夜が深まっていた。 外の山路では、細かな雪が土を薄く覆っているだろう。洞の奥まで冷たい空気が吹き込み、細い笛のような音を運んできた。 瑞礼は火床の傍に腰を下ろし、焔を囲む石のあいだから手を伸ばして、木片をひとつ足した。ぱちりと音がして、橙の光が瑞礼の頬を照らす。 その光の向こうでは緋宮が黙して身を横たえていた。瞳の奥に炎を映しながら、静かに何かを思っているようだった。「――この焔の匂いが、懐かしいです」 瑞礼がふと呟いた。「里でも、冬が近づくころになると、皆で火を囲みました。木々の枝を折って燃やし、その煙で穀を燻して、来年の実りを祈るんです」「人は、祈るのが好きだな」 緋宮の声は淡く響いた。「……生きるというのは、祈ることと同じなのかもしれません」 瑞礼は笑みを浮かべたが、その笑みはどこか遠かった。 炎の揺らぎが瞳に映る。 しばらく沈黙ののち、瑞礼は小さく息をついた。「……妹が、いました。瑞白といいます。まだ幼くて、いつもわたしのあとをついて回っていたんです」 緋宮がゆるやかに顔を上げた。「お前がここに来た日、花を手渡してくれたと言っていたな」「ええ。春になると野を白く染める花を、里を離れる朝に手渡されました。『わたしだと思ってお供させてください』と言って。 白い、小さな花です。……あの子は、花の匂いが好きで、よく摘んでは髪に挿していました」 瑞礼の声が細く震えた。「……いつか、もう一度会いたいと思います」 焔の音がひときわ大きく弾けた。 緋宮は炎を見つめながら、低く言った。「やはり、帰りたいと思うのだな」「……そうですね」 瑞礼は目を伏せ、しばし考え込む。「けれど、この淵にも瑞白の名残が咲いています」 そう言って、火床の向こうを指さした。 果実の木の足元に、白い花が咲いている。龍ノ淵に来た時植えた花は、その数を増やしていた。 冷たい空気の中でなお、咲き誇るように揺れている。夜の火に照らされて、花弁が雪のように光っている。「手を掛けてやると、冬でも咲き続けるのです」 瑞礼は微笑した。「人の手が届かぬところでも、生は続いている。……瑞白も、きっと同じです」 緋宮の瞳がかすかに揺れた。 しばしの沈黙のあと、低く問う。「……なぜ、お前がこの地に来ることとなったのだ?」 瑞礼は焔を見つめたまま、ゆっくり
Huling Na-update : 2025-12-05 Magbasa pa