All Chapters of 罪の鎖に繋がれた没落令嬢は猟奇領主の執愛に溺れる~ローレライの夜想曲~: Chapter 11 - Chapter 20

48 Chapters

第10話 嗜虐的な瞳の禁断提案

 領主ミヒャエル・ツヴァルクの年端は二十程。容姿は極めて端麗らしいが、その性格は非常に掴み所もなく傲慢だそうだ。  彼がツヴァルクの領主になったのは、ほんの数年前──彼の父である前領主が逝去してからだった。  ……たった数年でクビになった使用人の数は数知れず。  稼ぎの良い商人たちに重税を課せるようになったそうで、高所得者ほど生活がやや厳しくなったらしい。  ましてや税金に取り立てに来る彼の側近がこれまた恐ろしいらしい。 やり口がゴロツキや盗賊だのと変わらないとまで称されている。  しかし、どうにもこれが領地の整備や商業の繁栄など辺鄙な田舎町の開花に大きく繋がっており、文句を言うに言えないのだそう。 ましてや木こりや船乗りなど天候などに左右される職種や葡萄畑で働く労働者はじめ、イルゼたちのような畜産業を行う低所得者にのしかかる税金は軽くなった。  そんな彼は、滅多に表に出ることが無いそうだが、それでも領主としては立派な働きをしているそう。 しかし、人間としては違うそう。どう足掻いたって〝変人〟らしく、良い印象なんてまず無い。  なぜなら、若い娼婦を束ねて買うなど、淫蕩の限りを尽くしている等、女に纏わる噂が尽きないのだ。 猟奇に関しては、買った女の経血を飲むのが好むだとか、行為の中で女性にひどいことをする……という話をリンダがイルゼをいびる中で言っていたのを聞いた。 〝あんたなんて、猟奇領主に犯されてバラバラにされればいい〟なんて……。  そんな彼は、金髪の娘に尋常でない執着を持っているそうで、金髪の娘を城に連れて行っただの、金髪の娼婦を束にして買っただのと、ヨハンから聞いたことがあった。  だから、綺麗な金髪──と、先程言ったのだろうか。  イルゼが彼の言動を反芻していれば、ミヒャエルはテーブルに置かれたメモ書きをつまみ上げて目を通す。
last updateLast Updated : 2025-11-23
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第11話 療養決定の強引な抱擁

 しかし、これではっきりした。話にならない。そちらこそ療養所に送った方が良いほどに気が触れているだろう。間違いなくこの男は危険だ──底知れぬ畏怖を覚えて、イルゼは肩を震わせる。 「結構です。療養は必要ありません。私、牢獄に一ヶ月で構いません」  イルゼがきっぱり告げたと同時だった。彼は、胸元から紙幣の束を取り出して、テーブルに叩き付けてイルゼの腕を強引に掴む。 「はーい釈放金でーす。牢獄で良いとか……馬鹿みたいなこと言ってる君はうちで療養決定しまーす!」  愉しそうにそう言って、彼はひょいとイルゼを抱え上げた。  ──その後、イルゼは詰め所の裏に留めてあった馬車に、肩を掴まれて強引に押し込まれた。 木の扉に手をかけ、爪を立てて開けようとする。だが、外からミヒャエルが背を預け、錆びた蝶番が軋むだけで、扉はピクリとも動かない。 「領主様、どうか待ってください! イルゼは地下牢獄で一ヶ月の監禁を望みました! それなのにどうして!」  馬車の外でヨハンが大声で捲し立てている。対する、ミヒャエルは涼しい顔で「何が」と、言わんばかりに耳をほじっていた。 否、心底面倒臭そうで……。 「えーだって、あんた地下牢がどんな場所か分かって言ってんの? 胸くそ悪い姉貴に腹が立ったから仕返ししただけの女の子をあんな劣悪な環境に一ヶ月閉じ込めるとか悪魔の所行とだと思うんだけど?」「そうは言いましても! イルゼが自分で決めたものの、貴方は!」「俺は一応は領主だし、設備くらい知って言ってるんだよ? 光も届かない埃臭い場所でさぁ、鼠がウロチョロ歩き回ってて……ベッドに臭せぇカビが生えてるんだよ? 当たり前だけどトイレの設備なんて無い。蓋もないバケツで用を足すけど、そんな檻の中で妹が一ヶ月バケツの中に糞尿を垂れ流すとか想像してみなよ」  ミヒャエルの言葉に、ヨハンは眉を寄せ苦い顔をした。 片やミヒャエルは、面倒臭そうな顔をし
last updateLast Updated : 2025-11-24
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第12話 頬に落とした突然のキス

 なんとも掴み所がないあの調子だ。 ミヒャエルは饒舌と思いきや、存外彼は無口だった。馬車が走り出して、幾分経過しても何も口を割らず、彼は車窓に肘をかけて外の景色をぼんやりと眺めていた。  時刻はもう昼下がりだろう。街の中心地にあるひばり横町付近の大通りは活気に満ちており、商売を勤しむ人々が盛んに声を張り上げていた。 町並みは白い土壁に木工張りを施した、ヴァレンウルムらしき伝統住宅。それぞれの軒下には赤々としたゼラニウムの花が綻んでおり、白い壁によく映えていた。頭上は雲一つない穏やかな晴天だ。しかし、当たり前のようにイルゼの心は晴れやしない。 「……あの」  イルゼが沈黙を破ったのは、馬車が大通りを抜けて、父なる流れ──ハンデル川にかかる橋を渡り始めた時だった。 「ん。どしたのぉ?」  隣に座った彼は、欠伸混じりに言ってイルゼの方を向く。 「ミヒャエル様、なんと言ったら良いか分からないですけど、あの……地下牢獄のこと、私……知らなくて。助けて……くれたんですよね?」  おどおどとイルゼが切り出すものの、彼は拍子抜けた顔をする。 「え……あんなんハッタリに決まってるじゃん。まぁ、トイレがバケツや面会禁止は本当だけどもさ。え、あんなの信じちゃったの? 君、すげぇ純粋だね」  それでも、重要部分だ。そんな場所には居たくない。 イルゼはブンブンと首を横に振るうと、彼は優しく垂れた空色の瞳を眩しそうに細めた。 まじまじ見て気づいたが、意外にも睫が長い。鼻梁もスッと通っており、本当に端正な顔立ちだと再確認する。しかし、こうもまじまじと見入ってしまうのも失礼だろう。イルゼは彼からすぐに目を逸らす。 「それに、家業のこと……支援だなんだという話も……」「あー? そんなん別に大
last updateLast Updated : 2025-11-24
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第13話 葡萄畑を抜けた先の城

 そうして幾許か──対岸を進み暫くすると、緩やかな傾斜が始まった。 周囲は一面の葡萄畑。丘陵は縦縞模様を描くように葡萄棚が連なり、葉の緑が風に揺れて波打つ。 爽やかな晴天の下、青々とした畑と雲一つない空が鮮やかに映えていた。先程の対岸の丘陵も同様に葡萄畑で埋め尽くされ、圧巻の光景を誇っている。  ツヴァルクはヴァレンウルムで最も葡萄作りが盛んな地だという。 春夏の穏やかな気候が栽培に適しているのだろう。これらの葡萄はすべて最高品質の葡萄酒となり、王宮御用達である。他国との貿易にも用いられ、異国の金持ちたちはここぞとばかりにツヴァルクのワインを買い求める。  まして、この地は父なるハンデル川の流域。 川は遙か王都を越え、西の海まで続いている。船で運べば数日で王都に届く。車窓から眼下に流れるハンデル川を眺めれば、まさに葡萄酒を積んだ小舟がゆっくりと下っていく作業風景が見えた。  ハンデル川の流れは極めて穏やかだ。水面は鏡のように空を映し、時折小さな漣が立つ。しかし、突如として急流となる難所がある。 その箇所こそ、イルゼが住まうボロ屋敷の近辺──〝ローレライ〟と呼ばれる切り立った岩山付近だ。過去に転覆事故が幾度も起き、夜になると船乗りの幽霊が現れるという。 幽霊たちは仲間欲しさに、激流の中に船を引きずり込むそうだ。  だが、ローレライ近辺に住まうイルゼは、そんな噂を戯言と思っていた。 船乗りの幽霊以前に、殺人事件も起きた曰く付きの場所に問わず、幽霊など一度も見たことがないのだから。  のんびりと流れるハンデル川を眺めつつ、ぼんやりとそんなことを考えているうちに、傾斜が終わり、車内の傾きが平行に戻った。 窓の外を見れば、すぐそこに伯爵の城が高々と聳えていた。 城壁は白い岩とローズブラウン。円柱状の深い緑の三角屋根が一際目立ち、随分と近代的な造りだ。  このハンデル川流域には無数の城や屋敷が並ぶ。川を下れば隣の領地に町中を見張り塔が立つ場所もあり、王都までに五十以上の城が点在する
last updateLast Updated : 2025-11-25
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第14話 あまりにも静かな城内

イルゼはミヒャエルの手を借りて馬車から降りた。そうして手を繋がれたまま城の中に入るが……使用人は誰一人、主人の帰りを待っていなかった。 帰りを待っていたのは、エントランスホールに置かれた古ぼけた柱時計と葡萄畑の丘陵を描いた絵画だけ。 正面には白に灰色が混ざった大理石の階段がある。人の足音ひとつしない。城内は死んだような静謐に包まれており、どこか不気味に感じる。 だが、かえって誰も居ないことに妙に安堵してしまい胸を撫で下ろしたと同時──隣に立つ彼がきゅっと力を入れて手を握り直すものだから、再び緊張が走った。 「じゃ。早速だけど君に宛てる部屋でも連れて行くからねぇー」 それだけ告げて彼はゆったりとした歩調で歩み始めた。 正面の大理石の階段を上ってすぐ。廊下に突き当たるが端に階段があった。螺旋状に延びたその階段は先程のものとは違い城壁同様の白い石造りだ。 それも薄暗く先がまったく見えない。壁に一定の間隔を開けて、照明があるものの、その灯りは頼りなく足元しか照らしていない。 上ること暫くしてイルゼの息は上がり始めた。なかなかに急な階段だ。これを昔の貴婦人は窮屈なドレスで上り下りしていたというのだから驚いてしまう。否、貴婦人以上に昇降を繰り返す使用人なんて、きっと堪ったものでないだろう。 窓もないので、淀んだ空気が足元に停滞しており、背中に汗をかき始めたことを自覚する。 (どこまで続くのこれ……) イルゼは、自分の手を引く彼の背中を見つめて小さなため息をつくと、彼はピタリと立ち止まって、イルゼの手を離した。 「はは。疲れてるでしょー? うちの階段キツイでしょー。実際、これで辞めた使用人いっぱいいるんだよね~ほんと欠陥建築かよって思うわ。っていうか、俺の手汗ぬるぬるしてたらごめん」
last updateLast Updated : 2025-11-26
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第15話 保釈金の代償と絢爛な檻

 そうして幾許か。辿り着いた先は城の最上階だった。 ──イルゼに与えられた部屋は、客間と言って良いか分からぬほどに随分と豪華絢爛な部屋だった。  室内は丸い間取りで、唐草模様や神話の女神の漆喰装飾が施された美しい白い柱が四隅にあった。しかし、更に上を見て圧倒した。まるで本の中で見る教会の天井画の如く──川の上にかかる虹の橋の上で歌う女神や天使の舞うフレスコ画が描かれていたのだ。  それに、部屋の真ん中に鎮座する巨大なベッドにはさすがのイルゼでも二度見した。 清廉な白を基調にしたベッドは天蓋付き。その大きさは、イルゼが四人そこで寝たって余裕がありそうなほどに広いのだ。自室の埃臭いベッドなんか比べものにならないほどである。 そして次に目を惹くのは、美しい金の装飾が施されたソファにローテーブル。ドレッサーまで置かれており、至れり尽くせり。本当にこんな部屋で過ごして良いものかと思えてくる。  彼の言う地下牢獄なんて比べものにならないほどにマシ……否、好待遇も良いところだと思う。けれど、かえってこんな場所は落ち着かない。 『んなわけねぇじゃん。なめてんの。君らに要求する程、俺は金に困ってねぇし』  彼はそう言ったが、こんな良い部屋を与えられるなど、後に重い税金の徴収を命じられそうな気がしてならない。不安に思い、イルゼは身震いした。 (義兄さん……ど、どうしよう)  油に火をくべたように心の内で焦燥が燻った。 だが、ミヒャエルが保釈金を出したのだ。今更ながらに思い出せば彼が叩きだしたのは分厚い札束だった。恐らく、養鶏業で稼ぐ十年分以上の金額があったに違いない。そうともなれば、彼の言う通りに従う他ないと思えてしまう。 どんな要求をされるか恐ろしくて堪らないが、これでは自分の身をまるごと買われたと同じような気がしてしまう。 「やっぱり後で聞いてみよう……さすがにこんな待遇はおかしい……」
last updateLast Updated : 2025-11-27
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第16話 背中の傷痕と白銀の瞳

 少し離れた先。背を向けてそこにいたのは、先程別れたばかりのミヒャエルだった。 彼はクローゼットの前でジレを脱ぎ、肩から滑らせて床に落とす。着換えの途中なのだろう。部屋は彼の私室に違いない。  だが、これはどういうことだ……。 イルゼの思考は凍りつき、足が竦んだ。  物語の書物で読んだ知識しかないが、王族や貴族の上流階級では夫婦が部屋を分けるという。しかし、はっきり分けているわけではなく、厚い天鵞絨のベールや扉で仕切られ、隣室へ行き来できる仕組みだそうだ。  そう、夜の逢瀬がしやすいように。或いは、夫婦の気まぐれな呼び出しに応じるため。その他にも理由は様々あるが、別室でありながらほぼ同室で過ごしている。 やけに絢爛豪華な部屋だと思ったが、そういうことか……と妙に納得する一方、疑念しか湧かない。  なぜ自分をこんな部屋に案内するのか。 まさか、あの金で自分を買ったというのか。  胸の奥がざわめく。何から訊けばいいか分からず、真っ向から問うのが怖い。喉が乾き、息が浅くなる。イルゼは息をひそめ、彼の背中を呆然と見つめ続けた。  ミヒャエルはイルゼの存在に気づいていない様子だった。クローゼットの扉を静かに開け、シャツのボタンを一つずつ外し始める。白い布地が肩から滑り落ち、肌が晒された瞬間──イルゼは息を飲んで一歩後退った。  ……彼の背は酷く傷だらけだった。 剣を振るい戦場を駆けた勲章とは違う。まるで奴隷のように虐待された痕。鞭で打たれた古傷が縦横に走り、皮膚は引き攣り、色素が抜けて白く残る。 肩から肩甲骨にかけては、羽根のように広がる火傷の瘢痕。赤黒く盛り上がり、縁が波打ち、何をどうすればこうなるのか想像もつかない痛ましさだ。 触れればまだ熱を帯びているかのような、とてつもなく生々しい傷痕だった。 『療養所とか、あんな場所マジで気が触れてるのしかいねぇし、ろくでもねぇ。そっちのが頭がおかしく
last updateLast Updated : 2025-11-28
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第17話 夜伽の不安と陽光少女

 そののち、昼を過ぎてもミヒャエルが部屋に来ることが無かった。  勝手に部屋に入ってしまったことや着換えを見てしまった無礼を改めて謝らなくては……。そう、考えるものの、具体的にどう謝れば良いか浮かばない。    そもそも、好きにしていて良いと言われたのだ。自分に落ち度は無かっただろう。  それにまさか、部屋が隣り合う夫婦の部屋に通されたなど思いもしなかったのだ。    ──たまたま見てしまった、不慮の事故だ。    伝えたいことはたくさんあるが、上手く纏まらず言葉にできない。  しかし、なぜにこんな部屋に通したのかは不明だった。相手はどう見たって変人だ。その思考回路なんて予測できやしない。  療養と言って、夜伽を強要されるのではないかと連想するが、噂の彼は娼婦を束になって買うのだ。淫蕩に更けているとのならば、こんな色気もない痩せっぽちな庶民の娘など相手にするはずが無いだろうと思う。    ……とはいえ、やはり分からない。    それは淫らな方面ではないかもしれない。猟奇領主というくらいなのだから、これから自分はもしかしたら……もっとひどいことをされる可能性だって無きにしもあらず。   (怖い。私、どうすればいいの……)    膝を抱えて蹲る。イルゼはほぅと息をついたと同時だった。コンコンと軽快な叩扉が二つ響いたのだ。    もしかして、当の本人……ミヒャエルが来たのだろうか……。  イルゼは身構えて姿勢を正すが、間もなく姿を現したのは女の使用人だった。    レースをふんだんにあしらった紺色のお仕着せを纏い、線が細く背はすらりと高い。  ぱっと見た目の年端は、自分とそう変わらない風貌だろうか。と、イルゼは思った。  彼女が引き摺ってきたワゴンの上には、大きなラビオリや黒いパン。ババリアンクリームに葡萄酒らしきボトルが乗せられている。   「伝達が遅かったので、準備が遅れてしまい申し訳ないです。お腹、減ってますよね?」    朗らかに訊かれ、イルゼは頷いた。  確かに朝から何も食べていないので腹は減っているが……。しかし、部屋にこうして食事を運んできたので、会食は中止になったのだと思しい。妙に安堵してしまい、イルゼは思わずほっと胸を撫で下ろした。  
last updateLast Updated : 2025-11-29
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第18話 罪人の好待遇と不安

 けれど、彼女の存在のお陰で嘘のように恐怖は和らいだ。  何もかも自分の杞憂ではないかと思えてくる。  しかし、本当に何をどうすればこんな待遇になるのだろう。イルゼは戸惑いつつも、彼女を見る。   「でも……こんな、おかしい」    自分は包丁を振り回して暴れたのだ。一瞬とはいえ義姉に対して、明らかな殺意はあった。そして誤って義兄を傷つけた罪人に違わない。  それを震えた声で告げると、彼女は隣に屈んで、宥めるようにイルゼの背を撫で始めた。   「旦那様からお話はすべて伺っています。イルゼ様のしたことは悪いことに違いないですが……一概にそうだと言い切れない部分もあったかと思います。旦那様のご厚意に甘えて、ここでゆっくり療養なさってください」    さぁ、冷める前に召し上がってくださいね。なんて優しく促して、彼女は優雅な所作で立ち上がる。   「……あの、使用人さん。あとひとつ、いいですか」    どうして伯爵はこんな部屋に案内したのか。と、イルゼがおどおどと訊くと彼女は少し困ったのか、眉を寄せた。   「それは、私にも分かりません。こういってはなんですけど、旦那様はだいぶ変わってらっしゃる方なので……ですが、きっとイルゼ様をご心配されて、すぐにでも様子を窺えるようにしたのではないでしょうか?」    ──すみませんね、まだお仕事が残っていますので、また後に伺います。    そう告げるなり彼女は綺麗な一礼をして部屋を出て行った。  残されたイルゼは一人、ズラリと並んだ食事に生唾を飲み込んだ。  ……どれも美味しそうだ。卑しいなんて思われてしまいそうだが、出されたものは、しっかり食べるべきだろうか。    そうして、イルゼは一人祈りを捧げて静かに食事を始めた。  しかし、あまりに空腹だとかえって食が進まない。それも、出されたラビオリが自分の拳が二つ分ほどの特大サイズだったので、三分の一も食べると、満腹になってしまった。  
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第19話 同じ歳、どこか悪戯気な耳打ち

 しかし、書かれていたキャビネットとは……。  空間を見渡せば、ドレッサーの隣にそれらしき調度品が設置されている。歩み寄り、引き出しを開くと書かれた通りに便箋とペンが入っていた。それを取り出して、イルゼは再び席につく。    一応、謝っておくべきだろうか……。  しかしこの場合、伝えたいことはそれだけではない。イルゼは紙に向き合い、素直な謝罪と感謝を綴った。    そうして幾許か。先程の使用人が食器を下げに再び部屋にやって来た。厨房はやはり下の階だろうか。玉のような汗を額にかいていたのであの階段を上り下りしてきたのだろうと窺える。   「ではイルゼ様。御髪を整えて宜しいですか?」    ワゴンに食器を置いた後、彼女はエプロンから散髪用のケープやはさみを取り出して、座るイルゼの顔を覗き見る。イルゼは黙って頷いた。    ……しかし〝様〟付けは居心地が悪い。    貴族に使える使用人は決まって、裕福な家の出の者や下流貴族の出の者が多い。主に嫡男嫡女でない者が遣えることが多いと聞く。事実、自分だって親戚が貴族だが、父親の一件あって絶縁状態だ。そもそも庶民。こうして城に仕えている者と比べれば、雲泥の身分差があるというのに。   「あの……〝様〟とか付けないでください。貴女より私、きっと身分が低いです」    思ったままの言葉を怖々と言えば、散髪用のケープを準備していた彼女はピタリと手を止めた。   「イルゼ様は旦那様が連れてきたお客様ですしね。しっかりとした言葉を使わないといけないかと思いますし……」    ──だって、旦那様の部屋……隣だから聞こえちゃうとマズイじゃない。多分、今も部屋に居るのよ。と、彼女はイルゼの耳元に吹き込んだ。  その口調は、おてんばそうな顔立ちに見合って悪戯気だ。思わずイルゼが後方に目をやると、彼女は愛らしい笑みを浮かべている。ああ、やっぱりだ。取り繕っていたのか。それに妙に安堵してしまい、イルゼはほぅと息を吐き出した。   「え、じゃあ。イルゼちゃんでいい? ね。二人の時は普通の言葉で話しても良いかな? 私、メラニーっていうの。よろしくね」    メラニーと名乗った彼女はイルゼの散切り頭を撫でて、クスクスと笑む。しかし今度は〝ちゃん〟付
last updateLast Updated : 2025-12-02
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