All Chapters of 月光聖女~月の乙女は半身を求める~: Chapter 41 - Chapter 50

55 Chapters

交わる運命は耐え難き灼熱のもとで 4

 信じられないと、レンジュは手の中で気を失っている乙女を見た。 望外の幸運。 望んではいたけれど――この瞬間のためなら、自分は命だってよろこんで差し出すに違いないと確信していたけれど、でも、まさか本当にその瞬間が訪れるなんて!  とうとうおかしくなった頭が見せた幻覚かもしれないと思うには、両手に託された彼女の重みはあまりにも現実味がありすぎた。 信じられない。 ぐったりとした彼女の体を引き寄せ、重心を自分に預けさせる。肩に触れる彼女の顎。服越しとはいえ二の腕が触れあい、全身が密着する。鼻先に迫ったうなじから、かすかに甘いにおいがした。 黒髪が多いこの国ではめずらしい金色の髪に、ああ本当に彼女なのだと感じ入り、背に回した腕に力をこめようとしたとき。「それをこっちへ渡してもらえるかい?」 言葉の持つ意味とは正反対の、命令するようなふてぶてしい女の声が聞こえてきた。 レンジュは身をずらし、声のした方へ向きを修正する。そこには中年の太った女が仲間と思われる男たちの先頭に立ち、自分が何者であるかを示すように、朱の輪が入れられた奴隷商人特有の黒鞭で軽く左手を打っていた。「迷惑かけちまってすまないねえ。さぞ驚いただろう。最近仕入れたばかりでまだまだ躾がなってなくてね。ま、大目にみといてくれるとうれしいよ。二度とこんな事はしないよう、きつく教えこんどくからさ」 さあ、と中年女の後ろから前に出た男が手を伸ばしてくる。レンジュは言った。「彼女を知っている」 ぴく、と指先が震えて、男の手が凍りつく。 この女は正式な手順を経て購入したわけじゃない。拾ったのだ。正統な持ち主かもしれない。どうしたらいいものか、振り返って自分に判断を求める男の視線を無視して、中年女はさらに笑みを深めた。「ふぅん、そうかい。その娘は北の雪原で見つけたんだ。三ヵ月ほど前にあっちで大きな戦があったそうだから、あんたがその生き残りならそういうこともあるんだろうね。そんな薄着であんなとこにいたんだ、猟師の娘とは思えない。また、猟師の娘風情の器量にも見えないしね。 おおかた
last updateLast Updated : 2025-11-29
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交わる運命は耐え難き灼熱のもとで 5

 呆れ顔で成り行きを見守っていた中年女すら、目をむいてゼクロスを凝視する。さもありなん。ゼクロスの提示した額は性奴としての一般的な額をはるかに超えており、下級兵士では一生お目にかかれるかどうかすらわからない単位にまで及んでいたのだから。 王族に召し上げられる性奴ですら、これほどまでに高額ではないだろう、とうわずった声で隣同士ひそひそと話している。けれどもそのどこからも『法外』のひと言は聞こえてこなかった。レンジュが腕に抱いた女は、おそらくこれまでになく、そしてこれから先も現れるとは思えない、絶世の美女であることを認めない者はいないために。 かわいそうに、との同情の目が、レンジュへとそそがれる。 下級の、しかもまだ歳若い彼に払える額ではない。知りあいを助けたいとの善意から彼は口にしたのだろうが、彼にできるのは彼女を引き渡し、再会したことを忘れてここを立ち去ることだけだ。 しかし、周囲のした予想と違い、先のゼクロスの提示からそう間をあけず、「わかった」 との応じる言葉が発せられたのを耳にした瞬間、どよめきはさらに膨れ上がった。 一番驚いたのは、まぎれもなくゼクロスだ。彼は、レンジュの目を覚まさせるために口にしただけだったのだから。「はらえる、ってのか…?」 ありえないと思いながらも、少しも動じたふうでないレンジュの姿に一抹の不安を感じて、声がかすれている。レンジュは左手だけにマテアの体を移行させ、あいた右手で腰の革袋を探り、中からなめし皮製の巾着袋をとり出して放った。小さな弧を描いたそれを受けとめたのは中年女で、彼女は鞭を脇にはさむと口紐をほどいた。我も我もと肩口から巾着の中を覗きこもうとしてきた男たちを邪険に肩で押し戻した中年女は、もう片方の掌に、ざっと中身をばらまく。 出てきたのは緑や赤の石だ。緑が一番多くてその次が赤、黒は二十もない。表面はまろく、なめらかな表をした自然石だ。輪郭線はいびつだけれども大まかに見てどれも似た大きさで、楕円形をしている。そしてそのどれもに剣をくわえた盲目の獅子の紋章が焼きつけられていた。 石そのものに価値はない。 紋章の焼き印がなければどこ
last updateLast Updated : 2025-11-30
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交わる運命は耐え難き灼熱のもとで 6

「ゼクロス!」 今にも掴みかかりそうだったゼクロスを制したのは中年女だった。「いいかげんにしな、みっともない。あんたは額を提示し、むこうはちゃんとそれに応えた。 誰がはらおうと関係あるもんか。貴族だろうが雑兵だろうが、金は金。はらったやつがあたしらの客さ。分割にしようとしない分、どっかのケチなお貴族さまよかよっぽど上客ってもんだ。 だろう?」 ぐっ、と言葉につまり、黙りこんだゼクロスに、問題は解決したとみたレンジュは再度背を向け立ち去ろうとする。だが三歩と行かないうちに、今度は中年女が呼びとめた。「持ってきな」 ふわり。マテアが落とした毛布が投げられ、彼女の上にかぶさる。「その娘、どうやら陽に弱いようだからね」 言われて覗きこんだ面が、意識を失いながらも苦痛に歪んでいることにはじめて気付いて、レンジュは短く礼を言った。 彼が支払った額を考慮すれば、使い古した安物の毛布をくれた程度で礼を言う必要などなく、また彼等奴隷商人がどういった輩であるのか、彼等が本当は彼女をどうしようとしていたかも察していたが、それでも――彼女と自分を会わせてくれたのだと思うと、それだけで、感謝の気持ちがこみ上げた。 レンジュの歩行に反応して、野次馬たちは引き潮のように道を開く。両側に連なる男たちから一斉に羨望の眼差しを受けても動じることなく、レンジュはハリの待つ出口へ向かって歩いて行った。
last updateLast Updated : 2025-11-30
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月の乙女と地上の兵士 1

 声が聞こえた。 小さくて、短い言葉。文句。同じ一言をくり返している。 なに? なにを言ってるの? マテアは暗闇で耳をすます。目は開けていない。瞼の向こう側にあるのは、まろやかな黄色の光。青臭い草のにおいがしている。「――ア。――テーア」「マテアってば!」 いきなり耳元で叫ばれた。軽くぺちぺちと頬を叩かれて、その拍子に目を開く。「ああ、やっと目を覚ました」「だめよぉ、こんな所でうたたねしてちゃ」 真上から覗きこみ、くすくす笑っている二人を見て、マテアはあっと息を飲む。「カティル!  それにイリア?」 大急ぎ身を起こしたことで、マテアが完全に目を覚ましたと確信した二人は立ち上がり、花篭を手に離れて行こうとする。「ま、待って! あなたたちどうして地上界にいるの?」「ぇえ? なに言ってるのよマテア」「やぁね、マテアったら寝ぼけちゃって。わたしたち、光雫華を摘みにきてるんじゃない」 くすくす。くすくす。 心底おかしそうに笑う二人を、マテアは半信半疑で見上げる。 どういうこと? わたしは、地上界に降りていたはず…。 目を覚ます前の事を思い出そうとつとめた脳裏に、<魂>のことがひらめく。 ああ! わたし、<魂>を失くしてたんだった!  今の姿を見られてしまったと、隠せるわけはないのにあわてて後ろを向いてかばいこもうとした直後、掌を見て、またもマテアは驚く。「<魂>が……戻ってる……?」 微弱ながら輝く金光が掌を包みこんでいた。 間違いなく、これは<魂>だ。あの地上人に奪われたはずの、わたしの<魂>……。 どうして?「ちょっとちょっと、どうしたの? いきなり後ろ向いたりして」 カ
last updateLast Updated : 2025-12-01
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月の乙女と地上の兵士 2

 目を開いた直後、涙が目尻を伝っていった。 ゆっくりまたたくと、にじんでいた視界がだんだんはっきりしてくる。 これまで目にしてきた馬車の幌とは違う、白布の天井が外の風にうねっていた。ぐるりと視線を巡らせるだけで、自分が仰向けに寝ているのが天幕だとわかる。下も馬車の床板ではなく地面で、そこに布が敷かれ、さらにその上に何か動物の毛皮のような毛足のある敷物が敷かれていて、そこに自分は寝ているらしい。毛皮といっても厚みはあまりなく、地面のごつごつとした感触と土臭さが嗅ぎとれる。 ろうそく芯と皿だけの簡素な灯台が枕元の少し先にあったが、火はついてはいなかった。布の壁を透過してくる光で十分天幕内の様子はうかがえるので、今は昼間なのだろう。 天幕内にいるのは自分一人だ。 それはわかったが、ではなぜ、いつからここにこうしているかがわからなかった。 ずっと体調が優れなくてほとんど寝てばかりいたせいか、記憶がぼんやりしている。 あの男たちにとらわれて、馬車に乗せられて。何日たった? 休憩のときも、夜も、あの馬車から一人で降りることは許されなかった。でもここは馬車でなく、あの姦しい女たちもいない。 ただの夢か、それとも現実にあったことか。 とりとめなく意識の表層に浮かんでは沈んでいく記憶の断片の中から、意識が途切れる直前の光景を選び出そうと努める。そうして、それがあの男の胸を捕らえた自分の両手であるとさとった瞬間、マテアはがばりと身を起こした。 そうだ。わたし、あの男を見つけて……! そこでぷつりと記憶が途絶えているのは、気を失ってしまったからだろう。 なんというていたらく。ようやく見つけたのに、肝心のところで気を失ってしまうだなんて。 きっと男はこれ幸いにと逃げてしまったに違いない。 ふりだしに戻ってしまったとの失望感が、じんわりと胸に広がる。また捜さねばならないと思うとさらに気力が萎えた。 そんなマテアに追い打ちをかけるのが気温だ。どうやら外はこれまでで一番の上天気らしい。布越しに温められた天幕内の空気が熱気となって押
last updateLast Updated : 2025-12-02
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月の乙女と地上の兵士 3

 若い、と言ってもこちらの世界で人の寿命がどれほどかわからないので本当の年齢は見当もつかないが、外見的はマテアと同じくらいだ。 先の女と同じ型に髪を結い上げていて、髪の色も肌の色も同じせいか、どことなく雰囲気が似ている。『ユイナ』『起こさないようにって言われてたでしょ? しそうだと思ったからレンジュもわざわざ断っていったっていうのに。 ほんと、辛抱が足りないんだから、かあさんてば』 やはりしゃべっている言葉は一言もわからず、ギャアギャアと鳥が鳴いているようだったが、ずっと柔和な笑顔で悪意を感じられないせいか印象はだいぶ違って見えた。 若い女は先の女をからかうような手振りをしながら天幕の中へ入ってくる。反対側の脇には、布の入った篭が抱えられている。『起きてたよ、もう』 しかめっ顔で、しぶしぶといった様子で先の女が答える。そして罰の悪さをごまかすように声を張り上げた。『にしたって、見てごらんよほら! この娘っ子ときたら、こんな真っ白な肌の色をして! 北の出の娘でもこんなに白くなんかないよ! 腕も足も、まるで棒っきれじゃないか! こんな細腕じゃあ水の入った甕一つ運べやしない! 腰は細いし、尻は小さいし! あれほど女を買うときは尻をよく見ろと言い聞かせておいたのに、容姿で選んだね、あの子は! 顔なんかいくら良くったってなんの役にも立ちゃしないってのに、なんでこうも若い子はそろいもそろって顔の造りばかりで選ぼうとするんだろう! やれ無能だ、要らぬ買い物をしたと、あとで嘆くのは自分たちのくせに!』 あの子だけは違うと思っていたのに。 悔しそうに歯をきしらせ、ぶちぶちぶちぶちいつまでも女はぐちり続ける。 まあまあ、落ち着いて、と若い女がとりなそうとしているのを、マテアは黙って見ていた。 さっきと同じだ。女は、マテアについてのことを、この若い女に向かってまくし立てているのだ。 若い女が入ってきて腰を折られた気分だったけれど、またむくむくとマテアの負けん気が湧き上がる。 そもそもこの人たちは一体、ここで何をしているのだろう。わたしの所へきたという
last updateLast Updated : 2025-12-03
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月の乙女と地上の兵士 4

 ユイナはまるで触れられたくないというマテアの心を読んでいるかのように、直接肌と肌が触れないよう、指先まで気をつかいながら着替える手伝いをしてくれた。 馬単に乗せられて以来、こちらの世界の衣装は目にしてきたが、どの女性も微妙に違っていたうえ何重にもまとっていたので、どれをどういう順番で重ね着すればいいのかわからずにとまどっていると、ユイナはそれを察して、自分の服を緩めて、身振りで着方を教えてくれた。 足にクリームを塗り、靴下を履き、ズボンを履き、白色の衣を重ね、薄手の手甲をつけ、最後に残った刺繍入りの長衣をかぶったのち、水晶飾りのついた帯布で巻き締め、さらに数本の組紐をその上から巻きつけるのだが、この重ね着はマテアには暑くて動きづらい。 さらにこの上から手袋や長靴を履かなくてはならないと知ったマテアはついに我慢しきれなくなって、長衣の下の衣を何枚かぬぎ捨て、ズボンも靴下もとってしまった。 どうせ長衣の下に隠れてしまうから、長靴だけ履けば下を履いてるかどうかなんて誰にもわからない。 自分の半分以下の薄着になってしまったマテアには、さすがにユイナも驚き、呆れたような表情をしていた。『風邪をひくわ。しもやけができたり、凍傷になるかもしれないわよ?』 マテアとしてはもっと脱いでしまいたかったのだが、ユイナの反応を見ると、これ以上の薄着はこちらの常識からかなりはずれてしまうようなので、やめたのだった。 人からはずれて目立つことは避けるべきと、木々たちに忠告されていることだし。 最後に、なぜか右の手に輪をはめるようにしつこく迫られた。 表に小さな赤い石――宝石?――がはめこまれていて、その下に文字のようなものが刻まれた、細い銅輪だ。何の意味があるのだろうと思ったが、文字や石など微妙に違うけれど同じ銅輪をユイナもしているのに気付き、ただの装飾品だと解して気にするのをやめた。『さあ行きましょ』 手招きするユイナに従って、外へ出た。もちろん陽差しを避けるための布を頭からかぶるのは忘れない。(不思議と、これもユイナが用意してくれていた) かぶっていても陽差しを完全に防ぐことはできず、胸がつまるほ
last updateLast Updated : 2025-12-04
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月の乙女と地上の兵士 5

「……あっ」 重ね着した上からなので熱は感じないが、火傷の上を握られて、喘ぎがもれた。『! 何するの!』 気配を察して振り返ったユイナがその手を叩き払ってくれたおかげで、ようやく硬直を解くことができた。 目深に被っていたため完全にはずれることを免れた被り布をあわてて元の位置まで引き降ろし、その下からあらためて乱暴を働いた狼籍者を盗み見る。 そこにいたのは、ぼさぼさ髪をうなじで一束ねにした巨漢の男だった。 こちらの者は全員陽の女神の寵愛を受けている証のような浅黒い肌に闇色の髪と瞳をしていて、実をいうとマテアにはぱっと見見分けづらいのだが、この者は一目見ただけで他者と区別することができそうだった。 なにしろ周囲を見回してもここまで大きな男はいない。『そう怒るなよ。たかが手をつかんだだけじゃないか』 巨漢は睨みつけるユイナに愛想笑いを見せ、他意はないと示しながらもちらちらマテアを見ている。『よく言うわ。好きモノのあんたの本音なんか、とうにお見通しよ。何よ、その目ときたら! ミエミエだわっ』 ユイナはそれこそ地に叩きつけるかのように言葉を返し、マテアと巨漢の間にすっくと立つ。 彼女を見るのも許さないとの態度には、さすがに巨漢も笑みを消した。『おいおい。なにをそんなに警戒してんだよ。べつに、おまえに手を出そうとしてるわけじゃないぜ? おまえは今じゃあハリのもんだし、もう飽きたしな』 巨漢が肩をしゃくりながら口にした醤葉によって、カッとユイナの頬が屈辱の朱に染まったのを見て、マテアは胸元でぎゅっと手を握りあわせた。何かとてもいやな事が起こりそうで、胸がちくちくする。 巨漢はユイナの素直な反応に、してやったりと嗤っていた。目を釣り上げ、ぎり、と音がするくらい奥歯を噛みしめたユイナは、唐突に振り返ってマテアの右手を持つや、その手首にはまった鋼輪がよく見えるよう、ずいっと巨漢の方へ突き出す。『あらそう。あたしがハリのものだと知っているなら、これが何を示すかも、よーくご存知よね? 彼女はレンジ
last updateLast Updated : 2025-12-05
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月の乙女と地上の兵士 6

 一度は観念した、大事には至らなかったことにほっと胸をなでおろしていたマテアの肩を、ぽんとユイナの手が叩く。『ありがとう、かばってくれて。 にしても、いやなやつよねー。あたし、昔っからあいつが大嫌い。すっこいドケチだし。すぐひとを天幕に連れこみたがるくせに、一度だって食べ物はおろか服も装飾品の一つもくれたことないんだから。真冬の夜の寒さをしのぐために利用する以外であいつの閨に入りたがる女なんか、ただの一人もいやしないわ。 女たちの間じゃ隊で一番の鼻つまみ者なの、知らないのかしら? きっと知らないわね、あれじゃ』 ぶつぶつ、ぶつぶつ。巨漢の姿が見えなくなっても、ユイナは不機嫌な顔でつぶやいていて、歩き出す気配は全くない。 彼女が口にしているのはあの巨漢のことだろう。たぶん。で、表情から、悪口であろうということは察することができるけれど、何を言っているのかは全くわからない。 きっかけは自分の腕がつかまれたことだった。だからマテアとしても彼女が何を口にしているか気にならなくはなかったのだが、訊く術がないこともわかっていたので、黙しているしかなかった。 やがて、うつむいて足元ばかり見ているマテアに気付いたユイナが、顔を上げてくれるよう、あわてて両手を振った。『ごめんね。ごめんなさい。あたしばっかり愚痴ったりして。あなたにこそ、いやな思いをさせてしまったのよね。 でも気にしなくていいわ。あなたがその輪をしてる限り、誰もあなたには手を出さないから。 どの隊でもそうだけど、この隊は特に厳しいの。他人の財産に手をつけたら片手を落とされるわ。二度目で両手、三度目は追放。 あいつにそんな勇気あるもんですか。だから安心して』『そーそー。ああ見えてけっこう小心者だからね、あいつは』 自分の銅輪を差したり、手首をちょん切る動作をしたり。身振り手振りで言いたいことを伝えていたユイナに同意する声が、唐突に間近から起きた。 いつの問に近付いていたのか、革衣をまとった青年がユイナの後ろに立っており、驚く彼女の肩に親しげに手を回す。『ハリ! この役立たず亭王!』 
last updateLast Updated : 2025-12-06
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月の乙女と地上の兵士 7

「どうしたの?」 はじめのうちは好きなだけさせておこうと思っていた。気にしないでいようと。 しかし気絶したルキシュを天幕に寝かしつけ、自分たちの天幕へ戻ってからもう随分経つというのに、座して以来じっと考え込んでいる姿に、ユイナの好奇心が負けた。 アバの葉を砂糖と湯で煮つめたお茶の入ったカップを手渡し、その横に座る。「随分深刻そうに考え込んでるじゃない。そんなの、てんであなたらしくないわよ」 つん、と人差し指で頬をつつく。 子供じみた、けれど親しみのこもつた仕草にハリは苦笑した。「レンジュのことだよ」「それはわかってたわ」 ハリとレンジュは隊にいる男たちの中でも特に仲がいいことで知られていた。 七年前、新兵として一緒に配属されてきた、いわば同期で、それ以来ずっとコンビを組み、生死を共にしてきているからだとみんな思っている。 入隊する前のことについて、語らない者たちは多い。兵士は入れ替わりが激しいこともあって、自然と過去は詮索しないのが暗黙のルールとなっていたからユイナもずっとそうだと思っていた。 だから本当は二人の仲はもっと昔、物心つくかつかないかのころからで、二人は幼なじみの間柄なのだということを、ユイナはハリと暮らすようになってから初めて聞かされた。 レンジュは戦場から遠い地に居を構えられるほど名と力を持った家の生まれで、ハリは彼の両親に仕える使用人の息子だった。常識で考えれば口をきくことも許されない身分差だったが、理解ある両親のもと、歳が近いということもあって友人として付き合うことを許されていた。 そして十五歳になったハリに戦地への出兵命令書が届いたとき。レンジュは自分も行くと志願したという。 貴族なのに? とユイナは疑問に思った。貴族であろうと出兵命令書は発行されるが、まず戦地に行く者はいない。兵士として不適格と判断される理由を選び、証明書を買い、承認されて免除されるのが普通だ。 不公平だがそういうものだ。世の中に公平なものなど存在しない。 だがレンジュはここにやって来た。 何の肩書きもない、ただの一兵卒と
last updateLast Updated : 2025-12-07
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