All Chapters of 黒薔薇の魔女~さよなら皆さん。今宵、私はここを出て行きます: Chapter 31 - Chapter 40

51 Chapters

30 ヘルマの策略

 城の扉を開けると既にそこにはヘルマの姿があった。「……お待たせ」「あ、フィーネ。良かった~来てくれたのね?」「ええ、誘われたからね」私は口元だけ笑みを浮かべて返事をした。「それじゃ、早速湖まで朝食前の散歩に行きましょう?」「ええ、そうね」こうして私とヘルマは並んで湖を目指して歩きだした。****「本当のことを言うとね~もしかしてフィーネは来てくれないんじゃないかと思ったのよ」歩きながらヘルマが話しかけてきた。「どうしてそう思うの?」「だって、私達ってフィーネに嫌われているじゃない?」「そんなこと無いわ。嫌ってなんかいないわよ?」むしろ私を嫌っているのはヘルマ達なのに、一体何を言っているのだろう? それに私が叔父家族に持っている感情は嫌いと言うものでは済まされない。むしろ激しい憎しみをっていると言っても過言では無い。しかし、能天気なヘルマは私の言葉をそのまま鵜呑みにしている。「本当? 良かったわ。私達、たった2人きりのいとこ同士だから、仲良くしましょうよ」ヘルマは笑顔を向けながら話してくる。「……そうね」本当に最悪な気分だ。吐き気さえ込み上げてくる。私の隣を歩くヘルマの着ているドレスは元はと言えば私のクローゼットにあったドレスである。私がドレスのことを黙っているのは暗黙の了解を得たのか、それとも気付いていなとでもヘルマは思っているのだろうか?だとしても本当になめられたものだ。ヘルマのこの態度は完全に私を馬鹿にしている。大体、人の婚約者を寝取ったその日のうちに私を呼び出したのだから。しかも私のドレスを着て、これから私を殺そうと考えている。「どうかしたの? フィーネ」私が黙っていたからだろう。ヘルマが話しかけてくる。「いいえ、何でもないわ。それより私達だけで出掛けてしまっているけれども、お供を連れて来なくても良かったの?」私は辺りの気配を気にしながらヘルマに尋ねた。……私の神経が過敏になっているせいだろうか? 先程から何者かにつけられている気配を感じる。「え? 私達2人だけよ? どうしてそんな風に思うの?」ヘルマが不思議そうな顔で私を見る。「だっていつも貴女には3人の親しいメイドがいたでしょう?」「や、やだ! 何言ってるの? ジークハルト様に怒られてあのメイド達はクビにしたわよ!」「そう? 昨日あの3人を廊
last updateLast Updated : 2025-11-20
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31 湖の惨事

「湖面がキラキラ光っていて、とても綺麗よ。もっと近くまで行ってみましょうよ」ヘルマが私を促してくる。「ええ、そうね……」ヘルマが私のすぐ後ろをついて来る。恐らく私が湖のすぐそばに立った時に突き飛ばす気なのだろう。いいわよ。ヘルマ……やれるものならやってみなさい。私はポケットからあの手鏡を取り出すとヘルマに見つからないように鏡で背後を伺いながら湖へと近付いて行く。「本当に雲一つない青空で気持ちがいいわね」私は歩きながら鏡に映るヘルマの様子を伺った。ヘルマは興奮しているのだろうか? ソワソワと落ち着かない素振りを見せている。その様子があまりにもおかしくて思わず笑いたくなってしまう。私は少し壊れかけているのかもしれない。ヘルマ……生憎だけど、湖に落ちるのは私ではなく……貴女の方よ。「まぁ、何て綺麗な湖なんでしょう」湖のすぐそばまで来ると私は足を止めた。もうすぐ足元は湖である。そして鏡の中のヘルマの様子を見守っていた。すると……。ついにヘルマが動いた。私の方に足早に近付いてくると両手を前に突き出す構えを見せ……。素早く私は左に動いた。私という対象物がいなくなったヘルマは勢いが止まらず、悲鳴を上げた。「キャアアアアッ!!」ドブーン!!悲鳴と共に大きな水しぶきが上がった。ヘルマが湖に落ちたのだ。「た、た、助け! ガボッ!!」6月とはいえ、まだ湖の水は冷たい。まして、ヘルマはドレスを着ている。これでは泳げるはずもない。「キャアッ! ヘルマッ! 大丈夫!?」私は大げさに騒いだ。勿論心配なんかこれっぽっちもしていない。私を突き落として殺そうとしたのだから、いっそこのまま死んでくれればいいのだ。「フィ、フィーッ! ガボッ!!」ヘルマは必死の形相で水の中でもがく。「待ってて! 私じゃ助けられないから誰か人を……」その時。「ヘルマーッ!!」大きな声がこちらへ向かって近付いて来る。振り返るとそれはジークハルトの姿だった。ジークハルト……!その姿を見て私は絶望的な気持ちになった。私達の後をつけていたのはメイド達ではなかった。ジークハルトだったのだ。恐らく彼は私が死ぬのを見届けに来たのだろう。「ヘルマッ! 待っていろっ! 今助ける!」ジークハルトは私の前で迷うことなく湖に飛び込み、溺れているヘルマを抱き抱えると力強く湖面から陸地に
last updateLast Updated : 2025-11-21
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32 魔女と罵る婚約者

「フィーネッ! お前はヘルマを殺そうとした! やはりお前は汚らわしい魔女だ!」ジークハルトは憎悪を込めた目で私を睨みつけている。今までそんな目を彼から向けられたことは一度も無かった。いつだって優し気な目で私を見ていたのに……今ではその片鱗すら見られなかった。「ジークハルト様……。本気でそんなことを仰っているのですか? ヘルマが湖に落ちてすぐに貴方は駆けつけました。つまりずっと私達の様子を見ていたと言うことですよね? だったらヘルマが私を湖に突き落とそうとしたのを御存じではありませんか? 私はただよけただけです。それを何故私がヘルマを殺そうとしたことにつながるのですか? ああ……それとも私が湖に落ちて死んでいく様を見届ける為に後をつけていたのでしょう? 違いますか?」私は引きつった笑みを浮かべながら彼に尋ねた。「黙れ魔女め! 愛するヘルマを殺そうとした魔女! その汚らわしい口で俺の名を呼ぶな!」そしてヘルマを抱き上げた。「ヘルマ……大丈夫かい? すぐに城へ戻り温かい風呂に入ろう」最早ジークハルトは私のことは眼中にも無いようだった。踵を返し、城へ戻るジークハルトに声をかける。「お待ち下さい」「……何だ? 魔女」恐ろしい声で振り返るジークハルト。もはや私の名前を呼んでもくれない。じっと睨みつける彼を見ても、もう何も感じなかった。私の心は凍り付いてしまったのだ。「まさかまだお城に滞在しているとは思いませんでした。もしやヘルマと一緒に一晩を過ごしたのですか?」2人が激しく交じ合っていたのは知っていたが、敢えて尋ねた。「お前には何の関係も無いことだ」「関係ない? 私は貴方の婚約者ですよね? それを関係ないと仰るのですか?」震える声で尋ねた。「何が婚約者だ……親同士に勝手に決められただけだ。初めてお前と会った時からずっと嫌悪していた。その黒髪は魔女の化身の証だ。どれだけ婚約破棄をさせてくれと願ってもお前の両親はそれを許さなかった。だから清々したよ。2人が死んだときにはな。お前もあの時死んでくれれば良かったのに……さすがは魔女だ。悪運だけは強いらしい」冷酷な笑みを浮かべるジークハルト。「! そ、そんな……!」もうこれ以上傷つくことは無いと思っていたのにその言葉は決定打だった。私の目から大粒の涙が零れ落ちる。しかし、ジークハルトは鼻で笑った。
last updateLast Updated : 2025-11-22
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33 魔女への目覚め

 ジークハルトは結局一度も私を振り返ることなく、ヘルマを抱きかかえて城のある方向へと消えて行った……「ジークハルト様……貴方も所詮叔父様達と同じ部類の人間だったのね……?」髪が黒いと言うだけで、私を魔女と呼ぶなんて。そして今、私を捨ててお父様とお母様の城を奪おうとしている。今やジークハルトは私の敵……そして憎むべき存在。「許せない……私から全てを奪った人たちを……絶対に許さないわ……!」両手を強く握りしめた時。――ドクン自分の心臓の音が大きくなった。そして次の瞬間身体の内部が熱くなる。それはまるで身体の中で熱い炎が燃えているような感覚だった。熱い……身体の中にこもった熱で焼けてしまいそうだ。ドクンドクンドクン……心臓の脈打つ音がますます大きくなり、焼けるような身体の熱で意識が朦朧としてくる。グラリと身体が大きく傾き、立っていられなくなった私は地面に座り込んでしまった。「はぁ……はぁっ……はぁ……」胸を押さえて呼吸を整えていると、森の奥から獣の声が聞こえてきた。それも1匹どころではない。気付けその声は私の方へ迫ってきている。グルルル……獣の声はますます近付き……やがて姿を現した。「お、狼……!」胸を押さえながら、思わず悲鳴を上げそうになってしまった。何と現れたのは10匹以上の狼の群れだったのだ。彼らは爛々と目を光らせ、大きな口からは牙が見える。狼たちは飢えているのだろうか……半開きになった口からはヨダレが滴っていた。ウウゥ……グルルル……狼たちはゆっくりと私の方へ向かって近付いて来る。そ、そんな……私は復讐を果たすことも無く、こんなところで狼に喰われて死んでしまうの……?!「い、いや……こ、来ないで……」ガタガタ震えながら訴えても、当然狼たちに通じずるははない。彼らは私が座り込んでいるのを見て、逃げることは無いだろうと悟ったのか、ゆっくり距離を詰めて来る。そして……。「ガウッ!!」群れの中で一際大きな狼が叫び、飛びかかって来た。「イヤアアアアッ!! あっちへ行って!!」恐怖にかられ、絶叫したその時――ビクンッ!!狼たちの動きが一斉に止った。「え……?」驚いて狼たちを見渡すと、彼等は怯えたようにジリジリと後退していく。「な、何故……? どうして狼達が……?」しかも叫んだ途端、私の身体にも異変が起
last updateLast Updated : 2025-11-23
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34 魔女の完成

 城へ戻ると、廊下ではフットマンやメイド達が慌ただしく働いていた。そして私の姿を見かけた彼らは一斉に悲鳴を上げた。「うわあああっ! だ、誰だ!?」「キャア! 誰なの!?」「な、何者だ!」私はそんな煩い彼らを一瞥した。「全く……この城の使用人たちは正当な主を知らないようね」「し、知らないわよ!」「お前のような黒ずくめの人間など知るものか!」フットマンが私を指さしながら叫んだ。「黒ずくめ……?」何気なく自分のドレスを見て私は悟った。成程……。いつの間にか着ていたドレスは真っ黒に染まっており、髪は床に届きそうなほどに伸びていた。もはや誰が見ても私の姿は魔女そのものだった。「フフフ……アハハハハハ……ッ!」私は上を向いて高笑いした。こんな姿に変わった自分がおかしくてたまらない。お望み通り本物の魔女になってやろうと心のなかで思っただけなのに、ここまで自分の姿が変貌するとは思ってもいなかった。そして高笑いする私を恐怖に怯えた顔で見ている使用人たち。「そうだわ……顔は……顔はどうなっているのかしら?」ポケットに忍ばせておいた手鏡を見ると、そこには以前と変わらぬ青い瞳の自分の姿が映っていた。「良かった……お父様とお母様から受け継いだ青い瞳はそのままだわ……」そして震えて身動きすら取れなくなった使用人たちに命じた。「アドラー家を名乗る偽者達は今何処にいるの?」「だ、誰が……お前の様な恐ろしい魔女に……」1人のフットマンが青ざめ、震えながらも気丈に答えた。「ふ〜ん……大した忠誠心ね……。だけど私の言う事を聞いたほうが身の為よ? 呪いを受けたくなければね」呪いと聞いて彼らは震え上がった。私に人を呪いにかける能力があるかどうかは不明だが、この言葉は効果的面だった。「は、はい! ご、ご主人様達はダイニングルームでお食事中でございます!」ご主人様……その言葉に苛立ちが募った。許せない……私から全てを奪った挙げ句、この城の主人を名乗る叔父を許してはおけない。感情が思わず高ぶったその時。ピシッ! ピシッ!周辺の窓ガラスに亀裂が走った。そして……バリーンッ!!バリーンッ!!バリーンッ!!周囲の窓ガラスが粉々に割れていき、派手な音を響かせて床の上に落ちていく。「ウワアアアアッ!!」「キャアアアッ!!」割れたガラスが降り注ぎ、
last updateLast Updated : 2025-11-24
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35 驚愕する人々

 ダイニングルームへ近付くと、入り口で待機していたフットマンが私の姿を見てギョッとした顔で扉の前に立ちはだかった。「だ、誰だ!? お前は! 勝手に城へ入り込んだ曲者め!」「どきなさい」私はフットマンを見上げた。「誰がどくものか! このお部屋では旦那様達とヘルマ様の婚約者であらせられるお方が朝食を取られているのだ。お前のような不吉な輩が近付かせるものか!」何ですって……?私はフットマンの言葉に耳を疑った。「もしかしてヘルマの婚約者と言うのはジークハルトのことかしら……?」震える声で尋ねた。「え? な、何故名前を……? うわ!」フットマンは私から放たれた見えない波動で弾き飛ばされ、扉に叩きつけられた。ドンッ!「う……うぅ……」激しい衝撃で床にうずくまり、呻くフットマンを見下ろした。「そう……。ジークハルトはヘルマの婚約者を名乗っているのね?」「……」しかし、フットマンは返事をしない。答えるつもりはないのだろう。「まぁいいわ。本人に直接聞くだけだから」「ま、待て……」手を伸ばし、必死になって足止めしようとするフットマンには目をくれず、扉を開けようとしたその時――「一体何の騒ぎだ!?」扉が開かれ、給仕のフットマンが姿を見せた。 一瞬目の前に立つ私を見て驚きで目を見開いたが次の瞬間鋭い声をあげた。「お前は誰だ! ここで一体何を……!」あまりにも目の前で大きな声を上げるので静かにするように願ってみた。すると突然フットマンの口から言葉が出てこなくなった。「……!!」フットマンはまるで打ち上げられた魚の様に口をパクパクさせている。「あら? 声が聞こえなくなったわね? あまりにも煩いからこれで静かになったわね?」にっこり笑みを浮かべてフットマンを見ると、彼の目に恐怖が宿る。「どきなさい」声を発することが出来なくなったフットマンは給仕の仕事をほっぽりだして、恐怖に駆られたかのようにバタバタと走り去って行った。途端に部屋の中で怒声が聞こえた。「何事だ! 先程から騒がしい!」それは叔父の声だった。私はゆっくりと部屋の中に入っていく。すると部屋の中には大きなダイニングテーブルの前に着席した叔父夫婦にヘルマ……そしてジークハルトがいた。彼らは皆驚愕の目で私を見ている。「だ、誰だ! お前は! 勝手に私の城へ入ってくるとは……何
last updateLast Updated : 2025-11-25
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36 豪華な食事

「な、何……今、お前何と言った……? ま、まさか……っ!!」「フィ……フィーネなのか……?」ジークハルトが声を震わせながら問いかける。「あら? やっと名前を呼んでくれたのですね? 私の事を魔女と呼んでいたので、もう名前を忘れてしまったのかと思っておりましたわ」「な、何ですって!?」ガチャーンッ!叔母が床に皿を落として割ってしまった。「キャアアアッ!!」怯えたヘルマが悲鳴を上げ、ますますジークハルトにしがみつく。「大丈夫だ……ヘルマには指1本触れさせないよ」優しい声でヘルマの髪を撫でるジークハルト。以前の私ならそんな姿を見せつけられようものなら心がかき乱されていたかもしれないが……今は何も感じない。何故なら彼はもう私の愛する人では無くなったのだから。「フィーネ……お前、その姿は一体どうしたのだ……?」ジークハルトが私を睨みつける。「見ての通りです。貴方のお望み通り、魔女になっただけですが?」「何だと!?」「フィ、フィーネ。お前……一体どういうつもりでここへやって来たのだ?」叔父は私を指差しながら尋ねる。「随分野暮なことを尋ねるのですね。食事を頂きに来たに決まっているではないですか?」「何ですって!?」「お前に用意する食事など無い! さっさと我々の前から姿を消せ!」「叔父様、叔母様。ここは私の城です。当然ここで食事をする権利は私にあります」するとジークハルトが鼻で笑った。「誰がお前のような魔女に食事を用意する者などいるか」「そうでしょうか?」チラリとジークハルトを一瞥した。それにしても不思議だ。あれ程ジークハルトを愛していたのに今では何も感じなくなっていた。心は凍り、感情を持たない人間になってしまった。……これが魔女になった証なのだろうか?「ジークハルト様の言う通りよ! あんたみたいな醜い魔女はさっさとここから出て行きなさいよ!」ジークハルトに守られているとでも思っているのだろうか? 愚かなヘルマが金切り声で毒づく。「うるさいわね、ヘルマ。あまり騒ぐと口をきけないようにするわよ」「!!」するとその言葉に、ヘルマがビクンと肩を跳ねさせた。「ヘルマを怖がらせるな! 魔女!」ジークハルトが叫んだその時。「失礼いたします……。朝食を……お、お持ちしました……」大きく開け放たれた扉からワゴンに乗せた料理が運ば
last updateLast Updated : 2025-11-26
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37 魔女の食事

「お前! まさか……我らと共に食事をする気か!? しかも何だ!? その料理……まるでディナーのように豪華にしおって!」叔父が眉間に青筋を立てて怒鳴りつけてきた。「ヒッ! も、も、申し訳ございません! こ、こちらのお方に豪華な料理を提供するようにと、命じられたものですから……!」食事を運んできたフットマンが怯えながら頭を下げた。私は意に介さず、早速運ばれた料理を口にすることにした。「……まぁ、この焼き立てのワッフル……とても美味しいわ」フォークでワッフルを口に運び、満足する。そんな私を憎悪の目で見る8つの目。今までの私ならその視線に震えたかもしれないが、今では何とも感じなかった。「ジークハルト様……嫌よ。フィーネと同じテーブルで食事をするなんて……わ、私はあの女に殺されそうになったのよ」甘えた声でジークハルトに縋りつくヘルマ。……全く耳障りな声だ。自分から私を湖に突き落とそうとしたくせに。再び、料理を口に運ぼうとした時――「さっさとこの部屋から出ていけ! そのような恐ろしい姿に成り代わり、我らの食事の席に姿を現すとは……! どこまでも図々しい魔女め!」ジークハルトは罵声を浴びせてくる。私はそんな彼と視線すら合わせずに言った。「私とここで食事をするのが嫌なら、どうぞあなた方が出て行けば良いでしょう? ここは私の城なのですから」「な、何だと……!?」ジークハルトは今にも私を切り捨てそうな勢いで睨み付けている。……それにしても知らなかった。彼は穏やかな紳士かと思っていたのに実際の姿はどうだろう? 血の気が多く、まるで野蛮人そのものだ。私は本当に何も知らなかったのだ。皮肉なことに、この姿になって色々気付かされるなんて。「何て生意気な魔女だ……」毒づいてくる彼の言葉など、どうでも良かった。私は久しぶりの豪華な食事を口にすることが出来て満足だった。フフ……美味しい。思わず笑みを浮かべた時、叔母が悲鳴交じりの声をあげた。「ヒッ! な、何なの……あ、あの娘……こんな状態で笑っているわ……」「グヌヌ……ッ!」叔父は今にも血管が切れそうな勢いで私を睨みつけていたが、何かを思いついたのか、隣で怯えながら立っている給仕のフットマンを手招きすると、一言、二言何かを話す。フットマンは頷くと、慌ててダイニングルームを出て行った。カチャカチャ……しんと静
last updateLast Updated : 2025-11-27
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38 犠牲者

「フィーネ」不意に叔父が声をかけてきた。「……何でしょう?」「ほら、この城のハーブ園で栽培したハーブのお茶だ。お前にだけは特別に淹れたのだ。飲んでみなさい。まずはお茶でも飲んで双方落ちつかなければな?」「私は落ち着いていますが……」すると叔母が口を挟んできた。「あなた! この娘にお茶など……!」「黙れ!」不意に叔父が怒鳴りつけると私を見た。「さ、フィーネ。まずはお茶を飲みなさい」「……はい、では頂きます」カップを持つと、私は言われるままにお茶を飲んだ。「……」お茶を口にした時、始めに感じたのは妙に苦いと思ったことだった。「……っ」思わず顔をしかめたその途端――ドクン心臓の音が大きくなった。ドクンドクンドクン……心臓が激しくなり出し、呼吸が苦しくなってきた。そして喉からせり上がって来る鉄のような味。それがたまらず思わず激しく咳き込んだ。「ゴホッホッ!!」その途端――ツー……口から血が滴るのを感じた。「キャアアアッ!!」それを見てヘルマが叫ぶ。「な、何だ!?」「ま、まさか……?」ジークハルトと叔母が驚きの声を上げる。「フフ……アハハハハッ……!!」叔父が狂ったように笑い出した。激しい耳鳴りと頭痛、そして息苦しさに耐えながら私は叔父を睨み付けた。「どうだ!? 即効性の猛毒を飲んだ気分は! フィーネッ! 貴様はもう終わりだ!」毒……やはり……。叔父は私を毒殺するつもりだったのだ。……けれど、叔父はやはり愚かだ。この身体になった私を毒殺出来るとでも思ったのだろうか? 本当におかしくてたまらない。思わず口元に笑みが浮かぶ。「な、何だ? わ……笑っているのか? ついに毒でやられたか? だがもう遅い。その毒を飲んで助かった者はいないのだからな」勝ち誇った声で言う叔父。私は呼吸を整えて、祈った。自分の身体の毒が中和するように……。すると身体の中が一瞬カッと熱くなる。そして次の瞬間まるで清涼な水が身体の中をめぐるように新鮮な血が一気に全身に行き渡るのを感じ取った。ドクンドクン……あれ程狂ったように波打っていた心臓が元に戻り、激しい頭痛や耳鳴りも嘘のように引いて行った。「……」私は無言で口元の血をナフキンで拭きとると叔父を見た。「そ、そんな……馬鹿な……おい! 貴様……毒を飲ませたのでは無かったの
last updateLast Updated : 2025-11-28
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39 手がかりを求めて

「ヒッ!」 「ば、化物!」 「いや、きっとあれは悪魔だ。悪魔に違いない」廊下を歩く私の姿を見た使用人たちは皆、恐れた様子で好き勝手な事を言っている。全くこの城に住む者たちは私を魔女や化物、挙句の果てには悪魔とまで呼ぶとは。どの呼ばれ方も気に入らなかったけれども『魔女』と呼ばれる方が、一番自分の中ではしっくりした。「これからどうしようかしら……」自分の部屋に戻り、今後のことをあれこれ考えるのも良い。けれど自室にいれば恐らくゆっくりする等出来ないだろう。叔父達の事だ。再び私の命を狙ってくる可能性がある。今後の計画を立てるには彼らの襲撃は邪魔だ。誰にも邪魔されずにいられる場所……。「そうだわ、あそこにしましょう」偶然入ってしまった不思議な鏡を見つけた倉庫代わりになっていた部屋。あそこには人が立ち入ることは殆ど無い。あの部屋でこれからのこtを考えよう。私は倉庫部屋へと足を向けた――****「グレン・アドラー伯爵……私の曾おじい様……」 私はじっと絵の前に立ち、肖像画を見つめていた。吸い込まれそうな青い瞳に漆黒の髪……。恐ろしい程に美しい青年がこちらをみる表情は何所か憂いに満ちていた。 父と母の話しによると曾祖父はアドラー家では稀に見ない程に強力な魔法を使うことが出来、宮廷魔術市として若い頃は王宮に仕えていたと言う。そして曾祖父よりも前の時代……やはり黒髪を持つ先祖がおり、同じように強力な魔法を使用して幾度もの王族の危機を救ってきた先代の話も聞かされたことがある。その為、アドラー伯爵家は王族からの信頼が厚かったはず……なのに、お父様とお母様のお葬式に王家からは何も言ってくることは無かった。「やっぱり曾祖父の代までしか仕えていないと、王家からは何も言ってこないのかしら……」本来であれば自分の今の現状を王家に訴えれば助けを得られたかもしれない。けれども私にはジークハルトがいた。成人年齢に達すれば、彼と結婚し……この城の正当なる女城主となって叔父家族には城から出て行かせ、彼と幸せに暮らせると思っていたのにジークハルトは私を裏切った。いや、始めから私には嫌悪感しか抱いていなかったのだ。「本当に私は愚かだったわ……」溜息をつくと肖像画から背を向け、他に何か役立ちそうなものは無い探してみた。「何か……今の私に役立ちそうな物は無いかしら…
last updateLast Updated : 2025-11-29
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