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第2話

作者: 佚名
美咲は、蓮の焦りと気遣いをちゃんと見ている。喉まで出かかった言い訳は、もう口にする意味をなくしていた。

彼女は何も言わず背を向けた。そのまま出ていこうとしたとき、蓮の前を通り過ぎざまに、手首をつかまれた。

「謝れ、美咲。澪に謝れ」

「嫌よ。あれをやったのは私じゃない……」

言い終える前に、頬に焼けつくような平手打ちが飛び、美咲は信じられない思いで頬を押さえた。

「蓮、なんで叩くの」

「俺はお前の夫だ、美咲。夫として命令してる。今すぐ澪に謝れ」

美咲は目の前の男を見つめた。心はもう痛みを通り越して、何も感じない。ただ、ふっと笑った。

「わかった。謝るよ。悪いのは私。澪にひどいことをしたのは、私でいい」

蓮を見上げる声は、どこまでも空っぽだった。

蓮はなぜか、心臓をぎゅっとつかまれたように息が止まった。

「蓮、これで満足?……もう、行っていい?」

美咲は彼の脇をすり抜け、ドアノブに手をかけた。

その背中が扉の向こうに消えかけたとき、蓮は腕の中の澪をぱっと放し、美咲を追った。

「蓮さん、どこ行くの!?」

澪は焦ってその場で叫んだが、誰も答えない。ドアがバタンと閉まり、澪は悔しそうに足を踏み鳴らした。

廊下に出た途端、美咲は後ろから腕を引かれ、よろめいて蓮の胸に倒れ込みそうになる。

「離して」

美咲は彼を突き放した。

蓮はその拒絶を見て、目の色をさらに冷たくした。

「美咲、いい加減にしろ」

「蓮、もう私を放して。あなたと澪の邪魔はしないから」

その一言に、蓮の表情がすっと陰る。目の奥に、誰にも読めない色がよぎった。

「美咲、それが……お前の言いたいことか?」

「そうよ」

美咲は爪が食い込むほど掌を握りしめながら、無理やり声を落ち着かせた。

「蓮、お願い……もうお互い傷つけ合うのはやめよう。一か月でいいから、私に一か月だけ……」

「美咲、お前にそんなことを言う資格があるのか」

蓮は奥歯が砕けそうなほど噛みしめ、目の奥にひび割れたような激情がにじんだ。

「七年前、俺がお前に一か月だけ待ってくれと泣きついたとき、お前は、待ってくれたか?」

美咲は言葉を失い、蓮の声とともに、意識が一気に七年前へ引き戻される。

あの頃、彼と美咲は誰もがうらやむ恋人同士だった。蓮は貧しくても、美咲を宝物のように大事にした。自分がどれだけ苦労しても、彼女には一つの辛い思いもさせまいとしていた。

なのに、彼がいちばん何も持っていなかった年、美咲は彼を捨て、宿敵の男の車に乗り込んだ。

別れの日は土砂降りだった。蓮はずぶ濡れのまま、その車をどこまでも追いかけた。雨の中で声が枯れるまで叫んだ。もう少しで成功する、だからあと一か月だけ待ってくれ、一か月後にはお前の欲しいものを全部やる、と。

それでも、美咲は一度も振り返らなかった。

その後、蓮はついに成功の頂点へと駆け上がり、名声と欲望が渦巻く世界のど真ん中に立つ男になった。そして、彼が真っ先にしたのは、宿敵を刑務所に叩き込み、美咲を力ずくで自分の妻にすることだった。

周囲はこう噂した。蓮は美咲を狂おしいほど愛しているから、手段を選ばないのだと。

だが、それがどんな愛かを知っているのは、美咲だけ。結婚したその日から、蓮は毎晩のように別の女を家に連れ込み、美咲の目の前で抱き合い、考えつく限りのやり方で彼女を辱め続けた。

閉じ込め、痛めつけ、壊そうとしたのは、あのときの裏切りへの復讐でしかなかった。

けれど蓮は知らない。あの日、美咲が彼を捨てたのには、どうしても言えない事情があったことを。

拉致事件のとき、彼を救ったのは美咲だった。そして美咲は、その報復として、ビルの屋上から突き落とされた。一命は取り留めたものの、治らない病を抱えた。もう長くは生きられない。その現実から、彼を巻き込みたくなかっただけなのだ。
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