第8話

翌日、希美は早く起きた。一晩中熱を出したせいで、体の水分がほとんど抜けきってしまったようだ。

無理やり体を起こし、まず事務所へ向かった。

そこに、希美よりも早く来ている人がいた。

賀津輝が壁に向かい、今回のオーディションで使う男性枠のセリフを練習している。

賀津輝の声色はとても特別だ。ありふれた深みのある声ではなく、松葉を吹き抜ける風のように、少し冷たいトーンを帯びている。

体型も素晴らしく、広い肩と細い腰。台本を握る腕のカーブからは、鍛えられた美しい筋肉が浮き出ている。

鍛えすぎず、この初々しさが、今の若い女性たちが最も好むタイプだ。

希美は大学で映画関連の学部だった。彼がもう一度セリフを読んだのを聞いて、思わず訂正した。「最後のセリフのアクセントが少し違うわ」

賀津輝はわずかに身を硬直させ、睫毛を伏せた。

希美は近づき、賀津輝が握っている台本を見た。

賀津輝の指は長く、骨ばっており、指先にわずかに力がこもっているようだ。

「もう練習を始めたの？賀津輝くんは努力家だから、きっと売れるわ」

賀津輝はセリフをもう一度読み直した。「これで合っていますか？」

希美は頷き、携帯を見た。「もう出発の時間よ。行きましょう」

賀津輝は帽子をかぶり、おとなしく希美の後ろについて行った。

車を走らせている途中、賀津輝は窓の外を見て、「数分待ってください」と言った。

希美は賀津輝がタバコでも買いに行くのかと思い、車を路肩に停めた。「急いでね」

賀津輝は背が高く、ドアを開けて降りた。帽子をかぶっていても、後ろ姿はモデルのようだ。

希美はそれ以上見ず、目を閉じて、頭の痛みと目の奥の重い痛みに耐えていた。

突然、携帯が鳴った。画面には【旦那】の二文字が点滅している。

応答ボタンを押すと、向こうから気のない声が聞こえてきた。

「朝帰宅したとき、使用人が君が昨夜熱を出したと言っていたが？」

昨夜、智彦は「残業だ」と言って帰らなかった。

この二年、彼は何度も残業を口実にしてきた。希美はずっと信じていた。

最近、あのメッセージで甘い夢が打ち破られるまでは。

「ええ、もう熱は下がったわ」

「どうして俺に電話しなかったんだ？」

以前、彼女は体調が悪いと必ず彼に電話していた。電話に出るのはアシスタントだったとしても、智彦は少なくとも反応を示していた。ただ、いつも彼女が回復した後になって、ようやく遅れて心配するだけだった。

かつては彼の優しさに何度も感動したが、今目が覚めてみると、それはただの口先だけのお芝居に過ぎない。

頭の痛さで、希美は我慢の限界だった。

「智彦、他に何か用がある？」

こんなに不機嫌な口調は初めてだ。

智彦は眉をひそめ、重厚なテーブルを指先で軽く叩いた。向こうから車のドアが開く音が聞こえた。彼女のそばに誰かいるのか？

希美は二年間の専業主婦生活で、以前の交友関係をほとんど断ち切っていた。

「君のそばに誰かいるのか？」

「事務所のタレントよ」

普段の希美はとても優しく、電話で甘えるときも穏やかな態度だったが、この二日間は妙に冷たい。

昨夜、彼が一晩帰らなかったのに、彼女からの電話は一本もなかった。

まだ拗ねているのだろう。

智彦は構うのも面倒になり、そのまま電話を切った。

希美は切られた電話を見て、口元を緩めた。

今までは、どうして智彦が優しいと思っていたのだろう。それは、入念に作り上げられたイメージに過ぎなかった。

結局、良好な婚姻関係は会社の株価に有利だからだ。

希美は目を閉じ、こめかみを揉んだ。隣の賀津輝は帽子を取り、溶かした顆粒の風邪薬を彼女の前に差し出した。

風邪薬の苦くて甘い匂いを嗅ぎ、希美はゆっくりと目を開けた。

賀津輝は彼女を少し見つめてから、顔をそむけた。端正な顔には、複雑な感情が浮かんでいるようだった。「これ、飲んでください」

希美は拒否せず、風邪薬を飲み干した。すると、彼はまた温かいゆず茶を差し出した。

希美は少し笑い、掠れた声で「ありがとう」と言った。

彼は何も言わず、静かに紙コップをゴミ袋に収めた。

希美は両手でハンドルを握り、アクセルを踏んだ。温かい甘さが胃に入り、少し楽になった。「賀津輝くんは、専門学校出身ではないの？」

「はい」

「今後、セリフの面は私がもっと指導するわ。あなたの外見は素晴らしいし、演技も悪くない。昨夜、あなたの出演作を見たけど、この業界に食べていける才能があるわ」

昨夜、眠れなかったので、希美は起きて彼の出演シーンの編集版をすべて見たのだ。

彼はゴミ袋を握りしめ、窓の外を見て、何を考えているのかわからなかった。

一時間後、車はエレガンスエンタテインメントの前に停車した。篠宮グループにとってエレガンスエンタテインメントは小さいが、芸能界では悪くない会社だ。

希美は昨夜、自分の名刺を作った。デザインは彼女自身が行い、本名はなく、テッサを使った。

出迎えたスタッフは笑顔で前に立って案内した。「テッサ様、こちらでございます」

希美はここの雰囲気が少し張り詰めているのに気づき、尋ねた。「何か大物がいらっしゃったの？」

スタッフは顔を紅潮させて言った。「篠宮社長が視察に来られたばかりで、今、上の階にいらっしゃるかと」

希美の足が止まった。智彦がどうして突然こんな小さな事務所に視察に来たのだろう？

彼女が廊下の奥に目をやると、糸羽の姿が見え、すぐに全てを悟った。

心臓が一瞬ズキリと痛んだ。

ちょうど糸羽が角の階段に差し掛かったとき、一本のすらりとした手が伸びてきて、彼女に水を手渡した。

希美が自分の夫の手を見間違えるはずがない。

智彦がこの事務所に視察に来ただけでも驚きなのに、まさかわざわざ時間を作って、糸羽のオーディションに付き添っているとは。

糸羽は顎を上げ、まるで甘やかされた誇り高いお姫様のようだ。

水を受け取り、目をキラキラさせながら智彦に何かを話している。

その手は糸羽の頭に置かれ、最大限の愛情を示していた。

彼は、仕事を放り出してまで、わざわざこんな場所に来たのだ。

この二年、智彦はいつも「仕事が一番大事だ」と言ってきた。

だから、希美は彼の仕事のために受けた多くの我慢を、すべて理解しなければならなかった。

希美は深呼吸をし、もう見るのをやめた。感情を落ち着かせ、ドアを押して中に入った。

もう愛せない男は、噛みすぎたガムのようなものだ。噛み続ければ吐き気がするだけ。ましてや、他人の唾液がついた後なのだから、なおさらだ。