All Chapters of 乙女ゲームのヒロインに転生しました。でも、私男性恐怖症なんですけど…。: Chapter 21 - Chapter 30

51 Chapters

小話⑩ お寝惚け美鈴

午前中の畑仕事も終わり、昼食も食べ終わった。 程よい運動と満たされたお腹。となると残るは…。 「…すー…すー…」 昼寝である。 (とは言え、流石に俺は寝る気になれへんなぁ) 透馬は透馬で銀細工モチーフを探しに出かけたし、大地は山探索してくるとか突進して行った。あいつは熊だ。…いや、それは熊に失礼やな。 鴇は縁側で足を降ろして何やら本を読んでるし、それなら俺もそれに付き合おうと本を開いていて廊下で寝そべっているのが今の現状。 今俺達がいる縁側と隣接している部屋の畳の上で座布団を枕に双子に挟まれて気持ち良さそうに眠ってるお姫さん。…和む。 「奏輔。お前は何を読んでるんだ?」 三人を起こさないように小声で話かけてきた鴇に、読んでいた本を閉じて表紙を見せた。 「シンデレラ…?お前、どうした?気でもふれたか?」 「失礼な事言うなや。ってか、鴇。お前ドイツ語も読めるんかい」 「美鈴が覚えようとしてたからな」 そうまでして負けたないのか…。徹底し過ぎやろ。 まぁ、人の事は言えないか。俺だってお姫さんが読もうとしてたから、つい年上のプライドが刺激されて俺も読もうと思ってしまったのだ。正直何を書いているのかさっぱり分からないが、話の流れを知っているから、大体意味を理解して感じ取っている。読めないから感じ取るとしか言いようがない。 いっそ、ドイツ語の辞典でも借りて来てやろうか…。 「ドイツ語の辞典だったら、俺のがある。貸してやろうか?」 「……おう。借りるわ」 人の思考を読むな。とは思ったものの、借りれるなら借りたいから言わないでおく。 「そういや、鴇は何読んでるん?」 「俺?俺のは…」 鴇も俺と同じくパタンと本を閉じて表紙を見せた。 えーっとなになに?……『弟と妹への接し方』…? 「…って、なんでやねんっ」 思わず典型的な突っ込みを入れてしまった。 「必要ないやろ」 「俺もそう思ってるんだが、読んでみたら意外と面白くてな」 「面白い?」 「あぁ。面白いほど、当てはまらないんだ。こいつら」 「あぁー……規格外やもんなぁ」 納得してしまった。確かに双子もお姫さんも当てはまらないだろう。そもそも、鴇も含め子育てに悩む必要はなかったんじゃないか? 二人で昼寝中の双
last updateLast Updated : 2025-11-24
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第五話⑤ ※※※(大地視点)

佳織さんの実家に来て、三週間。 毎日が楽しくて仕方ない。それはもう、宿題なにそれ、ってな具合にっ! 美味しいご飯はお腹いっぱい食べられて争奪戦の心配ないし、道場で好きなだけ体動かせるし、何より…。 「葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃん、大地お兄ちゃん、ご飯持って来たよ~」 姫ちゃんが可愛いっ! オレ達が道場で練習している時は必ずこうして重箱のお弁当箱を持って配達にきてくれる。 一度だけ奏輔と一緒に出掛けていてオレ達が迎えに行った事もあったけど。まぁ、それでも一緒に食べるから問題ない。 「おぉーっ!美鈴っ!祖父ちゃんの分はっ!?」 「ないっ!!」 「!?!?」 あ、祖父ちゃんが崩れ落ちた。 「鈴ちゃん。お祖父ちゃんを苛めちゃ駄目だよ」 「?、苛めてないよ?」 何を言ってるの?って言いたげに首を傾げる姫ちゃんを前に葵が苦笑する。 「だって、お祖父ちゃんの分ないもん」 「…え?冗談じゃなくて、本当にないの?」 「うん」 棗の言葉に姫ちゃんが素直に頷く。それは…確かに可哀想かも。 「なんで無いのー?」 皆を代表して聞くと、 「お祖母ちゃんがね?『昨日あんだけ飲んだくれて遊び呆けて、今だって組合の仕事を私に任せっきりにして、畑の事も一切やらず。そんな人にご飯を作る必要はありませんっ!!私だって、孫達と遊びたいのにっ!!』って怒って。お祖父ちゃんの分作ろうとしたら止められちゃった」 って、申し訳なさそうに教えてくれた。ヨネ祖母ちゃんが激怒してるなら仕方ない。これは逆らえない。そして、明らかに源(げん)祖父ちゃんの顔が青褪めている。 「うむ。大地、葵、棗。儂はヨネと少し話をしてくる。何か誤解があるようだからな。遊んでいた訳ではないと説得せねばならない」 源祖父ちゃん。頬が引きつってますよー?威厳どこいったー? どすどすと威厳を感じさせる風に歩いて、源祖父ちゃんは道場を出て行った。そっと道場の窓から様子を窺うと決死の表情で駆けて行ったから多分ヨネ祖母ちゃんに全力で謝るんだろうなー。元気な爺さんだなー。 そして、残されたオレ達は待望のご飯タイム。 姫ちゃんが持って来てくれたご飯を広げて箸を渡してくれる。 「これは鈴の手作り?」 「お祖母ちゃんと半々ってとこかなー?あ、でも、棗お兄ちゃんが好きなピリ辛ミートボールと葵お兄ちゃんが好きなち
last updateLast Updated : 2025-11-25
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小話⑪ タイミング

姫ちゃんが橋から落とされて。 そのまま遊ぶことも出来ず、オレ達は家へ帰って来た。 幸い、姫ちゃんに怪我はなかったけど、それでも怖かったと震えていた。当り前だ。あんな高さから落ちたら誰だって怖いに決まってる。 同じ恐怖を味あわせてやったつもりだけど、これで手を引くかどうか、正直分からない。 本当は村の住人の話だし、源祖父ちゃんやヨネ祖母ちゃんに言うのが一番いいのかもしれないけど…。 佳織さんに報告しといた方が良い気がして。 オレは帰ってくるなり、佳織さんの姿を探した。 部屋にはどうやらいないらしい。ノックしても、悪いとは思ったけど部屋を覗いてもそこに姿はなかった。 (うーん…あといるとしたら何処だろう?) 佳織さんが行きそうな所を考えて、考えた結果、姫ちゃんのいる場所にいるんではないかと結論付けた。 姫ちゃんはこの時間だと部屋にいるかな? まだ夕方には早いけど、大抵この時間帯の姫ちゃんは双子と一緒に昼寝をしている。 それを佳織さんは穏やかに眺めている事があるのだ。 足を姫ちゃんの部屋へ向けて歩き出す。 到着してこっそりと部屋を覗き込む。すると、そこには姫ちゃんと双子しかいない。 あれ?佳織さん、ここにもいない? お昼寝の邪魔をしたら悪いから、そっとドアを閉める。 本当に何処にいるんだろう…? …いるはずないけど…道場に行ってみようかな? そんな遠い距離を歩く訳でもない。 いなかったら直ぐ戻ってきたらいいし。 オレは、道場へと足を向けた。 道場の中に人の気配がしてオレは足を止める。 そっと気配を消して近づく。もしも不法侵入者だったら捕らえる必要があるし。 壁に近づき耳をくっつけた。 女性の話し声…? ぐっと耳を更にくっつけて中の様子を探る。 「………嶺一…。貴方との約束を破ってしまったわ…。貴方は怒るかしら…。例え貴方に怒られたところで痛くもかゆくもないけれど…」 痛くもかゆくもないんだ…。 って言うかこの声ってもしかしなくても佳織さん? 「ねぇ、嶺一?私がやってることってただ美鈴を危険にさらしてるだけなのかしら?透馬君に言われたのよ。美鈴はまだ六歳だって。六歳に対する態度じゃないって。でもね?『今』が一番いいタイミングなのよ。これからの事を考えると『
last updateLast Updated : 2025-11-26
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第五話⑥ ※※※(透馬視点)

「今年は家族対抗戦じゃぞっ!!」 ここ数日で思い知ったが、源祖父さんの発言は唐突過ぎる。 晩飯の最中に急に立ち上がったかと思ったら、この宣言。いきなり何を言うのか。 それでも俺達は想像がつく。多分と言うか間違いなく、明日の祭り、1日目の豊穣祭の話だろう、と。でも。 「えーっと。それは一体何のお話でしょうか」 昨日村に到着したばかりの誠さんは当然解らない。 「おーおー。そうじゃ。誠は知らんかったなっ!実はな…」 源祖父さんの長い長い解説が始まり、俺達はそっちを無視してヨネ祖母さんに話を振った。 「家族対抗って、去年は男性の部、女性の部、子供の部に割れてたんじゃなかったっけ?」 「そうなんだけどね。今年は貴方達の他にも各家里帰りの客人数が多くて。だったら個人ではなくグループ戦にして各家単位で競いましょうって事になったのよ」 「あー。なるほどー」 「それにほら、女性の部はいつも佳織が総なめにしていたから、ハンデがあった方がいいとか何とかで」 「……納得や」 皆一様に頷いた。そんな中焦ったように姫が箸をおいて口を開いた。 「でもそうなると私達もその対抗戦に参加って事になるの?危なくない?」 「そこはちゃんと考えてるそうよ。アレが」 親指でくいっとヨネ祖母さんが指す。アレ扱いな上に信用されてない源祖父さん。ここの女も相当強いよな。ってか、怖い。あれ?可笑しいぞ。七海が普通のいやそれ以上のカ弱い女子に思えてくる。 「でもでも怪我したら…」 あ、違う。間違いだ。ここに一人カ弱い女の子いるじゃんよ。心清らかなのが。 「しないようにするのがあの爺の…、父さんのお仕事よ」 にっこり笑って佳織さんが断言した。今爺って言ってた気がするのはきっと気のせいだ。翌日。祭り初日当日。 山の中にある原っぱに村の住人たちが集結していた。家自体の軒数はそんな数ではないが確かに人数は多い。 各々がチームナンバーの記されたネームプレートならぬナンバープレートが渡された。 俺達のナンバーは『5』。切がいいのか悪いのか。一番末のナンバーが『23』だから、全部でこの村は23軒あるんだな。 にしても…。「ちょっと…あそこ。村長さん家。キラキラ過ぎない?」 「分かる分かる。あんだけ美形が揃うと引くわよね」 「うんうん。源さんが辛うじて平均値を下げてくれてるって
last updateLast Updated : 2025-11-27
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第五話⑦ ※※※(鴇視点)

透馬が美鈴を連れて山を下って来た。 戻って来た事にほっとしたのも束の間。美鈴のその姿に俺達は息を呑んだ。 頬を張られたのか、真っ赤に腫らして、その瞳からは止まることなく涙が溢れ続けている。 慌てて、透馬から美鈴を受け取り、更に驚く事になった。 包まれていた透馬の服の下から見える美鈴の服がボロボロに破けている。その隙間から見える肌には赤い痕が付いており、何が起きたのか一目瞭然だった。 「美鈴…美鈴…。怖かったわね。大丈夫。もう、安心していいからね。直ぐにお家に帰りましょう」 佳織母さんが辛そうに悔しそうに目の前で震える金の髪を撫でた。 俺達は急ぎ足で家へと帰った。 家へ着くと、棗が両腕を広げて待っていて、その腕に美鈴を預けると、タオルと着替えを持って部屋から飛び出してきた葵と二人風呂場へと駆け出していった。 その姿を見送って、俺達は居間へ行く。そこには既に親父と祖母ちゃん、祖父さんが揃っていた。 「……さて。詳しく話して頂戴。知っている事、包み隠さず、全てっ」 バンッ。 テーブルが盛大に叩かれる。 「般若こえぇ」と隣から呟きが聞こえてきたが、うっかりそれに同意すると、それこそ鬼般若になっている佳織母さんが更に進化してしまう。 「話すなら、俺が一番最初やな。きっと」 そう言って奏輔が口を開いた。内容は美鈴と二人っきりで図書館へ行った時の事のようだ。 二人っきりで出かけた事については後でじっくりと聞きだすとして、その内容は美鈴の実の父親と佳織さんの事だった。 「お姫さんは、お袋さんに伝えとく言ーてたけど、やっぱり伝えてへんかったんやね。…言える訳ない、か」 「そうね。あの子の性格上言って来る訳ないわね。にしても、やっぱりあの二人か…。いい加減しつこいわね」 親指の爪を噛む佳織母さんに、今度は大地が手を上げた。 「次はオレかなー?」 大地の話していた内容は、川遊びでのことだった。 美鈴が二人のガキに突き落とされた事。そしてそのガキは美鈴に因縁つけてきたと奏輔が言った二人の子供だと言う事だ。 そして、最後に透馬の話だ。 今日の出来事。美鈴を狙った連中がババア二人の客だった。 全てが一つに繋がった。だから、透馬は美鈴が危ないと気付いたのだと言う。 「…成程。分かったわ。…ありがとう。透馬君。大地君、奏輔君も」 穏やかに微笑
last updateLast Updated : 2025-11-28
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小話⑫ 双子の油断

どうして気付けなかったんだろう…。 僕は目の前でぴくりもせず深く眠る妹を見て、拳をきつく握った。 ずれた布団をかけ直して、じっと妹を見る。 恐怖に泣いて、赤くなった目尻。張られたであろう頬の赤み。 お風呂から上がった時に見えた細い手首についた赤い跡。 知らず、僕の瞳からは涙が流れた。 せめて、嗚咽だけは漏らすまいと、下唇を噛んでぐっと堪える。 目の前の葵にばれたくなかったから…。けれど、 「………くっ…」 苦し気な嗚咽。自分が漏らしたのかと思った。 でも、違う。僕は我慢した。なら…誰が…? ふと顔を上げると、鈴が寝る布団の向こうで、葵が泣いていた。 「…葵……」 名を呼ぶと、顔を上げて僕を見て。僕も泣いていた事を知って…。 「棗……。僕、悔しい、よ…」 「……葵…。うん、僕、も…」 二人で同時に鈴を見た。 守れなかった事が悔しい。悔しくて堪らない。 「守るって、誓ったのに…」 「なんで、僕達は、油断したんだろう……」 油断…。葵の言葉に僕は少し違和感を覚える。 僕達は本当に『油断』していた。それは確かだ。けど…。 「……ねぇ、棗?……僕達、あの時『油断』したよね?」 葵も自分の言葉に違和感を覚えたんだろう。目に浮かんだ涙をごしごしと拭って、その瞳に強い意志を宿し僕を見据えてきた。 慌てて僕も涙を拭って、そして頷く。 「した。『油断』した」 「僕達が?鈴ちゃんの事で?」 「………あり得ない」 「そう。あり得ないよ。…なのに、『油断』したんだ。なんで…?」 あの夜。 僕達は佳織母さんに言われて、ずっと鈴の側にいたんだ。 勿論絶対離れる気なんてなかった。なのに、僕達はあのオバサン二人に話しかけられて…。 「言い訳に聞こえるかもしれない。でもね、棗。僕、あの時の事、全然覚えてないんだ」 「…僕もだよ」 あのオバサン達が僕達の意識を引こうとしたのは知っていた。 話かけられてウンザリしていた。ウンザリしていた筈なのに。 僕達は、あの時、何故か『繋いでいた筈の鈴の手を離して』いたんだ。 何故離したのか? 僕達があのオバサン達を優先するなんて事絶対にあり得ないのに。 「…その時の事を思い出そうとしても、感情を振り返ろうとしても、まるで心や頭に靄がかかったみたいに思い出せない」 「棗も、なんだ…。僕もだ
last updateLast Updated : 2025-11-29
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小話⑬ 唯一の汚点

あの女二人に関して、調査を進めていたら結構な埃が出て来た。これは佳織も美鈴も、そして佳織の両親ですら知らない結果だ。二人は、この村の住人ではない。嶺一と佳織の同級生で、高校へ入学した時に嶺一に一目惚れし、ファンクラブを発足。この時、佳織は既に嶺一と付き合っていたが、それを秘密にしていた。互いに美形だったため、余計な噂を立てられるのが面倒だったからだ。だから、二人は嶺一は誰のモノでもないと安心し、彼氏を作った。彼氏の事を彼女達は彼女達なりに愛していた。それは間違いではないだろう。現に今の旦那はその時の彼氏である。そして高校卒業間際。実は佳織と嶺一が付き合っていた事を知る。その事実を知り、彼女達は憤った。佳織と付き合えるのであらば自分達にもチャンスはあったのではないかと。何とも傲慢な考えで愚かな怒りだったが、二人は佳織の存在により自分達でもどうにかなると考えてしまった。関係を隠す位の仲だと。ならば壊すのはたやすいのではないかと。そう結論に辿り着いてしまった。二人は早速行動に移った。彼氏にはばれないように。嶺一との接触を図った。しかし、嶺一はそれを冷たくあしらった。当り前だ。自分には彼女が、二人には彼氏がいたのに嶺一に色目を使ってきたのだから。そんな愚かな人間とどうにかなる人間だと自分は思われていたのかと腹を立てた。あまりにも冷たくあしらわれた二人。しかし嶺一はそれから一切二人を自分の側に近づく事を許さなかった。ならばと佳織に挑んだが、佳織にはあっさりと返り討ちにあった。美しさ、知性、力、全てにおいて叶わなかった。しかも佳織に手を出した事により嶺一は二人から更に遠ざかってしまった。二人は落ち込んだ。落ち込みに落ち込み、側にいられないならせめてと、彼氏と入籍し彼の産まれた村へと移住した。年上の二人の彼氏は村の住人だった。愛しているとはいいつつも、そんな打算があった。しかし彼氏二人はそれでも構わなかった。それぞれ自分の妻を愛していたし、昔から嶺一の見目の美しさを知っていたから。村での生活は平和そのものだった。村の中には嶺一に振られた女が数人いたし、傷の舐めあいではないが仕方ないと諦め、自分達の旦那を心の底から愛せるようになっていたのだ。そんな時、ある情報が村に届いた。佳織と嶺一が入籍したと言う情報だ。嶺一は村長の息子だ。しかも佳織
last updateLast Updated : 2025-11-30
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小話⑭ 夏祭り

古典の宿題やり直し…。 今ほど、大地を殴りたくなった事はない。確かに、美鈴の過去について書かれた紙を処分するとは言っていた。任せろとも言っていたな。 …が。 俺の宿題ノートを燃やしてもいいとは言っていないっ! あれ、全部でかすのどれだけ大変だったと思っている。 言っとくが、普通の宿題じゃないんだぞ?普通の生徒の倍なんだぞ?教師からの意味の分からん期待値が込められまくった宿題だ。 ノートの中には論文やら何やら必死に纏めたのが入っていたんだぞ? ……大地。やっぱり後でボコる。くいくいっ。俺が脳内で大地をボコっていると、着ていた浴衣の袖を引かれた。 「ん?」 誰かと思ったら、美鈴で。どうした?と首を傾げると、困った顔で左方向を指さした。 何かあるのか? 視線をそちらへ移動させると。 「てめっ!まだノート隠し持ってんじゃねーかっ!返しやがれっ!」 「やーだー。苦しみは一緒に味わうのが友達でしょー」 「安心しぃっ、お前とは今友達やめたるからっ!」 …男三人の無駄な攻防戦が繰り広げられていた。溜息しかでねぇな。 はぁとでっかくため息をついて、俺は足下の美鈴を抱き上げると、そのまま奴らの側に行きその喧しい三人の頭に拳を叩き込んだ。 「お前らうるせぇ。それから、大地。俺のノートは返して貰うからな。…俺のをまた燃やしたら、お前だけ美鈴に会うのを禁止してやる」 「えぇっ!?鴇、横暴ーっ!!」 「どっちがだよ。ほら、いいから行くぞ、お前ら」 俺が馬鹿共に背を向けて歩き出すと、美鈴が俺の腕の中でくすくすと笑っている。 そっと美鈴の頬に触れる。湿布を貼られてるその頬が痛々しい。直ぐに助けに行けなかった事が、気付けなかった事が悔やまれる。 何故、あんなにも頭が回転しなかったのか。…今言った所で遅い。俺が助ける事が出来なかったのは事実なのだから。 「鴇お兄ちゃん?」 「…いや。何でもない」 俺は静かに頭を振って、不安そうな美鈴に向かって微笑む。 すると美鈴の表情は明るくなって微笑みを返してきた。うん。それでいい。 「そう言えば、美鈴。葵と棗はどうした?」 「ここにいますよ、鴇兄さん」 「僕はこっちにいます」 いつの間にか両サイドに立っていた。こいつらいつも以上に美鈴にべったりだな。それも仕方ない、か。親父が言うには昨日泣いていたら
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第五話⑧ ※※※

「鈴、口の端にケチャップ付いてるよ」 「え?どこどこっ?」 この歳になって口にケチャップつけてるとか、超恥ずかしいんですけどっ! と慌てて口の端に手を当て拭おうとすると、葵お兄ちゃんの手がそれを止めた。 「駄目だよ。手で取ったら浴衣に付けちゃうかもしれないでしょ」 そう言って取り出したハンカチで拭ってくれた。 これはこれで恥ずかしいです。恥ずかしさで死にそうです。葵お兄ちゃん。 昨日、あんなことがあった所為かお兄ちゃん達の過保護度がパワーアップしました。 いや、ありがたいんです。凄く有難いんですよ? ただ、この迷子紐。勘弁して貰えませんか? 『気付けば、いなくなるんだからっ!棗、葵っ、美鈴に紐つけとくから握って離さないようにっ!』 ってママに迷子紐装着されました。リストバンドの先に紐が付いてるタイプで、その先を棗お兄ちゃんが握ってる。 うぅ…ママ酷い。私だって好きで攫われてる訳ないのにぃ…。 じと目で横で同じくアメリカンドックを頬張るママを睨み付けると逆に睨み返された。 …すみませんした。もう逆らいません。 今日はもう大人しくしてます。って言うか、昨日だって大人しくしてたつもりでした。 ただ、食べていた料理に薬仕込まれてたら流石に気付けないと思うんです。 その間に攫われて、小屋に押し込まれてたらしく、意識を取り戻したら気持ち悪い男三人が取り囲んでて。 怖くて叫び声も出なくて。でも抵抗したら服を切り裂かれて、もうどうしようもなくて意識が飛びそうになった時、透馬お兄ちゃんの声が聞こえて、必死に叫んで。 そしたら、透馬お兄ちゃんが助けてくれた。 怪我してるのに、そいつらをボコにして助け出してくれて、泣きじゃくる私を抱っこして山を降りてくれて。 自分が抱っこしてると落ち着かないと思ったのか、鴇お兄ちゃんに預けてくれて、迎えに来てくれていたママやお兄ちゃん達と一緒に家に帰った。 玄関で棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんが待機してて、二人にお風呂に連行されて、お風呂のあったかさにほっとして、で、そのまま、お風呂から上がって体を拭いてパジャマを着たら、また双子のお兄ちゃんがタイミング良く入って来て、そのまま布団に連行。後のおやすみなさい、である。 あの時の棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんの連携は凄かった。全くもって口を挟む隙がありませんでした。
last updateLast Updated : 2025-12-02
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小話⑮ 駄々っ子美鈴(棗編)

困った。 あんまり困ってないけど、困った。 「…棗お兄ちゃん、行っちゃやだぁ…」 服の裾を掴んで、僕を引きとめる鈴が可愛すぎて…困った。 僕だって行きたくない。行きたくないけど…。 流石に学校をさぼる訳にはいかないんだ。 何より、鈴。鈴の後ろには般若と進化した佳織母さんがいる。 「いつまで駄々捏ねてるのっ、棗が学校に行けないでしょう?美鈴」 「だって、だってぇっ!!」 ぼふっと音を立てて僕に抱き着いてきた。…やばい、可愛すぎて悶えそう。 鈴の我儘。聞いてあげたい。出来るならさぼってあげたい。でも…さぼるなんて言ったら…。ちらっと視線を佳織母さんを盗み見ると、ぎろりと睨まれた。 うん、駄目みたい。 「ごめんね、鈴。僕、学校行かなきゃ…」 「うぅ…。分かってるの。分かってるけど…」 あぁ、廊下で騒いでるから寒さで鈴の鼻が真っ赤だ。 「棗お兄ちゃんが最後の砦なのぉ…」 砦?どう言う事? 「棗。鈴はほっといていいから、さっさと学校行きなさい」 べりっと鈴が僕から引き剥がされた。 「やーっ!棗お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!」 ジタバタと暴れる鈴に後ろ髪引かれながらも僕は心を鬼にして行って来ますと家を出た。 外へ行くと葵が待っていてくれて、僕達は並んで歩きだした。 「鈴ちゃんの駄々っ子。珍しいよね」 「うん。…佳織母さんがいなきゃ、僕学校サボってた」 「うん。僕も」 けど、あんなに駄々捏ねてまで僕達の足を止めようとした理由はなんだろう? 「今日、鈴ちゃんに何があるんだろう?」 「僕も今それ考えてた」 「今日って何日だっけ?」 「一月の二十五日」 何かあったかな? 鈴が嫌がるとしたら男関係だとは思うんだけど、クリスマスは終わったし、バレンタインはまだだし? 坂道を下りながら考える。同じく考えている葵もぼんやりとしながら足だけは動いている。 うぅ~ん? 何も思い至らなくて首を傾げていると。 「棗お兄ちゃーんっ!葵お兄ちゃーんっ!」 「えっ!?」 「鈴ちゃんの声っ!?」 全身で驚き慌てて振り返ると、そこには全力で駆け下りてくる鈴がいた。 ぼふっと僕に抱き着いてくる。さっきよりも坂道全力疾走の反動もあって衝撃がだいぶキツイ。 それ
last updateLast Updated : 2025-12-03
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