All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 301 - Chapter 310

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第301話

黒いトレンチコート姿の健吾は、倉庫の入り口に立っていた。彼は外に顔を向け、傘をさしているボディーガードを見つめている。「連れてきたか?」傘のないボディーガードは、傘をさしている仲間の下に身を寄せている。しかし、捕らえられた男は雨の中にさらされ、すっかりずぶ濡れになっていた。健吾は踵を返して倉庫に入ると、柔らかそうな椅子に腰掛けた。ボディーガードは男たちを地面に投げつけ、髪を掴んで顔を上げさせた。現れたのは、いずれも外国人の顔だった。青い目に金髪の男もいれば、緑の目に黒髪の男もいる。誰もが筋肉質で、がっしりとした体つきだ。だが今は、全員が縛り上げられて地面に押さえつけられている。全身ずぶ濡れで、顔は青黒く腫れあがり、体からは血が流れていて、ひどく惨めな有り様だった。「言え。黒幕は誰だ?」そう言う健吾の声は気だるい雰囲気だったが、その声は低く、なぜか聞く者をぞっとさせる響きを持っていた。だが、地面にうつ伏せにさせられた男たちは怯まなかった。彼らは口を固く閉ざし、何も話そうとしない。「言いたくない、か?なら、西のエリアにある地下闘技場にでも送ってやろうかな」そこには法などなく、命の保証もない。そこに行った者は、生きるか死ぬか、獣のように扱われまったく人格を尊重されることはないのだ。すると、地面に這いつくばっていた外国人たちは、健吾のその言葉を聞いて、ただでさえ青白い顔をさらに蒼白にさせた。そして、ある男が顔を上げ、健吾を見つめた。健吾は伏し目がちに、冷ややかに男を睨みつけた。しかし、男は不意に笑った。その青い瞳には、怒りが渦巻いているかのようだ。「俺たちは決してボスを裏切らないから!」そう言うと、男は口をもごもごと動かした。それを見て、健吾は目を見開き、急いで叫んだ。「奴らを止めろ!」ボディーガードは素早く反応し、制止しようと動いた。しかし、外国人たちは皆、一斉に歯に仕込んでいた毒薬を噛み砕くと、忽ち息絶えてしまった。その状況に健吾の目に、危険な光が宿った。プロの殺し屋か。どうやらかつて海外で遭遇した連中と、同じようだ。あの時は、父親がどこかで恨みを買って、自分にまで飛び火したのだと思っていた。まさか、全く見当違いだったとは。この数年で、奴らが東国のバークと
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第302話

あれは、杏奈の高校卒業後のことだった。ちょうどその時、真奈美が久保家に見つかって、引き取られたんだ。それ以来、久保家での杏奈の居場所はなくなってしまった。だから気分転換に、彼女はM国へ旅行に出かけた。その間、彼女はM国に一週間も滞在していたが、久保家の人間からの連絡は一切なかった。そしてある日の夜、散歩に出かけた彼女は、人気のない路地裏で怪我をした健吾と出くわした。健吾は最初、杏奈をひどく警戒していた。道端に落ちていた割れた瓶を掴んで、彼女に襲いかかろうとしたくらいだ。杏奈は怖くなって、その場から立ち去ろうとした。でも、背を向けた途端、後ろで大きな物音がした。健吾が気を失って倒れてしまったんだ。同じ国の人として見過ごせず、杏奈は借りていたマンションに彼を連れ帰り、手当をした。しかし、目を覚ました後も健吾は警戒を解かなかった。でも、彼女に危害を加える気がないと分かると、少しずつ心を開いてくれた。あの頃の健吾はまるでホームレスみたいだった。お金もなかったうえに、外出する時はいつもマスクとサングラスで顔を隠して、なんだか可哀想な感じだった。杏奈が帰国する前日、健吾は先に姿を消した。一言も告げずに、ただ、少しの小銭だけを残して。杏奈はそんな風に何も言わずにいなくなった彼を責めなかったが、ただ心にはまたぽっかりと穴が開いてしまったように感じたのは事実だ。そんな気持ちは翌日、目を覚ました時まで続いて、一層虚しく感じるようになってしまったのだ。こうして、杏奈は上の空で顔を洗い、上の空で朝食をとった。克哉は最近、いろいろな予定で忙しく、家にいなかった。だから今、ダイニングテーブルには杏奈のほかに、豪、空、啓太の三人がいた。三人の兄は、杏奈がまるで機械のように朝食を口に運ぶのを見ていた。すると、空が軽く咳払いをして、心配そうに尋ねた。「杏奈、手術のことが心配なのか?大丈夫だ、ヴィス先生はプロ中のプロだからな。手術が終われば、手足の傷はすっかり治るよ」手術という言葉を聞いて、豪と啓太は同時に空の方を見た。「何の手術だ?」啓太は驚いて言った。豪も眉間にしわを寄せ、真剣な表情で空を見た。そう聞かれて、空は、杏奈の手術のことを他の兄弟に伝えていなかったことを思い出した。彼は、ヴィス教授が杏奈の
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第303話

今日はレースの試合があるけど、今は妹のほうが大事だからな。一方、杏奈は今後の段取りをつけるため、アトリエへ向かうことにした。そこで、彼女は啓太の心配そうな顔を見て、こくりと頷いた。すると啓太も朝食を中断して、杏奈の後をついて行った。部屋を出る前、彼は残った兄弟に手で合図した。「杏奈のことはしっかり見ておく」というサインだ。杏奈と兄が出て行った後、ダイニングルームには、他の兄弟二人が残された。突然、豪が空に尋ねた。「橋本さんのこと、どう思う?」「え?」空は一瞬なんのことか分からなかったが、豪の言いたいことを察すると、ようやく口を開いた。「杏奈のことは、すごく気にかけているようだが……彼自身が関わっている世界が危険すぎるからな」それを聞いて、豪は何も答えなかった。そして、二人がそれぞれ仕事へ向かう準備を終えた頃、ようやく豪が口を開いた。「しばらくの間、杏奈にボディーガードをつけろ。橋本さんが杏奈と親しくしてるから、いつ事件に巻き込まれるか分からん」豪の真剣な顔つきに、空も表情を引き締めた。「分かった。病院のほうも、俺が手配しておく」豪は頷くと、二人は家を出て行った。……その日の朝、竜也はひどく不機嫌だった。一方、真奈美は今日イベントがあるらしく、朝早くから入念にドレスアップしていた。そして、支度を終えると、彼女は竜也の前に歩み寄った。「竜也さん、どう?私、綺麗?」マーメイドドレスは真奈美のセクシーなボディラインを強調しつつも、純白の生地が優しい雰囲気も醸し出していた。真奈美はとても嬉しそうだった。今日のイベントは、彼女が芸能界に入って初めてのものだったからだ。しかし竜也は険しい顔でソファに座ったまま、真奈美の言葉を無視した。それどころか、彼女を見上げる目つきは氷のように冷たかった。すると、竜也の冷たい態度に気づいた真奈美は、浮かべていた笑みを消し、疑念を抱いたような目つきで彼を見つめた。「どうしたの?」そう聞かれて、竜也はスマホを取り出し、録音してあった音声データを再生した。すると、スマホから、浩平の声が聞こえてきた。「確かに、美咲が京市にいた時、杏奈を拉致しました。でも、それはもう終わった話です。美咲は罰も受けています。今さら何を疑っているんですか?」そ
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第304話

そこまで言われて、真奈美は、今日の竜也が自分を問い詰めるために来たのだと、ようやく気づいた。竜也がどれほどの証拠を握っているのか、彼女には分からなかった。でも、真奈美には自信があった。あの時、事を起こしたときに、証拠になるようなものは何も残していないのだ。そう思って、彼女は、ふんと鼻で笑った。「竜也さん、あなたがなかなか私と結婚してくれない理由が、今やっと分かったわ」すると竜也には、真奈美の顔に後ろめたさなど微塵も感じられなかった。それどころか、彼女は傷つき、失望した表情を浮かべているのだ。そう感じて、彼が少し眉間にしわを寄せると、真奈美が口を開いた。「あなたのおじいさんの喪に服すなんて、ただの言い訳だったのね。本当は、お姉さんが他の男といるのが許せないんでしょ!それも、ただの運転手となんて!男のプライドが傷つけられて、あなたは侮辱されたと感じてるんじゃない!」そんな真奈美の言葉は、まるで竜也の心を見透かしたかのようで、一語一句、彼の胸に突き刺さった。竜也は眉間にさらにしわを寄せ、その顔はこれ以上なく険しくなった。「お姉さんの前でいい格好をしたいから、彼女のために動いてるだけでしょ。でも、だからって私に濡れ衣を着せるなんて、ひどすぎるわ!」そう言って真奈美は悲しそうに竜也を見つめた。その言葉を言い終えると同時に、瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。そんな真奈美の姿に、さすがの竜也も心が揺らいだ。実を言うと、彼の手元には確たる証拠は何もなかったのだ。しかし、状況を考えると、どうしても真奈美が潔白だとは思えなかった。だが、これ以上真奈美を追いつめるための証拠が、今の彼にはなかった。そう思って、竜也は彼女をなだめたい衝動をぐっとこらえ、黙りこくっていた。一方、自分が悲しんでいるのに竜也はそれを無視し続けていると感じ、真奈美はさらに悲しみと怒りが込み上げてきた。「あなたのことなんて、大っ嫌い!」真奈美はそう叫ぶと、くるりと背を向けて走り去った。だが、竜也は彼女を追いかけなかった。それどころか、彼の心に渦巻く焦燥感は、頂点に達していた。真奈美が今日参加したのは、ある有名ブランドが主催する小規模なPRイベントだった。会場には彼女の他にも、数人のタレントがゲストとして招かれていた。真奈美はか
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第305話

一方、杏奈は聞き覚えのある声に、自分がぶつかったのが真奈美だと気づいた。すると彼女は謝ろうとした言葉が喉まで出かかったけど、ぐっと飲み込んだ。その時真奈美も、ぶつかってきたのが杏奈だと気づいたので、腹立たしい気持ちに、さらに火が付いたようだ。今朝、竜也とは杏奈のことで喧嘩したばかり。その本人が目の前に現れたんだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。「あなたはここのスタッフなの?じゃなかったら、どうしてあなたみたいなのがここにいるわけ?」そう言って真奈美は、威圧的に杏奈を見下した。しかし、杏奈は彼女を冷ややかに一瞥したが、すぐには答えなかった。実は、仕事を終えてもまだ杏奈の機嫌が直らないのを見て、啓太が気分転換に連れ出してくれたのだ。デパートをぶらぶらしていると、すごい人だかりができていて、何かイベントをやっていると分かった。啓太はこのブランドの社長の敦人と食事をしたことがあるようだが、杏奈は、もともと興味はなかった。でも、以前、海辺のレストランのトイレで会ったあの女優が、控室に入っていくのを偶然見かけたのだ。あの人は、克哉が片思いしている相手だ。そう思って、杏奈の心の中で好奇心が再び燃え上がった。彼女は啓太に、控室に行ってその女優に会えないか聞いてみた。すると啓太は敦人に声をかけた後、杏奈を連れてバックステージへ向かった。杏奈はしばらくバックステージを探し、お目当ての女優を見つけて挨拶に行こうとした。ところが、その途中で真奈美とぶつかってしまったのだ。「私がどうしてここにいるのかなんて、あなたにどうこう言われる筋合いはないはずだけど?」「私は招待された特別ゲストよ。なんなら今すぐ、あなたをここから追い出してもらうことだってできるのよ?」そう言われたが、杏奈は真奈美と口論する気はなく、その脇を抜けて女優を探しに行こうとした。さっきのいざこざで、例の女優の姿が見えなくなってしまっていたから。しかし、真奈美はさっと身をずらし、杏奈の行く手を阻んだ。「逃げる気?人にぶつかっておいて、謝罪もなしなんて許されると思ってるの?」「ふざけないでよ!」杏奈は、めったに汚い言葉を使わない性格なのだが、でも、真奈美を前にすると、どうしようもなく腹の虫が収まらなかった。すると、二人の騒ぎ
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第306話

杏奈の顔色が悪いのに気づいた啓太は、眉をひそめて彼女のそばに寄った。「どうしたんだ?」スタッフは啓太を知らなかった。でも、社長と一緒に来たから、社長の友人だろうと思った。それに啓太はまっすぐ杏奈のところへ向かったから、二人の関係はきっと普通じゃないことも明らかだった。それを見てスタッフは不安になった。もしかして、この女の人も社長の友達なのだろうか?中には顔が真っ青になるスタッフもいた。「なんでもない。ちょっと嫌な人にぶつかっただけ」杏奈は淡々と言った。いつもなら、杏奈はこんな大勢の前で個人的な感情をあらわにしたりはしない。でも、今日はとにかく機嫌が悪かった。その上、真奈美への積年の恨みもあって、もうこれっぽっちも我慢したくなかった。片や、杏奈が隠そうともせず「嫌な人」と言ったので、真奈美はカチンときた。彼女は面目を潰されたように感じたのだ。そして、そこに敦人がいるのに気づき、孝介も気になってこちらへ歩いてくるのが見えたから、真奈美は杏奈なんかに負けていられないと思い、すぐに女優の仮面をかぶっていった。「佐々木社長!この女、私にぶつかってきたくせに謝りもしないんですよ!おまけにみんなの前で私の悪口を言うなんて、どうしてこんな人を楽屋に入れてるんですか?」真奈美からすれば、敦人なんて、大手ブランドの社長とは格が違うのだ。昔は有名ブランドの広告塔も務めた自分が、わざわざ格下のイベントに出てやっている。だから敦人は自分を煽てて扱うべきだと思っていた。だから彼女は、敦人が杏奈を追い出してくれるのを待っていた。一方、敦人もその場にいた以上、見て見ぬふりをするわけにはいかなかった。彼は二人の間に割って入って、この面倒な状況をなんとか収めようとした。でも敦人が口を開く前に、真奈美が何を言われるか察したように、彼の言葉を遮った。「今日、この女をここから追い出さないなら、私、ステージには上がりませんからね」その声は冷たく、高飛車で見下したような響きがあった。それを言われ、敦人は眉間にしわを寄せた。こんなにスタッフがいる前で脅されて、もし黙っていたら、会社での威厳がなくなってしまうだろう。そう思って、彼は淡々と言った。「久保さん、我々はちゃんと契約をしているんですよ。それで、この態度は少し
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第307話

その声を聞いて杏奈が目を向けると、驚きながらもうれしさのあまり目を見開いた。あれは、自分がさっきからずっと探していた女優だ。彼女こそ克哉が夢中になっている人に違いない。この間レストランで会った時は、顔がよく見えなかった。でも、この声は絶対に忘れられない。今回、やっと彼女の顔をはっきりと見ることができた。確かに、華やかで人を惹きつける顔立ちをしていた。透き通るような白い肌に、整った目鼻立ち。すっと通った鼻筋に、人の心を掴んで離さない切れ長の目。そしてスタイルも完璧で、どこにも欠点が見当たらないのだ。それに、彼女には、生まれつき孤高のオーラがあった。ただそこに立っているだけで、まるで気高く咲き誇る高嶺の花のようだ。それは誰にも媚びず、凛としている姿だった。一方、孝介も白石汐梨(しらいし しおり)の姿を見ると、ぱっと目を輝かせた。真奈美も汐梨のほうに目を向けたが、知らない顔だった。でもバッチリメイクをしていてブランドの服を着ているから、今日招待されたタレントの一人なのだろう。でも、見たところ売れないタレントのようだ。そう思うと、真奈美はますます彼女を小馬鹿にした。「あなたは誰よ?私がケガしたかとか、心が傷ついたとか、あなたに決めつけられる筋合いはないわ!」一方、本当は表に出るつもりはなかった汐梨なのだが、真奈美のあまりに高圧的な態度が、どうしても我慢ならなかったのだ。でも、もう口を出してしまったのだから、これ以上人ごみの後ろに隠れているわけにはいかない。そう思って、汐梨は人ごみから一歩前に出て、真奈美の少し前に立った。そして、彼女を上から下まで値踏みするように見つめた。「あなたのことは知ってるわ」真奈美は、自分の知名度には自信があった。だから、汐梨の言葉を聞いて少し得意げになった。「でも、私はあなたのことなんて知らないけど」しかし、汐梨は、そんな挑発には乗らなかった。彼女は口の端に笑みを浮かべ、穏やかに微笑んでみせた。「前にネットのニュースであなたと、そこにいるこの方のいざこざを見たことがあるわ。たしか姉妹なのよね?なのに、あなたが彼女にひき逃げの罪を着せようとして、結局あなたが警察の厄介になったんでしょ?」すると、汐梨の言葉に、真奈美は顔色を変えた。あの件は、とっくの昔にネットから削除さ
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第308話

こうしてブランドのバックステージはてんやわんやになった。そして啓太も、たとえ杏奈のせいではないと思っていても、事が大きくなった今、友人には一言声をかけるべきだと感じた。「何か手伝えることがあれば、遠慮なく言ってくれ。鈴木グループの広報部は伊達じゃないから」そう言われて、敦人は啓太の肩をポンと叩いた。「こちらこそ感謝したいくらいだよ。おかげであの久保さんの本性がよく見えた。ジュエリー業界で最も大事なのは、純粋な品格だ。久保さんは、もううちのブランドの顔にはなれない」こうして、啓太と杏奈は控室を出た。啓太は杏奈に尋ねた。「さっきからあの白石さんを探してただろ。見つけたのに、どうして挨拶しに行かなかったんだ?」杏奈は、啓太が汐梨と克哉のことを知らないのだと察した。彼女はいたずらっぽく笑った。「いいの。これから会う機会はいくらでもあるから」そう言われて、啓太は何のことやらさっぱり分からなかった。だが、杏奈の様子がご機嫌になったのを見て、もう汐梨のことは気にしないことにした。……そして、ついに杏奈の手術の日がやってきた。彼女は手術の前日から入院していた。事前の検査で異常がないことを確認し、翌日の朝一番に手術をすることが決まった。ヴィス教授も杏奈に、自分は腕に自信があるから心配はいらないと伝えていた。杏奈はそれには安心している様子だった。さらに克哉も仕事で忙しかったが、杏奈が手術すると聞き、大急ぎで駆けつけた。病院に着いた時の彼は、いつもと同じだった。大きなサングラスで顔の半分を隠し、メイクもセットされた髪もそのままに、コートを羽織っただけの姿でやって来た。そして、病室に着いたとき、彼は汗だくで、まっすぐに杏奈のベッドへと駆け寄った。「杏奈、体調はどうだ?どこか痛いところはないか?」その時、空がちょうど杏奈の様子を診ているところだったので、慌てて駆けつけてきた克哉がトンチンカンな質問をするのを見て、空はその頭を軽くはたいた。「手術は明日の朝だ。痛いわけないだろ」克哉はそれでやっと我に返った。「そうだった、手術は明日だったな」そう言って、彼はくたくたになった様子で、ベッドに腰を下ろし、長いため息をついた。だが、ほっとしたのも束の間、すぐにまた心配そうな顔になった。「杏奈
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第309話

杏奈は、その差し入れを見てからかうように言った。「まだ手術をしていないのに、もうこんなに沢山差し入れをしてくれるの?」「備えあれば憂いなしだよ」すると、杏奈はベッドから降り、病室のソファに腰を掛け、ついでに、健吾に水を一杯注いであげた。「ここ数日、忙しかった?」そう言われ、健吾は眉を上げて杏奈を見た。「俺のことが気になってきた?気持ちはもう決まったのかい?」それを聞いて杏奈は、すぐに彼の言っていることを察した。水を飲みながら、杏奈は返事をしなかった。黙っていることが、彼女が自分を守るための術だった。健吾もそれ以上は聞かなかった。「明日の朝、ちゃんと来るから。心配するな」「わざわざ来てくれるの?兄さんたちも来てくれるし、あなたは自分のことで忙しいじゃないの」「杏奈さん、一つだけ分かっておいてほしいことがある」急に真顔になった健吾を見て、杏奈は少し戸惑った。そして彼女は眉間にしわを寄せ、彼を見た。すると、健吾は淡々と言った。「俺は今、あなたを口説いている段階だ。だからどんなに忙しくても、あなたやあなたのお兄さんたちに良いところを見せておかないと」それを聞いて、杏奈は呆れて、唇を引き結んだ。最近の健吾の言動は、本当に遠慮がなさすぎる。こうして、病室でしばらく過ごした後、健吾は空を訪ねた。空は単刀直入に切り出した。「橋本社長、杏奈と付き合うというのなら、その前にご自分の身辺を綺麗にしていただけないでしょうか。彼女には危険が及んでほしくないんです」それを聞いて、健吾の眼差しが鋭くなった。「彼女が、狙われているんですか?」「はっきりとは言えません。ですが、橋本社長だって分かっているでしょう。災いの元を断たない限り、いつか彼女が危険に晒されることがあり得るんですから」そう言われ、健吾は数秒間黙り込んだ。「杏奈を陰ながら護衛できるように人員を手配します。ご心配の件も、俺が解決します」しかし、空は無表情で彼を見つめた。「杏奈の安全は、俺たち鈴木家が責任を持ちます。だから、今のうちは彼女と距離を置いてください」それを聞いて、健吾も空の言いたいことが分かった。すると、健吾は空を見て、軽く笑った。「ご心配なく。たとえ俺の命をかけても、杏奈を危険な目には遭わせるようなことは
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第310話

健吾は、豪も、鈴木グループの後継者という立場を利用して、自分たちを引き離しにくるものだと思っていた。ところが、豪は開口一番こう言った。「手伝いましょうか?」健吾は、怪訝な顔で豪を見つめた。「何ですか?」「あなたの命を密かに狙ってる連中のことです」豪の口調は落ち着いていた。心配しているようにも聞こえたけど、その言葉に感情の起伏は感じられなかった。「いや、大丈夫です」健吾は、きっぱりと断った。彼は、鈴木家の人たちをこの厄介事に巻き込むつもりはなかった。彼らには、ただ杏奈を守っていてほしいと思っているからだ。もちろん、しばらくは自分も部下を付けて、杏奈を密かに護衛させるつもりだ。なにしろ、奴らの動きがだんだん大胆になってきているからな。一方、断られた豪は眉間にしわを寄せた。「あなたも分かっているでしょうが、今の状況で杏奈の安全を保証するのは、あなたにとって簡単なことではないはずです」健吾は、豪がそんなことを言うとは思いもよらなかった。もしかして、杏奈と自分の関係を認めた、ということか?まだ鈴木家の人間を懐柔しようと動き出したわけでもないのに、こんなに早く認めてもらえるとは。豪は、健吾の眼に浮かんだ疑問を見抜いていた。彼は鼻で笑った。「勘違いしないで、あなたがしつこく杏奈に付きまとうから、いつか巻き添えを食うのは時間の問題だと思っているだけです」そう言われたが、健吾は豪の言葉を意に介さず、ただ淡々と答えた。「その点は心配はいりません。俺はあなたたち以上に、彼女を危険にさらしたくないと思っています」豪はさらに何か言おうとした。しかし、スマホが鳴った。会社からの用件だった。すると、健吾はもう彼とそれ以上言葉を交わすことなく、手術室のドアの前に戻って待機した。そうして、午前中いっぱい待ち続けた。はじめは落ち着いていた皆も、時間が経つにつれてだんだんと焦り始めていた。そんな中、健吾は壁に寄りかかり、手術室のドアの上で点灯しているランプを、ただ静かに見つめていた。見た目は落ち着いているように見えた。でも、彼自身の心の中がどれほど張り裂けそうになっているかは、本人にしか分からなかった。手術室。そこは、決して居心地の良い場所ではなかった。そして、お昼が近づいたころ、手術
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