LOGIN「そもそも、スフィア伯爵はなぜ成人女性をわざわざ養女に迎える?」
「王子妃の座を狙うにしても、第一王子と第二王子には既に婚約者がいる。末っ子の第四王子はまだ十にもならない」
元聖女派の貴族たちの言葉。元仲間の裏切りに、聖女派の貴族が反論する。
「彼女は亡くなった聖女レティーシャにそっくりだそうですよ」「亡き娘の面影がある女性を養女に迎えたい伯爵の気持ちをご理解なさってはいかがです?」
(亡くなった聖女レティーシャ、ね)アレックスはこぶしを強く握り、レティーシャは生きていると叫びたい気持ちを抑える。「聖女レティーシャの面影を求めるならラシャータ様がいるではないか」「左様。幼い頃ではありましたが、あの二人はそっくりだった」
「似ていると言っても所詮は他人」
「議長、この議題については慎重に話し合う必要がありますぞ」
「グロッタ侯爵?」
議長は苛立っていた。アレックスだけでも厄介なのに、そんな気持ちが顔に現れていた。
「スフィア伯爵は、その女性と懇ろな関係なのではないか?」(攻めるな、グロッタ侯爵)グロッタ侯爵はアレックスの亡き父親の親友。二人はとても仲良く、彼の娘のフローラとケヴィンの婚約は彼らの酒の席で決まったほどだ。
「む、娘ですぞ?」「いや、法律上はさておき血のつながりはない他人だ。懇ろな関係でもおかしくない」
「そ、それなら愛人にでも迎えるはず。娘として迎えたいから……」「愛人では財産が渡らんだろう。伯爵が死んだら彼の財産は家族、つまり現段階では夫人と娘のみにしかいかない」
「財産なんて……」「いや、伯爵と伯爵夫人の姿を見れば分かりますぞ。あの家はかな
「……デート、ですか?」ロイの言葉にレティーシャが首を傾げ、レダを見る。「デートですね」「レダ卿がそういうなら『デート』なのですね」(デートなんて本で読んだだけで……街を歩くのも初めてなのに、それがデートなんてすごいですわ)「わー、目をキラキラさせて滅茶苦茶可愛いですねー。期待値がばんばん上がっていますよ、主」「どこか彼女が喜びそうな店を知っているか?」「主って普通の店の情報に疎いですものね」(普通ではないお店って?)「レアルト通りなら『緑のカフェ』がいいと思いますよ。奥様は草花がお好きですし」「私は草花が好きなんですか?」レティーシャの言葉にロイが首を傾げる。「好きではないのですか? 庭師たちが奥様はいつも楽しそうに庭を散策していると言っていましたが」「そんなことを見られていたなんて、恥ずかしいです」「公爵家の三兄妹はどなたも花より団子の方々ですし、奥様が庭の花を楽しんでくださる方なので庭師たちもうれしいと思いますよ」(なんだかラシャータじゃなくて『私』が認められた気がしますわ)「うっわあ、照れた顔もまた……これはおちるわ。おちるわけだわ」「うるさい、黙れ」「だって、滅茶苦茶……うん、おちるわ」(どこから落ちるのでしょう? あ、落ちると言えば馬車のことを言わなくては)「アレックス様、レアルト通りまで歩いていってよろしいですか?」「歩かずとも馬車を使えば…………あ、ああ、そうか。そうだったな。街歩きだもんな、最初から歩いたほうが楽しいよな」「そうですよ、レアルト通りは入口からいろいろな店がありますし」「馬車止めが少ないのでかえって歩きのほうがいいですよ」レティーシャたちと一緒に行くのはロイとレダだけで、他の騎士は一足
訓練場を出たあとは騎士団長に与えらえる部屋に案内され、ロイのいれてくれた美味しい紅茶で一息つく。「今日はお仕事は終わりですの?」「ああ、残っているのは明日以降に片付ければ大丈夫だ。一緒に帰ろう」「では、一緒に街を散歩いたしませんか?」レティーシャの言葉にアレックスはきょとんとする。意外なことを言われた。そんな目にレティーシャは恥ずかしくなった。「も、申しわけありません。アレックス様と街を歩けたら楽しいだろうと思ってしまって」「……ぐっ」何かが詰まる音がしたと思ったら、アレックスが激しく咳き込んだ。「た、体調が悪いのでしたら直ぐにお屋敷にっ! レダ卿……」「大丈夫です。深呼吸しで、水の一杯でも飲めば治まります」その言葉通り、深呼吸してロイが渡した水を飲み干して、アレックスは「大丈夫」とレティーシャを安心させた。「町を歩くのは全く構わない」「本当ですか?」アレックスが了承してくれたことに、レティーシャの気持ちがぽんっと弾む。「だが、その姿では少々目立つな。変化の魔法は使えるか?」(使える……といったら、この目の色のことがバレてしまうのではないかしら)「主は変化の魔法がお得意なのですから、ちゃちゃっとやればいいではありませんか。もしあれなら私が施しても……」「俺がやる」そういうとアレックスはレティーシャの髪に触れた。瞬く間に銀色の髪が、ティーカップの中のミルクティのような色になる。「……変化の魔法は、ロイ様もお使いになれますの?」「ええ。魔力もあまり使わないし失敗してもある程度時間がたてば戻るので、子どもの魔法の手習いに持ってこいなんですよ」(なるほど……よく知らなかったから警戒してしまったけれど珍しい魔法ではないのね)レティーシャは安心したのとアレックスが施した変化の出来映
「まあ、ここが騎士様たちが訓練する場所ですか」落ちた株をあげるべく、アレックスはレティーシャを騎士団の訓練場に案内した。レティーシャは小説から学んだことを言っただけで何も気にしないが、なんかいけないことをしたアレックスとロイのもやもや気分はなかなか晴れない。訓練場では騎士たちが鍛錬をしていた。彼らはアレックスを見ていつも通り顔を固くしたあと、『あれ?』という顔をして隣に立っているレティーシャをガン見する。(ソフィアはラシャータに見えるように化粧を施したようだが……雰囲気がなあ)「あの方が猫千匹被ってもこの善良かつ清楚な感じにはなりませんよね」「猫百万匹でも全然足りませんよ」ロイとレダのヒソヒソ話に同意したいところだが、残念ながらこの二人の話は解決策にはならない。(距離をとらせるしかないだろう)「レダ、彼女と一緒に観覧席の一番上に。防御幕を張ることを忘れるなよ」「一番上だと閣下の姿がマッチ棒ですよ?」「……中段くらいで」レティーシャがレダと共に離れていくと、アレックスは騎士たちのほうに向かう。「団長、あの美人は愛人ですか?」「城に愛人なんて連れてくるわけないだろう、妻だ」「え、それならあれが悪女ラ……」「わっ、この馬鹿!」若い新人騎士の口を周囲の騎士たちが必死にふさいだが、残念ながらアレックスの耳に入った。「す、すみません」「いや、気にしていない」その『悪女』はラシャータに対する評価だからレティーシャには関係ない。だからアレックスは気にしなかったのだが、周りは誤解した。特にアレックスがラシャータを嫌っていること知っていた騎士たちは、ラシャータが我侭を言ってここまで来たのだと誤解した。「団長。今夜あたり花街にくり出そうと話ていたのですが、一緒にどうですか?」「団長に会いたいって声をそこかしこで聞きましたよ」妻帯者を妻の前で花街に誘う先輩
家からの使いはグレイブからで「いまから奥様がお城にいきます」というものだった。戻ってきたロイからそれを聞き、急ぎの仕事を片付けてアレックスは城の受付に向かう。そこにはすでにレダがいた。「ウィンスロープ邸、城のご近所ですもんね」「彼女は? まさか一人にしたのか?」「奥様は近衛騎士団長と一緒にいらっしゃいます」「ロドリゴのおっさんと?」(嫌な予感がする)「いまごろ奥様にあること無いことを言っているのでしょうね。閣下に女遊びを教えたのは団長なので」「それが分かっていてなぜ一緒にいさせた?」アレックスが急いで庭にいくと、バラ園からレティーシャが出てくるところだった。(あそこは限られた者しかいけない陛下の花園……なぜレティーシャを?)「公爵様! 申しわけありません、お待たせしてしまいましたか?」「いま来たところだ。庭はどうだった?」「ロドリゴ様はいろいろな花のお名前をご存知で、とても楽しかったですわ」「ロドリゴ様?」「はい、さきほど名前呼びを許していただきました」レティーシャは嬉しそうにアレックスに報告した。しかしアレックスは「公爵様」。「あー、そう」「公爵様?」「夫人、アレックス坊やも名前で呼んでほしいんですよ」「なっ……」「妻が夫を名前で呼ぶのは信頼の証ですからね」ロドリゴがにっこりと笑うと、レティーシャは素直に頷いた。妙に親し気であるが、悔しさとかはあっても嫌だとは感じていない。(レティーシャが嬉しそうだから?)知らぬ者がみれば父娘のよう。スフィア伯爵とロドリゴは同年代。あのロクデナシの代わりにロドリゴの中に父性を見ているのだろうとアレックスは思った。「公爵様、アレックス様とお呼びしてもよろしいですか?」(ありがとう、ロドリゴ小父さん)心に余裕ができると感謝の気持ちも素直に湧き出る。目が合うとロドリ
アレックスに会いにいくと決めて支度をしたものの、レティーシャは大事なことを忘れていた。馬車が怖い。「王城は目と鼻の先。天気もいいですし歩いていきましょう」 「そうしましょう」だからレダに歩いていくと言われたときはホッとしたし、初めての街歩きにいくのだとワクワクもしていた。「奥様、ここはもう城です」 「え?」公爵邸に庭を歩いて正門を抜け、目の前の大きな道を渡っただけ。「街は……市場とかどこかしら?」 「市場は、あっちのほうですね。あの門よりこっちは城の敷地になります」あの門というのはいま潜った門。道を渡る前、この大きな門をみて「立派な門だわ」と思っていたから確かだ。「どうしましたか?」 「お店を見て回れるかと思っていたので、少し残念だっただけですわ」なんだ、とレダが笑う。「帰りは遠回りして帰りましょう」レダの提案にレティーシャの気持ちが一気に浮き立つ。「そうだ。閣下を誘ってみてください。騎士の仕事には城下の巡回もありますし、場所と時間に制限があるかもしれませんが一緒にいけるかもしれませんよ」「まあ、どんなお顔をなさるかしら」 「楽しみですね」そんなことを話していると大きな建物についた。レダ以外の騎士はここで待機だという。「早馬で先ぶれを出したので、誰かが待っているはずなのですが……」 「レダ」誰かがレダの名前を呼び、レティーシャがそちらを見ると「まあ」と思わず声が出た。「近衛騎士団の団長殿です」 「とても素敵な方ですね」そこにいたのはアレックスとは違った魅力のある壮年の男だった。普通の騎士服の何倍も煌びやかな近衛騎士の制服も似合い、「花のある」とい言葉がとても似合っていた。「こんな爺に嬉しい言葉をありがとうございます。ロドリゴ・ドノバースと申します」 「物語に出てきそうな素敵な騎士様で、吃驚して思わず無作法をいたしました。申しわけありませんでした、ドノバース卿」「え、あ……どうも」
「そもそも、スフィア伯爵はなぜ成人女性をわざわざ養女に迎える?」「王子妃の座を狙うにしても、第一王子と第二王子には既に婚約者がいる。末っ子の第四王子はまだ十にもならない」元聖女派の貴族たちの言葉。元仲間の裏切りに、聖女派の貴族が反論する。「彼女は亡くなった聖女レティーシャにそっくりだそうですよ」「亡き娘の面影がある女性を養女に迎えたい伯爵の気持ちをご理解なさってはいかがです?」(亡くなった聖女レティーシャ、ね)アレックスはこぶしを強く握り、レティーシャは生きていると叫びたい気持ちを抑える。「聖女レティーシャの面影を求めるならラシャータ様がいるではないか」「左様。幼い頃ではありましたが、あの二人はそっくりだった」「似ていると言っても所詮は他人」「議長、この議題については慎重に話し合う必要がありますぞ」「グロッタ侯爵?」議長は苛立っていた。アレックスだけでも厄介なのに、そんな気持ちが顔に現れていた。「スフィア伯爵は、その女性と懇ろな関係なのではないか?」(攻めるな、グロッタ侯爵)グロッタ侯爵はアレックスの亡き父親の親友。二人はとても仲良く、彼の娘のフローラとケヴィンの婚約は彼らの酒の席で決まったほどだ。「む、娘ですぞ?」「いや、法律上はさておき血のつながりはない他人だ。懇ろな関係でもおかしくない」「そ、それなら愛人にでも迎えるはず。娘として迎えたいから……」「愛人では財産が渡らんだろう。伯爵が死んだら彼の財産は家族、つまり現段階では夫人と娘のみにしかいかない」「財産なんて……」「いや、伯爵と伯爵夫人の姿を見れば分かりますぞ。あの家はかな







