Tous les chapitres de : Chapitre 141 - Chapitre 150

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第141話

「国内のデザインコンテストが、諸事情で2ヶ月延期になりました。だから慌てなくても大丈夫です。アトリエの準備にたっぷり時間が使えますよ」その知らせを聞いて、杏奈は少し驚いた。「どうして延期になりましたか?」「何か方針が変わったみたいですが、私もよく知りません。父から聞いた話ですから」杏奈は心の中でガッツポーズをした。ちょうど時間が足りないかもって心配していたから、これで十分な時間ができた。「私のアトリエ、京市には置かないと思います。あと1ヶ月ちょっとで、実家に帰るつもりですから」「実家に?あなたの家って、京市じゃないですか?」睦月は不思議そうに杏奈を見た。杏奈は首を振った。「私の本当の身内はN市にいます。1ヶ月ちょっとしたら、今の夫と離婚して、ここを永久に離れるつもりです」「永久に」なんて、ずいぶん思い詰めた言い方だ。睦月は少し眉をひそめた。「じゃあ、今度N市に会いに行きますね」「ええ」二人が話していると、隣のブランドショップのドアが開き、竜也の低い声が聞こえてきた。「N市に行くのか?」突然の声に、杏奈はびくっとした。顔を上げると、ドアのところに竜也と真奈美が立っていた。真奈美は高級そうなシルクのキャミソールドレスを着ていた。すらりとした脚は白く輝いていて、笑顔で竜也の腕に親しげに絡んでいる。一方で、竜也は片手にショッピングバッグを持ち、もう片方の腕は真奈美に組ませたままだった。そして、彼は杏奈の視線に気づき、真奈美が組んでいる自分の腕に目を落とすと、少し気まずそうに咳払いをした。「まだ質問に答えていないな。N市に行って何をするんだ?」「聞き間違いよ。N市に行くなんて言ってない」杏奈は冷たく言い放った。そして、そう言うと、彼女は睦月の手を引いてその場を去ろうとした。しかし、真奈美が突然声をかけた。「お姉さん、せっかく会ったんだから、一緒にお昼でもどう?お友達も一緒に」「いえ、結構……」だが、杏奈が断りきる前に、隣にいた睦月がにこやかに真奈美の誘いを受けた。「いいですね!ちょうどお腹が空いて、一緒にご飯食べましょうよ」そう言って睦月は杏奈にウィンクした。一方で、杏奈はわけが分からず彼女を見た。どういうこと?「ほら、お友達もそう言ってるし、一緒に行こうよ
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第142話

こうして一行は、レストランに着いた。真奈美が席を外している間に、竜也はゲストである睦月に先に注文するよう、紳士的に促した。睦月と杏奈が注文を終えると、竜也は慣れた様子で料理名を告げ、店員にアイスミルクティーを3つ頼んだ。「アイスミルクティー大好きなんです。ありがとうございます」睦月は微笑んで礼を言った。竜也は軽くうなずいた。「真奈美はアイスミルクティーが好きなので、皆さんに一杯ずつ注文しました」そう言って、彼の視線は杏奈に向けられたが、すぐに逸らされた。ここ数日、竜也は杏奈と顔を合わせるのを避けていた。杏奈の顔を見ると、あの日、彼女がパニックになって自分を避けていた姿を思い出してしまうのだ。竜也は杏奈が拉致された後、どんな目に遭ったのか知らない。でも、杏奈がどんな目に遭ったかを想像するだけで、怒りと失望がこみ上げてきて、彼女をまともに見ることができなかった。一方で、睦月は、杏奈の前に置かれたアイスミルクティーを自分の前に引き寄せた。「あなたは牛乳アレルギーでしょう。私が代わりに飲んであげますね」杏奈は、不思議そうに睦月を見た。二人が一緒に食事をするのは、これが初めてだった。お互いの食の好みなんて知るはずもない。それなのに、どうして睦月は自分が牛乳アレルギーだと知っているのだろう?「私がどうしてあなたが牛乳アレルギーだって知ってるか、不思議でしょう?」杏奈は頷いた。睦月は微笑んで言った。「あなたのことを知りたいと思えば、なんだってわかるものですよ」その言葉は、明らかに誰かに当てつけたようなものだった。二人の向かいに座っていた竜也は、わずかに眉をひそめ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。そう、自分は真奈美の好みはすべて把握しているのに、妻の苦手なものすら覚えていないのだ。「ジュースに取り替えてもらおう」「温かいのにしてください。この子は今日、生理ですから」杏奈は信じられないという顔で睦月を見た。そんなことまで知っているなんて。すると、竜也は顔をこわばらせて睦月を見た。この女がわざと言っていることに、ようやく気づいた。それからお手洗いから戻ってきた真奈美は、ごく自然に竜也の隣に座った。彼女は睦月を値踏みするように見つめ、にこやかに言った。「お姉さんに友達がいるなんて、初め
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第143話

「あなたは義理の兄とこんなにも仲良しなんですね。それってかなり珍しいじゃないですか?」「性格なんです。私は誰とでもすぐ友達みたいで、女の子らしくか弱いタイプじゃないんです」「ダンスをやってるんでしょう?」「ええ、私のこと知っていますか?」「知っていますよ。この間、自分で転んで捻挫して、コンクールに出られなかった子でしょう」そう言う睦月の何気ない一言は、まるで水面に投げ込まれた小石のように、波紋を広げた。真奈美は杏奈をちらっと見て言った。「あの日、自分で転んだんじゃなくて、お姉さんがうっかり私を突き飛ばしたのですよ」「そうですか?ネットの動画だと、自分で転んだように見えましたけど。まあ、どっちでもいいですけどね」睦月は笑いながら真奈美を見た。「それにしても、あなたがバレエ団のプリマなんでしょう?足を捻挫したくらいでコンクールに出ないなんて、弱気すぎるんじゃないですか?」立て続けに突っかかられて、真奈美の顔がこわばった。「なんですって?」「ネットで見ると、芸能人なんて怪我をしてても撮影をやり遂げます。それに、ある国際的なダンサーは2年前、コンクールの1か月前に事故で足をひどく怪我したけど、痛み止めを打って出場したそうですよ」睦月は心底不思議だという顔で真奈美を見た。「ダンサーって誰よりも根性があるって言うじゃないですか。まさかあなたが、本当にただの捻挫でコンクールを諦めるなんて、驚きですね」そう言って、睦月は真奈美が履いているハイヒールに目を落とした。「それに、あなたの足、なんともなさそうに見えますけど」ここまで言われて、真奈美の顔はすっかり曇ってしまった。竜也がナイフとフォークを置いた。すると、カチャリというどこか怒りがこもったような音がその場に響き渡った。「松浦さん、あなたは杏奈の友達だから食事に招待したんです。攻撃的な発言をするのは一体どういうことですか?」「私がいつ攻撃したって言うんですか?」睦月は肩をすくめた。「本当のことを言っただけですよ。たかが捻挫、大したことないのに試合を棄権するなんて、事情を知らない人が聞いたら、わざと試合に出ないで、人に罪をなすりつけようとしてると思いますよ!」「もういいです!」竜也は顔をこわばらせて睦月を睨みつけると、今度は冷たい視線を杏奈に向けた。
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第144話

健吾が、店員となにかを話していた。今日の彼は、仕立ての良いグレーのスーツを着ている。銀髪に比べて、少し落ち着いた暗めの色合いだ。デザインはシンプルだけど、隙なく着こなしていた。こんな色のスーツを着こなせる男性はめったにいないけど、健吾にはとてもよく似合っていた。杏奈から見えるのは、彼の横顔だけだった。彫刻のようにシャープな横顔。男性にしては肌が白く、銀色の髪がさらりと額にかかっている。そして、星のようにきらめく瞳には、鋭い光が宿っていた。「知り合いですか?」睦月が杏奈の視線を追うと、ちょうど健吾がこちらに顔を向けた。睦月は、彼に見覚えがあるような気がした。どこかで会ったことがあるような気がする。「ええ」杏奈は睦月の腕を引いて、健吾のところまで歩いていった。「偶然ね。ここでお食事?」そう言われて健吾が視線を、杏奈と睦月が組んでいる腕に落とすと、瞳の色がすっと暗くなった。「少し、用事があって来たんだ」そう言って、健吾の視線が、杏奈の頭上を越えた。奥から出てきた竜也と真奈美を見て、彼の目つきはさらに冷たくなった。「橋本社長が明日会いたいって。都合はどう?」健吾が突然真面目な顔をしたので、杏奈はまだ少し慣れていなかった。でも、彼の言う橋本社長は、きっと橋本家のあの方のことだろう。杏奈は少し考えると、うなずいた。すると、そこにいあわせた竜也は健吾の言葉を聞くと、すぐに後を追ってやって来た。「橋本社長が?」竜也は杏奈を見て言った。「だったら、明日は俺も一緒に行くよ」杏奈が答えるより先に、健吾が鼻で笑い、竜也を見た。「彼があなたに会うとは言っていない。もし会いたいのなら、自分でアポを取ることだな」そう言ってから、健吾は杏奈に視線を戻し、表情を和らげた。「俺はまだ用事があるから。明日の午前10時に、迎えに来るよ」杏奈がうなずくと、健吾はレストランの中へと入っていった。すると、竜也は不機嫌な顔で、杏奈をそばに引き寄せた。「明日、橋本社長に会ったら、何を話せばいいか分かってるな?」杏奈は竜也を見た。「何を話すの?」竜也は一瞬黙り込み、冷たい目つきで杏奈をにらんだ。「お前は橋本家と親子になったかもしれない。でも、一生を共にするのは俺たち家族だということを忘れるな。中川家
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第145話

香織は慌ててそう言い残すと、走り去っていった。まるでほんの少しでも長くいようものなら、健吾が目の前のナイフを顔に突き立ててきそうで、怖かったのだ。実際、彼女の予感は的中していた。健吾の顔は、もはや険しいというだけでは済まされない。その瞳には鬼気迫るほどの殺意が宿り、ぞっとするような冷気を放っていた。それから、彼も1秒たりともそこに留まらず、まっすぐレストランを後にした。10分後、綺麗にドレスアップした女性が慌ててレストランに駆けつけたが、店員から相手がもう帰ったと告げられるだけだった。……翌朝、10時。竜也は自ら、杏奈を玄関まで見送りに出た。健吾のマイバッハが、早くから門の前に停まっていた。彼は中川家の屋敷を見つめ、その瞳には得体の知れない光が渦巻いていた。気分が悪い。何かをして、この苛立ちを発散させなければ。そう考えていると、竜也と杏奈が姿を現した。一方で、健吾の姿を見ると、竜也も鋭い視線で彼を睨みつけた。杏奈は健吾を橋本家の運転手だと言っていた。しかし竜也は、彼の傲慢な態度がどうもただの運転手とは思えなかった。「待たせちゃった?」杏奈は、笑顔で健吾に声をかけた。健吾は魅力的な目を細め、優しい眼差しで杏奈を見つめた。「いや、行こう」杏奈が車に乗ろうとすると、竜也が彼女の手首を掴んで引き止めた。そして、親しげに杏奈の前髪を整えてあげた。「帰りを待ってる」すると杏奈は、まるで感電したかのようにびくっと後ずさり、竜也から距離を取った。彼女がまるで幽霊でも見たかのように、警戒しながら自分を見ていることに気づき、竜也の表情がこわばった。彼はまさか赤の他人の前で、杏奈がこれほど自分の面子を潰すような態度を取るとは思ってもみなかった。「もうすぐ離婚するっていうのに、まだそんな芝居がかったことをするのか?」健吾は竜也を嘲るように一瞥すると、助手席のドアを開けた。「行こう。もう待ってるから」杏奈は、急いで助手席に乗り込んだ。ドアが閉まると、竜也は健吾の目の前に歩み寄った。二人は背格好も同じくらいで、どちらも気迫に満ちているので、向き合った時は、目に見えない火花が散っているようだった。「俺と妻は絶対に離婚しない。最後にもう一度警告しておく。俺の妻に近づくな!」竜也は健吾
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第146話

杏奈は眉をひそめた。竜也は、どうかしてるんじゃない?「彼の言うこと、気にしないで」それは、橋本グループのプロジェクトを手に入れるまでは、竜也が下手に動くはずがないということは彼女にも分かっていたからだ。それに、いくらなんでも人を殺すなんてこと、彼ができるはずがないだろう。それを言われ、健吾は口の端をかすかに上げて、何も言わずにいた。杏奈は横目で、そっと彼の様子をうかがった。今日の健吾は、黒いTシャツに黒いパンツっていうラフな格好をしていた。車が木陰を走ると、木漏れ日がフロントガラスから差し込んで、彼の顔を照らした。その銀髪は、まるで天の川みたいにきらきらと輝いていた。「どう?俺ってイケメンだろ?」健吾が不意に声をかけたので、杏奈はびっくりした。はっと我に返ると、運転の合間にこちらを向いた健吾と目が合った。すると、彼女の頬が赤く染まり、そして、軽く咳払いをして話をそらしたのだ。「あなたって橋本家の運転手なのに、服装はけっこう自由なのね」今まで健吾の服装なんて気にしたことなかった。貯金が4000万円ある人だから、オーダーメイドのスーツや、何万円もする服を買うくらい、普通だと思ってたから。でも、昨日デパートで睦月の話を聞いて、なんだか変だなって思ったの。「橋本家の運転手ですか?あのスーツ、仕立て代だけで何十万円もしますよ。一式揃えたら何百万円はくだらないんじゃないですか?ただの運転手がそんな高い服、着るんですか?まあ、たまの贅沢で奮発したのかもしれませんけど。それにしても今日は平日ですよ。橋本家みたいなお金持ちの家の運転手なら、いつ呼び出されるか分からないはずです。彼みたいに、のんきに出歩けるものですか?」確かに、健吾と知り合ってから、彼はなんだかいつも暇そうにしてる。それに、同じ仕立ての高級そうなスーツを、昨日見たものの他にも何着か持っているのを、はっきりと思い出した。健吾って、働き始めてまだ数年じゃなかったっけ?貯金が4000万円あって、何百万円もするスーツを何着も持ってる。普段着だって安物じゃない。橋本家の運転手のお給料がいくら高くても、こんな生活ができるほどじゃないはず。健吾って、本当にただの運転手なんだろうか?一方で健吾も、杏奈が自分を探っているのを鋭く感じ取った。彼
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第147話

杏奈は固まった。この二人は?健吾が杏奈に二人を紹介した。「こちらが橋本社長とその奥様」そう言うと、健吾は両親の方を向き、彼らに杏奈を紹介した。「こちらは中川杏奈さんです」杏奈は、その場で凍りついたようだった。どうして橋本社長夫婦がここに?来るはずなのは、結衣じゃないの?自分が橋本家の娘じゃないってことは、もう結衣から聞いているはず。なのに、どうしてわざわざ会いに来たんだろう?杏奈は頭が真っ白になってしまい、挨拶をするのも忘れていた。すると、健吾が肘で彼女の肩を軽くつついた。「ほら、ご挨拶して」「おじさん、おばさん、こんにちは」杏奈は状況が飲み込めず、とっさに挨拶をした。でも、この挨拶はどこか場違いな気がした。香織はにこにこしながら立ち上がると、杏奈の目の前に来た。そして、未来の嫁になるかもしれない彼女の顔を、瞬きもせずにじっと見つめた。「やっと会えたわね。お腹は空いてない?ちょうどお昼時だから、食事でもしながら話そう」香織は杏奈の手を引いて、テーブルの席に座らせた。そして、健吾も後を追い、杏奈の隣の席に座った。杏奈は居心地の悪さを感じながら茂にも挨拶をし、健吾に助けを求める視線を送った。片や、健吾は、大丈夫だと安心させるように微笑み返した。そして、香織ににこやかに促され、杏奈は料理を二品注文した。料理を待っている間に、杏奈の方から口を開いた。「橋本社長、奥様、わざわざお越しいただいたのに申し訳ありません。私は橋本家の娘ではありませんでした。この件については、改めてきちんとご説明させていただきます……」「そんな話はいいのよ」香織は杏奈の手を取り、彼女の言葉を遮った。「今は娘じゃなくても大丈夫。そのうちそうなることだってあるじゃない」「え?」杏奈には、香織が言っていることの意味がよく分からなかった。香織は杏奈をじっと眺め、見れば見るほど満足そうな表情を浮かべた。彼女はとにかく見た目を重視する人で、綺麗な顔立ちの人を見ると目が離せなくなってしまうのだ。しかし、ふと顔を上げて杏奈の隣に目をやったとき、そこに座る息子と視線が合った。すると息子は歯を食いしばって自分を睨みつけており、まるで「余計なことを言うな」と警告しているようだった。すると、香織は、心の中で健吾
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第148話

一人になって、杏奈は気持ちを落ち着かせた。健吾が入ってきた時、彼女がさっきより緊張していないことに気づいた。「なんで今日会うのが、この橋本社長だって教えてくれなかったの?てっきり、あなたの会社の上司の橋本社長だと思ってたわ」健吾が席につくと、杏奈は小声で彼に話しかけた。彼女が言っていたのは、結衣のことだった。「あなたは知ってると思ってた」健吾は杏奈をなだめた。「大丈夫だよ。こちらの社長も奥様も気さくな方だから、うまくやれないなんて心配しなくていい」「これから先、彼らと付き合う機会なんてないし、だからこそ不思議なの。私はただの身代わりなのに、ご多忙な橋本社長が、どうして本当に会ってくれるんだろうって」それを聞いて、健吾は、口の端を少しだけ上げた。本当に多忙を極めているのは、自分の方なのに。父は橋本家の先代社長は、もう母と二人で気ままに旅行を楽しむような年だ。だから、橋本家の全事業は、自分が管理していると言っても過言ではないのだ。「たぶん、好奇心じゃないかな。一体誰が自分たちの娘になりすまそうとしてるのか、気になったんだろ」それを聞いて。杏奈は口をへの字に曲げ、黙り込んだ。そこに香織が入ってくると、また親しげに杏奈と話し始めた。「結衣さんから聞いたわ。明日、あなたは橋本家の娘じゃないって公表するんだってね。どうして?」「それは……」杏奈は少し考えてから答えた。「奥様、まずはお詫びさせてください。娘さんのふりをしてしまって、本当にご迷惑をおかけしました」「迷惑だなんて!あなたみたいなきれいな子が本当に私の娘になったら、むしろ大喜びしちゃうわ!」そう言いながら健吾の方を見ると、息子の顔がまたこわばっているのに気づいた。ああ、そうだったわ。もし杏奈が本当に娘になったら、息子とは一緒になれないじゃない。考えるだけでも、気が引けるわね。「私の家の問題なんです。彼らは私がみなしごであることを利用して、橋本家のような名家と縁を結んで、会社を立て直そうとしているんです。明日、私が本当の身元を明かすのは、この件を利用して夫に離婚を承諾させるためです」杏奈は、誠実に説明した。話を聞いて香織は少し眉をひそめた。彼女は杏奈の言いたいことを、だいたい理解した。「でも、それではあなたも辛い思いをする
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第149話

しかし残念なことに、杏奈はそのことなどすっかり忘れているようだった。そうなるとあの日、病院で杏奈が言っていた憧れの人というのも、自分を適当にあしらうための嘘だったんじゃないかとさえ思えてくるのだ。「鈴木さん、明日、ハイジ幼稚園の学園祭があるんですが、園長先生から招待状が来ています。行かれますか?」「行かない」克哉はきっぱりと断った。自分はこれでも芸能界のトップスターだ。幼稚園の学園祭なんかに行くわけないだろう?秘書の充は彼の答えに驚かなかった。たしかに、幼稚園の学園祭なんて、たいしたイベントではないからだ。ただ、その園長は克哉がチャリティーイベントで知り合った人で、克哉が尊敬している方でもある。だから招待状が届いたのだろう。でも、克哉は誰からの誘いでも受けるわけではない。充は肩をすくめると、断りの連絡を入れるため、ドアに向かって歩き出した。その時、克哉のスマホが震えた。もしかして、と期待しながら画面を開くと、そこには見知らぬ番号からのメッセージが表示されていた。【明日、ハイジ幼稚園の学園祭で、杏奈さんがトラブルに巻き込まれる】そのメッセージを見た途端、彼の表情がこわばった。そして、急いで充を呼び止めた。「どうしましたか、鈴木さん?」充はドアノブに手をかけたまま、不思議そうに振り返った。「明日の予定、変更してくれ。ハイジ幼稚園の学園祭には、俺も行く」「えっ?」そう言って充は、とても驚いた顔で克哉を見つめた。自分が背を向けたほんの一瞬の間に、この男に一体何があったのだろうか。何か変なものにでも取り憑かれたのか?だが、克哉は充には何も説明せず、ただ見知らぬ番号からのメッセージを豪に転送し、メッセージを送った。【お兄さん、この番号を調べてくれ。明日、杏奈が何か事件に巻き込まれるかもしれない】豪の動きは素早く、2分も経たないうちに電話がかかってきた。「お兄さん、何か分かったか?」電話の向こうから聞こえる豪の声は、氷のように冷たかった。「番号は偽装されたものだ。位置情報の追跡もできない」それを聞いて、克哉の表情が険しくなった。「明日、君が学園祭に行って杏奈を助けろ。状況に応じて動くんだ」「杏奈には、俺が三番目の兄だって、もう打ち明けてもいいか?」すると、電話の向こうで豪は
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第150話

ハイジ幼稚園は、京市にある名門幼稚園で、多くのお金持ちの子息がここに通っている。杏奈は昨日、浩が持ってきてくれたレモンイエローのワンピースを着て、薄くお化粧をした。そして幼稚園の門の前に立った時、彼女はなんだか夢を見ているみたいだった。この場所には見覚えがあった。以前はいつも、自分が浩の送り迎えをしていたからだ。でも、刑務所に入ってから今日まで、一度もここへは来ていなかった。これが最初で、そして最後になるだろう。名門幼稚園だけあって、創立学園祭はまるで華やかなパーティーのようだった。校門には様々な高級車が停まり、地位のある人たちが子供を連れて次々と園内に入っていくのだった。そんな中、杏奈はたった一人だった。そこで門にいた警備員が杏奈を呼び止めた。「そちらの方、招待状はお持ちでしょうか?」「招待状、ですか?」杏奈は少し戸惑った。「はい。招待状は園児を通じて保護者の方にお渡ししています。本日は招待状がないと入れません」杏奈は黙り込んだ。この幼稚園で創立学園祭が開かれるのは初めてで、招待状が必要だとは知らなかった。浩も渡してくれなかったし。「私は中川浩の母親です。招待状はもらっていませんが、記名で入れませんか?」「ダメです」警備員は職務に忠実だった。杏奈が担任の先生に電話してみると、先生は浩の母親はもう来てると言った。それを聞いて杏奈は全てを察した。先生が言っていた浩の母親というのは、真奈美のことだろう。浩はわざと自分に恥をかかせようとしたんだ。「申し訳ありませんが、招待状がない方はお通しできません」そう言って警備員は頑として杏奈を中に入れようとしなかった。杏奈は苦笑いを浮かべた。そして、自分は母親失格なのだと、またしても思い知らされたように思えた。でも、今日だけは絶対に入らないといけなかった。「杏奈さん、どうして入らないんですか?」そう思っていると、後ろから聞き覚えのある親しげな声がして、杏奈が振り返ると、そこにいたのは知り合いだった。浩のクラスメイトの母親・野口泉(のぐち いずみ)で、以前に子育てのことで何度か話したことがあった。「野口さん、私は招待状がなくて、入れないんです」杏奈は力なく笑った。「それなら、私と一緒に入りましょう。私、招待状を持ってきま
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