LOGINかつてアドラー城に住んでいた伯爵令嬢フィーネは、裏切りと陰謀によって魔女へと堕ちた。 愛する者に刺され、家族を奪われた彼女は、狼と骸骨を従えて復讐の宴を始める。 しかし、復讐の果てに待っていたのは、愛と贖罪、そして塵となって消える運命だった――
View Moreかつてこの地には、魔女の炎に焼き尽くされた城があった。
その名はアドラー城。伯爵令嬢フィーネ・アドラーは、裏切りと陰謀によって魔女へと堕ち、復讐の宴を始めた――
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ここは私の部屋。
そして今日も私は叔母と1つ年下の従妹のヘルマに大切な物を奪われる……。
「やめて下さいっ! それは私のお母様の形見のネックレスなんです! どうかお願いです! 返して下さい!」私は必死になって叔母であるバルバラ夫人に懇願した。
「あらまぁ……何て素敵なネックレスなのかしら」
バルバラ夫人はお母様の形見のネックレスを手に取り、うっとりした眼つきで眺めている。
「あら、このドレス素敵じゃない。私に似合いそうだわ」
一方、従妹であるヘルマは私のクローゼットから勝手にドレスを持ちだして、自分の身体にあてている。そのドレスは生前お父様が最後に買ってくれたお気に入りの青いドレスだった。
「あっ! それはお父様が買って下さった最後のドレスなんです! お願い! 返して下さい!」
必死になってヘルマに縋りつく。
「うるさいわね!」
ヘルマは乱暴に私を突き飛ばし、衝撃で床の上に倒れてしまった。
ドサッ!
激しく床に叩きつけられ、一瞬呼吸が止まるのではないかと思う位の激痛が身体を走る。
「ゴホッ!! ゴホッ!!」
激しく咳き込むと、ヘルマが肩をすくめた。
「本当に嫌味な人ねぇ……大げさに痛がったりして」
「ええ、全くだわ。大体そんなに痩せっぽっちでガリガリだから簡単に倒れたりするのよ」
バルバラ夫人が冷たい視線で私を見る。
「お、お願いです……どうかドレスとネックレスを……か、返して下さい……」
痛む身体を無理やり起こし、私は床に頭をこすりつけて懇願した。
「そんなことされてもねぇ……大体貴女はまだ17歳。こんなネックレスを持つのはまだ早すぎるわ。だからこれは貴女が成人年齢に達するまで預かっといてあげるわ」
バルバラ夫人はネックレスを首から下げるとうっとりした眼つきになる。
「それにこのドレスだってフィーネには少しも似合わないわ。大体貴女の両親は2人共金髪碧眼だったのに、貴女はなあに? 黒髪じゃない。似ているのは碧眼なところだけよ。おばさまが浮気して出来た娘じゃないかしら?」
ヘルマは私を軽蔑の目で見た。
「! な、なんて酷いことを言うの? 私は……まぎれもなくお父様とお母様の娘よ」
「どこにそんな証拠があるって言うの? もう貴女の両親は死んでしまったのよ? 調べようがないでしょう?」
バルバラ夫人の言葉に私は顔を上げた。
「ほら、私を見て御覧なさい? おじさまとおばさまと同じ金髪碧眼でしょう? 私の様な人間にこの青いドレスは似合うのよ。貴女みたいにカラスの様な黒髪にはせいぜい地味なドレスがお似合いよ。そうね……。例えば鼠色とか茶色のドレスなんかお似合いじゃないの?」
ヘルマの言葉にバルバラ夫人が笑う。
「オホホホ……確かにそうね。ヘルマ。お前中々良いことを言うじゃないの」
その時。
「失礼いたします。ジークハルト様がお見えになっております」
1人のメイドが部屋を尋ねて来た。
「まぁ! ジークハルト様が!?」
ヘルマの頬が赤く染まる。
「早く、お待たせしてはいけないわ!」
バルバラおばさまがヘルマを急かす。
「待って下さい! ジークハルト様は私の婚約者ですよ!? 何故お2人が彼の元へ行くのですか!?」
私は慌てておばさまのドレスの裾を掴んだ。
「おだまりっ!」
私の言葉にバルバラおばさまが一喝した――
森を抜けると、アドラー城の姿が目に飛び込んできた。背後から大きな満月に照らされた城はいつもとは違い、恐ろし気な雰囲気をまとわりつかせている。「フフフ……まさに血の宴にぴったりの夜になりそうね……」風の様に走る狼の背中に乗りながら私はうっとりと笑みを浮かべた。 城壁に囲まれた鉄の城門は固く閉ざされていたが、こんなのは私の手にかかれば造作も無い。少し念じただけで門はきしんだ音を立てながらゆっくり開いてく。その門を狼たちは足音を立てることも無く走り抜ける。 城の敷地内に入ると、まだ城のあちこちは明るい光が漏れていた。時刻はまだ夜の8時を少し過ぎたところで、当然城の中は活気づいている。本来であれば皆が寝静まった頃に襲撃した方が都合が良いのかもしれないが、それでは面白みに欠けてしまう。やはり彼らが恐怖で怯える様を見るには眠っている所をいきなり襲うよりもこちらのほうがより一層恐怖を与えることが出来るだろう。 城の入口は固く閉ざされており、狼たちはそこで足を止めた。私はここで狼の背中から降りると皆に命じた。「いい? みんな。この城の連中を殲滅させるまでは絶対に誰1人として、逃がしては駄目よ? そして叔父達とジークハルトは私が到着するまで手を出さないようにね」私の言葉に、狼の群れも骸骨たちも一斉に頷く。そして私は扉に命じた。「開け」ギギギギィ~扉が不気味な音を立ててゆっくりと開くと私は彼らに命じた。「さぁ、行きなさい。そして思う存分飢えを満たしなさい」すると狼たちは一斉に遠吠えをした。ウオオオオオオオオ―――ンッ!!そして骸骨たちを背中に乗せたまま、次々と城の中へと飛び込んで行く。そんな姿を私は満足げに見つめた。「フフ……いい風ね……」風が吹き、月にかかっていた雲が取り払われた頃、城のあちこちでは恐ろしい悲鳴が響き始めた。その悲鳴は痛みと恐怖が入り混じった悲鳴だ。さらに風に乗って血の匂いが漂い始めてきた。「そろそろ頃合いね……」私は笑みを浮かべると、城の中へと足を踏み入れた――**** 城の内部はまさに阿鼻叫喚地獄だった。城内はあちこちに血しぶきが飛び、床は血の海に染まっていた。そして既に食べつくされてしまったのだろう。肉片のこびりついた骸骨たちがあちこちに転がっている。「狼たちは余程お腹がすいていたのね……骨しか残していないなん
私の着ている黒いドレスにはジークハルトによって刺された時に出血した血がこびりついている。その匂いに引き寄せられてか、狼達のうめき声がこちらに向かって近付いて来るのをひしひしと感じていた。やがてうっそうと茂った木々の合間から無数の光る眼が私を取り囲んでいることに気付いた。「来たわね……」私は笑みを浮かべた。そう、彼等こそ私の僕達。血に飢えた狼。きっと今宵は素晴らしい働きをしてくれるだろう。グルルル……恐らく30匹以上はいると思われる狼集団、彼らは私が逃げられないようにぐるりと私の周りを囲み、ゆっくりと距離を詰めて来る。彼らは皆獰猛で、耳まで避けた口からは鋭い牙が見えている。私は彼らを見渡すと、僕になる様に命じた。 <あなた達……私の命令に従いなさい>すると――彼等は一斉に足を止めると、まるでひれ伏すかのように地面に座り込んだ。そして群れの中から一際群を抜いた大きな狼が私の元へと近付いて来る。恐らく彼がリーダーなのだろう。彼は私の前で足を止めると尻尾を振りだした。青い毛並みがとても美しい狼だった。「皆……相当飢えているようね? この森を抜けたところに城があるから思う存分飢えを満たしなさい」するとその言葉に従うかのように狼たちは天を仰ぎ、声を揃えて遠吠えした。その姿を満足気に私は見つめ、更に彼らに命じた。「あなたたち……後ろに下がっていなさい」すると狼達は一斉に後ろに下がる。「フフフ……いい子達ね……」地面に手を当てると、地中から出てくるように命じた。するとボコボコと土が動き出し……やがて何十体もの骸骨たちが土の中から這い出て、私の前に並んだ。私は骸骨の正体を知っている。彼らはグレン伯爵の手によって殺害された領民たちである。伯爵は領民たちを殺害後、この地面に埋めて辺り一帯を魔法で森に変えたのだ。「あなた達はあの城の宝を全てかき集めなさい。そして逃げようとしたり、隠れている者達を全員捉えて狼達に差し出すのよ」私の言葉に一斉に頷く骸骨達。私は美しい満月を見上げた。「フフフ……ついに殺戮の宴が始まるわ。今宵は彼らにとって、特別な夜になること間違いないわ。皆……行くわよ」すると、狼のリーダーが私の前でしゃがんだ。「ありがとう。いい子ね」私は頭を撫でると、彼の背にまたがる。「さぁ……行きましょう。アドラー城へ!」ウォオオオオ
私は1人、森の中を歩いていた。私の記憶が正しければ湖のほとりには小さな水浴び小屋がある。その小屋は私がまだ幼い時、父が建ててくれた小屋だった。まだ幸せだった幼少時代、夏になると水浴び小屋で楽しい時間を過ごした。私にとっての思い出の場所―― どの位歩き続けただろうか……。「あったわ……」思った通り、その水浴び小屋はまだ残されていた。板を組んで作られた水浴び小屋は幼少時代は大きく見えたが、今はとても小さく見えた。「鍵は開いているかしら……」真鍮で出来たドアノブを回してみると、やはり少しも回らない。鍵がかかっているのだ。けれど、もはや絶大な魔力を手にした私にかかれば、鍵など無用の長物だった。ガチャ……少し念じただけでいとも簡単に解錠され、扉が勝手に開く。私は小屋の中に足を踏み入れた。「……中はこんな作りになっていたのね……」円形の水浴び小屋には2枚の細長い窓ガラスがはめられている。部屋の中にはカウチソファが置かれ、天井からはブランコがぶら下がっている。丸テーブルに椅子が3脚。テーブルの上にはアルコールランプが1つ置いてあった。壁には本棚が設置され、中には数冊の本がある。そして10年近く使われていなかった小屋の内部は綿埃と、あちこちに蜘蛛の巣が張られていた。「夜までまだ時間があるわね……掃除でもしましょう」窓を開けると魔法を使い、一瞬で小屋の中を綺麗にした。闇の力を手に入れた今の私は完全に魔力を自由に操れるようになっていた。どう願えば、どの様な魔法を発動出来るのか……魔女の本能で悟っていた。この力を使えばあの城に巣食う者たちを一掃することが出来るだろう。「そうよ……私と、お父様に。お母様の大切な城に巣食う邪悪な魔物達を一刻も早く始末しなくては……」彼らは私を「魔女」と呼ぶが、私からすれば彼らの方が余程【魔】に近い存在のように感じる。よってたかって人の事を「魔女」と呼び、命を狙ってきたのだから。でも、それも今夜まで。彼らは今宵、地獄を見ることになるのだ。そして私はカウチソファに横たわり、トランクケースからブランケットを取り出すと身体に掛けて満月が現れるその時まで休むことにした――**** どの位眠っていただろうか……。気付けば部屋の中が青白い光で満たされている。「……」カウチソファから身を起こし、窓に近付いた。「まぁ
「本当だな? 本当にこの城から出ていくと言うのだな?」叔父は念押ししてくる。「ええ。本当です」そこへジークハルトが言った。「お待ち下さい、伯爵。相手は狡猾な魔女です。信用に値しない。今すぐここを追い出すべきです」……まさかジークハルトのような人間に『狡猾な魔女』と言われるとは思わなかった。むしろ彼らのほうが余程狡猾な人間ではないだろうか?「うむ……確かにそうだな」そして叔父は私を睨みつけた。「ならぬ、フィーネ。今すぐこの城を出るのだ。一刻も早くこの城を出て、二度とこの地に戻ってくるな!」「……分かりました。そこまで仰るのであれば出ていきます。もう荷造りは済んでおりますので」私は自分の部屋を振り返った。視線の先にはトランクケースが置いてある。「ああ、そうだ。この城に居座る汚らわしい魔女め……さっさと去れ! そして二度と我らの前に姿を現すな!」ジークハルトは吐き捨てるように叫んだ。「……」無言でジークハルトを見つめる。いくら私を『魔女』と蔑むにせよ、仮にも元婚約者を相手にどうしてここまで酷い態度を取れるのだろうか?すると私の視線が気に入らなかったのか、ジークハルトが殺気を込めた目で睨みつけてきた。「何だ? 魔女。汚らわしい目で俺を見るんじゃない!」そしていきなり剣の柄で私のお腹を殴りつけてきた。ドスッ!「ウッ……! ゴ……ゴホッ!」衝撃で私は激しく咳き込んだ……フリをした。本来ならこんな攻撃、もう止めることも容易いし、無意識の内に衝撃を和らげることも造作なかった。ただ彼らを油断させる為だけにあえて大袈裟な演技をしたのだ。「フン……魔女でも痛みや苦しみは感じるのだな」ジークハルトは冷たい目で私を見下ろす。「さぁ、フィーネ。荷物を持って今すぐ何処へなりとも行くがいい!」叔父は私を指差す。「……はい。分かりました……」私はフラフラした足取りで部屋に入るとトランクケースを持ち、部屋から出てきた。そんな一連の動きを叔父もジークハルトも無言で見ている。「さよなら、皆さん。今迄お世話になりました」一礼すると私は彼らに背を向け、長い廊下を歩き始めた。……城の出口目指して――**** ギィィィ〜…… 城の扉を開けて、外へと出てきた。私を見送る者は誰一人としていなかった。城を出ると一度だけ、17年間育った城を振り返った。す