Home / ホラー / 白無垢の呪恋唄 / Chapter 61 - Chapter 70

All Chapters of 白無垢の呪恋唄: Chapter 61 - Chapter 70

78 Chapters

第61話 廃村

 大量の蟲が蠢いている白無垢の女の顔を思い出して身震いすると、美月は白い画面を閉じた。 「着いた……ここ……かい?」 「た……ぶん」  見渡す限り生い茂った背の高い草木しか見えない場所だった。車のライトの先に朽ちた木造らしき建物があるために、かつては人の営みがあったとわかる程度の荒れ果てた廃村だった。 「とりあえず降りてみよう。でも、危険があったらすぐに戻るように。古塚さん、懐中電灯と、これ──」  二俣から渡されたのは懐中電灯と、もう一つは弓袋と紐で縛られた矢筒だった。  部室のロッカーに置いてあるはずの桜のデザインが施された美月の愛用品だ。 「……先生、これは……?」 「護身用だよ。念のため。あんな化け物に効くのかどうかわからないけど、何も無いよりはましかと思って。君なら、いざというときにあてることはできるだろう?」 「……でも」  逆に危険な可能性もある。冷静でいられないときに射ればあらぬ方向へ飛び、下手をしたら他の誰かに当たってしまうかもしれない。何より幽霊や妖怪のような存在に矢が命中するのかどうか全くわからない。 「弓矢は昔から神事に使われていたんだ。吉凶を占ったり、厄祓いとかね。験担ぎだよ。邪魔と思えば捨てればいい」  二俣が念を押して頷くと、美月は躊躇いながらも懐中電灯と弓袋を受け取った。袋を開け、矢筒を確認すると、弓と矢が六本しっかりと入っている。  美月は背中に弓袋と矢筒を括り付けると、乃愛と手を繋ぎ車から出た。 
Read more

第62話 廃寺のなか

 記憶の中では蝋燭の火が次々に灯されていった。一般的な家の中であんなに蝋燭を灯すようなところがあるだろうか。 「先生! 廃村にお寺が残っていることはありますか?」 「寺か。本尊や墓は別の場所に移転するだろうけど、建物自体は取り壊すか残していくんじゃないのかな」 (だったらもしかして!) 「あっ! みーちゃん!」  美月は乃愛から離れると一人で村の奥へと走っていってしまった。懐中電灯の光が誰一人いない取り残された村の中を本当に夜が明けるとも疑わしく思ってしまうほどの暗闇の中に蘇らせる。 (二人がもしお寺で式を挙げようとしていたのだとしたら、死後婚だってそこで行われたかもしれない)  寺ならば他の家屋とは違い、すぐにわかるはず。廃墟と化して建物が朽ちていても特徴的な外観は変わらない。  そう考えて、美月はなだらかな坂を登っていった。村の終わりが近付いているのか、遠くの方に高い木々が見えてきた。  不意に美月の足が止まった。デニムパンツの裾に草や葉、泥がこびりついている。  果たして目の前に寺らしき建造物は見つかった。美月は懐中電灯を真っ直ぐに向けてゆっくりと近付いていく。  大きな瓦屋根の一部が眠るように地面に落ちている。申し訳程度の小さな寺だった。きっと村に根付き村民とともにあったような小さな寺なのだろう。  少し建物の周りを回ると、見てきた廃屋と同じように周りの壁は崩れており、なんとか中へ侵入することはできそうだった。  問題は残されたものがあるかどうかだ。ぐるりと一周した後、美月は弓袋を背負い直すと、一番容易に入れそうな右の壁から侵入を試みた。  二俣の言った通り本尊や他の仏像もな
Read more

第63話 白無垢の人形

 頭が、重い。  呻き声を上げながら目を開ければ何も視えない黒い闇が広がっていた。  美月は手に持っていたはずのライトを探すがどこにもなく、ポケットに仕舞ったはずのスマホも、背負っていたはずの弓袋も何も持っていなかった。 (何これ?)  代わりに握っていたのは白無垢の人形だった。手触りから木を彫って作られた人形だとわかったが、色が綺麗に塗り分けられていて、汚れて色褪せていても白の光沢と長い黒髪が判別できる。 「そうだ、私、この人形を拾って──」  ポタ、ポタと何かが滴り落ちる音が聞こえた。音のした方を振り向けば、皺の刻まれた老婆の顔がぬっと暗闇から現れる。  老婆は泣き声とも苦悶ともつかない声を発すると、手のひらを自分の顔の前に持ってくる。  五本あるうちの人差し指が赤く染まっていた。よくよく目を凝らせば指先、爪のあたりから先がなくそこから液体が指を伝って垂れている。  滴り落ちる音はそれだった。老婆の人差し指の先から流れ落ちる血だった。  老婆はもう片方の手を手首にあてると立ち上がり、暗闇に向かって欠けた人差し指を突き付けた。  何かをすり潰すような音が続く。  美月は周りを見回した。暗闇ではあるものの空気の感じや雰囲気から即座にここがどこだか理解した。 (また来たんだ。過去の記憶に)  暗闇の祠。古塚家の地下にあった地下牢だ。 (だったら、あのおばあさんが白無垢の女。でも──今は何を?)  時が経ち老婆へと姿を変えた女は、一心不乱に自身の指を暗闇の中で振り回しているようにしか美月には見えなかった。
Read more

第64話 無数の蟲

「みーちゃんっ!!」  乃愛の呼ぶ声にはっと目を覚ますと、美月は反射的に後ろを振り向いた。目の前に白無垢の姿がある。  息が止まった。  乱れた黒髪の隙間から蟲が這い出てくる。鼻先に近付いた顔には無数の蟲がまるで獲物を見つけたように蠢いていた。  弓を射ればあるいは──と思ったものの、体が金縛りにあったようにどうしても動けない。白無垢の女の体が左右に揺れる度に蟲がボタボタと散らばり美月の顔にも張り付いた。  蟲の奥に見える二つの穴に光が宿った。闇の底に通ずるような虚の瞳だ。蟲達が一斉に移動すると刃物のような大きな口が開かれた。  美月は強く目を瞑った。それは、死の直前まで足掻こうとする生き物の本能だったのかもしれない。だが、いくら待っても美月の体に痛みは走らなかった。 「逃げてっ! みーちゃん!!」  乃愛の声に目を開けると、体が反応し手と足が動き出す。美月は声のした方へ駆け下りていくと、待っていた乃愛の手を取って全速力で走り始めた。 「古塚さんこっちへ! 急いで!」  二俣が大きく手を振っていた。すぐに追い付くと後ろを振り返る。 「待ってください!」  白無垢の女の姿は消えていた。感触は残っているものの顔についていたはずの蟲も消えている。 「先生、ライトは?」 「あ、ああ」  二俣が手に持っていた懐中電灯を操作すると、パッと円状の灯りがついた。 「おかしいな、今の今までつかなかったのに」 (消えた? なんで? それに絶対にダメだと思ったのに)
Read more

第65話 再び旧家へ

 人形を上から照らすライトの光が小刻みに揺れていた。 「先生、これは死後婚で使われた物で間違いないですか?」 「……これは、どこから見つけたんだい?」 「お寺の廃墟です。屋根の下に偶然見つけて……でも、私が拾ったのは白無垢の人形だけだった気がするんですが……」  想い人の人形も一緒に拾っていたのだろうか。思い出そうとしても上手くできなかった。人形を拾った途端に過去の記憶へと飛ばされてしまったからだ。 「……とりあえず、車に戻ろう。またいつ現れるかわからない」  美月は何気なく二俣の顔を見つめた。二俣は軽く微笑むと懐中電灯を前方に向け車に向かって歩き始める。 「どうしたの? みーちゃん」 「いや、何か……先生疲れてるなって」 「みーちゃん何言ってるの!? こんな目に遭ったら誰だって疲れるよ! これから運転もしないといけないんだし。ほら、行こ!」  ここへ来たときとは反対に乃愛が美月の手を引っ張っていく。助けてくれたことといい、騒がしいほど喋ることといい、いつもの乃愛に戻っている気がして美月の声は弾んだ。 「ちょっと! 乃愛、引っ張んないで!」  車に戻るとエンジンがかけられる。車のライトがパッとついた。  二俣はルームライトを点灯させると、美月から人形を受け取り、回転させたり裏返したりしながら人形の状態を確認した。 「こっちの紋付袴の人形はよくわからないけど、この白無垢の人形が白無垢の女を形どっているのだとしたら特徴はよく捉えている気がする。黒髪の
Read more

第66話 不穏な笑み

 体が大きく揺れて、美月は驚いて立ち上がろうとした。それをシートベルトが阻止したことで車の中にいたことを思い出す。 気付けば眠っていた。人形を手に入れたことで張り詰めていた糸が急に切れて脳が休憩を欲したのかもしれない。「先生、すみません。寝てしまっていたみたいで」 昨日から二俣とはずっと一緒に行動している。運転もさせてしまっているから、自分以上に疲れているはずだった。「いや、そんなちょっとの時間だよ。なんならまだ寝ていても……今のところは妙なことは起きていないし」「いえ、すみません、本当に」 いつまた白無垢の女が姿を現すのかわからない。全てが終わるまでのんびりと休んでいるわけにはいかなかった。「まあまあ、気にしないで。運転するよりも以外に座っているだけの方が疲れるとも言うし」「はい、ありがとうございます……」 SNSの状況が気になって美月はスマホを両手で持った。(……ウソ……) 時間はとっくに午前2時を過ぎていた。寝落ちする前に見たのが0時だったからもう2時間近くは眠ってしまっていたことになる。 思わず美月は二俣の横顔を見た。なんでもないような顔をして運転しているが、絶対に疲れているはずだ。「先生、一旦どこかで車を止めて休憩した方がいいです」「大丈夫、大丈夫。ほら、体力には意外と自信があるって言ったでしょ」「そんな無理ですよっ。すみません、私が焦っていて無理を言いました。本当に無理しないでいいですからっ!」「大丈夫だって。それにこの辺りには何もない。車を止めて休んでなんていたらまたいつ襲われるかわからないでしょ」「それは──」 確かにそうだ。今まさに美月自身が休んでいるわけにはいかないと思ったばかりであって、なるべく急いで祠へ辿り着かなければならない状況だった。 廃村では命からがら逃げ出したようなものだったし、もし今ここで白無垢の女に襲われたなら生きられる保障は何もなかった。「僕のことは気にしなくても大丈夫だよ。それより古塚さん、君はもっと自分のことを大切にした方がいい」 二俣は眼鏡を上げた。わずかに顔を美月の方へ傾けると微笑む。安心すると同時に、どこかで美月は違和感を感じていた。(……先生の視線が、なんか気持ち悪い……)「ずっと気に掛かってはいたんだ。部活でもみんな──特に同じ女子生徒には避けられているようだったし、
Read more

第67話 呪いの始まった地

「教師がこんなことを言ったらマズいな。まあ、今のは教師の立場じゃない言葉としてね。僕ももっと上手く立ち回って今の状況にならないように配慮しなきゃいけなかったんだけど」 「……いえ」 (なに? どうしたの急に──)  何と返していいかわからなかった。  自分を大切にしろ──などと人にあまり言われたことなどなく、なんとも言えない気持ちになる。  それに何か、うまく言葉にすることのできない妙な違和感が胸の辺りをざわめつかせている。魚の小骨が喉につかえているというのはよく使われる言い回しではあるが、それよりも口に入れた物が噛み切れずになかなか飲み込めない──ちょうどそんな感じだった。  美月は無理をしているつもりはなかった。ずっとそうして生きてきたし、何でも一人で解決した。一人でいるのは当たり前だったし、周りに合わせるために自分の意志を曲げるなんてことはごめんだった。自分はただ、自分を生きているだけ。周りが勝手に騒ぎ立て噂を立てて離れているだけだ。  噂──白無垢の恋唄も同じようなものなのかもしれない、と美月は思う。自分の知らないところで恋が成就する呪《まじな》いとして噂され、知らない間に拡散している。だから、白無垢の女は噂を流した人間一人ひとりを死に至らしているのではないか、と。  あの人は、ただ望んだけだった。どんな不条理に巻き込まれようとも、想い人と最後に結ばれることを望んだけだった。それが結果として呪《のろ》いに結実してしまっただけなのかもしれない。  そこまで思いを巡らせた上で、ひとまず美月は「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。会話を終わらせる意味と、それ以上踏み込むなという意味をさりげなく込めて。  二俣は「何でも言って。いつでも相談に乗るから」とまた笑顔を向けた。美月は「はい」と何の気はなしに返事をすると、スマホに視線を落とす。
Read more

第68話 暗闇のなかの白い光

 身体を揺すって乃愛を起こす。寝ぼけまなこで目を擦りながら上体を起こした乃愛は、数秒経って自分が置かれている状況に気がついたのか妙な声を上げて立ち上がると車の天井に頭をぶつけた。  いつもなら呆れて笑うようなところだが、今はそんな感情も沸き上がってこなかった。 「乃愛、行くよ」 「うん……」  頭を撫でる乃愛の手を取ると美月は砂利の上に降りた。見上げれば階段を登った先に焼け落ちた旧家の残骸が夜の闇にそびえ立っていた。 (昨日来たときには、静かな集落だと思ったけど……)  昼と夜とでは雰囲気はガラッと変わる。二俣から渡された懐中電灯で辺りを照らすが、誰もいない家々には当然光は灯っておらずまるで集落全体から人が消えたような不気味さを醸し出していた。  元々は当然人は住んでいたはずだ。村を維持するためにあの人を攫い、呪いが顕現したあともあちこちから子どもたちを攫ってきた。  それなのにもうここには誰一人住んでいない。古塚家が、ただ僅かに残った私たちだけが呪いの恐怖に怯えて生きてきた。罪が暴かれるのを恐れて生きてきた。  その意味では呪いは見事に成就したと言える。血は途絶え、そして家ももう途絶えようとしている。長い歴史の中を呪いは巡り巡って、その目的を果たすところまで来た。  美月は背負った弓袋の紐を強く握る。 (でもまだ、あの人はいる。呪いは残っている)  血塗られた暗闇の呪いを解き、安らかで穏やかな祝福の光で祠を満たさなければならない。  美月は、弓袋から白無垢と紋付袴の二つの人形を出すと、一歩前へ足を踏み出した。  待ち構えていたように、途端に手に持っていたライトが消える。真暗闇の中に
Read more

第69話 矢と人形と

「白無垢の、女……」  その名を口ずさむだけで頭が割れそうになるほど痛む。目眩が起きて倒れそうになった体を乃愛と二俣が支えてくれた。意識が遠のきそうになりながらも、弓矢だけは手放さなかった。  乃愛が真横から必死に何かを話し掛けている。きっと、名前を呼んでいるのだろうとは思ったが声は美月の耳に聞こえていなかった。今、聞こえているのは血が滴る音とそれから──断続的に聞こえる地面が揺れるような低い呻き声。  白無垢の女が這い出てくる。腕、頭、胴体、足と風に揺られながらぎこちなく。一緒に祠から出現した黒い靄のようなものが気になったが、なんとか目を開いて凝視すれば女の足元を大量の蟲達が囲んでいることがわかった。ゾワッと背筋が冷たくなる。蟲の群れが黒い靄のように見えたのだ。  まだ、これから階段を登っていかないといけないというのにもはや息が荒い。心臓は時折痛むほどに跳ね回っており、唇が固く冷たくなっていくのがわかる。 「みーちゃん!」  耳元で叫ばれた乃愛の声にハッと意識を戻すと、腐臭のような臭いが鼻の周りを漂う。すぐ横に白無垢の女が移動していた。矢を射ようとしたがもう遅い。  野太い叫び声が聞こえた。先生のものだろう。二俣は距離を取ると、付くはずのない懐中電灯を女の方に向けて無意味にカチカチとスイッチを入れようとしていた。  白無垢の女は、まるで獲物を見定めるように大量の蟲の中に埋もれた双眸で二俣と美月、そして乃愛の顔を順繰りに眺めた。 「行こうっ、みーちゃん!」  乃愛が腕を引っ張り美月を先導していく。その後ろから慌てて二俣がついてきて、三人は階段を登り始めた。  美月は後ろを振り返る。白無垢の女は長い黒髪を風に靡かせながら、逃げようとする三人の姿を見つめたまま佇んでいるように見えた。
Read more

第70話 矢を放つとき

 乃愛の手が離れていく。美月はすぐに手を伸ばしたが、ふっくらとしたその指先がすり抜けていった。  ぐちゃり──と皮膚が食い破られる音がする。白無垢の女に飛びつかれた乃愛の体が階段を何段も転げ落ちていく。  沈黙の末、白無垢の女が選んだのは乃愛だった。恋唄の呪《のろ》いを実践したのだ。真っ先に狙われるのは当然だった。  組み付かれ、肩や腕が何度も噛み付かれていく。乃愛は悲鳴を上げた。苦痛にまみれ、助けを懇願する断末魔のような叫び声。 (ダメ──)  なんとか逃れようと顔を体をがむしゃらに動かすも、女を囲んでいた蟲が乃愛の全身を覆い尽くすように群がっていった。 (……ダメ)  全身が撓《たわ》む。苦悶の声は暗闇のような蟲の蹂躙によって掻き消され、もがく身体は次第に勢いを失っていく。黒い塊から腕が上がった。助けを求めるように。助けを乞うように。  美月の中で襲われている乃愛の姿が過去に見た白無垢の女の姿と重なる。同様に体の自由を奪われ、蹂躙され、暴行され、凌辱される姿と。  過呼吸のように呼吸が乱れる。心音が耳の中でうるさく鳴った。 (ダメ……ダメ……ダメ!)  美月は奥歯を食いしばると、一度躊躇した矢をつがえる。その手は震えていた。 (あのとき迷わずに射っていれば──)  いや、関係ないかもしれないという気持ちも頭の片隅に浮かぶ。相手は人ではない、動物でもない怪物だ。弓が命中したところで意味なんてない。 (……でも!)  息を整える。背
Read more
PREV
1
...
345678
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status