All Chapters of 黒薔薇の魔女~さよなら皆さん。今宵、私はここを出て行きます: Chapter 21 - Chapter 30

51 Chapters

20 婚約者の耳を疑う言葉

 部屋に戻るとすぐにノックの音が聞こえた。「はい」返事をすると先程叔父と一緒に現れたフットマン達が台車に私の荷物を乗せて現れた。「フィーネ様、お荷物を運んで参りました」1人のフットマンが荷物を持って入って来た。「ええ、ありがとう。荷ほどきは自分でやるから床の上に置いといてくれる」「はい。かしこまりました」フットマン達は私の荷物を次々に下ろすと、まるで逃げるように部屋から去って行った。その様子に違和感を抱く。「一体、何なの……? 叔父様に叔母様だけでなく使用人たちまで私を怯えた目で見るなんて……」全くもって訳が分からない。でも気にしていても仕方がない。私は届けられた荷物の整理を始めた――****荷物整理を初めて30分程経過した時。ノックの音とともに、声が聞こえた。「フィーネ、いるんだろう? 僕だ、ジークハルトだ」「え!? ジークハルト様!?」時刻を見るとまだ10時を過ぎたばかりだった。まさかこんなに早くジークハルトが屋敷にやってくるとは思ってもいなかった。「ジークハルト様!」急いで駆け寄ると扉を開ける。するとそこには愛しいジークハルトの姿があった。「良かった、フィーネ。離からここに戻って来れたんだね?」ジークハルトは私を胸に抱き寄せた。「はい、私がここへ戻って来れたのは全てジークハルト様のおかげです」ジークハルトの胸に顔を埋めた時……ふと気付いた。それは彼から今迄嗅いだことのない香りを感じたからだ。「あの……ジークハルト様」「どうしたんだい?」「何か香水をつけていますか?」「え!?」その言葉に驚く彼。「何故そんなことを尋ねるんだい?」「いえ……何でもありません。多分気のせいだと思います」その時、ジークハルトの顔が青ざめて見えたので私は追求するのをやめた。「そうか? 気のせい……だったんだね?」「はい、そうです。それにしても驚きました。まさかこんなに早い時間に私の元に訪ねてきてくださるとは思ってもいませんでしたので」「そうだね……。とりあえず座って話をしないか?」「ええ、そうですね。どうぞこちらへ」部屋に備え付けのソファにジークハルトを座って貰い、テーブルを挟んで私も向かい側に座るとすぐに彼が口を開いた。「昨日、ローゼンミュラー家で火急の用件が持ち上がってね。その為に急いで城に帰らなければならなか
last updateLast Updated : 2025-11-10
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21 誰を信じれば

 一体ジークハルトは何を言っているのだろう? 20歳になるまで叔父に私の後見人になっていて貰う?結婚は20歳まで待ってくれと言ってるの?「ジークハルト様……。今の言葉……本気で言ってるのですか…?」声を震わせながら尋ねた。「そうだよ。君の為を思って言ってるんだ。昨日僕は必死で伯爵に説得したんだよ。フィーネの待遇を元に戻すようにって……その証拠に君は離れからこの城に戻って来れただろう?」「え、ええ……そうだけど……」「伯爵はもう心を入れ替えると約束してくれたよ。だから20歳になるまではこのまま伯爵に後見人を続けてもらって……そして結婚しよう? フィーネは僕を信用してくれているよね?」ジークハルトは私を抱きしめてきたけれども……彼の身体から匂う香りに我慢できなかった。「離して……。ジークハルト様……」「え? フィーネ?」ジークハルトが戸惑った様子で私を見た。「貴方の身体から匂う香りが……我慢出来ないのよ……」「!!」するとジークハルトの身体がビクリと反応し、慌てたように私から離れた。「フィーネ……? 香りって……?」「……」私はその質問には答えず、彼に背を向けた。「お願い……悪いけど1人にしてくれる?」「わ、分かったよ……。それじゃまたね」「……」けれど私は返事をしなかった。背後でジークハルトのため息と、彼が部屋を出ていく音を黙って聞いていた。バタン……扉が閉じられた後に……私の目に涙が溢れてきた。思い出した……。ジークハルトの身体についていたあの香りはヘルマがいつも好んでつけていた香水と同じ香りだった。「嘘よね……? ジークハルト様……」何故彼からヘルマと同じ香りがしたのだろう? そんな馬鹿な……偶然だと思いたい。だけど、今のジークハルトは怪しむ点が多すぎる。あれ程私が叔父家族を嫌っているのを知っているはずなのに、私がどれだけジークハルトとの結婚を待ち望んでいたか知っているくせに20歳になるまで待ってくれと言うなんて……。その上、ヘルマと同じ香りを身体にまとわり付かせている。「私は……何を信じて生きていけばいいの……?」私はいつまでも誰も訪れない部屋で泣き続けた――****ボーンボーンボーン気づけば12時を告げる振り子時計の音が部屋に響いていた。「もうお昼なのね……」そう言えば今朝は朝食を食べていなかっ
last updateLast Updated : 2025-11-11
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22 ヘルマの乱入

――コンコン部屋の整理をしていると扉をノックする音が聞こえた。「はい?」「フィーネ様。私です、ユリアンです」「え? ユリアン? どうぞ入って」「はい、失礼いたします」カチャリと扉が開かれると、トレーに食事を乗せたユリアンが現れた。「お食事をお持ちしました」「まぁ……ありがとう」トレーの上には湯気の立つスープにパンケーキ、サラダ、プディングが乗っていた。どれもとても美味しそうだった。「申し訳ございません……」ユリアンが頭を下げてきた。「え? 何故謝るの?」「いえ……お昼をとっくに過ぎた時間に……しかもまるで朝食のようなメニューしか御用意出来なくて」「そんなことないわ。私にしてみればこれはご馳走だわ。ありがとう、ユリアン」笑みを浮かべて礼を述べるとユリアンが頬を赤らめた。「いえ、フィーネ様のお役に立てれば光栄です。それではテーブルの上に運びますね」「ありがとう」ユリアンは部屋の中に入ってくると、中央に置かれた2人用のテーブルセットの上にトレーを乗せ、足元に置かれている荷物に目を止めた。「フィーネ様。まさか……お1人で荷物整理をされていたのですか?」「ええ。私には専属メイドがいないから」するとユリアンは眉をしかめた。「何て酷い話なのでしょう。本来、このアドラー家の正当な主人はフィーネ様なのに……あの方々は。おまけにヘルマ様には3人の専属メイドがついているのですから」「ねぇ……その3人のメイドって、やっぱり私を北の塔にある倉庫に閉じ込めたメイド達なの?」「……はい……その通りです……」ユリアンは目を伏せた。「そう。あの3人はクビにすると言っていたのに、しなかったのね。ということは罰もあたえていないのでしょうね……」やはり皆して私を騙したのだ。もう怒りも悲しみも湧いてこなかった。「フィーネ様、とりあえず今はお食事を取って下さい。折角のお料理が冷めてしまいますから。食事が終わる頃にまた伺います」「ええ、そうね。ありがとう」「いいえ。これが私の約目ですから。それでは失礼いたします」ユリアンは頭を下げると部屋を出て行った。――パタン扉が閉ざされ、1人になると椅子に座って食事を始めた。ユリアンが用意してくれた食事は久しぶりに美味しかった。私は今まで自分がどれほど質素な食事を口にしてきたのかを感じた。「ユリアンに感謝し
last updateLast Updated : 2025-11-12
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23 叔父の暴力

「い、痛っ……! ちょっと! 何するのよ! よくも突き飛ばしてくれたわね! なんて乱暴な女なの!?」ヘルマは起き上がると文句を言ってきた。「私は突き飛ばしてなんかいないわ! それにどっちが乱暴なのよ! 私を叩いただけでなく、髪の毛を引っ張ったくせに!」「うるさい! あんたなんか親と一緒に馬車事故で死んでしまえば良かったのに!」「な、何ですって……!?」その言葉に再び私の身体が熱くなった。すると……。「が……は……」突如ヘルマが喉を押さえて顔が青ざめてきた。「く、く……あぁ……く、苦し……」突如ヘルマが喉を押さえて苦しみだした。「ヘルマ……?」一体ヘルマは何を苦しんでいるのだろう……?すると――「何の騒ぎだ!?」突如叔父が部屋の中に飛び込んできた。そして床にうずくまるヘルマを見て駆け寄った。「ヘルマ!? しっかりしろ! ヘルマ!」しかし、ヘルマは苦しげに呻くだけだった。すると叔父は私を睨みつけるとズカズカと近寄り、怒鳴りつけてきた。「フィーネッ! お前……一体ヘルマに何をしたのだ!」そして私の頬を平手打ちしてきた。パーンッ!!その衝撃はヘルマの比ではなかった。一瞬脳震盪を起こしかけ、床に倒れ込んでしまった。そして口の中で鉄のような味が広がる。……どうやら叩かれた拍子に口の中が切れてしまったようだ。「う……」ジンジン痛む頬を押さえ、くらくらする頭で叔父を見上げた。すると……。「ゴホッ! ゴホッ!」ヘルマが咳き込みながら大きく息を吸い込んだ。「ヘルマ!? 大丈夫か?」「だ、大丈夫……」そして私を睨みつけてきた。「フィーネ……わ、私に……一体な、何をしたのよ……? よくも……やってくれたわね……?」「し、知らない……私は何も知らないわ……」口元の血を拭いながらヘルマを見ると叔父が再び私の元へ早足で近付き、憎悪を込めた目で睨みつけてきた。「フィーネ……今度何か問題を起こそうものなら地下室に閉じ込めるからな! 分かったか!」「私は何もしていないと言ってるではありませんか!」しかし叔父は私の訴えに耳も貸さず、背を向けるとヘルマを連れて部屋から立ち去って行った。バタンッ!!大きな音で扉が閉められた。激しく叩かれたことで頭痛と目眩がする。「……う……」よろめきながらベッドに向かうと、そのまま倒れ込んで目を閉じ
last updateLast Updated : 2025-11-13
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24 衝撃の事実

 19時になっても私の部屋に食事が運ばれてくる気配は一切無かった。もしかすると叔父はヘルマと騒ぎを起こしたことで腹を立て、私に食事を与える事を禁じたのだろう。「本当に酷いことをするのね……」ため息をつくと、部屋の扉を開けて廊下へと出て辺りをキョロキョロと見渡した。幸い廊下には使用人の姿が1人もいない。「今のうちね……」ポツリと呟き、廊下を慎重に歩き始めた。目指すはこの先にある階段だ。その階段は地下室へと続いている。その地下室は食料貯蔵庫になっているのだ。「あの場所へ行けば食べ物が色々入っているわ」足音を立てないように廊下を歩き、丁度ダイニングルームの手前に差し掛かった時……。『全くフィーネは頭に来る娘だ!』忌々しげな叔父の声が部屋の中から聞こえ、思わずビクリとなって足を止めた。『本当に何て可愛げのない娘なのかしら』次いでバルバラ夫人の声が聞こえてくる。『あの女……絶対に魔女よ! 私……今日はあの女にひどい目に遭わされたのよ! 手も使わずに突き飛ばされたり、いきなり息が出来なくなったり……。あの女は黒魔法を使う魔女よ! ねぇ……私怖いわ……。ジークハルト様……」え!? ジークハルト……? ま、まさかそんな……。私は扉の近くに置かれた大きな花瓶の側に隠れて扉に耳を押し当てた。『大丈夫だよ、何も怖がることはないよ。僕に任せておけばいいからね。フィーネは僕のことを信用しきっている。ヘルマに手を出すなと言えば、絶対におかしな真似はするはずないよ。それに……僕の知る限り、フィーネは無力だ。そんな怪しげな魔法を使えるような人間ではないよ。外見はたとえ魔女みたいだとしてもね……』「!!」私はその言葉に耳を疑った。そ、そんな……。ジークハルトと私は……幼い頃からの幼馴染同士で……そして婚約者で互いに愛し合っていたはずではなかったの……? それなのに外見は魔女みたいだなんて……。『ありがとう、ジークハルト様』ヘルマの嬉しそうな声が聞こえる。『フィーネは我々の計画を次から次へと潰してくれる……。全く忌々しい娘だ……』『本当ね。あの時一緒に馬車事故で死んでくれていれば良かったのに……』『くそっ……まさかあの馬車にフィーネが乗らないとは思わなかったからな……』え? 今……叔父は何と言ったの? 私が乗らないとは思わなかった……?『本当よね。本来な
last updateLast Updated : 2025-11-14
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25 グレン・アドラー伯爵

「そ、そんな……」ひょっとして、私の両親が馬車事故で亡くなったのは偶然じゃなかったの? 叔父家族があの事故に関わっていたと言うのだろうか……?そして……ジークハルト。「私を……愛していると言ってくれたのは……嘘だったの? 本当は貴方はヘルマが好きだったの……? それに魔女だなんて……」両親の事故死の原因とジークハルトの裏切りを知った私の絶望は計り知れなかった。もう生きている気力すら湧いていこない。私はこの城の城主なのに離れへ追いやられ、持っているものを全て奪われた。この黒髪のせいで魔女扱いされて……。「私は……本当はお父様とお母様の娘では無かったの? 両親は金の髪なのに……何故私だけが黒髪なの? だから……こんな目に遭わされるの……?」私はいつまでも泣き続けた――**** あれからどれくらいの時間が経過しただろう?城の中は静まり返り、カーテンの隙間からは高く登った月明かりが部屋の中を青白く照らしている。「……今なら皆寝静まっているわよね……」私はゆっくり立ち上がった。もう……この城を出よう。行当等何処にも無かった。けれど、どうなったって構わないと思った。何故ならもうこれ以上生きている意味も無くしてしまったから。「でも、このままこの城を出るのは悔しいわ……。何かお金になりそうなものは無いかしら?」そっくりこのまま城をの全てを明け渡すのは嫌だった。せめてほんの一握りでも財産を奪っていければ……私は部屋の中を物色し始めた―― 室内には様々なものが置いてあった。使われなくなった机や椅子。書棚に大きな箱の山。壁には様々な絵が掛けてある。そしてその中の1枚に私の目は釘付けになった。「あら……? あれは何かしら?」そこのは布が掛けられた大きな絵だった。大きさから見ると私の上半身程の大きさだろうか?「何故布がかけられているのかしら……?」訝しみながらもその絵に近付き、掛けてある布を外した。「え……?」掛けられていた布がパサリと床に落ちる。私の目はその絵に釘付けだった。そこに飾られていたのは黒髪に青い瞳の美しい青年の肖像画だった。「誰……? この人は……」近づいて、よく見ると肖像画の左下に年号と名前が記されていた。『727年 グレン・アドラー伯爵 26歳』「727年……? 今から150年程前の肖像画だわ。それにアドラー伯爵って…
last updateLast Updated : 2025-11-15
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26 鏡が映し出す真実

 気を取り直して、持ち運び出来そうな金目の品は無いか再度辺りを探し始めた。それにしても、なんて惨めなのだろう。 私はこの屋敷の正当な跡継ぎであり、ジークハルトは私の婚約者だったのに……。「本当にアクセサリー等の貴金属は何も無いのね……」出てくるのは古くなった家具や食器、額縁に入った風景画や何処かの鍵……。その時――「あら?」埃を被ったソファの下で何かキラリと光る物を見つめた。「何かしら?」床に付して手を伸ばして、光るものを掴んで引き寄せた。「まぁ……手鏡だわ」それは周囲に細かい宝石が埋め込まれた手鏡だった。「これなら、売れば多少のお金になるかもしれないわね……」そして改めて鏡に映る自分を見た。そこには疲れ切った自分の顔が映っている。「酷い顔だわ……」鏡を見ながらポツリと呟く。どうして私がこんな目に遭わなくてはならないのだろう? 両親は叔父に事故に見せかけらて殺されたのかもしれないのに……ジークハルトからは裏切られたのに。 そんな目に遭いながら……私はここを逃げなければならないの?「こんなのおかしいわ……」そうだ、絶対におかしい。叔父がお父様とお母様を殺したなんて信じたくない。それにジークハルトのあの言葉は、何か理由があるのかもしれない。「そうよ。真実を聞き出せばいいのよ……」鏡の中の自分に言い聞かせたとき。 「え……?」突如鏡がモヤに覆われ始め、私の姿が完全に消えてしまった。「な、何……これは…」突然手鏡に起きた現象から目が離せなかった。すると今度はモヤが徐々に薄れていく。「え? 叔父様!?」そこにはソファに座る叔父が映っていた。叔父は何者かに話している。『とにかく事故死に見せかけて殺して欲しいんだ。謝礼ならたっぷり払う』叔父は麻袋を取り出すと目の前のテーブルに置いた。そしてそれに手を伸ばす謎の人物。『分かった……必ず成功させよう。しかし良いのか? 実の兄家族なのだろう?』すると叔父はイライラした様子で男に言った。『ああ、いいんだ。全く……父は私だってアドラー伯爵家の人間なのに、お前は爵位を告げるような器では無いと言って、後継者の座につかせなかったのだ。それに兄は金に困る俺にろくに援助もしてくれない。挙げ句に娘に爵位を継がせると言い出したのだ。おかしいだろう? 爵位を継ぐのはこの私だ』『なら彼ら
last updateLast Updated : 2025-11-16
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27 復讐を決めた夜

 とりあえず今はこの城を出たほうがいいだろう。私は命を狙われている可能性もある。このままこの城にとどまれば殺されてしまうかもしれない。けれどその前に自分の部屋へ戻り、逃げる為の準備をしなければ。月明かりに青白く照らされた静まり返った長い廊下を歩いている時、不意に部屋の中から声が漏れている事に気がついた。それはすすり泣きのようにも聞こえる。「?」あの声は一体何だろう?そっと近づいて見ると、少しだけ扉が開いている。 隙間からこっそり部屋の中を覗き込み……私は驚きで目を見開いた。そこにはベッドの上で交じ合っている男女の姿があったのだ。月明かりに照らされて、くっきり映し出される裸の男女。「あぁん……ジークハルト……様ぁあっあっあぁ……んんっ……」「ヘルマ……愛している……」ヘルマがジークハルトに組み敷かれて甘い声をあげ、ジークハルトはヘルマにキスをしながら愛を囁いている。そ、そんな……!私は後ろに後ずさった。確かにあの時ジークハルトの身体からヘルマと同じ香りがした。だけど信じたくは無かった。ど、どうして……?私とジークハルトはキスしたことはあったけれども、身体の関係は無かった。結婚までその様な行為はやめようと、互いの間で決めたことだったからだ。 それなのにジークハルトは私という婚約者がありながら、ヘルマを抱いて愛を囁いている。ギシギシと軋むベッドの音に、ヘルマの猫のような声が大きくなっていく。イヤ……! 何も聞きたくない……!「ジークハルトさ……ま……」私の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。あまりのショックで思考が完全に止まってしまった。だから気付かなかったのだ。私に近付いてくる人の気配に……。肩を震わせて泣いていると、少し離れた場所から私の名を呼んだ。「フィーネ様……?」「!」驚いて振り向くと、そこにはカンテラを持ったユリアンが立っていた。「ユ、ユリアン……」ユリアンは私が泣いていることに気付いたのか、慌てて近付いてきた。「今夜は私が寝ずの見張り番で城の見回りをしていたのですが……フィーネ様、一体どうされたのですか?」ユリアンは私をいたわるように声をかけてきた。「ジ……ジークハルト様が……」「え? ジークハルト様がどうし……!」次の瞬間、ユリアンも何かに気付いたのか眉をしかめ……私を見た。「フィーネ様……お部屋
last updateLast Updated : 2025-11-17
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28 信じたくても……

「送ってくれて、ありがとうユリアン」部屋の前に到着したので送り届けてくれたユリアンにお礼を述べた。「いいえ……」ユリアンは一瞬俯き、顔を上げた。「フィーネ様……」「何?」「このお屋敷は……フィーネ様から見れば敵ばかりかもしれません」「……」私は何も言えず黙っていた。「ですが……どうかせめて私のことだけは信じて下さい」「え?」驚いてユリアンの顔を見上げた。「信じて貰えないかもしれませんが、私はフィーネ様の味方です。この言葉に偽りはありません。フィーネ様をお守りする為なら命を懸けることだって出来ます」その顔はとても真剣で、嘘をついているようには見えなかった。けれど、私は叔父家族とジークハルトの件で人間不信に陥っていた。「……どうして私にそこまでのこと言えるの? 貴方にとって何の得も無いでしょう? むしろ私の味方をすれば貴方の立場が悪くなるわよ?」自分でも可愛げのないことを言っているのは分っていた。けれど今の私は人を信じることが出来なくなっていたのだ。「フィーネ様の味方をすることによって、この屋敷中の人々を敵に回すことになったとしても構いません」「ユリアン……何故?」何故そこまで私の見方をすると言ってくれるの?「フィーネ様。今夜は私がこのお部屋の前で寝ずの番をします。何者かが襲って来たとしても私が必ずお守りしますから」「え?」その言い方はまるで私が誰かに狙われていることを知っているように思えた。「ユリアン、貴方……一体何を知っているの……?」するとユリアンは口元に笑みを浮かべた。「いいえ。私は何も知りません。知っているのはフィーネ様がこの屋敷で独りぼっちだと言うことだけです。ですから私だけでもフィーネ様の味方でいたいのです。……迷惑でしょうか?」「……迷惑だなんて……思ってもいない……わ……」ユリアンの気持ちが嬉しくて、再び涙が溢れそうになった。「そうですか……。なら良かったです」ユリアンはホッとしたように胸をなでおろした。「それではフィーネ様、安心してお休みください」扉を開けるユリアン。「ええ……おやすみなさい」――パタン扉が閉ざされ、私は溜息をついた。どうしよう。ユリアンが寝ずの番をしてくれるのは心強いけれども、そうなるとこの城を出ることが出来ない。それに復讐する方法だって見いだせてはいないのに、こ
last updateLast Updated : 2025-11-18
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29 運命の女神

 再び鏡に靄がかかりはじめたのだ。靄は再び私の顔を覆い尽くしていく。「ま、まさか……?」すると思った通り、先程とは違う映像が鏡の中に映し出された。「え? 私?」そこに現れたのは私だった。私はどこか見覚えのある場所を日傘をさして歩いている。やがて歩いて行くうちに湖が見えてきた。「あ……ここは城の傍にある湖だわ」湖の側を歩いてる私は突然突き飛ばされてしまい、湖の中に落ちてしまう。「!」あまりの突然の映像に悲鳴が上がりそうになるのをすんでのところで堪えた。そして再び映像が切り替わり……私を突き飛ばした人物が映像に浮かび上がる。その人物は……。「へ、ヘルマ……」ヘルマは笑みを浮かべて何かを見下ろしている。まるで私が湖に沈んでいく姿を愉しんでいるようだった――「……」私は呆然とベッドの上に横たわっていた。この屋敷にいる者たちは誰もが私の命を狙っているのだ。「あの映像は……この先に起こる未来の出来事を映し出しているのかもしれないわ……」私はまだ生きている。今のうちにこの城を逃げ出せば湖に突き落とされる未来は無くなる。けれど……。このままただ逃げて、一生叔父家族の影に怯えて息をひそめた生活を送るなんてごめんだ。私から全てを奪い、裏切った者達を許すわけにはいかない。「そうよ……やられたらやり返す。それが筋よ……」私はそっと手鏡に触れた。あの部屋でこの鏡を見つけたのは決して偶然ではないはずだ。私を憐れんだ運命の女神が手を貸してくれたに違いない。私はこの先に起こる出来事を知っている。ならそれを逆手にとってしまえばいいのだから――**** 翌朝――鳥のさえずりで私は目を覚ました。「う……ん……」いつの間にか私はベッドの上で眠っていたようだった。「もう朝なのね……」横たわったままぽつりと呟いた。「……昨夜あんな光景を目撃してしまったのに眠ってしまうなんて……」自分の婚約者が別の女を抱いていた……。普通ならショックで眠るなど出来ないはずなのに、気付けば夢も見ずに私は眠ってしまっていた。「私って随分神経が太い人間だったのね……」いや、違う。恐らくあまりにもショックな出来事が多すぎて感覚が麻痺してしまったのだろう。「起きなくちゃ……」ベッドから身体を起こし、室内履きに履き替えるとクローゼットに歩み寄った。ガコン扉を開けて、
last updateLast Updated : 2025-11-19
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