国子は深く頭を垂れ、それからこちらを見下ろした。「皇女は、まだあなた様のお力をお待ちです。今のまま、そう長くはもたせられません。 風と水を静めていただければ、北の里々を巻き込まずに、この騒ぎを抑えられるでしょう」 一呼吸おいて、穏やかな口調のまま言葉を重ねる。「ですが、もしお力をお借りできないとなれば……手立ては、他にもございます。人の世の理とは、時に神の慈悲よりも無残に、泥を啜るような真似も厭わぬものですから」 瑞礼の背筋を、見えない氷柱が撫で上げた。穏やかな声音の裏に、「里を楯に取る」という冷酷な刃が、鞘走る音もなく突きつけられている。 緋宮はゆっくりと息を吸った。その肩から雪がぱらぱらと落ちる。「……わかった」 その一言に、瑞礼の心臓が強く跳ねる。「ひと月だ。それを限りに、俺はお前たちの掲げる理に、力を貸してやろう」 国子の背後で、兵たちの間にほのかなざわめきが走る。国子自身はその気配を背に受けながらも、表情を崩さなかった。「ご決断、感謝いたします」「だが条件がある」 緋宮の声が、それを遮った。国子の瞳がわずかに細まる。「条件……ですか」 緋宮は、横に立つ瑞礼の肩へと視線を落とした。 瑞礼は息を呑む。凍えた空気が喉を刺した。「この男の身の安全を、必ず守れ」 その言葉は、雪よりも鋭く空を切った。「里にも、ここにも、二度と手を出すな。こやつを害せば、その時は人の理もろとも、この国を噛み砕く」 国子はしばし黙した。崖の上で風が翻り、彼の衣の裾を揺らす。「……なるほど」 やがて、小さく笑みを含んだ声が落ちてきた。「龍神が人の身を案じられるとは、思いもしませんでした」「返答になっていないぞ」 緋宮が低く言う。金紅の瞳が、遠い崖上の男を射抜いた。 国子はひとつ息を吐いた。「わかり
Huling Na-update : 2025-12-15 Magbasa pa