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All Chapters of 白無垢の呪恋唄: Chapter 41 - Chapter 50

56 Chapters

第41話 永久に

「永久に先、君をば待たん暗闇に、花の塵ゆく定めとしても」  二俣が白無垢の恋唄の句をすらすらと読んだ。 「先生、覚えたんですか?」 「あっ、ああ。僕もあのあとSNSで結構調べたからね。国語の教師ではないけど、短歌のリズムだから覚えやすいし。この句が仮に白無垢の女が作った句だとしたら、永久ってところが気になるんだ。なんか強い執念を感じて」  それは美月も最初に感じた違和感だった。誰かを好きになるとは、きっとそういうことなのだろうと思い、すっかり忘れてしまっていたが。 「化け物、幽霊。ほら、強い執念がそういうものを生むとも言う。別に日本でなくても世界中にそういう話はあるしね」 「……一緒になるはずだったのにそうなる前に亡くなってしまったから、その執念が白無垢の化け物を生んだ……ということですか?」 「そう解釈できるかもしれないってちょっと思ったんだけど……300年も経ってたらその間に何が起きてるかわからないから」  カーブを抜けると、見渡す限りの田園風景を車は加速していく。前にも後ろにも車はなく、ギリギリ二車線の狭い道を走るのは美月たちの乗っている車だけだった。  田舎らしい田舎、だと美月は思った。1度しか訪れていないはずなのになぜか鮮明に覚えている。何度もトンネルをくぐり抜け、その度に違う景色が広がっている。  田んぼに畑に、鬱蒼と茂る森、蛇のようにうねる川にぽつんと建てられた家々。都会の喧騒から離れれば離れるほど、白無垢の噂話やSNSなどとは無縁の世界にいるような気がしていた。だけどスマホを開けばすぐに繋がってしまう。どこにいても呪いは地続きだと言えた。 (子どものときは電車の窓に張り付いて見ていたっけ)  死後婚。旧家。白無垢の女。 
last updateLast Updated : 2026-03-13
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第42話 突然の絶叫

(お母さんはほとんど何も話してくれなかった。300年続いてるとか、村役だったとかそれくらいだ)  美月には父親がいない。物心ついたときからいなかった。最初からいないのか、いたとしても離縁なのか死別なのかそれもわからなかった。 (古塚家はどっちなんだ? 父方なのか母方なのか)  祖父と祖母の顔を思い浮かべる。記憶は少しあやふやだが、母と似ているだろうか、と。 (わからない。……あれ、もしかして何もわからない?)  大事なことのはずだ。今まで気にしていなかっただけで、家族構成や血の繋がり、両親と祖父母の関係性──全部が全部自分の出自にも関わる大切なこと。  それなのに何も知らされていないこと、自分が知ろうともしてこなかったことを美月は今になって気が付いた。  まるでそれはあたかも牢に入れられているように、兄と自分が他の家族から隔絶されているように美月には思えた。  唐突に、母親の色のない瞳が思い出された。 (あの目だ。……そうだ、あの目だ)  母親が時折見せた自分でも兄でもなく、どこか遠くを見るような目。 (あの目は、拒絶していた。家族や家について知ろうとすることを拒絶──いや、私や兄さんが何かを知ることを恐れていた……?)  車は少しスピードを落として、またトンネルへと入っていく。顔を上げると、美月は邪魔な前髪を直すように首を振った。記憶ではこの先、もう一つ長いトンネルを抜ければ旧家が見えてくるはずだった。  もうすぐ着くと思った途端に体が緊張してきたことがわかった。美月は目を瞑り、何度も深呼吸を繰り返す。頭の中では弓を射るときの動作を何度も繰
last updateLast Updated : 2026-03-13
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第43話 闇の奥から聞こえる声

 急な叫び声に二俣も動揺したのか、車体が大きく揺れて急ブレーキがかけられる。投げ出されそうになる体をシートベルトがきつく締め付けてきた。 「うっ……っつ! どうしたの!? 乃愛っ!」  後ろを振り返る。乃愛は低いうめき声を上げながら髪を掻きむしっていた。  何度も美月が名前を呼ぶが、まるで聞こえていないのか荒い息を吐きながら同じ行為を続けていた。 「如月さん! 落ち着いて!」  二俣はハンドルを操作し、車をゆっくりと端へ寄せようとする。美月はスマホのライトをつけると乃愛の体に光を当てた。  血が垂れている。思い切り爪を立てているのか、指の爪先が頭皮に食い込み破れた皮膚から血が流れてきていた。  それでも乃愛は掻きむしるのをやめずに自分自身を傷つけようとしている。  美月はシートベルトを外すと、座席を倒し後へと移動した。乃愛の両腕を押さえて無理矢理止めようとする。 「やめて! 離して!! 先輩が……先輩が!!」  腕を振り回した衝撃で美月の体が押し倒された。乃愛のものとは思えない力に驚きながらも、美月はもう一度乃愛を止めようと手を伸ばした。  パリン、と何かが割れる音とともに光が消えた。美月のスマホのライトだけではない。車のライトも消えている。 「なんだ? 急にライトが──」 「きゃああああああっっ!!!!」  乃愛が叫び声を上げた。何度も何度も頭を振り乱しながら爪を立てて頬を掻きむしった。飛び散る鮮血が美月の顔にかかる。 「乃愛! 乃愛っ!」 「来るっ! やめてっ! やめてぇぇえええ!!」
last updateLast Updated : 2026-03-14
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第44話 燃えているモノ

 オォ゙……オゥ゙ェェ……オォヴ……  空気を震わせた音は、鳴き声に似ていた。人ではなく動物の鳴き声。ただし今まで聞いたことのないような地底から響き渡るような声だった。  抑えつけていた力がなくなる。不気味なほど突然に乃愛の動きが止まった。  美月は声を掛けたかったが音を出すことすら躊躇われた。  獣のような声がトンネルの奥から少しずつ少しずつ近付いてくる。  シートベルトを外す音が聞こえた。見えはしなかったが、二俣が外したのだろう。その二俣は焦ったように物音を立てながら美月の座っていた助手席に移動した。  カチッ、カチッ、カチッと何かの音がする。それが車の助手席に備え付けられた懐中電灯をつけようと試みる音だと美月が気が付いたのはもう少し後だった。  窓にゆらゆらと揺れる光が映った。人工的な眩い光とは違う。赤々としていて揺れ動く光がトンネルに影を作った。  影は次第に大きくなり、形を成していく。声が近付く度に影も大きくなり、だんだんとその形が見えてくる。  生き物の形だった。美月がすぐに疑ったのは白無垢の化け物だったが、それよりも背は低くなぜかはわからないが身体の周りに何かを纏い、それが風に吹かれたように揺れていた。  何よりも腰まで伸びたあの長い髪の毛が窓から見えるシルエットにはない。 (誰? ……というよりも何?)  動かない乃愛を助手席に寝かせると、美月は窓に顔を当てて外を見た。赤い光の正体はすぐにわかった。  燃えているのだ。最初は目を疑ったが、明らかに何かが燃えていた。  光と思っていたものは炎の塊で、闇を嘗めるように赤く行進していた。 
last updateLast Updated : 2026-03-14
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第45話 黒焦げた体

 それは、人間だった。火達磨《ひだるま》になっているが二本の足で歩く人間だった。  獣のように聞こえた声は、その人間から発せられていた。鳴き声でも唸り声でもなく、身が灼かれる苦痛から逃れようとするうめき声だった。  ドアが開けられ二俣が車から降りる。美月も我に返ると助手席のドアから飛び降りて駆け寄った。 「大丈夫ですか!?」  救援に急ぐ二俣の声がトンネル内に反響した。美月は掛ける言葉が見つからず、ただ二俣の背中についていく。 「大丈夫ですか! 大丈夫──ウッ……」  二俣は唐突に立ち止まると、その場でうずくまり右手で鼻を押さえた。 「先生!?」  突然のことに美月は驚き声を震わせたが、すぐに煙とともに人肉が焼け焦げた臭いが鼻を覆い二俣の行動が直感で理解できた。  美月は込み上げてきたものを無理矢理喉の奥に戻すために、目を瞑り前屈みになって立っていることしかできなかったが。  ──つき──み、つ──み、つ、き──  名前を呼ばれた気がして美月は苦い液体を噛み下すと、目を開けた。  助けを乞うように差し伸べられた手は細く、一見して歳を経た人の物であることがよくわかった。  手から顔ヘと順々に視線を上げていくと、瞳を見たときに美月の体は硬直した。  見覚えのある顔だった。ふと、浮かんだのは一度だけ訪れた旧家での記憶だ。  兄と祖父が屋敷からどこかへ出掛けていくところだった。美月は木々や花々の匂いのする縁側に座り、不満そうに足をバタバタと動かしていた。  母は側にはおらず、母の代わりのように後ろへ立っていた
last updateLast Updated : 2026-03-15
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第46話 死の前の叫び声

 「ヒッ!」  思わず声が出てしまい後ずさりしてしまう。むくりと起き上がった顔から美月の行為を咎めるように瞳が光る。美月はその瞳から目が離せなかった。  口の形とは思えない空洞から息が漏れる。足が痛いぐらい締め付けられた。  訴えかける瞳に何かを伝えようとしていることに気がつき、美月は腰を屈めて吐き気を我慢して耳を口元へと近付けた。  何とも言えない臭いが開けた口から漂ってくる。生暖かさが、まだ生きていることを教えてくれた。 「──し……」  大声で喋り続けている二俣の声に掻き消されてよく聞こえない。  美月は目を瞑るとさらに口の近くへと耳を押し付ける。か細い息が耳の中に入ってきて背中に悪寒が走った。 「──し……な──」 (全然聞こえない! 何、何を伝えたいの!?)  苦しそうな息遣いだけが聞こえてきた。合間にかろうじて言葉と認識できるような声が紡がれるが、意味を成す単語として聞こえない。  美月は必死に頭の中を巡らせた。少しでも引っ掛かる言葉がないか考える。 (し……な……? ……わかんない、わかんないよ! おばあちゃん!)  祖母なのかどうなのか、本当のところは確証がない。それでも耳を傾けたのは、最期の言葉を聞き取ろうとしているのは、その先にある恐ろしい予感があったからなのかもしれない。  急に体が起き上がり、ぐいっとシャツが掴まれる。美月の瞳の中に映る白濁した瞳が目を剥いた。 「白無垢の女ぁあああ
last updateLast Updated : 2026-03-15
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第47話 蟲に覆われた顔

 白は黒を引き立たせる。赤い炎も消え失せ、光が何も無い真っ暗闇において強く存在しているのは白無垢を纏ったその女だけだった。  白無垢の女は光に通らないトンネルの奥で佇んでいた。髪が風になびき、枯れ木のような細い肢体が風に煽られて左、右にと揺れている。  野太い声を上げて、二俣は地面へと転がった。足がもつれて転んだのかもしれないが、慌てて立ち上がると美月の横へ並び肩を揺らす。 「……あ、あれが白無垢の女……本当に、本当にいたんだ! 古塚さん! 早く、逃げないと!」 「……は、はい」  二人は車まで走ると急いでドアを開けて中へ入る。鍵はすぐに掛かったが肝心のエンジンが始動しなかった。 「なんで! なんでつかないんだ! くそっ!」  美月は後部座席に乗り込み震える乃愛の体を抱き締めていた。  窓から見える限りでは白無垢の女は車に乗り込む前と場所が変わっていない。つまり、なぜか動いていない。  エンジンを動かそうと、二俣はブレーキペダルが壊れるのではと思ってしまうくらいに何度も何度も強く踏み込んだ。 「くそっ! くそっ! くそっ! かかれ! かかれ! かかれよっ!」  大声で怒鳴る二俣の方へ美月の視線が動いた。  腕の中にいた乃愛の悲鳴が上がる。気配を感じて窓を見れば女の顔が張り付いていた。  心音が跳ね上がった。同時に美月の顔が引き攣る。  窓に張り付いていたのは何重にも重なり合う蟲の塊だったからだ。  毛虫に蚯蚓《ミミズ》、百足《ムカデ》、他にも名の知らぬ蟲が隙間
last updateLast Updated : 2026-03-16
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第48話 燃え盛る旧家

「考えるのはやめよう」  こんがらがった思考を止めたのは、二俣の落ち着いた声だった。  美月は俯いていた顔を上げると乱れた髪の毛を直し鼻を啜った。泣いているのかと思ったが、涙は一滴も流れていなかった。 「考えてもわからないことだらけだ。それに古塚さんのご実家に行けば何かわかるはず。そうだろう?」  まるで弓道場にいるときのようだった。弓を射るのにはどうしても緊張が付き纏う。初心者のうちは特にそうだ。  二俣は叱咤激励で部員を動かすようなタイプではない。後ろで見守り、優しい声掛けで緊張をほぐして全力を出せるよう応援するようなタイプだった。  美月は、何度か息を吸うと部活のときのように快活に返事をした。乃愛の体の震えも止まり、美月は抱えていた腕を離した。  長い暗闇が続いたトンネルを抜ける。眩しい光で視界がいっぱいになり、美月は手を翳した。数秒経って光に慣れてきた目に飛び込んできたのは、燃え盛る炎の姿だった。  車の振動に合わせるように、一旦落ち着いたはずの鼓動がまた大きく動く。  炎は巨大な生き物のように辺り一面に広がり、かつて見た故郷の景色を朱色の絵の具で塗り潰していた。 「そんな……いったい何があったんだ」  二俣の疑問に応える声はなかった。乃愛は起き上がり窓から外の様子を眺め、美月は助手席に置かれたままのスマホに手を伸ばした。  トンネルを抜けた砂利道の真ん中で車が止まる。その先、階段が連なる急な坂を登ったところにぽつんと離れて建てられた屋敷に火の手が上がっていた。  古塚家が300年営んできたという旧家だ。白壁に瓦屋根、太い木製の柱──時代に取り残されたようなその木造の建物が次々に炎に呑まれていく。家々を囲むように茂っ
last updateLast Updated : 2026-03-16
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第49話 咎人の目

 祖母がなぜ火達磨になってしまったのか、美月はようやく理解した。そして、祖母一人だけが逃げてきたということは、屋敷にいたはずの他の家族の身も危ないということ。 「先生は消防と救急を呼んでください!」 「えっ? あ、ちょっ、古塚さん!」  心配する二俣の声は美月にはもう届いていなかった。   石段を走って登り始める。兄に手を引かれて登る幼い頃の記憶がまざまざと蘇ってきた。  兄は面倒くさがりながらもしっかりと離れないように手を繋いでくれていた。あのときも母は兄の前にいて、美月のことを決して振り返ろうとはしなかった。 (母さんは何もしてくれなかった。だけど、ここは、ここだけはたった一度だけでも家族三人で来た場所。白無垢の女とか化け物とか、恋唄とか呪いとか。なんで家が燃えていて、兄さんとは連絡が取れないし、母さんからも連絡ないし。何がなんだか全然わからないけど)  二人を失うのだけは絶対に嫌だ。  呼吸が荒くなり、動きが遅くなる。体が休憩を求めてくる。それでも美月は歯を食いしばって足を前へ前へと進めた。  自分一人しかいない広い家。いや、自分一人だけが取り残された広い家だ。美月の頭の中で嫌な想像が広がっていく。 (私だけ何も知らない。私だけ何も知らされていなかった。兄さんはきっと知ったんだ。古塚家の何かを、母さんのあの遠い目の秘密を。また、私だけ取り残される。何も知らないまま、私だけ──)  折り紙のように様々な感情が思い出が景色が重なり合い、悲鳴を上げる美月の足を動かしていた。  焦げた臭い、黒煙の色が濃く近くなっていく。石段を登り切った先では、今にも燃え落ちそうな屋根の下に一人の男が立っていた。  どこか遠くを見るように赤色に
last updateLast Updated : 2026-03-17
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第50話 添い遂げさせる儀式

 さも当然というように言い切ると、美月の祖父は後ろを向いた。「そして家もこの有り様。最期の瞬間を見届けようと思ってな」 足元から崩れていく。張っていたはずの気が緩み、体の力がストンと抜けてしまった。「……みーちゃん?」 乃愛は不思議そうな声で美月のことを呼んだが、美月は何も反応することができなかった。「みーちゃん……どうしたの?」 壊れた人形のようだった。何が起こっているのか理解ができないのか、子どものように何度も何度も美月に呼びかける。「……ああ。その子は、あてられたのかい? 可哀想に」「あてられた? 急に失礼ですが、それはどういう──」「白無垢の女にあてられたのだろう? あの呪《まじな》い、いや呪《のろ》いを真に受けて。運良く生き延びても、心が壊れてしまう。特に実行した者は己の罪に耐え切れずに、な」「……白無垢の女?」 祖父の言葉から出たその単語に、美月は言葉を返した。「知っているのか? まあ、知っているのだろう。ここまで来たのだからな。まあいい。最期のときだ。本当はお前には関係のない話だったが話すとしよう」 後ろに手を組むと、祖父は美月の方へ体を向けた。一度目を瞑り、また目が開かれたときには美月がずっと恐れていたあの目になっていた。「白無垢の恋唄。これには、二つの想いが込められている。一つは祝福、そしてもう一つは呪いだ」(……祝福に呪い?)「『永久に先君をば待たん暗闇に花の塵ゆく定めとしても』。前半の句は、祝福。想い人との成就を願っている。そして、後半の句は、呪い。それが決して叶わぬ呪いを込めている。なぜなら、この句を詠んだ白無垢の女こそが想い人との契りを結ぶことができずにその命が尽きたからだ」 祖父は、まるで散歩を楽しむかのように美月の前を行ったり来たりしながら話を続けた。「だからこの呪《まじな》いを行えば、祝福と同時に呪いがかかる。我々はそれを知っているからこそ、白無垢の恋唄を秘匿とした」 我々、とは誰のことなのだろうと美月はぼんやり考えた。古塚家のことなのか、祖父母、そして母のことなのか、それともそれが──とがびとという存在なのか。「ところが人は元来噂話が好きらしい。我々しか知らないはずの呪《まじな》いは、密かに広まり時に実行された。その度にあの化け物が現れる」「化け物とは、あの……白無垢の女のことですか?」 
last updateLast Updated : 2026-03-17
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