All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 481 - Chapter 490

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第481話

それに加えて、杏奈に健吾と一緒になって、自分をコケにしていたような態度を取られては、ますます謝る気になんてなれなくなった。「まだ分からないのか?君のママに謝ったって、どうせ許してくれやしない。あいつの頭の中は、もうあの橋本ってクズ男でいっぱいなんだよ」杏奈が健吾に向けていたあの眼差しを思い出すと、竜也は腹が立った。離婚してまだ半年ちょっとだ。それなのに、杏奈はもう健吾とべったりくっついている。どうせ、離婚する前から健吾とデキてたに決まってる。そう思うと竜也は、自分が杏奈にいっぱい食わされたように感じた。きっと、離婚なんて、杏奈が健吾と一緒になるための口実にすぎなかったんだ。それなのに、自分は今まで彼女に対して申し訳ないなんて思っていた。なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。あいつがそんな態度なら、もういい。アトリエへの出資の話は、これでおしまいだ。どっちにしろ、損をするのは自分じゃないんだからな。杏奈がアトリエをうまく経営できなくなった時、きっと後悔することになるさ、そう竜也は思った。でも浩は、竜也の言葉に納得できなかった。彼は顔を上げて、真剣な眼差しで彼を見つめた。「パパは間違ってるよ。謝るのは、ママに許してもらうためじゃないんだ。僕たちが悪いことをしたから謝るの。許すかどうかは、ママが決めることなんだよ」浩の言うことは、たしかにその通りだ。でも、今の怒りに燃える竜也の耳には、何も届かなかった。彼は身をかがめて、浩を抱き上げた。「この話はもう終わりだ。あいつが君のママでいたくないって言うなら、君もあいつをママだなんて思うな」「いやだ!」「なら、パパか、ママか。どっちか一人を選べ」竜也は冷たい声で、浩を脅すように言った。その言葉に、浩はぴたりと黙り込んだ。ママに会いたい気持ちはすごくあった。でも今は、パパの方がもっと大事な気がした。そう思って、彼は黙り込んだ。こうして竜也は息子を抱きかかえたまま、オフィスを出て行った。二人がエレベーターに乗り込むと、廊下の角から睦月が姿を現した。閉まっていくエレベーターのドアを見つめ、彼女は肩をすくめた。そして、第三者の目線から嘲笑うかのように一つため息をついた。「​だから、あなたは健吾さんには敵わないんですよ」そう呟くと、睦月はオフィスの中へ
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第482話

結局、健吾は杏奈にオフィスから追い出されてしまった。彼があまりにもちょっかいを出してきて、杏奈の仕事の邪魔になったからだ。それから、時間はあっという間に過ぎて、すぐに修の誕生日パーティーの日がやってきた。杏奈は、とっくに例の着物を仕立てて理世に送っていた。この前の出来事は、理世と杏奈の仕事上の関係に影響はなかったようだ。でも、当事者である二人だけがわかるような、わずかなわだかまりができてしまったことは言うまでもなかった。当日、パーティーに参加する前、健吾は杏奈のためにヘアメイクのチームを予約しようとしていた。しかし杏奈は、豪がもう手配してくれたと断った。健吾は少しがっかりした。それでも杏奈は、心を鬼にして彼を追い返した。最近の二人はあまりにもべったりしすぎていて、杏奈は少し疲れてしまっていたのだ。その日、杏奈は早めに仕事を片付けて、鈴木家に戻ると、豪が予約してくれたヘアメイクのチームは、すでに到着していた。担当のルーシーは、杏奈を見るなり目を輝かせた。「鈴木さんは本当に綺麗ですね」褒められて顔を赤らめた杏奈は、お礼を言ってドレッサーの前に座った。「今夜は誕生日パーティーなので、上品で落ち着いた感じのメイクでお願いします」杏奈が希望を伝えると、ルーシーは、「かしこまりました」と返事をした。4時間後、杏奈がうとうとし始めた頃、ようやくメイクが完成した。そして、ルーシーは前もって準備されていたドレスを取り出し、杏奈に着替えるよう促した。それはピンクのパールがかったサテンのマーメイドドレスだった。オフショルダーのデザインで、袖口からは長いベルベットのリボンが垂れていて、優雅さの中にも可愛らしさがあった。ドレスに着替えると、杏奈の抜群のスタイルが際立って、まばゆいばかりに輝いて見えた。それを見たルーシーは立て続けに褒め言葉を並べた。「鈴木さんは、私がメイクをしてきた中でも一番綺麗ですね。すっぴんでも輝いて見えるくらいですもの。それにそのスタイル、生まれながらのモデル体型、本当何を着ても様になりますね」杏奈は褒められすぎて、少し照れてしまった。それから彼女は急いで階下へ行き、豪を探した。今夜は鈴木家の四人兄弟が全員揃っていた。彼らは降りてきた杏奈を見ると、誰もがうっとりとした眼差
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第483話

克哉は啓太の言葉を聞いて、さっと横に二歩ずれると、彼を指差して言った。「お節介って言ったのは啓太だから、俺じゃないからね」すると、空が啓太の方に目を向けると、啓太はとたんに背筋がぞっとするのを感じた。案の定、次の瞬間、空の冷たい声が聞こえてきた。「お兄さん、そういえば藤堂家が最近、うちとの縁談に乗り気だそうだよ。もし無下に断れないなら、啓太を行かせたらどう?なにしろ、俺たち兄弟の中で一番ひまを持て余してるから」自分のことをそう言うなら、こっちだってとことんお節介を焼いてやろうじゃないか。弟たちの結婚について、兄として心配するのは当然のことだからな。確かに豪も、最近の啓太が家に寄り付かず、サーキットに入り浸っているのは気になっていた。だから啓太が泣きつく前に、彼は言った。「明日、藤堂社長に返事をしておく」そして、啓太の反応を待たずに彼は杏奈を連れて部屋を出ていった。ドアのところまで来ると、杏奈は啓太の泣き叫ぶ声を聞いた。彼女は思わずくすりと笑って、豪の方を向いた。「お兄さん、本当に彼を藤堂家の令嬢とお見合いさせるの?」「まあ、一度会ってみるだけだ。損はないだろう」それから、家を出ると、夏とはいえ、夜は少し肌寒いので、豪は杏奈のドレスが薄手なのに気づくと、自分のジャケットを脱いで彼女の肩にかけた。「君のアトリエは立ち上げたばかりで、一番忙しい時期だろう。こういう時こそ、体を大事にしないと」杏奈はうなずき、豪に向かって微笑んだ。「ありがとう、お兄さん」N市に戻ってきて、鈴木家で過ごす時間。それは杏奈にとって、今までの人生で最もリラックスでき、愛を感じられるひとときのように思えたのだ。一方、修の誕生日パーティーは、福田家の邸宅で開かれた。邸宅は山の中腹にあり、曲がりくねった山道を抜けるとすぐに、煌々と明かりが灯る福田家の邸宅が目に入った。邸宅の入り口には、専属のスタッフが立っていた。鈴木家の車が中に入ると、係の人が運転手を駐車場へ案内し、杏奈と豪は車を降りて福田家が用意したカートに乗り込んだ。それから、白い石畳の長い道に沿って、カートは母屋へと向かった。母屋の前に着くと、杏奈は健吾と雫の姿を見つけた。そして、彼らが車を降りると、健吾は数歩で杏奈の前にやって来た。杏奈が豪の
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第484話

それと同時に、考えれば考えるほどかっとなった杏奈は、思わず差し出された健吾の手をつねった。「あなたのせいよ!」「はいはい、俺のせいだ。今夜はどんなお仕置きでも甘んじて受けるよ」「健吾さん!」それを見て健吾は、杏奈が本気で怒り出したのを感じたから、もうからかうのをやめた。もちろん、右肩に歯形なんてついていない。全部、健吾の嘘だ。さっき杏奈にジャケットをかけてあげるとき、健吾は杏奈の美しいドレス姿がどれほど目を引くかに気が付いてしまったのだ。今夜のパーティーには男がたくさん来る。そんな奴らが杏奈をじろじろ見るなんて、彼にとって我慢ならないことだった。だから、たとえ周囲に杏奈を自分の恋人だと知られたとしても、彼女に他の男の視線が注がれるのを避けたいと思った。それから、健吾は腕を差し出し、にこにこしながら杏奈を見た。「あなたのお兄さんはきっと高橋さんに付き添わないといけないから、あなたはまあ、俺と一緒にいるしかないかな」杏奈はそこで初めて、雫が面白そうに自分たちの方を見ていることに気づいた。彼女は少し恥ずかしくなり、急いで雫に挨拶をすると、健吾と中へ入っていった。一方、雫は豪のジャケットを持って彼の前に立ち、眉を上げてからかった。「どうやら、あなたにはひとまず我慢して私といてもらうしかなさそうね」そう言われ豪は雫が差し出したジャケットを見つめたあと、彼女のドレスから大胆に覗く、雪のように白い肌に視線を落とした。すると、彼の表情が少し硬くなり、ジャケットを受け取ると雫の肩にそっとかけた。「我慢なんてしてないさ。もう、行こう」豪は雫の手を取り、自分の腕に絡ませると、彼女をエスコートして邸宅の中へ入っていった。一方、雫は豪の隣を歩きながら、彼が明らかに自分の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていることに気づき、口元の笑みが自然と大きくなった。こんなクールな彼でも、ちゃんと人を気遣うこともできるのねとそう思って彼女は感心した。片や、健吾が杏奈を連れて邸宅に入ると、当然のように多くの視線が二人に集まった。健吾は橋本グループの唯一の後継者だが、長年こうしたパーティーにはほとんど顔を出さなかった。だから彼が現れると、皆がその素顔を知りたがって注目してしまうのだ。そしてもう一つは、健吾の彼女が鈴木家の人間
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第485話

すると、杏奈はケーキをスプーンですくい、健吾の口元に差し出した。健吾は一瞬きょとんとしたが、素直に口を開けて食べた。「自分で食べなよ。俺は別に、お腹すいてないから」杏奈は絶句した。お腹すいてない割には、素直に食べたじゃない。それから杏奈がケーキをちびちびと食べていると、健吾はウェイターにジュースを一杯頼んだ。その間にも、健吾の立場は皆の注目の的だった。橋本グループと繋がりを持ちたい多くの人々が、彼に話しかけようと近づいてきた。健吾が何人かをあしらった後、杏奈は彼の耳元でささやいた。「少しは愛想を振りまいておかないと。陰で何を言われるか分からないわよ」健吾が何か言いかけたが、杏奈はそれを遮って、口元をゆるめて微笑んだ。「安心して。私はここに座ってあなたを待ってるから」一方健吾も、ずっとここに座りっぱなしではいられないと分かっていたから、彼は杏奈の頭を撫でて、「じゃあ、ここで待ってて。勝手にうろついたらだめだからな」と言った。「分かったわ」「あと、この上着、脱いじゃだめだ」それを聞いて杏奈はますます呆れてしまった。そして、健吾が去っていく背中を見ながら、彼女は思わず吹き出してしまった。健吾の、時々見せるちょっと強引なところが、すごく可愛く感じられたから。こうして杏奈はケーキを食べ終えて、手持ち無沙汰にただ座っていると、遠くでは、豪と雫が知人たちと談笑していた。そんな中、雫が杏奈の視線に気づくと、こちらを向いてグラスを軽く掲げてみせた。杏奈もジュースのグラスを持ち上げて応えた。すると突然、見知らぬ人影が、彼女と雫の視線を遮った。杏奈が顔を上げると、派手に着飾った女の子が、彼女を値踏みするように見下ろしていた。「何かご用ですか?」相手が何も言わず自分をじろじろ見るので、杏奈は不快に感じ、自分から口を開いた。「鈴木さんなの?」杏奈は戸惑った。「お会いしたことがあったのでしょうか?」目の前の少女に見覚えはないと、杏奈は確信していた。少女は可愛らしく、クリームイエローのふんわりとしたドレスを着ていた。ばっちりメイクはまさにお人形のようで、とても綺麗だ。もし知り合いなら、こんなに綺麗な子のことは絶対に忘れるはずがない。すると、少女は鼻を鳴らした。「会ったことなんてないわ」
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第486話

そう言われ、杏奈が声のする方を見ると、見慣れた姿がそこにあった。すると彼女は思わず、呆れたように目をそらした。まったく、どこに行っても会うなんて本当についてないんだから。声の主は真奈美だった。一方、近づいてくる途中、杏奈があからさまに嫌な顔をするのが見えた真奈美は、さらに腹が立った。今の杏奈は、すっかりお高くとまっている。自分を前にして、あんなに見下した態度がとれるようになるなんて。杏奈が何も言わないでいると、代わりに明咲が真奈美のほうを振り返った。「さっきの、どういう意味?前科って何のこと?」真奈美は二人の前に立つと、まず杏奈を冷たく一瞥してから、明咲に視線を向けた。「だってこの女は、元夫と離婚する前から橋本社長と親しい仲だったんですよ。これって不倫だし、二股でしょう?」そう言われ、杏奈は顔をこわばらせた。「真奈美、いい加減なこと言ってると名誉毀損で訴えるわよ」「あら、何よ。やましいことがあるから言われたくないんでしょ?」そう言って、真奈美は腕を組むと、杏奈を心底見下したような目で見た。「竜也さんと離婚する前から、橋本社長と怪しい関係だったじゃない。本当はいつからデキてたかなんて、わかったもんじゃないわよね?」真奈美の話を聞いた明咲も、杏奈に敵意のこもった視線を向けた。「それで兄ちゃんのこと狙ってるわけ?言っとくけど、うちの家が鈴木家の人間を迎え入れるなんてありえないから。さっさと諦めて!」杏奈が反論しようとした瞬間、真奈美が軽く笑って彼女の言葉を遮った。彼女は明咲に視線を移して言った。「あなたが福田家の娘ですか?」すると明咲はふんと顎を上げて、傲慢に言った。「ええ、そうよ。今日は祖父の誕生祝いなの」それを聞いて、真奈美は言葉を続けた。「まだお若いから分からないかもしれませんが、世の中には結婚する気がないのに男性に近づく女性もいるんですよ。ただの遊び相手だったり、何か得したいだけだったりする人もいるものです」それを聞いて、明咲は眉をひそめて聞き返した。「それって、彼女が兄ちゃんとお見合いしたのは、結婚が目的じゃなくて、お金のためだってこと?」「鈴木さんはお金には困ってないでしょう。でも、あなたたちの家と鈴木家の間に昔からある確執を考えたらどうでしょうか。あなたの兄に近づいた
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第487話

そう思って真奈美は冷たく杏奈を睨みつけると、くるりと背を向けて去っていった。だが、彼女が何も言わずに立ち去ったことで、明咲の心に疑いが植え付けられた。杏奈としては、これだけで十分だった。だから、真奈美が去ってから、杏奈はようやく明咲の方に顔を向けた。明咲は、相変わらず警戒するように杏奈を見つめているのだったが、杏奈は淡々と告げた。「安心して、あなたの兄に興味なんてありませんから」そう言って、彼女は再びソファに腰を下ろすと、ジュースを一口飲んだ。明咲は杏奈が何か弁解するだろうと思っていたのに、彼女は何も言わない。それどころか、何事もなかったかのように座って食べ物を口にし始めた。それを見て明咲は、目の前の女性を改めてじっくりと観察することに決めた。だから彼女は席を立たず、自分でケーキを取ってくると、杏奈の向かい側に腰を下ろした。それに対して、杏奈は何も言わなかった。パーティーの開会前は、自由に歓談する時間となっていた。竜也も、遠くから杏奈の姿を見つけていた。先ほど人混みの中で、杏奈が健吾と一緒にいるのを見てから、竜也の胸にはモヤモヤとしたものが渦巻いていた。以前、どんなパーティーがあっても、杏奈は自分と一緒には来てくれなかった。なのに、今は健吾と一緒に参加してくるなんて。まさか杏奈の健吾への想いは、もうそれほど深いものになっているというのか?そう思うと竜也は、話しかけてきた数人を丁重に断ったあと、グラスを手に杏奈が座っている場所へと歩き出した。しかし、彼女の元へたどり着く前に、ある男に引き止められた。豪だ。豪は竜也を冷ややかに一瞥し、言った。「中川社長、またお会いしましたね」豪の顔を見て、竜也は内心面白くなかった。何しろ少し前に、豪からひどい屈辱を受けていたからだ。しかし、N市で事業を展開するからには、鈴木家を敵に回すわけにはいかない。先ほど断った社長たちは、それほど大物ではなかった。だが、豪自ら話しかけてきたのだから、無下にするわけにはいかない。だから彼は、豪の肩越しに目をやると、健吾がすでに杏奈の隣に座っているのが見えても、出遅れたことに腹が立ったが、仕方なかった。そう思って、竜也は不満を胸にグラスを掲げ、豪と乾杯しようとした。「鈴木社長、ご無沙汰しております……
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第488話

そう言って竜也は、健吾には目もくれなかった。彼の視線は、杏奈だけに向けられていて、それはまるで恋人に向けるような、優しく甘い眼差しだった。それに杏奈は、ただ単に身の毛もよだつ思いだった。そして、そう感じた彼女は竜也を無視した。一方隣にいた明咲も、竜也の杏奈を見る目つきに、ただならぬものを感じてしまったから、先ほどの真奈美の話を思い出し、思わず口を開いて言った。「この人があなたの浮気相手?」杏奈は絶句した。どうやら、さっき自分が話したことを、明咲は聞き入れていなかったようだ。「浮気相手?」竜也は明咲の言葉を繰り返したが、その視線は杏奈から逸らさなかった。逆に彼は面白そうに眉を上げ、「浮気相手」という呼び方を気にする素振りも見せなかった。一方、健吾は少し不機嫌そうな顔で何か言いかけた。しかし、杏奈が彼の手を押さえたあと、彼女は、まず明咲に向かって言った。「自分がまだ若いからと言って、何を言っても責任を取らなくていいと思ってるんでしょう?その言葉が、私への誹謗中傷になっているという自覚はありますか?」そう言われ明咲は唇を引き結んで何も言えずにいたが、その瞳は不満げに杏奈を睨みつけているのだった。だが、杏奈はもう彼女を見ようとせず、すっと立ち上がって竜也と向き合った。「あなたは元夫という立場を理解していないようね?別れたのにこんなに付きまとってくるなんて何が狙いなの?」それを聞いて竜也の表情が、わずかに曇った。彼は鋭く感じ取っていた。今の杏奈は、もう以前のように自分に怒りや嫌悪を向けてはこない。むしろ、ずっと平然としている。かつてと違って杏奈の声からは、棘のある冷たさが消えていたからだった。そこにあるのは、感情のこもらない無関心だけだった。もちろん、言葉そのものは相変わらず辛辣だったが。杏奈が完全に自分のことを吹っ切ったのだと悟った瞬間、竜也の顔はみるみるうちに青ざめていった。そして、眉をひそめて彼女を見つめた。「杏奈、邪魔するつもりはなかったんだ」「でも、あなたの行動によって私が迷惑を被っているの。その恥知らずな振る舞いを、どうか自覚してちょうだい」そう言って杏奈は、竜也に一切の容赦がない言葉を放った。一方、健吾は、杏奈が言い負かされてしまうのではと心配していた。だから、いつでも彼
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第489話

すると健吾も立ち上がり、杏奈の手を取った。「俺たちも行くか?」杏奈は少し考えてから、首を横に振った。「どうして?踊れないのか?」健吾は眉を上げた。家庭のためにダンスを諦めていなければ、プリマの座は杏奈のものだったはずだ。彼女が踊れないわけがないのだ。杏奈は自分の服を指差した。「今日のドレスはダンス向きじゃないの。それに、あなたのジャケットも借りてるし」今日のドレスはマーメイドラインだから、足が大きく開けない。それに杏奈は、ダンスの衣装にはこだわりがあった。ジャケットを脱ぐわけにはいかないし、イブニングドレスにジャケット姿で踊るのもおかしい。いろいろ考えた結果、彼女は踊るのを諦めた。それを聞いて、健吾は杏奈に視線を落とした。杏奈はきれいに結い上げた髪に、シンプルなかんざしを挿している。化粧をした顔は、透き通るように美しい。ちぐはぐな格好でただ立っているだけなのに、彼女はきらきらと輝いて見えた。そう感じた健吾はごくりと唾をのんだ。こんなに愛らしい人を、ステージの上で他の男たちの目に晒したくない。健吾は不意に杏奈の腰を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せた。そして、彼女の耳元でささやいた。「じゃあ、帰ったら俺のためだけに踊ってくれないか?あなたが踊るところ、まだ見たことないんだ」「踊る」というのは、杏奈にとって、もはや縁遠い言葉のように聞こえたが、それでも彼女の耳が、少し赤くなった。そして、顔を上げると、健吾の熱い視線とぶつかり、彼女の胸は思わず熱くなった。「準備させてくれるなら」「ああ、待ってる」健吾は、顔を真っ赤にしてそっぽを向く杏奈を見て、心がとろけてしまいそうだった。愛しい人を見ていると、その表情のひとつをとっても、心を揺さぶられるのを感じてしまうものだ。ダンスホールでは華やかな花が咲き乱れている。その一方で、ここでは健吾が杏奈を抱きしめ、賑やかな会場の中で貴重な静けさを楽しんでいた。それから、修の誕生祝いの宴は、屋外で開かれることになっていたから、ホールでのダンスタイムが終わると、招待客は皆、福田家の庭園へと移動し始めた。庭園は、とっくの昔に準備が整えられていた。たくさんの花々が飾られ、円卓の上にも美しい花が添えられていた。夜だというのに、屋外は大きな照明で明るく照
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第490話

豪は、気まずそうにお茶をすすった。彼は例えそう思ったって、そこまで図太くはなれない。健吾みたいに、杏奈と結婚もしないくせに、厚かましいこと言えっこないんだから。こんな男が婿に入るなんてことになったら、慎重に考えないとな。その様子を見て、雫は豪に呆れた視線を送った。「やっぱり杏奈ちゃんは男を見る目があるわね。橋本社長はハンサムなだけじゃなくて、あなたに一途だし。これ以上素敵な男性なんていないんじゃないかしら?」その言葉を聞いて、健吾は嬉しそうだ。一方杏奈は兄の顔色をうかがっていると、雫が、「世界で一番素敵な男性」と言ったとき、豪の顔はみるみる険しくなっていくのを目にした。すると、杏奈は軽く咳払いを一つした。妹として、兄を助けてあげなければと思ったのだ。「雫さん、じゃあ兄さんは、あなたにとっても世界一素敵でしょう?」すると、豪は言葉に詰まった。健吾は声を出して笑った。彼の色っぽい目を細めて、真っ白な歯をみせた笑顔には、いつものクールでどこか影のある表情も、まるで光が差し込んだかのように、ぱっと明るくなり、眩いばかりに輝き、目が離せなくなるほどになっていた。それは杏奈でさえ、あまり見ることがなかった感情をあらわにした笑みだった。そう感じて、彼女は思わず、見とれてしまった。すると、健吾は手を伸ばして杏奈の頬に触れ、温かい指の腹で、彼女の柔らかな頬をそっと押して言った。「俺が笑った顔、見とれちゃった?」杏奈は、とても素直にうなずいた。健吾は杏奈といる時、いつも心からリラックスしているようだった。でも、彼の笑顔はいつもどこか悪戯っぽかったから、今みたいに、純粋に笑っている時の健吾はもっと魅力的に見えると、杏奈は思った。自分の顔に見惚れている杏奈の様子を見て、健吾はとても満足げだった。豪は、妹のそんな面食いな様子が、だんだん気に食わなくなってきた。自分の妹は、もっと落ち着いていて、控えめな性格だと思っていたのに。どうして健吾の前では、いつもこうも簡単に彼のペースに乗せられてしまうのだろうか。そう思っていると、健吾は体を少し傾け、片肘をテーブルについて頬杖をついた。さっきまでの大笑いは収まっていたが、ニコニコしながら杏奈を見つめているのだった。「あなたが気に入ったなら、好きなだけ見ていいよ」
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