篠宮智彦(しのみや ともひこ)が不倫した。結婚して二年、篠宮希美(しのみや のぞみ)は人前で智彦が理性を失う姿を見たことがなかった。今、夜が更け、彼は路地の暗がりで、華奢な女の子を抱きしめ、激しく抱き合っていた。女の子はひどく痩せ細り、まるで泥沼に咲いた蓮の花のようだ。彼女は両足を彼の腰に足を絡ませ、肩に寄りかかって泣いていた。希美は車の中で、そっと背もたれに体重を預けた。三十分前、誰かがこの住所を希美に送ってきた。彼女はにわかには信じなかった。なぜなら、ここは彼女と智彦の新居からそう遠くない。浮気をするなら、もっと高級なスイートルームを選ぶべきだろう。一応、智彦は商業界の冷徹な社長であり、三代続く名家の権力者だ。衣食住すべてにおいて極めて厳格なこだわりを持つ男だ。そんな彼が、まさかこんな汚い場所で、女と絡み合っているとは、希美には想像もできなかった。あのまだらな床。あの苔むした壁。智彦の品格にそぐわない場所だ。これが「恋は盲目」ってこと?希美はおかしくてたまらなかった。では、名ばかりの妻である自分は何なんだろう。二人が終わるのを待たず、体面を保って現場に乗り込むこともしなかった。こんなことで大げさに騒ぐなんて、割に合わない。二年前、結婚したとき、智彦は「君のことを好きになれないぞ。他に好きな人がいる」と言った。それでも、希美は押し切って嫁いだのだ。上昇期にあったキャリアを捨て、ただ智彦に献身を見せたかった。二年が経ち、希美は智彦を甲斐甲斐しく世話した。彼が胃病持ちだと知っていたから、毎晩の夕食を心を込めて作っていた。それから、毎日のコーディネートも入念に準備していた。身の回りの世話はすべて彼女自身が行ってきた。そんな風に大切にしてきた人が、こんな汚い場所で、貴公子の仮面を脱ぎ捨て、まるで野獣のように振る舞っている。希美は平手打ちを食らったような気分だった。痛く、そしてひどく惨めだった。しかし、彼女はこれから忙しくなるのだ。離婚は確定事項だ。希美が車を運転して自宅へ向かう途中、車のライトが路地裏を照らした瞬間、夢中になっていた智彦は全身を硬直させ、顔を上げた。それが誰の車かは定かではないが、その方向は新居がある高級住宅街だ。言いようのない不安に襲われた。「
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