しかし、健吾はいたずらっぽく、杏奈を行かせまいとした。「誰か来たみたい、離して」それでも健吾は離さなかった。彼は瞬きで、自分の口を塞ぐ杏奈の手をどかすように合図した。そんな彼に杏奈は根負けして、先に手を離した。すると、健吾は杏奈をさらに強く抱きしめると、低い声で耳元でささやいた。「今夜は一緒にいてほしい」彼の声は甘く、抗えない魅力があったから、それを聞いた杏奈は、自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。もし昔の自分なら、こんなことを言われたら間違いなく平手打ちをしていたはずだ。でも、相手は健吾だ。彼となら、どうなってもいいとさえ思っていた。もともと自分だって堅い考えをもっているわけじゃないし、もう大人なんだから、それなりの欲だってある。そう思って杏奈は少し黙り込んだ。けれど、健吾はもう待ちきれないようだった。杏奈の指を一本だけ絡めとると、健吾は彼女の肩に顔をうずめてすり寄った。まるで子犬みたいにしょんぼりした様子で。「最近、仕事が忙しくて全然会ってくれなかっただろ。その埋め合わせをしてくれないと」健吾がそう甘えてくる時の破壊力は、そこら辺の女の子よりもずっと強力なのだ。そして、外から近づいてくる足音がドアのすぐそばまで来ているのに気づいて、杏奈は慌てて言った。「わかった、約束するわ」すると健吾の切れ長の目が、喜びで一層きらめいた。その後睦月がノックしてからオフィスに入った時は、部屋が薄暗くて、ソファに二人が座っていることしか分からなかった。でも、二人の間にはかなりの距離があった。「なんで電気つけないんですか?」睦月はそう言って部屋の電気をつけた。ずっと暗い場所にいたせいで、急な強い光に杏奈と健吾は思わず目を閉じた。その時、睦月は二人の服が少し乱れていることに気がついた。うそでしょ。ここ、オフィスなのに……自分たちが外にいる間に、この二人、中で何を……自分がいた国はオープンだけど、まさかおしとやかそうに見える杏奈まで、こんなに大胆だったなんて。睦月はわざとらしく咳払いをすると、申し訳なさそうなふりをした。「お邪魔しちゃいましたか?」彼女がそう言うと、そんなおちゃらけた睦月の視線を感じて、杏奈は自分の名誉が地に落ちたと思った。最近、アトリエがとても忙しかった
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