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第3話

作者: 金の橋
翌朝、希美は身支度を整えて出かけようとしたところ、ちょうど階段を降りてきた智彦と鉢合わせした。

彼は今日、濃い色のスーツを着ており、その187cmの身長はかなりの威圧感を放っていた。彼女が出かけるのを見て、眉をひそめた。

「どこへ行く?」

希美は玄関で靴を履き替えながら、珍しく柔和な格好を捨て、毅然とした装いだ。「例の事務所を見に行こうと思って」

以前、希美は共同出資で芸能人育成事務所を設立したが、結婚後はほとんど放置していた。

資金に多少の余裕ができたので、再投資を検討しようと思った。それに、以前契約したタレントがどうなっているかも気になった。

智彦の顔色が沈んだ。「毎月4百万円の小遣いをあげているのに、まだ足りないのか?」

女は家で安心して、お飾りのように男の帰りを待つべきなんだ。

これまでの2年間、彼女はずっとそうしてきた。

希美は胸が詰まりながら、靴を履き替えていた。「外に働きに出たいの」

彼の視線は数秒間彼女に注がれた後、引き戻され、口調は再び非常に淡々としたものになった。「好きにしろ」

外に出て辛い目に遭って帰ってくれば、外の世界がそんなに甘くないと分かるだろう。

智彦がダイニングテーブルに向かうと、今日の朝食が変わっていることに気づいた。

「今日の朝食は誰が作った?」

今まではずっと希美の手作りだったが、今日の料理は明らかに彼女の手によるものではない。

「私たちでございます。奥様が、今後は私たちで用意するようにとご指示がございました」

智彦は特に気に留める様子もなく、なにも言わなかった。

おそらく、最近彼女を冷遇しすぎたせいで、拗ねているのだろう。

何かプレゼントでも買って機嫌を直させればいい。

*

希美は記憶を辿り、車で事務所へ向かった。

デパートの前を通りかかったとき、外に掲げられた巨大なポスターが目に入った。それは、今回の篠宮グループ傘下ブランドの香水に選ばれたイメージキャラクターだ。

昨夜、智彦と密会していた新人女優、糸羽だった。

希美は視線を戻し、ハンドルを握る手に力を込めた。

糸羽は智彦が育てたタレントだ。彼女のどこが智彦をそこまで魅了したのだろうか。今やイメージキャラクターの座まで与えている。

彼女は深呼吸をし、アクセルを踏んだ。

事務所は篠宮の会社から遠くなく、わずか10分ほどの距離だ。当時、最上階を借りていた。今、ドアは開け放たれており、サンドバッグを叩く音だけが聞こえる。

角を曲がると、黒いTシャツを着た若い青年が、グローブをはめてサンドバッグを叩いているのが見えた。

青年の髪はやや長く、筋肉のラインは優雅で美しい。過度に鍛えられておらず、どこか初々しい雰囲気がする。身長は188cmくらいだろうか。

希美は横顔しか見えなかったが、智彦よりも若く、物静かな雰囲気だが、蓮の花びらのような目元は鋭く、得も言われぬ緊張感を漂わせていた。

「あの……」

希美が声をかけると、男は振り返り、動きを止めた。動きを止めた反動で、揺れ戻ってきたサンドバッグが顔に当たった。

希美は慌ててガラスのドアを開けて入った。「大丈夫?」

彼は顔を横に向け、頬が少し赤くなっている。口を真一文字に結び、何も言わなかった。

希美は周囲を見回した。

彼女の記憶は間違いないはずだ。ここは確かに彼女が当時借りた事務所だ。五年分の家賃を一括で支払ったので、少額ではなかった。

どうして今はボクシングジムのようになっているのだろう?

希美はそこに立っているだけで、場違いな場所に迷い込んだお嬢様のようで、周囲から浮いていた。

男は俯き、グローブを外し、それを横に投げ捨てると、ガラスのドアを開けて出て行こうとした。

彼の髪からは汗が滴り落ち、歩く姿には、どこか衝動的で抑圧された雰囲気が漂っていた。

ドアに着いたところで、入ってきた女性とぶつかった。

女性は怪訝な目をしていたが、希美を見ると、満面の笑みを浮かべた。「希美!マジかよ、どうしたの!幻覚じゃないよね?結婚してから、一度も来てくれなかったのに!」

かつてのビジネスパートナーであり親友の佐藤萌(さとう もえ)を見て、希美はホッとした。場所を間違えたかと思ったのだ。

萌は男を押しやり、責めるように言った。「何急いで出て行くんだよ?前に、いつ所長が来るか聞いてきたじゃない!ほら、来たわよ!」

彼はまだリストバンドをつけたまま、手首の筋がピンと張っている。顔をそむけて、「はい」とだけ答えた。

希美は改めて彼の顔をじっくり見た。本当に美型だ。智彦のような近寄りがたい雰囲気ではなく、山頂の孤高の松のような佇まいだ。肌は冷たい白さだが、唇の色は紅を差したように鮮やかだ。

彼の体には矛盾した魅力があり、目を離せない。

萌は急いで希美を脇に引き寄せ、小声で言った。「二年ぶりに来て、私の能力も限界でね。うちのタレントはほとんど辞めて散り散りになってしまい、今残っているのはこの子だけ。霧島賀津輝(きりしま かつき)が残ってくれてなかったら、この二年も維持できなかったわ」

希美は少し恥ずかしくなり、横目で少年がそばに立って、何を考えているのか俯いているのを見た。

「じゃあ、彼はどうして辞めなかったの?」

萌は顎を撫でた。「私も不思議なのよ。この子、まだ23歳で、こんなにイケメン。スカウトしたいって奴は山ほどいるの。他の事務所に行けば、とっくにスーパースターよ。監督たちも、彼の顔を見ただけで役を与えたがる。生まれながらにしてこの世界で生きるために生まれてきたようなものよ」

希美は何も言わなかった。当時、この事務所を設立したときは、大々的に宣伝し、望月家のバックアップもあったから、監督たちも希美に顔を立ててくれた。

だが、結婚後はここを放置していた。解散寸前だと思っていたのに、まさかこんな逸材が残っていたとは。

希美は男の子をじっと見つめた。彼はゆっくりと顔を上げ、希美と視線が合ったが、すぐにまた目を伏せてそむけた。
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