沈む陽は血のように滲み、雲の裾を妖しく焼いていた。 冬の空は燃え残る光を孕み、白雪の原をゆるやかに紅へと融かしてゆく。 都の御代も翳りゆく頃、関を越えた北の果て、御影山の頂にして、龍ノ淵を望む断崖に――。 斎宮瑞礼は深藍の衣を纏い、ひとり、沈黙の中に佇んでいた。 婚礼衣装は異様なほど重く、刺繍の朱糸は氷を孕んだように冷たい。細い肩にのしかかるその質量はまるで己ではない、誰かの命を背負わされているかのようだった。 指先は凍えて震え、血潮は膚の奥で静かに凍りつく。肉体そのものが不可逆の儀式へと供されてゆくのを、瑞礼は黙然と受け入れた。 冠の帳の向こう、世界は蒼く滲み、音だけが異様に澄み切って耳を打つ。 遠く、古びた社の鐘が三たび鳴った。低く重く、その余韻は肺の底に沈み、魂を縫い留めた。 背後に蠢く人々の影は誰もが視線を逸らし、祈る仕草の裏に青年の死を容認する冷酷な沈黙を隠していた。 祭壇の足元には漆黒の淵が沈黙の口を開けていた。崖下では氷に封じられた湖が光を喰らうように広がっている。月も星も届かぬその水面は白く凍った膜の下でかすかに曇り、何かが呼吸するかのように蠢いている。それは――封ぜられし龍神の眠りの息であった。 風が強まり、瑞礼の裾を宙に攫う。祭壇の石床には古代の文様が刻まれ、朱の液が血のごとく染み込んでいた。 ――ざわ、と袖の奥で声が擦れた。 「今年は……官の兵がついてるぞ」 「女なら、いつものように……」 「……あれ、顔立ちは――男に見えはせぬか」 「しっ――口を慎め。御役目の前だ」 しかしその囁きさえ、雪に吸われて消える。 長老が杖を雪に突き立てた。囁きは吸い込まれ、白い息だけが宙に残る。甲冑の列がかすかに身じろぎし、瑞礼は裳《も》の端を指でたぐる。「龍神の怒りを鎮めるため――俘囚の贄を捧げよ!」 長老の声が天を裂く。祝詞であり呪詛であり、祝福であり断罪。その一声が瑞礼の命を此岸から彼岸へ送り出す刃となった。――妹の代わりに、この地へ来た。 ――たったひとりの家族を守るために。 彼は視線を足元に落とす。布靴。かつて妹である瑞白のために縫ったもの。針
最終更新日 : 2025-10-31 続きを読む