Σ7が異常を認識したのは、 それが“こちらを見返した”直後であった。 その瞬間、地上では、まだ誰も、 この異変の名を知らなかった。 逃走ログは、そこで途切れている。 因果の流れは断絶し、演算はすべて無効化された。 そして、Σ7は理解した。 これは「異常」ではない。 ──HK-015/Σ7統合管理室。 膨大な演算処理音だけが、規則正しく響く空間。 ここは絶対的な静寂と秩序に支配されているはずであった。 だが、今は違う。 静寂を切り裂くようなノイズが、張り詰めた空気を震わせている。 会議室の中央ホログラムは、あり得ないノイズを吐き続けていた。 光の粒子が激しく明滅し、規則性のないパターンを描いている。 それは、未知の存在を必死に捉えようとしているかのようであった。「……再確認する」 Σ7-01が、重く、しかし確固たる声音で告げた。 彼の声は、部屋全体に張り巡らされた神経回路を通じて、他のメンバーの意識に直接響く。「この座標に存在する黒色天体、物理量ゼロ、質量不定、因果干渉率∞、その存在を、我々は観測できているのか?」 誰も即答できなかった。 数百万のシミュレーションを瞬時に実行し、ありとあらゆる可能性を検討しているはずの彼らでさえ、この異常事態に言葉を失っていた。 通常、観測できるという事実そのものが、対象を管理下に置いた証拠だ。 データは解析され、予測され、制御される。 Σ7にとって、世界は認識可能な情報の集合体であり、すべては彼らの掌中にあった。 だが、表示されている黒球は違う。 それは、彼らの理解を拒絶する、異質な存在であった。 画面には、存在を示す数値だけが並び、映像は成立していない。 ノイズの海に浮かぶ、不安定な数値の羅列。 それは、世界の法則を嘲笑うかのように、そこに在り続けていた。 Σ7-03(技術)「……観測できていません。正確には、“観測されたというログだけが存在”しています」 Σ7-02(リスク)「意味が分からない」 Σ7-06(情報解析)「ログは存在する。しかし、その瞬間の観測データが丸ごと欠落している。まるで…」 言葉を探すように一拍置き、続けた。 彼の声は、わずかに震えているようにも聞こえた。「対象が、観測という行為そのものを後から消去したかのようだ。我々の観測装置
Last Updated : 2026-01-20 Read more