そんなことを考えながら、紬は丁寧に手を洗い終え、洗面所を後にした。ところが、廊下の角を曲がったその瞬間、頑丈でありながらどこかしなやかな「肉の壁」に、正面からぶつかってしまった。「あっ――」思わず小さな悲鳴が漏れる。「大丈夫かい?」頭上から降ってきたのは、深い気遣いを含んだ低い男の声だった。紬が慌てて顔を上げると、そこには吸い込まれそうなほど深い漆黒の瞳があった。彼女の白い頬に、みるみる気まずそうな赤みが広がる。言うまでもなく、ぶつかった相手は臨也の胸板だった。紬は鼻先をそっと擦りながら言った。「ええ、大丈夫よ。臨也さん、いたんだね」臨也は、彼女の白い鼻先に浮かんだ鮮やかな赤みを見つめていた。先ほど胸に伝わった、彼女の柔らかく華奢な身体の感触が脳裏をよぎり、その漆黒の瞳はいっそう深い色を帯びる。「ああ、今日は非番なんだ」短くそう答えると、続けて尋ねた。「鼻は痛まないかい?」「大丈夫。ぶつかった瞬間は少し痛かったけれど、もう何ともないわ」紬はそう答えながら、次からはちゃんと前を見て歩こうと心の中で固く誓った。臨也はようやく安堵したように息をついた。「それなら良かった。さあ、行こう。料理が冷めてしまう」二人はそのままダイニングへ向かい、それぞれ席に着いた。紬が佳苗の左隣に腰を下ろそうとすると、佳苗はすかさず臨也の腕を引き、紬の隣へと強引に座らせた。「あなたたち、子供の頃は一緒におままごとして遊んでいた仲でしょう?大人になったからって、そんなによそよそしくする必要なんてないわ。ほら、隣同士に座って、少しは昔の親しさを取り戻しなさいな」そう言うと、佳苗は二人を隣り合わせに座らせ、自分は向かいの席へ陣取った。その視線は、まるで極上の恋愛小説でも鑑賞するかのように熱を帯びている。「ほら、見てごらんなさい。あなたたち、本当に並ぶと絵になるわねぇ。紬ちゃんは小さい頃から変わらずお人形さんみたいに綺麗だし。なのに、うちの馬鹿息子ときたら、大きくなるにつれて可愛げはなくなるし、へそ曲がりになるしで困ったものだわ」臨也はどう返すべきか分からず沈黙を守ったが、紬の隣の席だけはしっかり確保したまま、一歩たりとも退こうとはしなかった。食卓を包むあまりにも露骨な空気に気づき、紬は少し困ったよう
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