信じられないと、レンジュは手の中で気を失っている乙女を見た。 望外の幸運。 望んではいたけれど――この瞬間のためなら、自分は命だってよろこんで差し出すに違いないと確信していたけれど、でも、まさか本当にその瞬間が訪れるなんて! とうとうおかしくなった頭が見せた幻覚かもしれないと思うには、両手に託された彼女の重みはあまりにも現実味がありすぎた。 信じられない。 ぐったりとした彼女の体を引き寄せ、重心を自分に預けさせる。肩に触れる彼女の顎。服越しとはいえ二の腕が触れあい、全身が密着する。鼻先に迫ったうなじから、かすかに甘いにおいがした。 黒髪が多いこの国ではめずらしい金色の髪に、ああ本当に彼女なのだと感じ入り、背に回した腕に力をこめようとしたとき。「それをこっちへ渡してもらえるかい?」 言葉の持つ意味とは正反対の、命令するようなふてぶてしい女の声が聞こえてきた。 レンジュは身をずらし、声のした方へ向きを修正する。そこには中年の太った女が仲間と思われる男たちの先頭に立ち、自分が何者であるかを示すように、朱の輪が入れられた奴隷商人特有の黒鞭で軽く左手を打っていた。「迷惑かけちまってすまないねえ。さぞ驚いただろう。最近仕入れたばかりでまだまだ躾がなってなくてね。ま、大目にみといてくれるとうれしいよ。二度とこんな事はしないよう、きつく教えこんどくからさ」 さあ、と中年女の後ろから前に出た男が手を伸ばしてくる。レンジュは言った。「彼女を知っている」 ぴく、と指先が震えて、男の手が凍りつく。 この女は正式な手順を経て購入したわけじゃない。拾ったのだ。正統な持ち主かもしれない。どうしたらいいものか、振り返って自分に判断を求める男の視線を無視して、中年女はさらに笑みを深めた。「ふぅん、そうかい。その娘は北の雪原で見つけたんだ。三ヵ月ほど前にあっちで大きな戦があったそうだから、あんたがその生き残りならそういうこともあるんだろうね。そんな薄着であんなとこにいたんだ、猟師の娘とは思えない。また、猟師の娘風情の器量にも見えないしね。 おおかた
Last Updated : 2025-11-29 Read more