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All Chapters of 白無垢の呪恋唄: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話 失敗した儀式

(18の男子……?)  美月は顔を上げた。   燃え上がる屋根が剥がれ一部が落下していく。その前にたたずむ自身の祖父は、当然とばかりに言った。 「そう。お前の兄の弓弦は、儀式のために呼んだ」 「……儀式って、その儀式って……何?」  ろくな考えが頭に上らない。あの女と添い遂げさせるなんて向かう先は絶望──いや、地獄としか。 「婚姻だよ。白無垢の女だ。結婚を望んでいるに決まっている。だから、弓弦にはハレの紋付袴を着せて女が現れる常闇の祠に入ってもらった。魂が暗闇に沈み、女を受け入れるまで」  死後婚──二俣の言っていた儀式を思い出す。それは、つまりそういうことなのではないか。兄を殺すことなのではないか。 「なんで……なんで兄さんが?」 「だから言っただろう? 我々が咎人だからだ。長きに渡ってこの地に住まう我々の祖先は、子宝に恵まれなかった。村に一人も女がいなかったからの。だから攫ってきたのだ。おいそれと近付くことのできない山を越えた遠くの村から。そして、その女と村の男どもが交わり、子をなした。やがて年を取り、子を産めなくなった女は用済みとなり、住まいにしていた地下牢に閉じ込めて生涯を終えた。その恨み苦しみ、そして年を経てもなお想い続けた願いゆえに白無垢の女となり、呪《のろ》いを残した。女が死んだ後、我々は子を授からなくなった。子種が途絶えたのだ。だから我々は自身を罪を犯した者として咎人と呼び、女が死んだ地下牢を祠として祀り、白無垢の女が現れるのをひたすら止める役割を担ってきたのだ」  言葉が出なかった。代わりに二俣が老人に聞いた。 「咎人とは、つまり罪を犯した人間という意味ですね。……じゃあ……白無垢の女は……古塚さんやお兄さんの存在は……?」 「ああ。白無垢の女は我
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第52話 一つの可能性

 美月は立ち上がっていた。祖父の話の中から一つの可能性を見出して。 「おじいちゃん、今言ってたよね。地下にある祠もきっとダメだろうって」  鮮やかに記憶が蘇る。あの日、母に連れられてこの屋敷へ来たあの日。  美月は兄とともに屋敷の中を探索していた。臆病だった美月は兄の背中で服を引っ張ったまま後ろについていくだけだったが、地下へ続く階段を見た記憶がある。  祖父がやってきてその先を行くのは止められたが、階段のその先は入ればきっと一歩先も見えないくらいに真っ暗だった。 「確かにそう言った。祠はもうダメだ」 「でも、見たわけじゃない。あれが祠だって知らなかったけど、階段ははるか下まで続いていた。もしかしたらまだ火が回っていないかもしれない」 「……この火で助かるわけがなかろう。それにもし生きているというのなら、なぜ家から出てこない」 (そんなのわからない。だけど、まだ絶対にそうだと言い切れるわけじゃない) 「私、行くよ。兄さんを助けに行く」  決意を固め、中へ入ろうとする美月の腕を二俣が止めた。 「ダメだ! 古塚さん! 今、消防は呼んだからここに来るまで中へ入っては──」 「先生。この呪いは大切な人を想う心から生まれた。先生にとって大切なものは何? 私にはわからない。私は今まで誰も好きになったことがないから」  美月は真っ直ぐに二俣の目を見つめた。腕を掴んでいた手が緩む。 「でも、私は今、兄さんを助けに行かないときっと後悔する。咎人とかどうとか頭が混乱してわからないけど、今は兄さんを助ける。それだけ」  手を振りほどくと祖父の横を通り美月は音を立て
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第53話 祠の中には

 廊下を進んだ真っ直ぐ奥に階段があった。仕切られた壁や天井、部屋の周囲は激しく燃え上がっているが、下に続く階段の辺りは無事だった。  美月は速度を落とすことなく階段まで辿り着くと、覚悟を決めて暗闇の中へ降りていった。足音が硬質に変わる。硬い石を歩いているような感触だった。  下まで一気に降りたところでスマホのライトで周りを照らす。  急に呼吸が苦しくなり、咳き込んでしまった。見えるのは煙ばかりだが、灯りが照らす先に人一人が移動できそうな細い通路があるのが見えた。  美月は腰を屈めてなるべく低い体勢でその先へと移動する。下の方にはまだ煙が溜まっていないのか呼吸が少しは楽になった。やがて突き当たりが見えてくると、ライトの光が右側にある木製の格子を露《あらわ》にした。  手で煙を払いながら格子の方へと進む。格子の入口となる戸はなぜか開いていた。煙の中で青白い光を照らし出すスマホを左右に翳せば、うつ伏せに倒れている人影が見えた。 「兄さん!」  人影へ近付き肩を揺すった。ライトで横顔を照らすと煤や汚れがべったりと顔についてはいるが間違いなく兄──弓弦の顔だった。  美月は口元に手を当てた。微かではあるもののまだ呼吸があった。 (まだ助かる! でも……)  ここまで来て自分の浅はかさを後悔していた。感情のままに飛び込んでいったが、一人では自分よりも大きい兄の体を運ぶことはできない。  美月は兄の側で座り込むと、何かないかとスマホのライトで祖父が祠と呼んだ格子の中を探った。  床は石を並べた上に薄い木の板が敷かれているだけだった。天井も木の板がはめ込まれていて、石造の部屋の中にもう一つ木製の部屋が作られているような異様な造りをしていた。そして壁は──
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第54話 味のしないサンドイッチ

 「白無垢の女は実在する!?」「恋唄試してみる。」「呪いの証言」──まだ半日しか経っていないというのにSNSは白無垢関連の話題で沸騰していた。  今まではまだ個人的な呟きで済んでいたものが、動画コンテンツを生業としているインフルエンサーの中にも浸透してきている。無邪気な好奇心と無責任な興味とが混ざり合い白無垢の女の呪いを拡散させていた。  近くの病院へ運ばれて応急処置を受けた後、美月は病院の待合室でずっとスマホを見ていた。膝の上では乃愛が横になり、すやすやと寝息を立てて眠っていた。  兄の弓弦を助け出した後のことは慌ただし過ぎてよく覚えていなかった。  救急隊員や消防隊員、警察官には二俣が教師として応対してくれたようで、美月は弓弦とともに救急車に乗り込み、酸素マスクをつけられ処置される様子をぼんやりと眺めていた。  入口の自動ドアが開き、ばたばた走る足音が聞こえて美月はスマホの画面を閉じた。 「いや〜お待たせ、お待たせ!」  片手に袋をぶら下げた二俣が美月の隣へと腰掛ける。椅子が大きく揺れて乃愛が目を覚ました。 「事情聴取がやっと終わったんだ。とりあえず、お腹空いただろうと思っていろいろと買ってきた。古塚さんは何がいい? 好きなの取っていいよ」 「……すみません」  美月は袋の中から卵サンドを取ると、丁寧に包装を開けて小さな口で一口食べた。 (……味があまりしない)  当然か、と自分でも思う。食欲もわかないし味わって食べている場合でもない。兄の命は救えたが、母親は行方がわからなくなり、なにより問題は何も終わっていない。  二俣が乃愛にもサンドイッチを渡そうとしていたが、乃愛は何も言わずに横を向くとまた目を閉じた。
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第55話 兄、弓弦の容態

 膝に頭を乗せた乃愛が栗色の大きな瞳で真っ直ぐに美月の瞳を見ていた。柔らかな手が美月の頬に伸び、まるで泣いている子どもをあやすように撫でる。 「大丈夫。みーちゃんだったら大丈夫。だけど、一人ぼっちになったらダメだよ」 「……乃愛」  名前を呼ぶと、乃愛は微笑んだ。美月は「うん」と声を出して頷くと、乃愛の手を取り、強く握り締めた。 「すみません、古塚弓弦さんのご家族ですか?」  ショートヘアの看護師が申し訳なさそうに割り込み、笑顔で声を掛けてきた。 「はい、そうです」 「よかった。あの、ご本人の意識はまだ戻っていないのですが、弓弦さんの容態が安定したので、病室へ来てください」 「わかりました」 「2人きりの方がいいと思うから、僕は如月さんとここで待ってるよ。戻ってきたら、この後のことを考えよう」  二俣に頭を下げると、美月は早足で看護師の後についていく。  *   病棟の窓から夕陽が射し込んでいた。美月は忙しく動き回る看護師や談笑を交わす入院患者を避けながら弓弦の病室へと向かった。  隣を歩く看護師が場を和ませようといろんな質問を投げかけてくるが、どれも頭には入ってこず曖昧な返事に終始する。  鼓動が早くなり、手が汗にまみれて緊張しているのを感じる。意識がないとはいえ、今のこの状態で兄に会えば自分はどう思うのか、それが気がかりだった。 「こちらです」  病室のドアプレートには、「古塚弓弦」と兄の名前が書かれた紙が挟まれていた。何度も見てきた名前のはずなのに、初めて見るような気がした。
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第56話 白無垢の女の過去

 むっとするような湿気が鼻腔を塞いだ。次いで木々の匂いが押し寄せ、風が髪を巻き上げていく。目の前では白い着物を着た髪の長い女が複数の男に羽交い締めにされていた。 (えっ?)  何が起こったのか、思考が全く追い付かない。病室にいたはずなのに、周りの景色は全然違うものに変わっていた。場所どころか時間もわからなかった。  また、悲鳴が上がる。女が出した悲鳴であることは間違いなかった。 「おい! 早く黙らせろや!」 「わかってるって、どこに……あったった、これこれ」  女を囲む一人の男が汚い袋から取り出したのは白い布のようなものだった。それを助けを求め続ける女の口へ噛ませると髪の後ろで縛り、声を上げなくさせる。 「ほら! 急いで戻るぞ! 暴れんな、オラ!」  頭に笠を被った男が容赦なく女の腹を殴った。鈍い音がして女は地面へと倒れた。さらに他の男たちが頭や肩、横腹に蹴りを入れる。その度に苦痛の声が女の口から漏れるが、暴行は止むことなく女が動かなくなるまで続いた。  笠の男が女の髪に唾を吐きかける。 「ったく、素直についてくれば痛い思いをしなくてすんだのに」 「そうそう。どうせこの後、散々痛い思いをするんだから抵抗するだけ無駄だって」 「慣れたら、そのうち自分から求めるようになったりしてな!」 「馬鹿なこと言ってねぇで。ほら、今度こそ行くぞ!」  振り返った男の目が美月と合う。飢えた野獣のような目だったが、男は美月に気が付くことなく女を抱えてどこかへ去っていった。  美月は一連の事態を見過ごすことしかできず、突っ立ていた。しかし、体は縮まり込み寒くもない
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第57話 咎人の理由

『弓弦には結婚式用の紋付袴を着せて女が現れる常闇の祠に入ってもらった。魂が暗闇に沈み、女を受け入れるまで』 (おじいちゃんはそう言っていた。病室で兄さんは、助けを求めているようだった。もしかして、兄さんも見ていたのかもしれない。これと同じ光景を、白無垢の女の過去を。儀式が過去を追体験するということだったら。兄さんが今、見ている夢を私も見せられている……? そうだとすると、今起こっているこれは……)  女の絶叫が身を凍り付かせた。  美月はぎゅっと目を瞑り、両手で耳を強く押さえた。それでも繰り返される叫び声が突き抜けるように鼓膜を揺さぶる。  反吐が出そうな臭いも鼻に付き、気色悪い熱気が肌に纏わりつく。暗闇で行われている行為がまさにそれだと五感を通して体に叩きつけられているようだった。 (やめて……)  願っても叫び声は止まらない。それどころか、黙らせるためなのか殴り付けられるような鈍い音も交じる。  熱気はますます増し、自分の耳に臭い息が吹きかけられているような錯覚すら覚えた。 (やめて、お願い……)  美月は立っていられなかった。ガクガクと膝は震え、軋む木板の上に倒れ込む。膝に胸を押し付けて祈るように耐え抜くことしかできなかった。 (やめて、やめて、やめて!)  叫び声が美月の願いともリンクする。これ以上聞いていられなかった。味わいたくなかった。できることなら耳も鼻も目も全てを削ぎ落して、何も感じない状態にしてほしかった。  再三の美月の願いも虚しく、状況は何も変わらなかった。  これは、過去の記憶。白無垢の女がまだ生前に体験した記憶そのもの。抗う術はなく、男たちが満足するまで終わることのない地獄そのものだった。
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第58話 もう一つの死後婚

「みーちゃん!」 「大丈夫かい? 顔色が優れないみたいだけど……」  病室を出て美月は乃愛と二俣と合流した。抱きついてきた乃愛を優しく抱き締めると、美月は何も言わず二俣の問い掛けに首を振った。 「……そうか……あの、それでこれからどうしようか」  白無垢の女を封じる何か策があるわけではない。二俣の言葉にはそんな戸惑いの響きが含まれていた。 「永久に先君をば待たん暗闇に花の塵ゆく定めとしても」  美月ははっきりと声に出し、白無垢の句を読み上げた。改めて読むと、綺麗な句だと実感する。  愛する人から引き離され、おそらくは毎日毎夜、蛮行に耐え抜いた。その上でなお人を想う気持ちを短歌に認《したた》められたのはそれだけ心が真っ直ぐ想い人に向けられていたゆえ。  そして祝福に反するこれだけの呪《のろ》いを残したのも、その清らかな性根のためだったのかもしれない。 「先生」  美月は勇気を出して目を合わせた。関係ないと知っていても、二俣が男性だと言うだけで今は怖かった。 「死後婚のこと話していましたよね?」 「死後婚? あ、ああ」  二俣は眼鏡のフレームを上げた。 「若くして亡くなってしまった人を亡くなった後に結婚させる。古塚家が行っていたこともその一種だと思うんです」 「確かに……そうかもしれない。添い遂げさせると言っていたから、白無垢の女との死後婚と言ってもいいかもしれないね」 「はい。でもきっともう一
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第59話 「遠い目」の正体

「! おじいちゃんが!? でも──」  そんな感じじゃなかった。それに、儀式が失敗するのをわかっていて火を付ける理由がない。 「そうです。おじいさんは火が起きた原因はわからないと言っていました。だから僕も慌てて理由を聞こうとしたら、『弓弦と美月には悪いことをした。弓弦が生きていてホッとした』って言ってて。警察ではそれが自供と捉えられたみたいなんですが、どうもそんな感じはしなくて」 (儀式をしたことの贖罪? でも、今は考えている時間がない) 「先生。とにかくおじいちゃんから話を聞かないと!」 「ええ。では、一度警察署に」  病院の駐車場へ出ると、太陽はもう沈みかけていた。ここからは夜の暗闇の時間帯。不安げに空を見上げた美月の黒い髪の毛にヒラヒラと舞う一枚の桜の花弁が付着した。 * 「よう来たな美月」  机を挟んで向こう側に座る祖父は穏やかな顔をして美月を出迎えてくれた。あまりにも普通に迎えてくれたことで美月は拍子抜けしてしまいすぐに返答できなかった。 「何しに来たかはわかっとる」  そう言うと、祖父は机に両手をつけて頭を下げた。 「すまなかった」  重い言葉が狭い一室の中で静かに響く。たった一言だけではあったが、それだけで何に対しての謝罪なのかが美月にも痛いほど伝わってくる。  留置場に来る前に警察から聞いた話では、自宅への放火だけではなく孫──つまり弓弦の監禁についても自供したらしい。しかし、白無垢の女のことや恋唄など背景にある真実については何も話をしていない。祖父は全ての問題を自分で背負い解決を図ろうとしていた。──事件の裏側にある怪異を除いて。  だから
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第60話 SNSで広がるパニック

 車のライトが人里離れた寂しい一本道を照らしていた。美月は乃愛と一緒に後部座席に座ると、スマホの画面を開いてSNSをチェックしていた。  数時間前には面白がっていたSNSも、今は一部でパニックになっている投稿が広がっている。  実際に試した投稿者が白い着物の女に襲われたと書いたり、友達や知り合いが行方不明になった書き込みが見られた。  暗闇に佇む白無垢の女の写真や動画も次々に拡散されている。それらをまとめたネット記事はいい加減なものも多いが、中には冷静に分析している記事もあった。  記事は、過去にあった「口裂け女」や「コックリさん」などを例に出し、白無垢の恋唄を都市伝説の一種と断定。SNSで爆発的に広がっていることでフェイク画像や動画が作られたり、有名人が取り上げることであたかも真実だと思ってしまう危険性があるとし、SNS利用者やマスメディアに対して冷静な対応を呼びかけていた。  常識ならそうだ。実際に相対していなければ記事を見て納得したことだろう。だが、自分の目で見た以上、真相を知った以上、動かないわけにはいかない。  自身の呪われた血に原因がある以上、呪いを断ち切るために進まなければいけない。これ以上被害が広がる前に。白無垢の恋唄が噂ですむ間に。 「みーちゃん。怖い……」  美月は隣で腕にしがみつく乃愛の横顔を見た。時間の経過とともに乃愛の様子も落ち着いてきている。とは言っても一時期の感情すら乏しい状況から、表情が少しずつ戻っているくらいで言葉数はまだ少なく、美月にくっついてばかりだった。 「大丈夫だよ、乃愛。きっと、もう終わる」  今の乃愛は記憶しているのだろうか。東條先輩が惨殺されたことを、一瞬だけ見たあの光景を。  コンビニで白無垢の女に襲われてからもう丸一日は経とうと
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