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第三十一話:蒼龍寺の警告②

「また、穢れと馴れ合っていたか」 その言葉は、斎に向けられた非難であると同時に、静という存在そのものへの断罪だった。「……椥(なぎ)。こいつが『憑かれ』始めている。澱みが外に漏れすぎている」 斎は、静を「こいつ」と呼び、まるで調子の悪い道具を修理にでも持ってきたかのように、淡々と事実だけを告げた。「アパートの一室が、すでに『ウツロ様』の沼に引きずられている。お前の寺の『結界』で、一時的にこいつの感覚を遮断したい」「遮断、だと?」 宗司は、初めてその爬虫類のような瞳を、ゆっくりと静に向けた。 見られた。 値踏みされた。 視線が、皮膚を突き破り、内側を直接検分してくる。静の奥底、魂にまでこびりついた、あの湿った土の匂いを、この男は正確に嗅ぎ取っている。「お前たち観月の一族は、いつもそうだ」 宗司は、静から目を離さないまま、斎に言い放つ。その物腰は柔らかいのに、言葉の端々には隠しようのない軽蔑が滲んでいた。「穢れを『封印』する? 『共存』する? 腐った肉を塩漬けにして蔵に仕舞うような真似を。だから、こうして腐臭が漏れ出すのだ」 宗司が一歩、縁側から踏み出す。 ただそれだけで、あの強烈な線香の匂いが、圧力を伴って静に襲いかかった。「穢れは、見つけ次第、即刻『滅する』べき悪だ。馴れ合いも、共存も、あり得ん」「……お前の教義(ルール)を押し付けるな。俺は『処理』の効率を求めているだけだ」「その結果が、それか」 宗司は、静の足元を指差した。 静が息を呑む。自分のアパートから逃げてきた、彼女自身の足元。 石畳の上に、彼女のものではない、湿った「影」のシミが、じわりと広がっていた。 それは、アパートの暗闇で、あの蠢く影がまとわりついてきた場所に他ならなかった。靴底にこびりついてきたのではない。まるで、静の体そのものから「漏れ出して」いるかのように、じわりと黒く、清浄であるべき石畳を汚していた。
last updateПоследнее обновление : 2025-11-19
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第三十二話:廻 慧の「咎」①

咎凪市内のビジネスホテルの一室は、乾燥しきっていた。壁紙は長年の喫煙者たちが吐き出したヤニで薄黄色に変色し、消臭スプレーの人工的なシトラスの香りと、染み付いた古い煙草の臭いが混ざり合って、鼻の奥をツンと刺激する。 廻慧は、安物のパイプベッドに腰掛け、膝の上でノートパソコンのキーボードを叩いていた。プラスチックの硬質な打鍵音だけが、深夜の狭い室内にリズムを刻んでいる。画面から発せられるブルーライトが、彼女の充血した眼球を容赦なく刺していたが、瞬きをする時間すら惜しかった。 画面に表示されているのは、この街の古地図と、登記簿、そしてネットの深層から掘り起こした古い掲示板の書き込みのログだ。 「……やっぱり、繋がった」 慧は独り言を漏らし、口の端を歪めて笑った。勝利の笑みだ。 彼女が追っているのは「オカルト」ではない。そんな不確かなものは、現実逃避した弱者がすがる阿片に過ぎない。彼女が追っているのは、人間だ。嘘をつき、他者を搾取し、あまつさえ学生一人を消し去った、極めて悪質な人間の構造だ。 彼女の指先がタッチパッドを滑り、二つの名称を強調表示する。 『観月家』と『蒼龍寺』。 一見、無関係に見えるこの二つの旧家が、咎凪市の裏側でどのように絡み合っているか、その輪郭がようやく明確になりつつあった。 観月家は、この土地の「穢れ」とやらを「封印」し、共存することで土地の有力者としての地位を保ってきた。対する蒼龍寺は、それを「浄化」すべきだと主張し、過激な儀式を行ってきた歴史がある。 資料によれば、この対立は明治期から続いており、数十年おきに不可解な「行方不明者」や「事故」が両家の周辺で起きている。 「『封印』と『浄化』……馬鹿馬鹿しい」 慧は鼻を鳴らし、サイドテーブルに置かれた冷めた缶コーヒーを煽った。泥水のように苦く、舌にざらつきが残る。 彼女のフィルターを通せば
last updateПоследнее обновление : 2025-11-20
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第三十三話:廻 慧の「咎」②

見間違いだ。 慧は強くまばたきをし、頭を振ってその違和感を振り払う。 今、集中すべきはそこではない。過去のデータベースにアクセスし、彼女が抱えている「もう一つの懸念材料」を確認することだ。 自分の中にある、認めたくない記憶。 なぜ、自分がこれほどまでに「カルト」や「オカルト」を憎むのか。その根源にある、古びた傷跡。 彼女はブラウザの新しいタブを開き、検索窓に、ある「事件名」を打ち込んだ。 それは、数年前に彼女自身が記事にし、ある意味で「解決」させたはずの案件だった。 検索結果のトップに表示されたのは、五年前に週刊誌に掲載された、彼女の署名記事だった。 『閉鎖集落の闇を暴く――「神隠し」という名の児童虐待』 当時、ある地方の寒村で起きた少年行方不明事件。村人たちはそれを「山神様の神隠し」と恐れ、捜索を拒んでいた。警察も村の因習に阻まれ、捜査は難航していた。 そこに切り込んだのが、まだ駆け出しだった慧だ。 彼女は村に一ヶ月泊まり込み、徹底的な取材を行った。そして、行方不明とされた少年が、実は実母である「巫女」によって、村の伝統儀式のために土蔵に監禁されていた事実を暴き出した。 記事は大反響を呼んだ。 警察が動き、少年は保護された。母親は逮捕され、村の「野蛮な」風習は世間から徹底的に叩かれた。 正義は成された。誰もがそう言ったし、慧自身もそう信じて疑わなかった。 だが、記事には書かなかった――いや、書けなかった「結末」がある。 逮捕された母親は、拘置所の中で「あの子を外に出してはいけない、あれはもう人間じゃない」と叫び続け、最後は自身の舌を噛み切って自殺した。保護された少年もまた、施設に入所して一週間後、鍵のかかった部屋から忽然と姿を消した。まるで煙のように。 慧はその「その後」を知っていたが、記事にはしなかった。 母親の自殺は「カルトに洗脳された末の狂気」として処理し、少年の
last updateПоследнее обновление : 2025-11-21
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第三十四話:廻 慧の「咎」③

部屋が闇に包まれる。 唯一の光源は、ノートパソコンの青白いモニターの光だけになった。 その不気味な青い光の中で、慧は見てしまった。 自分の足元の影が、床のカーペットに沈み込むのではなく、まるで黒いタールのように盛り上がり、立体的な「厚み」を持って蠢いているのを。 ノートパソコンの液晶画面から放たれる、冷ややかな青白い光。 それが唯一の光源となった狭い室内で、廻慧は自身の足元に広がる「闇」を凝視していた。 カーペットの繊維の隙間に染み込むのではなく、まるで水銀のように表面張力を持って盛り上がる黒い液体。 それは、慧の影だった場所から溢れ出し、不定形の輪郭を蠢かせながら、じりじりと彼女の爪先へと這い寄ってくる。 「……ホログラム? いいえ、プロジェクションマッピング?」 慧は乾いた唇を舐め、早口で呟いた。 思考の回転数を上げろ。現象には必ずタネがある。観月斎あたりが、私の部屋に何らかの装置を仕掛けたに違いない。超小型の投影機? あるいは特殊なガスを使った幻覚作用? 彼女は必死に、周囲の壁や天井に「レンズ」を探そうと視線を走らせる。 だが、鼻孔を突く強烈な臭気が、冷静な分析を妨げる。 さっきよりも濃厚になった、腐った土とカビの臭い。それは地下室の淀んだ空気そのものであり、論理的なトリックでは説明がつかない「生理的な不快感」を脳髄に直接流し込んでくる。 ビチャッ、と湿った音がした。 足元の影から、黒い「腕」のようなものが伸びた音だ。 慧は反射的に足を引こうとした。 しかし、遅かった。 冷たい。 とてつもなく冷たい何かが、彼女の右足首を掴んでいた。 「ッ……!?」 悲鳴を飲み込み、慧は椅子を蹴倒して後ずさる。 視線を落とす。そこには、影から伸びた、子供のように細く、しかし老婆のように節くれ立った真
last updateПоследнее обновление : 2025-11-22
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第三十五話:廻 慧の「咎」④

慧は乱れた呼吸を整えながら、散乱した資料を拾い集めた。 手の震えはまだ止まらない。指先が冷たく、感覚が麻痺しているようだ。拾い上げた紙束の端が、小刻みに揺れている。 (しっかりしなさい、廻慧。相手はただの学生と、カルトかぶれの大学院生よ) 彼女は自分自身を叱咤し、バッグのファスナーを乱暴に閉めた。 あの「黒い手」の感触も、部屋に充満する腐臭も、すべては観月斎が仕掛けた心理トリックだ。そう結論づけなければ、足がすくんで一歩も動けなくなる。 ジャーナリストとして数々の修羅場をくぐってきた自負が、彼女の唯一の鎧だった。 彼女は洗面所で顔を洗った。 冷たい水が、火照った頬と、混乱した脳を物理的に冷却していく。 鏡の中の自分と目が合う。 隈の浮いた、血走った目。化粧は崩れ、唇は血の気が引いて青ざめている。ひどい顔だ。だが、その瞳の奥にある「敵意」の炎だけは、決して消えていない。 「……私は、間違っていない」 鏡に向かって、もう一度呟く。 あの村の母親の件も、今回の件も。私は真実を暴く。それが誰かを傷つけることになっても、嘘と欺瞞で固められた「安寧」よりはずっとマシだ。 正義は、常に痛みを伴うものなのだから。 タオルで顔を拭き、ジャケットを羽織る。 部屋を出る前にもう一度、デスクの上に置いたままだった一枚の資料に目が留まった。 それは、観月斎の周辺を調査していた際に見つけた、古い郷土誌のコピーだ。 そこには、かつての「咎捨の儀式」に使われたという「ウツロ様」の依り代(よりしろ)――泥で作られた歪な人形の写真が掲載されていた。 不気味な人形だ。目鼻はなく、ただ口の部分だけが大きく裂け、何かを叫んでいるようにも
last updateПоследнее обновление : 2025-11-23
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第三十六話:影の葬列①

蒼龍寺での逃走劇からどれだけの時間が経ったのか、静には判然としなかった。 ただ、観月家の重厚な門をくぐり、屋敷の奥まった一室に通された時、ようやく肺の奥まで酸素が入ってくるのを感じた。 だが、その空気も決して澄んではいない。この屋敷特有の、数百年分の埃と線香、そしてもっと古い「何か」が澱んだような、重苦しい匂いに満ちている。 それでも、先ほどまで宗司に向けられていた、肌を焼くような殺意に比べれば、ここはまだ呼吸ができる場所だった。 「……座るといい。茶を入れる」 斎は静を畳の上に促すと、慣れた手つきで鉄瓶を火鉢にかけた。 彼の動作は、先ほどの逃走の疲れなど微塵も感じさせないほど優雅で、無駄がない。黒いコートの裾が衣擦れの音を立てるたび、静はビクリと肩を震わせた。 静は言われるがままに座布団の上に崩れ落ちた。 身体の芯が冷え切っている。指先が震えて止まらない。 だが、何より彼女を怯えさせているのは、宗司の追っ手でも、慧の糾弾でもなかった。 自分の足元だ。 部屋の隅に置かれた行灯(あんどん)の薄暗い明かりが、静の姿を畳に投影している。 静は膝を抱え、小さくうずくまっている。 しかし、畳に落ちた彼女の「影」は、違っていた。 影は、立っていた。 静の背後で、ゆらゆらと陽炎のように揺らめきながら、まるで天井から吊るされた糸の切れた人形のように、不自然に直立している。 その頭部は、静の方を見下ろすように傾いでいる。 「……ひッ」 静は短く悲鳴を上げ、自分の影から逃れるように這って後ずさった。 だが、影は物理法則を無視して彼女の足元に「縫い付けられ」たまま、その歪な形状を変えようとしない。 まるで、静という肉体を引きずる足枷のように。あるいは、静という肉体こそが付属品で、影の方が主導権を握りつつあるかのように。 「見るな」
last updateПоследнее обновление : 2025-11-24
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第三十七話:影の葬列②

 斎の言葉は、正論だった。 あまりにも合理的で、反論の余地がないほど完璧な論理。 だが、その「正しさ」こそが、今の静には何よりも恐ろしく、醜悪なものに思えた。 人の心がない。この人は、本当に人間なのだろうか。体温のない爬虫類が、人間の皮を被って喋っているだけなのではないか。 その時だった。 静の足元――畳に縫い付けられていた「影」が、ズズッ、と大きく蠢いた。 激昂する静の感情に呼応したのか、それとも斎の言葉に反応したのか。 直立していた影の輪郭が、崩れるように歪み、苦悶するような形状へと変化していく。 そして、影の「手」が、静の足首ではなく、自らの「首」を絞めるような動作を始めた。「……あ、が……ッ」 静の喉から、空気が漏れるような音が漏れた。 自分の首を絞められているわけではない。 なのに、息が苦しい。 喉の奥が、泥で詰まったように塞がる感覚。 影が感じている「苦しみ」が、ダイレクトに静の神経に逆流してくる。(くる、しい……たす、け……) 頭の中に、ノイズ混じりの声が響く。 それは燈の声だった。 だが、いつもの明るい声ではない。沼の底から、泥水を吐き出しながら呻いているような、絶望的な響き。「……燈?」 静は胸を押さえ、涙目で影を見つめた。 影は、苦しんでいる。 助けを求めている。でも、それは「生きたい」という希求ではなく、「終わらせてほしい」という悲鳴のように感じられた。 斎は、苦悶する静と影を冷ややかに見つめ、言った。「見ろ。それが『残穢』の正体だ。現世に留まること自体が、彼にとっては永遠の窒息に等しい。君が『助けたい』と願って彼を繋ぎ止めることは、彼に終わらない溺死の苦しみを強いているのと同じだ」 その言葉は、決定打だった。 静の心臓を、冷たい針が貫く。 私が、燈を苦しめている? 助けたいという願いが、彼を縛り付けている?「……そんな」 力が抜け、静はその場に崩れ落ちた。 影からの共感痛で、激しい吐き気が襲ってくる。胃の中のものが逆流しそうな不快感
last updateПоследнее обновление : 2025-11-25
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第三十八話:影の葬列③

 心臓が、早鐘を打っている。恐怖が消えたわけではない。 暗く、湿った地下への道。そこには「ウツロ様」という、理解を超えた怪異の本体が待っている。 想像するだけで、胃の腑が縮み上がるような吐き気がする。 だが、それ以上に恐ろしいのは、このまま何もしないことだ。 燈を苦しませ続け、深琴たちを巻き込み、自分だけが狂った世界で生き延びること。そんな未来の方が、よほど地獄だ。「私が、燈の『咎』を終わらせます。……それが、友達だった私がしてあげられる、最後の『手向け』だから」 静がそう告げた瞬間。 足元の影が、ビクリと大きく震えた。 首を絞めるような動作をしていた影の手が、力を失い、ダラリと垂れ下がる。 そして、影全体が、静の足首にすがりつくように、小さくまとまった。 まるで、母親に叱られた子供のように。 あるいは、ようやく介錯(かいしゃく)を許された罪人のように、静かにその「断罪」を受け入れたかのように。 冷たい感触が、足首を通して伝わってくる。 それは不快な湿り気だったが、不思議と、先ほどまでの「攻撃的な悪意」は消えていた。 代わりに感じたのは、圧倒的な「哀しみ」と、深い「諦念」だった。 斎は、そんな静と影の様子をじっと観察していたが、やがて短く息を吐き出した。「……合理的だ」 彼はそれだけ言うと、懐から古びた懐中時計を取り出し、文字盤を確認した。「霧が最も濃くなる『逢魔が時(おうまがとき)』まで、あと一時間といったところか。……準備はいいか、氷鉋静。ここを出れば、もう後戻りはできない」「はい」 静は頷いた。 丸眼鏡の奥の瞳には、暗い覚悟の炎が宿っていた。 斎は部屋の隅にある桐箪笥を開け、そこから一本の「懐中電灯」と、古びた「布袋」を取り出した。懐中電灯は現代的なLEDのものだが、布袋の方は見るからに古く、表面にはお札のような文字がびっしりと墨書きされている。「それは?」「万が一のための保険だ。……使う機会がないことを祈るがね」 斎は布袋を懐にしまい、懐中電灯を静に投げ渡した。 静はそれを受け取る。ずしりとした重
last updateПоследнее обновление : 2025-11-26
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第三十九話:地下への扉①

鉄の扉が悲鳴を上げた。 数十年分の錆が噛み合い、互いを削りながら軋む音は、地獄の蓋がこじ開けられる断末魔さながらに静まり返った霧を震わせる。 ギャリ、ギャリリリ……。 観月斎が体重をかけて押し開いた隙間から、暴力的なまでの冷気が噴き出した。単なる地下の空気ではない。何千、何万という「時間」が暗闇の中で腐敗し、発酵して生まれた濃密な死の吐息だ。 「う、ぐ……っ」 静は反射的に袖で鼻と口を覆ったが、無駄だった。繊維を通り抜けた悪臭が、粘膜に直接へばりつく。 湿った土、千年物のカビ、古びた鉄錆、そして生乾きの血が混じり合ったような鉄分の匂い。それらが渾然一体となった「澱み」が、脳髄を痺れさせる毒となって三人を包み込んだ。 「……酷い臭い」 隣で廻慧が顔を顰め、露骨な不快感を露わにする。取り出したハンカチを口元に押し当てる所作は洗練されていたが、眉間に刻まれた皺には隠しきれない焦燥が滲んでいた。 「下水管が破裂しているんじゃないの? ガス漏れの可能性もあるわ。……観月斎、あなた、こんな場所に学生を連れ込んで一体何を吹き込んだの」 慧はまだ、この悪臭を物理的な汚染だと信じている。いや、信じ込もうとしているのだ。足元のアスファルトの亀裂から滲み出した黒い液体が、ハイヒールの踵を音もなく濡らしている事実に、彼女だけが気づいていない。 「吹き込むも何も」 斎は扉を半開きにした状態で手を止め、肩越しに冷ややかな視線を投げた。 「ここは『吹き溜まり』だ。この街の排泄物が流れ着く場所だと言っている。……君の好きな『真実』とやらは、この下にあるぞ。嗅いでみれば分かるだろう」 「排泄物……?」 「人間が捨てた『咎』の成れの果てだ」 斎はそれだけ言い捨てると、暗黒の口を開けた地下への階段へ躊躇なく足を踏み入れた。黒いコートが闇に溶け、姿が見えなくなる。後に残されたのは、懐中電灯の光さえ吸い込む絶対的な闇だけだった。 「待ちなさい! 逃
last updateПоследнее обновление : 2025-11-27
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第四十話:地下への扉②

 地下への階段は、巨大な生物の食道のように生暖かく湿っていた。 カツ、カツ、カツ。 先行する慧のヒールが、コンクリートの壁に反響して不規則なリズムを刻む。だが、音がおかしい。一つ足音が響くたびに、余韻の中にジュルリという水気を帯びた粘着質な音が混じっている。踏みしめているのは固い地面ではなく、腐った肉の上であるかのように。「……最悪ね。湿気でカビだらけじゃない」 前方の闇から、慧の苛立った声が聞こえた。 静が光を向けると、踊り場で立ち止まった慧が、ハンカチで必死にジャケットの袖を拭っている。天井から垂れ下がった蜘蛛の巣のような白い菌糸が、肩に絡みついていたのだ。「これ、建築基準法違反よ。換気設備も稼働していないなんて、学生を病気にさせる気?」 彼女はカメラのシャッターを切った。 バシャッ、という閃光が一瞬だけ壁一面を覆う黒いシミを照らし出す。そのシミが無数の「人間の顔」に見えたのは、錯覚だったのだろうか。 いや、違う。フラッシュが焚かれた瞬間、壁のシミたちが一斉に目を閉じ、光を嫌がるように蠢いたのを静は見逃さなかった。「廻さん、壁に触らないで……!」「触りたくて触ってるわけじゃないわよ。狭すぎるのよ、ここ」 慧は忌々しげに吐き捨て、再び階段を降り始めた。背中には先ほどの菌糸が白くへばりついている。それが細い「手」のように首筋へ向かって這い上がり始めていることに、当の本人は気づいていない。 静は喉まで出かかった悲鳴を飲み込み、必死に足を動かした。 足首が重い。まとわりつく「影」が、地下に近づくにつれて質量を増している。怯えているのか、それとも懐かしい場所へ帰れることを喜んでいるのか。伝わってくる感情は、恐怖と安堵がない交ぜになった混沌のノイズだった。 大丈夫。私がついてるから。 心の中で足元の影に語りかける。それは自分自身を鼓舞するためでもあった。この先に何が待っていようとも、決して彼を見捨てない。その覚悟だけが震える膝を支えている。 やがて、階段の底が見えてきた。 既に降りていた観月斎が、腕組みをして二人を待っていた。下から光を当てられた顔は陰影が深く刻まれ、まるで髑髏のように見える
last updateПоследнее обновление : 2025-11-28
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