Tous les chapitres de : Chapitre 91 - Chapitre 100

100

14_2.ちゃんと聞くから

「あのね……」と、口を開いてみたものの、どうしても言い淀んでしまう。 でも、江藤くんは、黙りこくる私を急かすわけでもなく、ただ黙って待っててくれていた。だから私も、勇気を振り絞って再び口を開く。 ただ、真っ直ぐに目を見ることはできず、躊躇いがちに目を伏せながらボソリと呟く。「……絶対引いちゃうよ」 「引かないよ。今まで、どれだけ辻野さんの愚痴を聞いてあげたと思ってるの?」 「私、そんなに愚痴ってた?」 「まあ、愚痴っていうか、いろいろ話してくれたよね」江藤くんは、今までのことを思い出すように、クスクス笑った。 そんな風に笑われると、そうだったのかなって、私もあれやこれや思い出して、ちょっぴり恥ずかしくなる。確かに、何かあればいつも江藤くんに話を聞いてもらっていた。 仕事のことも、プライベートなことも。 あけすけに、ペラペラしゃべっていたっけ。「どれだけ嫉妬したか知らないだろ?」 「ごめん……」 「それでも好きだから、いいんだよ」そう言って、江藤くんの握る手が強くなる。 あったかくて、大きな手。 安心する、ぬくもり。好きだから。 好きだからこそ、ちゃんと言わなくてはいけない。 もう、間違った恋愛はしたくない。この人となら、きっと、ちゃんと向き合える。 そう思えるくらいに、私はちゃんと江藤くんのことが好きだ。
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14_3.ちゃんと聞くから

一度、大きく深呼吸をする。 緊張で口から心臓が飛び出そうだけれど、意を決して口を開いた。「あのね、ちゃんと……その……ひ、避妊してくれる?」 「……は?」まっすぐ目を見て言うことができなくて、私は俯いたままだった。 恥ずかしさで、顔を上げることができない。「え、そんなの当たり前じゃん。え、てか、ちょっと待って。もしかして前の人は避妊してくれなかったの?」 「そんな大きい声で言わないでよ……」とたんに、私は恥ずかしくなって、ジタバタしながら頬を押さえた。 少し涙目になりながら江藤くんを見ると、彼はとんでもなく渋い顔をしていた。「あいつ、ぶち殺す」 「ちょっと、物騒なこと言わないで。違う、誤解。えっとえっと、そういうのが嫌で、あの人とはちゃんとしたことないの」 「え、それってどういう……?」 「だから、ちゃんとエッチしたことがないの!」最後は叫ぶように言ってしまった。 もう、恥ずかしいのを通り越してやけくそだ。 どんなに隠したところで、自分の不安要素は拭えないし、いつかはぶち当たる壁なのだ。 それで引かれるなら、もう仕方がない。そのまま黙ってしまった江藤くんを見て、胸が苦しくなって涙が滲んでしまった。 やっぱり、引かれてしまったのかもしれない。でも、改めてぎゅっと握ってくれる手に、少しだけ顔を上げる。 そこには、とても優しい目をした江藤くんが、私を慈しむように見つめてくれていた。
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14_4.ちゃんと聞くから

比べちゃダメなのに、どうしても頭をよぎる。 江藤くんは、あの人とは違う。 優しくて、大好きで、ちゃんと信用している。 なのに、意気地無しな私は、すぐ悪い方へ考えてしまう。ほら、今だって何も言ってくれない。 きっと、面倒くさいとか思われてしまったんだ。 じわりじわりと込み上げてくる想いを、必死に抑える。沈黙がやたら長く感じられて、だんだんと不安で押し潰されそうになったときだった。「ああ、ごめん。驚いた」 「……引いたよね?」 「いや、驚いただけ。ちゃんとしてないってことは……俺が初めてになるの?」 「……そう、なりますよね」思わず、受け答えが敬語になってしまう。 もう、今すぐこの恥ずかしさから逃げ出したい。 逃げ出したいのに――「……そっか。それって、すごく怖かったよね」その言葉に、私はハッとする。 怒るでもなく、責めるでもなく。 ただ、静かに、私の気持ちに寄り添ってくれる。「辻野さんが、そうやって話してくれたことが嬉しいよ」その言葉は、まるで私をまるごと包み込んでくれるくらいに、甘くて優しい。 胸の奥が、じわっと温かくなる。「ねえ、名前で呼んでいい?」 「ええっ。う、うん」さらに、どぎまぎすることを言われて、若干テンパりながら、慌てて返事をした。え、名前? 名前って?その言葉の意味を考えるだけで、胸がドキドキして止まらない。
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14_5.ちゃんと聞くから

「萌」名前を呼ばれただけなのに、頭のてっぺんから湯気が出そうなくらい恥ずかしくなった。え、え、え、名前で呼ばれるのってこんなにもドキドキするものだったっけ? 何だか急に恋人レベルがアップした気分だ。「俺のことも名前で呼んでよ」 「ええっ」江藤遼太郎くんだから、遼太郎くんって呼ばなきゃいけないってことよね。 頭の中でぐるぐるシミュレーションしていると、少しだけ不満そうな顔になった。「じゃあ、呼んでくれるまでキスするね」そう言って、ちゅっと可愛らしい音を立てながら意地悪そうに笑う江藤くん。「ちょ、ちょっと待って。り、りょ――」名前を呼ぼうとするとキスをされて、その繰り返しでとめどない。 全然名前で呼ばせてくれない。 ていうか、もしかしてキスしたいだけじゃないよね? からかわれてるの?「ああっ、もうっ。遼太郎くん!」手で追い払って、やっと名前が呼べたときには、私の息は絶え絶えになっていた。 そんな私の反応を、楽しそうに笑う遼太郎くん。 負けた気がして、冗談でじろりと睨む。「キスしすぎ……」 「だって好きだからね。このまま、萌を抱きたい」 「え……」私の反抗を遮り、急に真顔で迫られて、心臓がドキリと音を立てる。 ギシッとベッドが揺れた。どう答えたらいいのか、困りつつも、嬉しい気持ちが勝ってしまう。 そう、私の中で、答えはもう決まっているのだ。 だけどやっぱり、ちょっぴり怖い気持ちもあって……。 それでも、勇気を出そうと思った。
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14_6.ちゃんと聞くから

私が戸惑いつつ答えを渋っていると、遼太郎くんはふと思い立ったように立ち上がり、カバンをごそごそする。何だろうかと行方を見守っていると、目が合い、ニコッと微笑まれた。「萌が心配しないように、ちゃんとゴム出しとくね」 「えっ! 持ってるの?」私の驚きをよそに、遼太郎くんは至って真面目に頷く。「だって、ずっと萌を抱きたいって思ってたんだ。来るべき日のために準備しとくのが、エチケットってもんでしょ? 例え持ってなくても、コンビニでも買えるんだよ?」 「……コンビニにも売ってるの?」まさかのコンビニでも売っているなんて、知らなかった。 私ったら、なんて無知なんだろう。 もしかして、正広も無知だったのかな? ……なんて、どうでもいいか。唖然とする私を、遼太郎くんは優しく抱きしめてから、背を支えながら再度ベッドへ押し倒した。 ぽすんと揺れる振動に、また心臓がドキドキと音を立てる。「知らなかった? 萌はウブで可愛いね」 「う〜、どうしたらいいか、わかんないよ」恥ずかしくて、思わず両手で顔を覆ってしまう。「可愛い顔、見せて」覆っていた両手を外されて、見つめられる。真っ赤になってしまった顔なのに、「うん、可愛い」と頷いてから、遼太郎くんは顔いっぱいにキスの雨を降らせた。ひときわ深いキスをされて、潤んでしまった瞳で遼太郎くんを見れば、「心配しないで、俺に任せて」と、低く囁かれる。甘く優しい声に、すぐに力が抜けた。 あんなに怖かったのに、なぜだかストンと受け入れることができる自分に驚いた。人を愛すること、愛されることを実感した瞬間だった。
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15_1.正広の影

夕暮れの街角、今日も一日仕事を頑張ったなと思いながら、家路を急ぐ。 そんな安堵と疲れが混じる帰路の途中、あと数歩で玄関に手が届くという瞬間だった。「萌!」背後から名前を呼ばれた瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。 その声に、聞き覚えがあったからだ。 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、紛れもなく正広だった。「えっ……?」声にならない声が漏れる。驚きすぎて、その場から動けなくなった。どうしてここに? 新しい住所は伝えていない。 メールも電話も、すべて無視していた。 もう会うことはない、そう決めたはずだった。「萌、会いに来たよ」彼の笑顔は、昔と変わらない。けれど、今の私にはその笑顔が、まるで知らない人のもののように見えた。足がすくみ、動けない。頭の中には疑問符がいくつも浮かび、思考が追いつかない。「メールも電話も出てくれないからさ、心配したよ。離れてわかったんだ。やっぱり俺は萌が好きだ。もう一度やり直そう」一歩、また一歩と近づいてくる彼に、私は本能的に後ずさった。恐怖が胸を締めつける。「何でここがわかったの?」 「転居届け出しただろ?」その言葉に、背筋が凍る。 そうだった。彼は実家近辺の集配を担当している郵便局員だ。転居届けを見れば、新しい住所なんてすぐにわかる。それは、わかっていた。わかっていたけれど、信じていたのだ。職権を濫用するような人じゃないと。でも、彼は来た。笑顔で、何もなかったかのように。夕暮れの空が、急に冷たく感じられた。 風が頬を撫でるたび、心の奥がどんどん冷えていくのを感じる。
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15_2.正広の影

「私たちはもう終わったんだよ。やり直すことはないし、あなたと話すこともない。帰ってください」その言葉は、喉の奥から絞り出すようにして出た。 震える声だったかもしれない。 でも、はっきり言わなきゃいけないと思った。腕を掴まれそうになって、必死に振りほどく。 前みたいに流されるわけにはいかない。 当たり障りのない、曖昧な言葉でごまかしてはいけない。「もう連絡してこないで」大きく息を吸い込んでから、一息にそうきっぱりと告げると、私はその場から逃げるように走り出した。 靴の音が、アスファルトに響く。 夕暮れの街が、急に異質なものに感じられた。とにかく、人が多い場所へ行かなくては。 家の場所はきっと知られているけれど、それでも私がそこに入っていくところを見られたくない。確証を与えたくないと思った。正広を撒くようにして、途中曲がってみたり駐車場を通り抜けてみたりして、必死に走って逃げる。振り返る勇気はなかった。ただ、正広の気配が遠ざかることだけを願っていた。まさか、ストーカーになったの……?いや、違う気がする。 純粋に会いに来たように見えた。 そう考えるのは、甘いだろうか。一度は好きになって付き合った人。 信頼とはちょっと違うけれど、疑いたくないという気持ちがあるのかもしれない。
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15_3.正広の影

無我夢中で駆け出した足が、気づけば会社のビルの前で止まっていた。夜の帳が静かに降り始め、街灯がぽつぽつと灯りはじめる。ビルのガラスに映る自分の姿が、どこか他人のように見えた。乱れた髪、肩で息をする私。心の奥で何かが崩れかけているのを、必死に押しとどめていた。自動ドアが静かに開いたその瞬間、目の前に現れたのは遼太郎くんだった。 ああ、そうだ。今日は残業って言っていたっけ。「え、萌? どうしたの?」「えっと……忘れ物を取りに来たの」口から出たのは、咄嗟の嘘だった。 本当は、正広が怖くて逃げてきただけだ。 でも、そんなことは言えない。 遼太郎くんに心配なんてかけたくないからだ。だから、ニコッと笑ってそのまますれ違うように横を抜けようとした。 だけど――「待って」彼の手が、そっと私の腕を掴む。 その手は、あたたかくて優しい力加減だったけれど、決して離さないといった視線に、ドキッと心臓が揺れる。「俺に言いたいことあるよね?」「……遼太郎くん」「目が訴えてるって、言ったでしょ」私の瞳の奥を、まっすぐに見つめてくる。 逃げ場なんて、どこにもなかった。 この人の前では、いつだって私は嘘がつけない。ああ、なんでこんなにも優しいの。 ちゃんと見てくれる、気にかけてくれる。 私が、何も言わなくても、だ。「迷惑かけたくないの」やっとの思いで絞り出した言葉。 でも、遼太郎くんはふっと笑って、首を横に振った。「他人に迷惑をかけるのはよくないけど、恋人には迷惑をかければいいんだよ」恋人だからって、そんなに甘えていいの? そんなに優しくされたら、また誰かに頼りたくなってしまうじゃないか。「いいから、話してみて」遼太郎くんには何でもお見通しみたい。 嘘がつけない。
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15_4.正広の影

どう言えばいいのか、頭の中で言葉を組み立ててみたけれど、曖昧に濁したり遠回しに伝えたら、かえって誤解を与えてしまうかもしれない。 そんな気がして、私は深く息を吸い込んだ。そして、正広に会ったこと、やり直したいと言われたこと、それをちゃんと断ったこと。 全部、ストレートに伝えた。「……それで、逃げてきたの」「どこで会ったの?」「……家の近く」遼太郎くんは黙って聞いていたけれど、「家の近く」と言った瞬間、彼の眉間に深くシワが寄った。 その表情は、怒りというより、心配が滲んだものに感じた。私の手を掴むと、彼は何も言わずにスタスタ歩き出す。「り、遼太郎くんっ?」「萌をそんな危ないところに住まわせられないから、もう俺の家に住むこと」「で、でも。そんなの迷惑……」「さっきも言ったよね。恋人には迷惑かけていいって。まあ俺は迷惑でもなんでもないし、むしろ早く一緒に住みたかったし。一緒にいた方が守ってあげられる」握る手が、少しだけ強くなる。 でも、その強さが今は心地よかった。 さっきまで、あんなに怖かったのに、遼太郎くんが隣にいるだけで心がすっと落ち着いていく。 不安が、少しずつ溶けていくみたいだ。「ありがとう」お礼を言うと、彼は私を見て、ふわりと微笑んでくれた。
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15_5.正広の影

ふいに、遼太郎くんの顔が真剣な表情に変わる。「萌。ご両親に挨拶に行かせて」その言葉は、夜の静けさの中でまるで鐘の音のように響いた。 私は思わず足を止めて、彼の顔を見上げる。「えっ?」「一緒に住むんだから、ちゃんとしないとね」街灯の淡い光が、遼太郎くんの横顔を照らしている。 その眼差しはまっすぐで、声色は穏やかで凛としていた。 胸の奥が、じんわりと熱くなるのを感じる。 まさか、そんなことを言ってくれるとは思ってもみなかったからだ。こんなふうに、誰かに大切にされていると感じたのは、初めてだった。 守ろうとしてくれる気持ちが、言葉の端々から伝わってくる。 その優しさに、私は感動でうち震えてしまった。「ありがとう」もう一度、心からのお礼を伝えると、彼は繋いだ手をぐっと引き寄せた。 私を包み込むような力に、そっと身を寄せる。「愛してる」耳元で囁かれたその言葉に、私は息を呑んだ。 胸がきゅっと締めつけられるような衝撃。 嬉しいのに、どうしてだろう。 恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。夜風がそっと髪を揺らす。 遼太郎くんの家までの道のり、私はずっと彼の手を握ったまま、うつむいて歩いた。 でも、その手のぬくもりが、心の奥まで染み渡っていくのを感じていた。
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