が脳裏に焼きついて離れない。 家に帰ってからも、頭の中からあの光景が消えなかった。夕飯を前にしているというのに箸は何度も止まり、母に「体調が悪いの?」と心配される始末。(……なんで、あんなことくらいで、俺はこんなにも気になってしまうのだろう?) 奏と後輩は、ただ話をしていただけ。奏の笑顔も、普段どおりだった。それなのに胸の奥に、黒い染みのような感情がじわじわと広がっていく。 俺が知らない奏の表情。俺が聞いたことのない「ありがとう」の声色。そして、後輩とのあの距離感。それがどうしても、頭から追い払えない。 自室で机に突っ伏して目を閉じると、昼間のやりとりが勝手に脳裏で再生される。後輩の顔は曇り空みたいにぼやけているのに、その手が奏に紙袋を差し出す瞬間だけは、鮮明に浮かびあがった。(あれ……奏へのプレゼントか?) 考えたくないのに、思考が勝手にそちらへ引きずられる。胸が縮こまり、呼吸が浅くなる。しかも、その紙袋の端に小さく見えた文具店のロゴが、なおさらざわつきを強めた。奏が先週「そろそろ買い替えたい」と言っていたのは――まさか。「……俺、あの後輩に嫉妬してるのか」 呟いた途端に、胸に黒い水が一気に
last updateÚltima actualización : 2026-10-09
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第23章:抑えきれない感情

翌日の昼休み、教室の窓際で弁当を広げる奏を見つけた。普段なら当たり前の光景なのに、今日は妙に胸の奥がざわついて落ち着かない。「奏……お昼、学食で食べないか?」 「うん、いいよ」 奏はいつもどおりに笑って立ち上がる。それだけで安心する自分がいるのが、逆に情けなく思えた。 学食に向かい、空いた席に並んで腰を下ろす。テーブルに弁当を広げながら、他愛ない会話がはじまる。けれど俺の頭の片隅では、昨日の後輩の影がこびりついて離れない。「奏、そういえば昨日……放課後はなにをしていた?」 「え? 昨日? 普通に帰ったけど……あ、帰る前に購買に寄ったかな。消しゴムがなくなっちゃって」 さらりと答える声に嘘は感じられない。だがその購買で誰と一緒にいたのかまでは、口にしなかった。 そのとき――。「あ、奏先輩!」 背後から聞き慣れない声がして振り返る。そこには、昨日見かけたあの後輩が立っていた。制服の袖口から伸びる手には、小さな包みが握られている。「これ、この前話してた限定品、やっと手に入ったんです。先輩に一番に渡したくて」 にこやかに言いながらも、視線は奏にまっすぐ向けられていて、俺の存在は視界に入っていないかのようだった。いや一瞬、俺のほうを見た。その瞳に、昨日と同じ“計算めいた光”が走った。「ありがとう。でも昨日だって貰ったのに、またいいのかな……」 「遠慮せずに受け取ってください。俺ふたつ買ってるし。奏先輩の喜ぶ顔は、何度でも見たいんです。奏先輩の笑顔は、俺にとってご褒美みたいなものですから」 その言葉は、まるで俺に聞かせるために放たれたように思えた。胸の奥でなにかが弾け、喉の奥が焼ける。 奏は困ったように笑いながらも、包みを両手で受け取る。後輩と奏の指先が触れ合いかけた瞬間を、俺は見逃さなかった。(……ふざけんな) 気づけば、椅子を乱暴に引き倒して立ち上がっていた。学食にいる数人の生徒が物音に驚き、こちらを振り返ってひそひそ話す。それでも構わずに、俺はふたりの間に割って入った。「――悪いけど、奏に用があるなら俺を通してくれ」 自分でも驚くほど低い声が出た。後輩は僅かに目を見開き、それでもすぐに口角を上げる。「……氷室先輩、奏先輩の“彼氏”ですか?」 わざとらしい問い。まわりにいた数人がくすりと笑う。「ちょっ……やめろ!」奏が慌て
last updateÚltima actualización : 2026-10-10
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第24章:言い知れぬ恐怖

*** 昼休みが終わって教室に戻っても、さっきの蓮の顔が頭から離れなかった。あんなふうに、感情をむき出しにする蓮を見たのは、健ちゃんと揉めたとき以来だ。(間違いなく蓮の嫉妬……なんだろうけど) そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。誰かに強く想われているという確かな実感。けれどそのすぐ隣で、針の先のような痛みが小さく刺さる。 氷室があれほど動揺するのは、それだけ自分の存在が大きいという証かもしれない。けれど同時に、もし自分が氷室を裏切るようなことをしてしまったら――そのとき、彼はどうなってしまうのだろう。 たとえば、ほんの出来心で笑いかけた相手に蓮が気づいたら。ほんの小さな嘘でも、彼の目の前で剥がれ落ちたら。(それを考えると……なんか怖い) 想像した瞬間、胸の奥に重たい影がのしかかった。俺は彼を失いたくない。でも蓮もまた、俺を失うことを心の底から恐れている――そう思うと、その恐怖は鏡合わせのように同じ形をしている気がした。 教室の窓から差し込む午後の光が、机の上に長い影を落とす。その影を見つめながら、ふと気づく。(もっと、ちゃんと話さないといけないのかもしれない) 胸の奥で眠っている秘密や不安、言葉にしそびれた想い。それらをいつか、氷室にすべて打ち明けられる日が来るのか――いや、来させなきゃいけないのかもしれない。 授業のチャイムが鳴る。顔を上げたとき、まぶたの裏に映った氷室が振り向いて、小さく笑った。その笑顔に救われるように息を吸って、俺は頷き返す。(ドジな俺でも、蓮と一緒に並んでいたい。そのために……) ペンを握り直す指先に自然と力がこもる。けれど隣のクラスにいるはずの蓮の背中が、今日はなぜかいつもより少し遠くに感じた。その距離の隙間に、気づかぬうちに誰かが立ち入り、静かに俺たちを見ているような気がして。 胸の奥が、微かにざわめいたのだった。
last updateÚltima actualización : 2026-10-11
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第25章:すれ違うふたり

チャイムが鳴り終わるのを待たずに、隣のクラスに行くために、急いで机の上のノートを片づけはじめた。いつもはのんびりしているくせに、今日はやけに気持ちが急いて手元の動きが早くなる。「奏、なにをそんなに急いでんだ? 慌てすぎて忘れ物をするぞ!」 林田の茶化すような声に、俺は笑って答えた。「忘れ物は大丈夫。……蓮と一緒に帰りたいから急いでたんだ」 それを聞いた林田が、ニヤニヤしながら俺の肩を小突いてくる。でもやり返さずにスルーして、氷室のいるクラスに顔を出した。俺に気づいた彼が、目を合わせてほほ笑む。それだけで、心臓の奥がじんわり熱くなった。 昇降口を出ると、外はもう薄暗い。冬が近い証拠だ。並んで歩き出したとき、俺は思いきって氷室の袖をつまんだ。「蓮……話があるんだ」 「話?」 氷室に聞き返されて、静かに頷いた。「この間のこと……蓮を不安にさせたって、ちゃんとわかってる。だから……少しずつでも、隠さずに話そうって思ったんだ」 夕焼けの残り火みたいな空を見上げながら、胸の奥で燻っていた気持ちを絞り出すように伝える。「……ありがとう、奏」 氷室の口元が柔らかく緩む。それだけで安心して、胸の奥に広がるぬくもりにしばらく言葉を失った。 冷たい風にあおられて、袖をつまむ指先に力がこもる。けれど血の巡りが悪くなったのか、かえって指先が冷えてしまった。氷室はその手を外し、今度は自分からぎゅっと握って温めてくれる。並んで歩く俺たちの歩幅は、まるで示し合わせたみたいにぴたりと合っていた。(――この距離を、もう二度と離したくない) 街灯がともる中、俺たちの影がゆっくりと重なっていく。 俺の自宅までの帰り道は、いつもよりも静かだった。車の音も人の話し声も遠く、まるで自分たちだけがこの街に取り残されたみたいに感じる。「ねえ、蓮」 「ん?」 「こうしてると……なんか夢みたいだなって。俺たちふたりだけの世界、みたいな」 思わず出てしまった小さな声。なんだか照れくさくて、足元の落ち葉をつま先で蹴った。ひらひらと舞い上がる枯葉が、街灯の光を反射して金色に見える。「夢なら、覚めなくていい」 そう氷室が口にすると、余計に照れてしまって顔を上げられない。互いに言葉を探せず、静かな時間が流れる。そのとき突然、氷室が足を止めて後ろを振り返った。「……どうしたの、蓮
last updateÚltima actualización : 2026-10-12
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