All Chapters of 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした: Chapter 471 - Chapter 480

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第471話

成哉が駆けつけた時には、紬にはすでに流産の兆候が現れていた。それなのに絵美は、紬が勝手に歩き回ったせいだと責め立てるばかりだった。円華に騙されたのだと訴えても、誰ひとり信じようとはしなかった。もっとも、この狂った世界に、信じるに値するまともな人間がいるなどと期待した自分が、あまりにも愚かだったのだ。絵美は全身を震わせた。「……どういう意味!?芽依と悠真に何があったっていうのよ!」秋江は分が悪いと察したのか、即座に割って入った。「もういいわ。円華も大怪我をしたわけじゃないし、これ以上は不問にしましょう」「不問にする?」紬は冷ややかに笑った。「いや、きっちり追及させてもらうわ。天野家の人間だからこうあるべきだの、あああるべきだの、口癖のように振りかざしているんでしょう。では、あんたは目上の者を敬うことも知らず、暴言を吐き、挙げ句には暴力まで振るう。本当に、無礼で醜い娘ね」紬は怒りで顔を青ざめさせている円華を見つめ、それから絵美へと柔らかな笑みを向けた。「それに絵美さん。ご自分の愚かさにも気づいていないなんて。息子さんと私は離婚協議中だと言いましたよね?その最中に、愛人とそのお腹の子を連れて、本妻の前をこれ見よがしに歩き回るなんて……もし私が裁判所に訴えて、成哉を『一銭も持たせずに』追い出そうとしたら、どれくらい勝算があると思います?」紬は小首を傾げ、まるで本気で計算しているかのような仕草を見せた。絵美の心臓が激しく脈打つ。「……脅したって無駄よ!あんたも神谷商事の社長とネットで騒がれているじゃない!やれるものならやってみなさい、こっちだって不倫で訴えてやるわ!」「証拠はあるんですか?」紬は微笑みを崩さなかった。「あれが私だと、どうやって証明するんです?写真なんていくらでも加工できる。私は『神谷社長が勝手に片想いしているだけ』だと言い張ることだってできますよ」そして、ゆっくりと望美へ視線を向ける。「……でも、望美のお腹の中の子が、成哉の子じゃないと言い切れます?」淡々としたその視線が望美を射抜いた。その声音には、どこか憐れみすら滲んでいる。「残念ながら、その子は紛れもなく天野家の血を引いている。もう一度DNA鑑定でもしてみます?それとも、彼女に今すぐ子供を堕ろさせますか?」
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第472話

円華が逃げ出そうとした瞬間、紬はその肩を強く掴んだ。声音には一片の温度もない。「……私の両親への謝罪は?」円華は屈辱に全身を震わせながら目を閉じ、叫ぶように言葉を吐き出した。「叔父さん、叔母さん……ごめんなさい!」言い終えた途端、彼女は顔を覆い、そのまま人混みの中へ逃げ込むように走り去った。秋江は驚愕と怒りの入り混じった顔で、「せいぜい身の振り方には気をつけることね」と吐き捨てると、慌てて娘の後を追っていく。その背中を見送りながら、紬は冷ややかに唇を歪めた。実のところ、円華のいじめについて確たる証拠を握っていたわけではない。ただ、以前から新浜で問題ばかり起こしていたことを知っていたから、半ば鎌をかけてみただけだった。まさか、ここまであっさり自白するとは思わなかったが。紬は興味を失ったように振り返り、今度は望美と絵美へ視線を向けた。絵美はなおもプライドを捨てきれず、声を荒らげる。「……何よ!私はこれでもあなたの姑なのよ!?目上の人間に謝罪を求めるなんて、そんな道理あるわけないでしょう!」「無理強いするつもりはありません」紬は目を細め、いかにも聞き分けの良い口調で微笑んだ。「お嫌なら、望美さんに代わっていただきましょうか」望美は健気さを装うように口を開く。「いいわ。それなら私が、絵美さんの代わりに謝る。ごめんなさい、紬さん」軽やかに言ってのけたその態度に、紬は静かに床を指差した。「私が求めている謝罪は、膝をついての土下座よ」「紬、いい加減にしなさい!望美のお腹には子供がいるのよ!」絵美が即座に声を上げた。だが紬は微塵も動じず、穏やかな笑みを崩さない。「膝をつくくらいで、髪の毛一本減るわけじゃありませんもの」そして、ゆっくりと言葉を重ねた。「絵美さん。これは、以前あなたが私に教えてくださったことではありませんか?それとも、あなたが彼女の代わりに土下座なさいます?」絵美は言葉を失った。望美は拳を強く握り締め、爪が掌に食い込むほど力を込めながら、助けを求めるように絵美を見る。しかし絵美は、すでに露骨に視線を逸らしていた。――結局、肝心な時に頼れる人間なんて誰もいないのね。周囲では、すでに彼女の正体に気づいた客たちが、興味津々といった様子でスマートフォンを向け始め
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第473話

その直後、絵美の冷笑が場に響き渡った。「大江さん、まさか息子さんの披露宴に、この女がデザインした服を着ていくおつもりですの?」「ええ、それが何か?とても素敵なドレスですわ」佳苗は目を細め、自分の言葉を遮った婦人へゆるやかに視線を向けた。自分に応じてもらえたことで勢いづいた絵美は、ここぞとばかりに畳みかける。「ご存じありませんの?この女、もうすぐ私の息子と離婚するんですよ。そんな女が作った服なんて、縁起が悪くて仕方ありませんわ。そんなものを身につけて披露宴へ行けば、あなたまで不運に取り憑かれて、息子さんの結婚生活も台無しになるに決まっています!」「何を根拠のないことを――」紬が眉をひそめ、前へ出ようとした。だが、佳苗はさりげなく片手を上げ、彼女を制した。そのまま静かに表情を改める。「……それは、本当のお話?」「もちろんですとも!」絵美は声高に言い放った。「この女は、生まれつきの疫病神なんですよ。両親は早くに亡くしているし、うちの息子だって、この子のせいで死にかけたんですから!そんな人間のデザインした服を着れば、息子さん一家は崩壊して、あなたの財運にまで悪影響が出るに決まっています!」絵美は息を荒げながらまくし立てた。紬だけが良い思いをするなど、どうしても耐えられなかったのだ。金持ちほど、こういう迷信には弱いはず。まして金を扱う商売人なら、なおさら金運には敏感でしょう。一度でも信じ込ませれば、紬のキャリアなんて終わりよ。佳苗はしばらく絵美を見つめ、それから意味深な笑みを浮かべた。「……今おっしゃったことに、責任は持てるのかしら?」絵美は一瞬だけ言葉に詰まった。だが、所詮は迷信じみた悪口を口にしただけだ。実際に何か被害が出るわけでもない。「ええ、もちろんですとも!私を信じていただいて間違いありませんわ」一方、望美は二人のやり取りを黙って眺めていた。――あのクソババア、意外と頭が回るじゃない。こんなやり方で紬を潰そうとするなんて。目の前で紬が転げ落ちるところを見られるなんて、最高だわ。「わかったわ」佳苗は秘書へ視線を向け、淡々と命じた。「……警察を呼んでちょうだい」絵美は心の中で快哉を叫んだ。ここまで「縁起の悪さ」を気にする人間だったとは、予想
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第474話

過去の記憶が、コマ送りの映画のように脳裏を流れていく。そしてある瞬間、その映像が不意に鮮明な輪郭を結んだ。幼い頃、隣に住んでいたのは、母が何より親しくしていた友人一家だった。その綺麗なおばさんは、いつも「佳苗さんって呼んで」と優しく笑っていた。佳苗には一人息子がいて、その子もまた、人形のように整った顔立ちをしていた。幼い紬は、毎日のようにその子の後ろを追いかけていた。けれど、ある日を境に、大江一家は忽然と姿を消した。母は「お仕事の都合で海外へ移住したのよ」と教えてくれたが、当時の紬はしばらくの間、寂しさで泣き暮らしたことを覚えている。「あの頃はね、あなたが悲しむのが怖くて、前もって言えなかったのよ」佳苗の声には、どこか懐かしさを帯びた哀愁が滲んでいた。「あの頃のあなた、本当に可愛かったわ。毎日うちの大吉の後ろを追いかけて、『大きくなったら大吉のお嫁さんになる』って言っていたものね」紬は頬を染め、気恥ずかしそうに俯いた。「本当に、月日が経つのはあっという間ね」佳苗は彼女の手を引き、隣へ座らせると、しみじみと目を細めた。「瞬きをしている間に、こんなに大人になって……しかも二人の子の母親だなんて」そして、ふっと眉を曇らせる。「それにしても、その姑、本当にろくでもない女だわ。あなたのお母様が今のあなたを見たら、きっと胸を痛めてしまうでしょうね……」佳苗の目尻に薄く涙が滲んでいるのを見て、紬は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。彼女が本心から自分を案じ、慈しんでくれているのだと分かったからだ。紬はそっと歩み寄り、佳苗を優しく抱きしめた。「もう過ぎたことです。今の私は元気ですよ。こうして佳苗さんのためにドレスをデザインできるくらいにはなりましたし。きっと母も、天国で誇りに思ってくれているはずです」「あなた、本当に昔から変わらないわね。明るくて、健気で……」佳苗は思わず吹き出した。「……残念ながら、うちの大吉にはその果報がなかったみたいだけど」紬は心の中でそっと笑った。今の大吉がどんな姿になっているのか、少し気になる。当時、佳苗は占い師に相談し、「この名前の方が丈夫に育つ」と言われたことを真に受けて、あれほど中性的な美貌を持つ息子に『大吉』という、まるで犬のような愛称をつけた
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第475話

反抗期というものは、行動だけでなく、その顔つきまでも親の癇に障るようにできているらしい。臨也は自分の顎を撫でながら、ぼんやりと思索に沈んだ。あの日、宵庭で紬が自分にあれほど強い警戒心を抱いていたのも、この顔のせいだったのだろうか。――紬がスタジオへ戻ると、女性社員たちが入口に集まり、何やら熱心に騒いでいた。「可愛い……見てるだけで癒やされる」「だめだめ、足は触っちゃ。怪我してるみたいだから」「近所の野良犬が産んだ子かな。捨てられたのかも……可哀想」紬は足音を忍ばせながら近づいた。「みんな、何を見てるの?」突然背後から声をかけられ、一同は飛び上がるほど驚いた。彼女たちが囲んでいたのは、一匹の白い短毛の子犬だった。子犬は段ボール箱の中でぐったり伏せていたが、短い尻尾だけはプロペラのように勢いよく振られている。「その子、どうしたの?」紬は目を丸くして尋ねた。雅乃が慌てて立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げる。「紬さん、すみません。向かいの道路で見つけたんです。車に轢かれたら危ないと思って、とりあえずスタジオに連れてきてしまって……でも安心してください、仕事が終わったら責任を持って保護先を探しますから」「家で飼うつもりなの?」紬はしゃがみ込み、そっと子犬の頭を撫でた。子犬は「くぅん」と甘えるように鳴き、小さな舌をぺろりと覗かせた。雅乃は困ったように首を横に振る。「今の部屋、大家さんがペット禁止なんです。だから、ちゃんとした里親を探そうと思ってて……」「そう……ねえ、この子、スタジオで飼わない?」紬は微笑みながら提案した。「私たちの『招き犬』として。名前は――『ラッキー』なんてどうかしら」「本当にいいんですか!?」雅乃はぱっと顔を輝かせた。彼女は根っからの犬好きだったのだ。スタジオで毎日面倒を見られるなら、それ以上に安心なことはない。「もちろんです!」紬が答えるより先に、カナが勢いよく口を挟んだ。「紬先輩がそう言うなら絶対大丈夫!」そう言うなり、彼女は段ボールごと子犬を抱え上げる。紬は思わず笑みを零した。「近くの動物病院に連れて行って、健康診断を受けさせてあげて。怪我の治療もお願いして、他に異常がないかも診てもらってね。費用は経費で落とすから
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第476話

雅乃がファイルを抱え、オフィスへ入ってきた。「紬さん、プロジェクト打ち合わせの報告です。現在うちで対応しているカテゴリー以外だと、ここ数日で新たにコンタクトがあったのは、スポーツブランドのVERDAN、ブリーズ、それから国際デザインコンテストをテーマにしたバラエティ番組の出演依頼ですね」雅乃は三件の企画書を、一つずつ丁寧に机へ並べていく。そのブランド名を耳にし、紬はわずかに目を見開いた。――VERDAN。以前、ノヴァと提携していた際に、土壇場でこちらを裏切った相手だ。当時のチーフデザイナーだった孝仁という男の、あの刺々しい顔つきは今でも鮮明に覚えている。あんな相手と仕事をしていたら、寿命が縮みかねない。紬は無言のまま、その案件を保留に回した。「ブリーズが、うちに何の依頼を?」聞き間違いかと思い、紬は思わず問い返した。ブリーズといえば、渚が率いるデザイナースタジオだ。言ってしまえば、真っ向から競合する相手である。そんな相手が、なぜこちらに提携を持ちかけてくるのか。雅乃は資料をめくりながら説明を続けた。「ブリーズのオーナーである白石さんが、紬さんをご指名だそうです。貧困地域の子供たちのために、防寒着を二種類共同デザインしてほしいと。非営利のチャリティープロジェクトですね」以前、レストランで渚と鉢合わせた時のことを、雅乃は思い出していた。彼自身は口数が少なかったが、こちらとしては内心かなり気が気ではなかった。何しろ、競合する二社だ。最高の結果になれば双方に利益があるが、もし失敗すれば失うものも大きい。互いのスタジオの看板に傷がつく可能性すらある。雅乃はそれ以上考えるのをやめた。紬は製図ペンを置き、ブリーズからの提案書にじっくり目を通した。内容は、想像していたより遥かに良かった。――敵対関係は長続きしないが、利益は長続きする。そんな言葉が脳裏をよぎる。チャリティー案件とはいえ、渚が提示してきた条件は悪くない。利用できるものは、利用すべきだ。「防寒着の案件は受けましょう。あとで私から白石さんに連絡してみるわ」雅乃はほっとしたように息を吐き、それから最後の企画書を差し出した。国際コンテスト関連の話になると、彼女の表情は目に見えて明るくなる。「紬さん、このバ
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第477話

紬は知らず知らずのうちに、ポケットの中の防犯スプレーを強く握りしめていた。それを噴射しようとした、まさにその瞬間――近づいてきた人影が、不意に彼女の名を呼ぶ。「紬」聞き覚えのあるその声に、紬ははっと息を呑んだ。……理玖?紬が懐中電灯を点けると、夜の闇の中に、男の彫りの深い整った顔立ちが浮かび上がった。その瞬間、胸を締めつけていた緊張が一気にほどけていく。安堵と喜びが隠しきれず、紬の表情にぱっと花が咲いた。「帰ってきたの!?」理玖は、彼女の小さな顔いっぱいに広がる笑顔を見つめながら、知らぬ間に心が柔らかく解けていくのを感じていた。だが、口から出たのは、どこか拗ねたような非難だった。「どこかの誰かさんが、ちっとも見舞いに来てくれないからさ。俺が帰国するしかなかったんだよ」紬は少し気まずそうに笑う。「最近、ちょっと忙しくて……」「忙しいのは、悪いことじゃない」理玖は結局、彼女にはどうしたって甘かった。彼は手にしていた荷物を差し出す。「ほら、これ」そこでようやく紬は、理玖が片腕に花束を抱えていることに気づいた。もう片方の手には、弁当と差し入れの袋が提げられている。紬はごく自然な動作で弁当を受け取った。「どうして私がまだご飯食べてないって分かったの?……それより、どうしてここにいるって分かったの?」その様子を見て、理玖の瞳の奥がわずかに深くなる。彼は花束も差し入れもまとめて彼女の腕へ押しつけた。「俺は、食いしん坊よりは賢いからね」紬は思わず咳き込んだ。花束に差し入れまで抱え込まされ、どうしていいのか分からず戸惑う。「ごめんなさい。今日帰ってくるなんて知らなかったから、プレゼントも用意してなくて……」「だったら、こういうものをプレゼントにしてもらおうかな」その言葉の意味を理解するより早く、紬の身体は温かな腕の中へ包み込まれていた。シダーウッドを思わせる、清潔で涼やかな香りがふわりと鼻をかすめる。紬は、全身から力が抜けていくのを感じた。彼が求めた「プレゼント」は、ただそれだけだった。ただの、抱擁。――天野家。成哉は、絵美を警察署から連れ帰ったあとも、終始沈んだ顔をしていた。まさか望美より先に、自分の母親が警察沙汰を起こすとは、夢にも思
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第478話

成哉は酒を煽った。帰国して以来、彼の酒量は増える一方だった。人の心とは、ここまであっけなく変わってしまうものなのか。彼にはどうしても理解できなかった。かつて紬が自分へ向けていた愛情は、決して偽物ではなかったはずだ。ならばきっと、誰かが裏で糸を引き、自分と彼女の関係を壊したに違いない。折しも、彼が調べさせていた件の調査報告が届いていた。資料はすべてメールボックスへ送られている。成哉は残っていた酒を一気に飲み干し、そのままメールを開いた。そこに映っていたのは、長年にわたり紬を狙い続けてきた男の姿だった。どのようにして彼女へ近づき、少しずつ距離を詰め、巧妙に籠絡していったのか。その経緯が、克明に記されている。成哉の怒りは、一瞬で沸点に達した。やはり、理玖の狙いは最初から紬だったのだ。あんな卑劣で姑息な手段を使い、紬の目を眩ませ、過ちを犯させた。そのうえ、自分に誤解まで抱かせたのだ。自分と紬の絆は、理玖によって少しずつ泥を塗り重ねられるように汚されていった。だが、皮肉なことに、神谷家の勢力は海原において天野家を遥かに凌駕している。成哉は怒りに任せ、グラスを床へ叩きつけた。――いや。たとえ神谷理玖本人を叩き潰せなくても、あの男の腹黒い本性を紬に知らしめてやる。あいつは最初から、自分を揺さぶるためだけに紬へ近づいたのだ。紬を奪ったのも、すべては嫌がらせに過ぎない。真実を知れば。あいつが下心を抱いて近づいてきた男だと分かれば、紬があんな男の側に居続けるはずがない。たとえ、この期間に彼女がわがままを通し、道を踏み外していたとしても、俺は許してやれる。彼女が大人しく戻ってきさえすれば、すべては元通りになるのだ。そうすれば紬は変わらず天野家の若奥様であり、俺も彼女の身分を世間へ正式に公表する。そして以前よりもっと大切にし、可愛がってやる。成哉は決意を固めると、勢いよく書斎を飛び出した。今夜中にマンションへ向かい、この事実を紬へ突きつけるために。背後から望美が呼び止める声が聞こえたが、今の彼には届かなかった。狂気じみた勢いで立ち去っていく成哉の背中を見送りながら、望美は複雑な表情を浮かべる。――事故の後遺症かしら……最近、成哉の考えていることがまるで分からない。……成哉がマンション
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第479話

「つまり、紬がお前と別れたがっているのは、俺のせいだと言いたいのか?」理玖は口角を吊り上げた。なぜか、その声音には愉悦すら滲んでいる。成哉はその意図にも気づかぬまま、怒りのままに理玖の「本性」を紬へ訴えかけた。「紬、この男の上辺だけの言葉に騙されるな!」成哉は声を荒らげる。「こいつがお前に近づいたのは、利用するためなんだ!そんな関係が上手くいくはずないだろ。頼むから、俺のところへ戻ってきてくれ!」紬は、心底呆れたように冷笑した。「その言葉、そっくりそのまま返すわ、成哉」彼女の声は鋭く、氷のように冷たい。「私たちの結婚だって、最初から最後まで利用のためだったじゃない。あなたは私と結婚して株を手に入れ、その裏で、最愛の人を何年も日陰に置き続けてきた」紬は真っ直ぐ成哉を見据えた。「今さら執着してるふりをして、悲劇の主人公みたいな顔をしないで。反吐が出るわ」その言葉は、容赦なく成哉の胸を抉った。彼は、紬があの政略結婚に対して、ここまで深いわだかまりを抱いていたとは思ってもいなかった。確かに当時、自分は紬が下心を持って近づいてきたのだと思い込んでいた。だから、半ば当てつけのように結婚した。だが、株のために彼女を利用しようなどと、本気で考えたことは一度もなかったのだ。「紬、落ち着いてくれ」成哉は焦ったように言葉を重ねる。「あの頃のことは、これからちゃんと説明する!だから、一緒に家へ帰ろう。な?」だが、紬の眼差しはどこまでも冷え切っていた。まるで赤の他人を見るような目だった。「警備員を呼ぶ前に、自分で帰って」成哉の胸に、激しい痛みが走る。「紬、お前はそんなにこの男がいいのか!?」彼は声を荒げた。「目を覚ましてくれ!今のお前は、まだ法律上は俺の妻なんだぞ!俺たちの関係は、法律に守られてるんだ!」紬は思わず嗤ってしまいそうになった。彼女は冷淡に返した。「そう?あなたが他の女とベッドで睦み合っていた時は、『法律で守られた結婚』のことなんて、これっぽっちも考えてなかったでしょう」その視線には嫌悪しかなかった。「私に『愛してる』って言いながら、裏では別の女を抱いてる。本当に最低ね」自分の前では純愛を語りながら、裏ではすでに子どもまで孕ませている。そんな成哉の存
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第480話

二人が取っ組み合いの喧嘩になるのを恐れ、紬は咄嗟にその間へ割って入った。「……どうしたの?」成哉はいまだ衝撃の渦中にあり、呆然としたまま無意識に言葉を漏らした。「紬、俺は知らなかったんだ。伯父さんたちが裏でそんなことを企んでいたなんて。もし、会社の利益と引き換えにお前を差し出そうとしていたなんて知っていたら、俺は……俺は絶対に止めていた!」紬の足がぴたりと止まった。全身の血液が逆流し、凍りつくような感覚に襲われる。天野家の人々がいかに利益至上主義で無情であるかは、身に染みて理解していたつもりだった。けれど、成哉の口からその残酷な事実を突きつけられると、底知れない無力感と吐き気が胃の底からこみ上げてきた。目の前に佇む、かつて愛した男を見つめる。その瞳から失望の色が消え失せ、代わりにどろりとした嫌悪と、見知らぬ他人を見るような冷ややかさが宿った。「……あなたの黙認なしに、彼らがそんな悍ましい発想をするとでも?成哉、あなたも同罪よ」「紬、聞いてくれ、俺は……」成哉は紬の余所余所しい眼差しを浴び、心臓を鋭い刃で抉られたような痛みに悶えた。歩み寄ろうと手を伸ばしたが、紬は持っていたバッグを振り回して彼を拒絶した。「消えて!二度と私の前に顔を見せないで!」紬の瞳は赤く潤んでいたが、最期に冷徹な一瞥をくれると、決然とした足取りでマンションの中へと消えていった。追いかけなければならないと分かっていても、成哉の足は鉛を流し込まれたように重く、心臓は見えない手に握りつぶされるように軋んだ。彼は、行き場のない怒りの捌け口を求めていた。悲しみは次の瞬間、猛烈な憎悪へと姿を変える。「貴様、わざとやったな!紬の前でありもしないことを吹き込みやがって……すべて貴様の差し金だろう!」成哉は闇の中に佇む男を激しく睨みつけた。男の唇に浮かんだ軽薄な笑みが、たまらなく癪に障った。「ありもしないこと、か?」理玖の薄い唇が、冷ややかに弧を描いた。「お前は事実確認もしていないのに、随分と素直に謝罪したじゃないか。深層心理では理解しているんだろう?自分の家族が、紬に対してそれくらいの非道は平気でしでかす連中だと」「お前……よくも嵌めてくれたな!」成哉は目尻を吊り上げ、拳を振り上げた。しかし、その動きは容易く先読みされ
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