咎凪市内のビジネスホテルの一室は、乾燥しきっていた。壁紙は長年の喫煙者たちが吐き出したヤニで薄黄色に変色し、消臭スプレーの人工的なシトラスの香りと、染み付いた古い煙草の臭いが混ざり合って、鼻の奥をツンと刺激する。 廻慧は、安物のパイプベッドに腰掛け、膝の上でノートパソコンのキーボードを叩いていた。プラスチックの硬質な打鍵音だけが、深夜の狭い室内にリズムを刻んでいる。画面から発せられるブルーライトが、彼女の充血した眼球を容赦なく刺していたが、瞬きをする時間すら惜しかった。 画面に表示されているのは、この街の古地図と、登記簿、そしてネットの深層から掘り起こした古い掲示板の書き込みのログだ。 時計は零時を回っていた。水曜日が終わり、木曜日になっていた。 咎凪へ来てから、まとまった睡眠を取れていない。慧は缶コーヒーを口へ運び、冷めた液体の苦さに眉を寄せた。三〇五号室の机は狭く、置き方を変えるたび、資料のどれかが床へ滑りそうになった。 観月家と蒼龍寺。その二つの名が、古い記録に繰り返し現れる。 土地の儀礼を管理してきた家と、それに異を唱えてきた寺。どちらの周辺にも、人がいなくなった話がある。ただ、そのことだけで二者を結ぶ一本の線を引いてよいのか、昨夜までは迷わずに済んでいた問いが、今は残った。 門の前で見た紙から、インクが消えていた。 慧は持ち帰った写真を開いた。斎の指と、紙の表面が写っている。署名の最後だけが空白だった。画像を拡大しても、加工の痕跡は見つからない。その道の専門家に見てもらわずに、仕掛けがないとは言い切れない。だが、あるとも言えない。 レコーダーを再生した。 『自分でやめられると思っていた』 斎の声。その前に、静の『それで、済ませたんですか』という声が入っている。慧は順番を戻し、二人の沈黙まで聞いた。 机の左に置いた紙が目に入った。 昨日まで、そこには失踪した学生の名前があった。今は、学部と学年だけが残っている。コピー機の不調だとしても、自分がそこへ青いペンで書き足した文字まで薄くなる理由にはならない。 慧は新しい紙を取り、朱鷺燈、と書いた。筆先が止まる。字は書ける。では、自分はこの人物について何を知っているのか。髪の色、所属、最後の投稿。全部、手元の資料にあることだった。 氷鉋静は、その男の笑い方を
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