マテアは絶句し、あらためて周囲を見渡した。 かつて森があった場所。天をおおい隠すほど緑がしげり、様々な鳥が鳴いて彼女を滝まで誘導してくれた。目に見えなくとも、暗がりにはたくさんの命が息づいていたのが感じられた。それが、今は立木一本生えていない平坦な地となっている。 これをすべてこの地の民が為したというのか。 寒さによるものとは違う、もっと底冷えのする、心の芯から凍りつくような冷気の忍び寄りに、マテアは己でも知らぬうち、両の肩を抱いて震えていた。 なんとおそろしい者たち。自分が何をしたか、それさえも理解できないなんて、まるで赤子のようではないか。同じ世界に住むものである森を焼きはらうなど、『他者』を害するというその意味を本当に理解できていれば、とてもできるはずがない。 森や滝の恩恵を受けていたものたちは、きっと数多くいただろう。あそこは穢れを寄せつけない、聖地だった。それを蹂躙され、あの夜の鳥や小動物たち、それに木々は、どれほど泣き叫んだことか。やめてくれと、口々に叫んだろう。なのに人間たちはそれを無視した。無理矢理、力ずくでねじ伏せ、殺し、己にとって都合のいいように事を運んだのだ。 命の声を無視し、平然と森を焼きはらう、そんな冷酷な輩に<魂>の返還を求めなければならないとは。 あらためて実行の困難さを噛みしめていたマテアに、木々は安堵するよう息をついた。 ――ああでもまたいらしてくださってよかった。あのような事になり、もしや二度といらしてもらえないのではと案じておりました。 その言葉に、マテアも木々に訊きたいことがあったのを思い出す。「わたしの<魂>を奪った男があの後どうしたか、あなたたちは知っていて?」 ――もちろん存知ております、月光の乙女。わたしたちはなんとしてもそれだけはあなたさまにお伝えせねばと思い、土中で眠らずに待っていたのです。 ――あなたさまの禊を中断させた人間の男は、あなたさまの<魂>の恩恵によりこの地での長い戦いを無事生き抜いて、同じく生き残った他の者たちとともに南西へむかいました
Last Updated : 2025-11-09 Read more