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第25章:すれ違うふたり2

*** 奏と歩く帰り道。さっきから誰かにつけられているような気配があるのに、姿が見えない。曲がり角の先から近づく足音が、妙に耳に残った。「奏先輩!」 少し息を切らせた背の低い男子が駆け寄ってくる。胸ポケットには一年生の名札――奏に接近している例の後輩、加藤だった。「……加藤、なんの用だ?」 「すみません、氷室先輩。奏先輩とお話がしたくて」 俺ではなく、奏をまっすぐ見て笑う。その笑顔の奥に、一瞬だけ氷のような光がのぞいた気がした。「この間の図書室でのお話……すごくためになりました。ずっとお礼を言いたくて」 奏の表情が僅かにこわばる。「そんな、大したことしてないよ」と小さく答える声が、ほんの少し上擦っていた。「でも俺、本当に……奏先輩の言葉に救われたんです。またお話、してもらえませんか?」 その目は真剣で、どこか熱を帯びていた。それを見た瞬間、胸の奥でざらつく感情が音を立てた。(……なんだ、この感じ) 喉の奥まで「ふざけんな」がせり上がる。でも、奏が困るかもしれない――そう思うと、声を出すことができなかった。無表情を貼りつけ、加藤と奏のやり取りを黙って眺める。「今度ね」と笑う奏。その瞬間、加藤がふと俺の方を見やった。笑っているのにその眼差しから、表現しがたい妙な圧を感じた。 加藤の背中が角を曲がって消える。こうして俺たちの貴重な時間を奪うことについて、加藤に文句を言ってやりたい衝動が胸を締めつけるが、理性がそれを押し戻す。「……行くか」 短くそう言って先に歩き出した。小走りで並んだ奏に視線を向けないまま、ただ足を進める。やがて別れ道が近づいた頃、俺は立ち止まり低く言った。「奏……ああいうの、やめろよ」 感情を抑えたつもりの声が、思ったより硬く響いた。「え?」 「俺の知らない1年と、ふたりで盛り上がってさ。アイツ、絶対君のこと……」 「ちょっと待って、盛り上がってなんか――」 「俺から見て、そう見えたんだ」 自分でもわかってる。これは八つ当たりだ。だけど、あの加藤の視線と奏の視線が絡み、ほほ笑み合っていた様子が、俺の頭から離れなかった。「……蓮、なんでそんな言い方するの」 「俺の前でああいう顔、するなって言ってる」 言い終えた瞬間、後悔が喉を詰まらせた。でももう遅い。奏の表情が、少しずつ硬くなっていくのがわかる。
last updateÚltima actualización : 2026-10-13
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第25章:すれ違うふたり3

*** 蓮の背中が闇に溶けて見えなくなった瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚が走った。足は鉛のように重く、少ししか動かせなかった。追いかければ、また言い合いになる――そんな予感が、冷たい空気より先に体を凍らせた。(俺……なんであんな言い方をしちゃったんだろ) 立ち尽くしたまま、吐く息が白く広がって消えていくのを見つめる。指先がかじかむ感覚と一緒に、さっきの会話が胸に逆流してきた。 蓮はただ、心配していたのかもしれない。でもあの瞬間、俺には「他人と関わるな」と鎖をかけられたみたいに感じられた。 その感覚が怖かった。――仲の良かった友達に捨てられたあの日も、最初は「大事に思ってるから」という言葉で囲い込まれた。気づけば笑顔も自由も、少しずつ削られていった中学時代。(蓮は、あの友達とは違う……そう信じたい) だけど加藤くんのことを話したときの、あの冷たく硬い視線。頭で考える前に、体が勝手に防御に入った。過去の過ちを繰り返さないように。 ポケットからスマホを取り出し、メッセージアプリを開く。入力欄に「ごめん」とだけ打ち込むが、親指はそこで止まった。 送れば少しは楽になるかもしれない。でも、それで蓮の苛立ちが消えるわけじゃない。むしろ「やっぱり悪いのは奏だ」と思わせるだけになるかもしれない。 操作せずに画面を閉じると、真っ暗な反射面に自分の顔がぼんやりと浮かんだ。指先の温もりが消え、未送信の光だけが胸の奥でチカチカと残る。 顔を上げると、駅前の街灯が冬の空気を鋭く切り裂いていた。冷たい匂いと一緒に、小さな不安がゆっくりと体の中に広がっていったのだった。
last updateÚltima actualización : 2026-10-14
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第25章:すれ違うふたり4

*** 奏に背を向け、自宅に向けて夜の道をひとり歩きながら、足音だけが妙に大きく響いていた。 街灯の下を通るたびに、影が伸び縮みする。その影を見ていると、さっきの自分の顔も、きっとこんなふうに歪んでいたんじゃないかと思えてくる。(……俺、なにをやってんだ) 後輩が奏に近づいてきただけで、あんなに声を荒げるなんて。頭では「ただの友達だ」ってわかってる。でも、胸の奥でチリチリと嫉妬が燃え上がった瞬間、もう理屈なんて消えていた。 あの場で感情をぶつけなかったのは、単に見られたくなかったから。後輩の前で、情けない俺を見せたくなかった。 ……けど、結局奏とふたりきりになってからは、感情を抑えきれずにグチグチ言ってしまった。自分の弱さだけじゃなく、醜いところも見せてしまう結果になった。 奏のあの表情――困ったような、怯えたような目。あれが頭の流れからずっと離れない。(俺は……奏を守りたいだけなんだ) そう自分に言い聞かせても、胸の奥に引っかかるのは別の感情だった。守ると言ってるクセに、奏を縛ろうとしてたんじゃないだろうか。 ポケットの中でスマホが重い。メッセージアプリを開けば、奏の名前がすぐ目に飛び込んでくる。なにか言わなきゃ……謝らなきゃ。 けど、指は動かなかった。素直になればいいだけのことが、やけに難しく感じる。吐く息が白く夜に溶けていく。遠くで電車が通り過ぎる音がして、やけに心に染みた。 翌朝、目覚ましが鳴るより早く目が覚めた。頭は重く、眠った気がしない。昨日の奏の目が、何度もまぶたの裏に蘇ってきたせいだった。(今日……奏とどう顔を合わせればいいのだろうか) ちゃんと謝ればいい。それはわかってる。でも、昨日みたいに感情が勝って、また余計なことを言ってしまう気がしてならない。 昇降口で靴を履き替えていると、廊下の向こうに奏の姿が見えた。一瞬、声をかけようと息を吸ったけど――やめた。(今は……距離を置いたほうがいい) そう自分に言い訳して、反対側の階段を使う。奏から逃げた反動なのか、足音がやけに大きく響いて、やっぱり胸の奥がちくりと痛んだ。 ――昼休み。人影のない廊下に出た瞬間、曲がり角の先から足音が近づいてくる。現れたのは、こちらに気づいた奏だった。「……あ、蓮」 奏は自然に声をかけ、やっと会えたと言わんばかりに、口元にいつもの見慣
last updateÚltima actualización : 2026-10-15
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第25章:すれ違うふたり5

*** いつもなら氷室と何気なく交わす視線や、小さな合図みたいな笑み――そのどれもが、今日はなかった。(きっと……俺の気のせい、だよね) そう自分に言い聞かせる。昨日あんな言い合いをしたあとだからこそ、少し距離があるのは普通なのかもしれない。けれど胸の奥では、どこか小さな警鐘が鳴り続けていた。 朝、昇降口で偶然見かけた氷室は、俺が廊下を歩いているのを確かに見たはずなのに、なにも言わず逃げるように別の階段へ消えてしまった。 休み時間に話しかけたときも、近づくどころか俺から遠のく感じで、絶対に視線を合わせないようにしていた。それでも、俺は彼の目を探した。けれど氷室は居心地の悪そうな表情で俺からの視線を外し、なにも言わずに去っていった。(……やっぱり、避けられてる) そう思った瞬間、昨夜感じた胸の中の小さな穴が、じわじわと縁を削られて広がっていくようだった。 どうしてこうなったのか、わからないわけじゃない。俺だってあのとき、もっと言い方を選べたハズなのに。けれど、氷室がこうして距離を置くなら――俺も、それ以上踏み込めなくなる。 机の上のペンケース。その中にしまってある、彼がくれた付箋が目に入る。以前は見るたびに胸が温かくなったのに、今日はまるで色を失ってしまったみたいに見えた。*** 放課後のチャイムが鳴ると同時に、隣のクラスのドアが開き、蓮が出てきた。けれど俺の教室に顔を向けることもなく、そのまま真っすぐどこかへ歩いていく。 慌ててスクールバッグをつかんで立ち上がり、彼が進んだ先をのぞき込む。しかし、そこにはもう誰もいなかった。廊下には、楽しそうに話しながら行き交う生徒たちの笑い声だけが残っていて、余計に虚しさが募る。(確か今日は、生徒会の会議がある日だったっけ。だから俺を見ずに、先に行っちゃったのかな) そう理由を探してはみるけれど、胸の奥には小さな石を呑みこんだような重さを感じた。 ガックリと肩を落として、俯きながら廊下を歩く。帰る約束をしていてもいなくても、昇降口で待てば氷室には必ず会えた――つい昨日までは、それが当たり前だった。(――なんだかなぁ。距離を置いたほうがいいって、本人から言われている以上、俺はそれに従うしかないんだろうな) 外に出ると、冬の夕暮れの冷気が頬を刺した。ひとりで歩く帰り道は、足音が妙に大きく響く。昨日ま
last updateÚltima actualización : 2026-10-16
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第26章:仕組まれた罠

生徒会室は、放課後でも図書室みたいに静かで、外の喧騒がまるでガラス越しの別世界のことのように、どこか遠くに感じる。 机の上に置かれているのは、俺が会長職に就いてから高等部に設置した目安箱。生徒からの意見や要望を聞くために、備えつけたものだった。俺はそれを鍵で開けて、書記の一年小野瀬と一緒に中身を一枚ずつ確認していた。「氷室先輩、ちょっといいですか?でも、う~ん……」 小野瀬がなにか言いかけて、言葉を飲み込む。「どうした?」 「……先輩のこと、最近ちょっと……悪い噂が流れてるみたいで」 “悪い噂”という言葉で、指が止まる。「悪い噂?」 「誰かを威圧してる、とか……後輩をいじめてる、とか……。ほかにも色々ありますけど、私は信じてません!」 必死に言葉を繋ぐ後輩の姿に、口元だけ笑って見せる。だが胸の奥には、ひやりと冷たいものが広がった。(初めてじゃない。中学の頃にも、似たような話はあった。でも、人の口から改めて聞くと……思った以上に、くる) 無言で目安箱から封筒や紙を取り出していくと、指先に異質な硬さが触れた。取り出してみれば、定規で引いたようにきっちりと並んだ黒い文字。『氷室死ね』 短い。それだけで充分だった。視界が一瞬、狭まる。手の中の紙が微かに震えた。(俺は誰かに狙われてる。理由は――なんだ) 脳裏に、ここ最近の光景が次々と浮かぶ。 廊下ですれ違うときの、不自然な視線。 背中を追いかけてくるような気配。 噂が広まるタイミングの妙な一致。 そして――奏に近づく一年の加藤。 点と点が、一本の線で結ばれていく。偶然じゃない。これは仕組まれている。「手伝ってくれて悪い、今日はここまででいい。ありがとう」 小野瀬に告げて、生徒会室を出る。廊下の冷気が頭の熱を少しだけ奪ってくれた。 ポケットからスマホを取り出し、迷いなく奏の名前をタップする。そしてメッセージ欄に、伝えたい言葉を短く打ち込む。『悪い、急ぎで話がしたい。それから――』 今さっき組み立てた推測を、時系列でまとめる。最後に、加藤と会う場に俺も立ち会いたいことを加えて送信ボタンを押す。 胸の奥に、まだ重たい石が残っている。(……もう、逃げるつもりはない)*** いつものように外の寒さに震えながら塾に向かう途中、ポケットの中でスマホが震えた。氷室からだった
last updateÚltima actualización : 2026-10-17
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第26章:仕組まれた罠2

落ち着かない気持ちを抱えた翌日の昼休み。約束の時間より少し早く、生徒会室近くの廊下に立っていた。窓から差し込む光が床を白く照らし、その反射が妙に冷たく見える。(蓮……まだ来てない) ポケットの中のスマホがやけに重い。氷室からは「加藤と話すのは昼休みの中頃でいい」とだけ事前にメッセージが着ていた。 つまりそれまでは、俺一人で加藤くんと向き合う時間があるということになる。(大丈夫、きっと……) 自分に言い聞かせても、胸の奥のざわつきは消えない。昨日「無理しないで」とひと言もメッセージに打ち込めなかった後悔が、まだ喉の奥に刺さったままだった。 遠くから軽い足音が近づく。やがて加藤くんが姿を見せ、笑顔で手を上げた。「奏先輩、お待たせしました」 「……ううん、俺も今来たところ」 笑顔を作るけれど、頬の筋肉がぎこちない。加藤くんの視線がまっすぐ俺を射抜く。返す視線の奥で、氷室の姿を探すがまだ来ない。 加藤くんが学校生活の近況を軽く話しはじめた頃、廊下の奥から落ち着いた足音が近づいてきた。聞き慣れたそのリズムに、心臓が一瞬強く跳ねる。「……蓮」 振り返ると、無機質な表情の氷室がこちらに歩いてくる。けれど、瞳の奥に硬い決意のような光がちらりと走った気がした。「悪いな、加藤」 蓮は俺の横に立ち、視線を加藤くんへ向ける。「少し時間をもらう。奏に話があるんだ」 加藤くんは驚いたように瞬きし、やがて小さく頷く。氷室は視線を逸らさず、俺を見る。「……奏、俺は君といると、いつも以上に不安定になる。だからしばらく距離を置くことにしたい。君は俺に遠慮せず、加藤と仲良くしてくれ」 一瞬、意味が胸まで落ちてこなかった。昨日メッセージで読んだのと同じ言葉。でも直接聞くと、衝撃は何倍にも膨らむ。「き、距離を置くって……本気で言ってるの?」 自分でもわかるほど、声がか細く震えた。「本気だ。君が近くにいるだけで、俺は普段どおりでいられなくなる。最近では悪い噂まで流れている。生徒会長として、それは放っておけない」 冷ややかな響き。けれど、ほんの一瞬だけ視線が揺れたように見えた。それが俺の気のせいか、本当なのか、確かめる前に加藤くんが口を開く。「じゃあ、これからは遠慮なく、奏先輩と話せますね」 その笑みに込められた喜びが、嫌に鮮明に耳に届く。氷室の作戦だと頭では
last updateÚltima actualización : 2026-10-18
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第26章:仕組まれた罠3

放課後のチャイムが鳴っても、椅子から腰を上げられなかった。昼休みに氷室から告げられた「しばらく距離を置く」という言葉が、何度も頭の中で反芻される。 メッセージで知らされていた明確な理由。それは加藤くんを”泳がせるため”だというのを知っていたはずなのに。 実際に冷淡さを感じさせる表情のまま、いつもより低い声で聞かされると、胸に沈む重さはまるで別物だった。(……距離を置く、か) たった五文字なのに、そのあいだに深い溝が生まれたように感じる。 不意に椅子を引く音が耳を打ち、反射的に顔を上げると、加藤くんが教室の入り口から俺に向かって手を振っていた。「奏先輩、行きましょう」 その笑顔は相変わらず無邪気だった。思わず笑い返しそうになって、慌てて唇を結ぶ。氷室に頼まれた“役目”を果たすため――そう自分に言い聞かせても、足取りは重い。 廊下を歩く間、加藤くんは次々と話題を投げてくる。俺は笑顔で相槌を打ちながらも、心の奥では氷室の姿を探してしまった。こんな場所で見つかるはずがないとわかっていても、視線は勝手に彷徨う。(これで、本当に良かったのかな――) 氷室に協力しているつもりでも、実際はただ遠ざけられているだけなのかもしれない。役に立てていない自分の存在が、ふと心を冷やす。 ――もし俺がいなくても、氷室は全部ひとりでできるんじゃないか。 そんな考えが浮かぶたびに、胸の奥がじわじわと沈んでいった。 答えの出ないまま、図書室の扉を押し開ける。放課後の静けさに包まれた室内は、ページをめくる音と、遠くで刻む時計の針の音だけが、やけに大きく響いていた。「この間、奏先輩におすすめしてもらった本、すごくおもしろかったです」 席に着くなり、加藤くんは身を乗り出して言った。「奏先輩のおかげで、視野が広がったっていうか……」 その瞳はまっすぐで、言葉にも嘘は感じられない。けれど、なぜか胸の奥に小さな居心地の悪さが残った。 話がいくつか移り変わった頃、唐突に扉の開く音がした。反射的にそちらを見る。分厚い本を抱えた氷室が、静かに図書室の中へ入ってきた。「氷室先輩?」 加藤くんが少し驚いた声を出す。氷室はなにも答えず、俺たちに軽く会釈し、三列ほど離れた通路側の席に腰を下ろした。 距離はあるのに、その存在感は俺の視界の端に焼きつくように離れない。「氷室先輩、奏
last updateÚltima actualización : 2026-10-19
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第26章:仕組まれた罠4

*** 図書室の奥、窓際の席。加藤と奏が向かい合って座っているのを確認し、俺は真正面には行かず、三列ほど離れた通路側の席に腰を下ろした。 距離は話し声が届くか届かないか、ぎりぎりのライン。視線は手元の本に落とす。だが、ページの隙間から二人の姿をしっかり捉えた。 奏は笑い、ときに少し困ったような顔をしながら、積極的に会話に応じる。加藤はその変化をひとつも取りこぼすまいと、正面から見据えていた。(……やはり、いつもどおりだ) 一見、先輩と後輩のただの雑談。しかし加藤の間合いの取り方や、何気なく差し込む「もっと話したい」という空気――そのすべてが相手の警戒心を解きつつ、距離を詰めるための動きに俺には見えた。 図書室に入ったとき、加藤とは一瞬だけ目が合っている。俺の存在には気づいているはずなのに、一度も視線を寄こさない。まるで、最初から俺など存在しないかのように。(――裏がいるとしても、ここでは匂わせないか) 自然体を装い、奏だけに集中する加藤の姿。1年のクセに、装うにしては完成度が高すぎる。あまりに「自然」すぎて、不自然さが際立つ――そう思わせるほどに。 奏の笑顔が、加藤の目にゆっくりと映り込んでいく。その瞬間、なにかを計測するような静かな満足が彼の表情にハッキリと滲んだ。 ほんの一瞬、胸がざわつく。――奏を取られるなどという感情を、俺は必死に押し殺した。 ページを閉じても、耳は二人の会話を拾い続ける。加藤の声は落ち着き、時折ほんの少しだけ甘さを帯びる。そのたびに奏は微妙な間を置いて、戸惑いを含んだ返事を返す――それは完全な拒絶ではない。(……奏も気づいているはずだ。コイツがただの“後輩”じゃないことに) しかし加藤は、一歩も踏み込みすぎない。まるで「焦るな」と誰かに命じられているように、完璧な距離を保ち続ける。慎重さが逆に、背後の存在の濃さを物語っていた。 その後も監視を続けていると、机の上で加藤の指が一定のリズムを刻む。無意識のようでいて、どこか訓練めいた規則性を感じさせる動きだった。しかも時々ポケットの中に指先を潜らせ、なにかを押すような小さな動きがあった。クセにしては、あまりにも間隔が正確だった。(もしかして……今この瞬間、誰かと繋がっているのか?) 引っかかりを胸の奥に沈める。(――直接揺さぶるのは、まだ早い。泳がせる価値はあ
last updateÚltima actualización : 2026-10-20
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第27章:追跡の果てに

図書室を出る加藤と奏の背を、少し距離を取って追った。 奏が振り返る素振りはない。きっと今も、加藤との会話を装いながら、警戒を解いてはいないはずだ。 校舎を抜け、夕焼けに染まった渡り廊下を通る。あのあと奏と分かれた加藤は一定の速さで歩き、決して急がない。だが時折、ポケットの中で指を僅かに動かす――図書室でも見た、あの癖だった。(通信か……それとも無意識の合図か) 加藤はそのままグラウンド脇を抜けると、人気の少ない裏門へ向かった。部活帰りの生徒がちらほら通る程度で、視線を逸らしていればヤツは目立たない存在になる。 適度な距離をとって尾行しているが、加藤は一切振り返らない。尾行を警戒している様子も見せない。 裏門から出て、住宅街の細い路地に入る。通学路から外れたこの道は、夕方でも人通りが少ない。 ――こういう道を選んだのは、偶然ではないだろう。 俺は曲がり角で足を止め、わざと一拍置いてから追いかける。角を曲がった瞬間、視界の先に加藤の姿はなかった。(……やるな) 足音を殺して、周囲を探る。すぐにわかった。右手の駐車場の影――そこに加藤が立っていた。 加藤はポケットからスマホを取り出し、誰かと会話していた。その表情は、図書室で見せた柔らかい笑みなど欠片もなく、冷たく研ぎ澄まされている。「……了解。次の指示は?」 低く抑えた声。無駄がなく、従順な兵士のような響きを耳が捉えた。相手の声は聞こえない。だが、加藤の頷き方には、慣れた服従の色があった。(……やはり、“裏”がいる) やがて加藤はふたたび歩き出し、雑踏に紛れながらビルの影へと消える。その直前に、ポケットの中で指を二度叩いた。小さな仕草にすぎない。だがそれは、ただの癖ではなく――明確な「合図」だった。 ビルの隙間は夕方だからこそ薄暗い。外のざわめきが急速に遠のき、足音すら吸い込まれていく。 その奥に立っていたのは、白シャツ姿の人物。逆光に隠れた顔ははっきりしないが、立ち姿には奇妙な既視感があった。 加藤がその人物に近づき、声を潜める。「……計画……予定どおり」 「……奏……監視は……」 断片的な単語だけで、全身の血が凍る。 白シャツの人物が小さく笑い、加藤の合図に応じるように一歩前へ出る。光に微かに浮かんだ輪郭――短く整えられた髪に細い顎。(……コイツは、いったいどこの誰だ
last updateÚltima actualización : 2026-10-21
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第27章:追跡の果てに2

加藤の追跡を断念して自宅に帰り、自室に引きこもった。机の上に並んだノートとペン、そしてスマホ。窓の外はすっかり夜になっている。時計の針は十一時を回っていたが、眠気は一切ない。 加藤と喋っていた身に覚えのない男の横顔が、何度も浮かんでは消える。(あれは……どこかで見たのだろうか?) 目をつぶって、記憶の引き出しをひとつずつ開ける。文化祭の人混み、部活動の合同会議、駅前のバス停――断片はどれも繋がらず、焦燥だけが否応なしに募っていく。 俺はノートの左端に「条件」を書き出した。 ・背が高い(加藤と同じか、少し上) ・白いシャツ、癖のない立ち姿 ・左手人差し指に細いリング(光の反射で見えた) ・加藤と自然に会話 → 初対面ではない ・奏の名前を口にしていた 右側には「候補」を列挙する。まず、生徒会関係者。だが条件に合う者はいない。次に、奏や加藤と関わりのあった他学年。数人該当したが、リングの条件で外れる。(やはり……有朋学園の外になるか) そう仮定を立てながら、スマホでSNSを開く。加藤のフォロー欄を遡り、顔写真や集合写真を一枚ずつ丁寧に確認していく。表情や服装は違っても、立ち姿や手の癖までは隠せない。 五十件ほど流したところで、心臓が一瞬跳ねた。海辺で撮られた集合写真。中央に立つ背の高い人物――その左手人差し指に、あの細いリングが嵌められている。(……いた!) 名前はハンドルネームだけ。タグには「K」とある。ノートに大きく「K」と記し、赤丸で囲んだ。今日見た輪郭と、写真の姿がピッタリ重なる。もう疑う余地はない。(こいつが――“裏”だ) それでも、声に出すのを躊躇った。今ここで奏に知らせるべきか。だが、根拠はまだ薄い。間違いなく危険を伴うせいで、奏を巻き込みたくはない。 その逡巡が、胸の奥に重く沈んでいった。 窓の外で、犬の鳴き声が遠くに響いた。それを合図のように、ノートを閉じる。(明日からの動きは、この“K”を中心に回る。……必ず、奏の周りから引きはがす) 部屋の明かりを落とした瞬間、机の上のスマホが点滅した。通知のアイコンは、すぐに消える。(誰かに……見られているのか?) 咄嗟に思いついただけで、胸の奥に冷たいざわめきが広がった。暗闇の中で、赤丸で囲まれた“K”だけが、不気味に光って見えた。*** 翌日の放課
last updateÚltima actualización : 2026-10-22
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