All Chapters of 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした: Chapter 781 - Chapter 790

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第781話

紬はその動画を最後まで見ることすらできなかった。理玖は紬の張り裂けそうな気持ちを痛いほど理解していたが、それでも低い声で彼女を引き止めた。「君の気持ちは分かるよ、紬。でも、今は取り乱しちゃ駄目だ。それでは敵の思う壺じゃないか。心配しなくていい、俺も一緒に行こう」だが、紬はきっぱりと首を横に振った。「駄目よ、あなたは一緒に来ちゃ駄目」理玖も即座にキッパリと否定した。「駄目だ!君を一人で危険な目に遭わせるのを、ただ黙って見ているなんてできない。俺には無理だ」紬は理玖を宥めるように、彼に向かって静かに首を横に振った。それからスマホを取り出し、素早い指使いで理玖にメッセージを送った。【あなたの言いたいことは分かるわ。でも、今の私たちの行動は全部監視されているの。もしあなたが一緒に来たら、望美が何をしでかすか分からない。それに、あなたがここに残ってくれれば、他の人の気を引いて、警戒を解かせることができるわ。賭けには出られない。あの子たちはまだあんなに小さいのよ。だから、佐々木さんにこっそり私をつけてもらうように指示して。そうすれば、あなたも少しは安心できるでしょ】メッセージを送信し終えると、紬は理玖にスマホを見るように目配せした。紬だって馬鹿ではない。自ら進んで危険に身を晒すような真似はしない。どんな時であれ、自分自身の安全こそが最優先なのだ。自分が倒れれば、子供たちを助けることなどできないのだから。手元のメッセージを確認した理玖は、小さく息を吐き、紬に向かって頷いた。その提案は、確かに現状で最も妥当な折衷案だった。何しろ、この会場内において、神谷グループのトップである彼はあまりにも目立ちすぎるのだ。紬は理玖に向かって、周囲に聞こえるように言った。「それじゃあ、私一人で行くわね。ついて来ちゃ駄目よ、安心して」理玖の灰色の瞳には、重苦しい色が満ちていた。それでも、彼は紬の意志を尊重することを選んだ。スマホを操作し、佐々木文人にメッセージを送る。決してミスがないよう、紬をしっかり尾行しろと厳命した。少し離れた場所に控えていた文人からも、即座に【問題ありません】と力強い返信があった。紬が言葉を交わし終えて間もなく、一人のスタッフが歩み寄ってきて声をかけた。「綾瀬様、お着替えの部屋へご
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第782話

スタッフたちは口々に騒ぎ立てていた。文人にとって、それはまるで耳元でハエの群れが飛び回っているかのようにひどく煩わしいものだった。その瞳には微かに苛立ちの色が浮かんでいたが、それでも彼は最低限の礼儀を保って応じた。「大丈夫です。本当に手伝いは必要ありませんから」しかし、数人のスタッフはどうしても彼を引き止めようと食い下がってくる。さすがの文人も、この期に及んで事の異常性に気づかないほど愚かではなかった。「いい加減にしてくれ。ここでこれ以上、あなた方に付き合っている暇はない。これ以上続けるなら、上司から罰されるのを待つまでもなく、俺が直接このホテルからお前たちを叩き出してやる」文人は氷のような鋭い視線でスタッフたちを射抜いた。普段は理玖の後ろに控え、常に冷徹な表情を崩さない主の代わりに愛想よく振る舞い、飴と鞭の役割分担を意識している。だが、いざという重要な局面において、彼も伊達に神谷グループの社長秘書を務めているわけではなかった。スタッフたちは凄まじい文人の気迫に怯え、顔を見合わせた後、ついに道を開けた。これ以上引き止める度胸は、彼らにはなかった。文人は冷ややかな視線をスタッフたちの顔に走らせ、その顔立ちを一人残らず記憶に刻み込むと、大股で彼らの横を通り抜けていった。だが、紬と案内役のスタッフが先ほど消えていった角を曲がり、その方向を追ってみたものの、そこにはすでに紬の姿はなかった。ただ、静まり返った人気のない長い廊下が続いているだけだった。文人はその場に立ち尽くし、常に冷静な彼には珍しく、焦燥と戸惑いの表情を浮かべた。――どうすればいい?社長にどう報告すればいいというんだ。ほんのわずかな間に、どうして人が消えてしまうんだ?――一方その頃、理玖は華やかな披露宴会場で、ビジネス界の大物たちを相手に淀みなく立ち回っていた。彼は人を寄せ付けない圧倒的な威圧感を放っていたが、誰もが「神谷グループ」という極上の獲物にお近づきになりたがり、羽虫のようにしきりに群がってきていた。理玖は内心ひどくうんざりしていたが、裏で糸を引く望美の警戒を解くためには、この退屈な茶番を耐え忍ぶしかなかった。誰が愛想笑いを浮かべて擦り寄ってこようと、理玖はただ冷淡に頷くだけだ。骨張った大きな手には、赤ワインの注
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第783話

――まあいい。佐々木さんが後をつけてくれているのだから、心配することはないはず……紬は愛する二人の幼い子供たちの顔を思い浮かべ、意を決してそのままドアを押し開けた。だが、中へ足を踏み入れた途端、背後のスタッフがすばやくドアを閉め、外からガチャリと鍵をかけてしまった。紬は心底ゾッとし、ここでようやく自分が罠にはめられたのだと悟った。室内はカーテンが引かれているのか真っ暗で、二人の子供はおろか、人っ子一人いる気配すらなかった。紬は慌てて振り返り、開かないドアをバンバンと叩いた。「開けて!どういうつもりなの!?」「綾瀬様、私はただお金をもらって仕事をしているだけですので」ドアの向こうから、スタッフの冷淡な声が響いた。そう言い残し、スタッフは背を向けて立ち去っていく。遠ざかっていく足音を聞きながら、紬はついに赤い唇をきつく結び、それ以上は声を出すのをやめた。これ以上叫び続けたところで、誰かがドアを開けに来てくれるわけではないと分かっていたからだ。自分がどれほど騒ごうと、すべては無駄なのだ。今、紬はすべての希望を、後をつけてきているはずの文人に託すしかなかった。紬は振り返り、壁を手探りしながら照明のスイッチを探した。その間にも、紬は一縷の望みを抱いて暗闇に向かって呼びかけた。「悠真くん、芽依ちゃん……!二人とも、そこにいるの?」だが、紬に返ってきたのは、果てしない静寂と暗闇だけだった。――ほどなくして、望美のスマホにも計画通り事が運んだという知らせが届いた。望美は艶やかな唇を吊り上げ、あらかじめ手配しておいたチンピラたちにメッセージを送った。【前に言った通りにして。裏口から入るのよ。あそこは監視カメラの死角になっているし、二階の窓へ登る梯子も用意してあるから。その時は、忘れずにライブ配信しなさい。相手が女だからって手加減する必要はないわ!】相手も待ちきれない様子で、すぐさま行動を起こす旨の返信が来た。望美は事前に彼らに紬の写真を送っていた。あんな極上の美人が手に入るというおいしい話が転がり込んできたのだから、彼らもこのチャンスを逃すはずがなかった。チンピラからの返信を受け取ると、望美はようやくゆっくりとスマホをしまった。――ここからが、私の結婚式の本当の始まりなのだ。あのチ
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第784話

心の中で激しく葛藤した末、文人はやはりこの異常事態をすぐに理玖へ報告するしかないと覚悟を決めた。理玖はワイングラスを片手に、群がってくる上流階級の人間たちと表面上は愛想よく言葉を交わしていた。その表情がどれほど上の空であろうと、彼に「ノー」と言える者などこの会場には誰もいない。何しろ、彼には「神谷グループの総帥」という絶対的な地位があるのだから。理玖は視界の隅に、青ざめた顔でこちらを窺う文人の姿を捉えた。彼は即座に目の前の大物たちに向かって口を開いた。「少し失礼」そう言い残し、理玖は大股でその場を後にした。取り残された大物たちは、ただ戸惑ったように顔を見合わせるしかなかった。理玖は足早に文人の前に歩み寄り、ピタリと足を止めた。「紬は?」その短く鋭い問いを聞いて、文人は死刑宣告を待つ罪人のように深く項垂れた。「申し訳ありません、社長。見失ってしまいました」理玖の瞳の奥に、瞬時に絶対零度の冷ややかな光が宿った。「……もう一度言ってみろ」文人はさらに頭を深く下げ、身を縮こまらせながらも、思い切って報告した。「スタッフの集団に意図的に足止めを食らいまして……ハッと気づいた時には、すでに紬さんの姿はありませんでした。辺りの部屋をすべて探したのですが、結局、紬さんがどこにいるのか分かりませんでした」彼は拳をぎゅっと握り締め、これから降り注ぐであろう嵐のような怒りを全身で受け止める覚悟をした。だが、いくら待っても、理玖からの罵声は一向に降ってこなかった。恐る恐る顔を上げると、陰鬱な灰色の瞳と視線がぶつかった。その整った顔は、底知れぬ怒りによって氷のように冷たく沈み切っていた。ほんの一瞬目を合わせただけで、文人は反射的に再び頭を下げた。理玖は刃物のような声で言い放った。「自分のミスだと分かっているなら、さっさと罪滅ぼしをしてこい」「紬が見つからなければ、今日の披露宴、成哉の奴に最後まで挙げさせるつもりはない」理玖は、ステージ上で他の客の対応に追われている成哉の方を冷酷に見やりながらそう吐き捨てた。文人は心の中で固く決意し、声を絞り出した。「ご安心ください、社長。全身全霊をかけて、必ず紬さんを見つけ出します」当然、理玖もじっと待っているつもりはなかった。「俺も探す。誰か
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第785話

紬はスマホを握りしめ、心臓がギュッと冷たく締め付けられるのを感じた。だが、窓の外の物音は次第に大きくなっていく。ガタガタという音に混じって、下品な男たちの話し声が聞こえてきた。「どうやら、場所は間違ってねえみたいだな」「ああ、確かに中から声が聞こえたぜ」「すげぇ色っぽい声だったからな。この後、どんだけイイ思いができるか楽しみだぜ」「やめてくださいよ兄貴、俺、もう下半身が反応してきちゃいましたよ」「今回の雇い主は本当に太っ腹だな。こんな上玉を俺たちに抱かせてくれるなんてよ」その卑猥な言葉を聞いて、紬は瞬時に事態を悟った。大人の女性である彼女に、男たちの言葉の裏にあるおぞましい意味が分からないはずもなかった。紬は怒りと恐怖で、ギュッと拳を握り締めた。どうやら望美の狙いは、この結婚式の場で自分を辱め、公衆の面前で完全に破滅させることらしい。紬は手探りで重そうなガラクタを窓の前に押しやり、外の連中が入ってこられないように必死でバリケードを作った。あえて明かりはつけなかった。暗闇を利用して、外からの視界を遮るためだ。動き回るのにロングドレスの裾が邪魔になった。紬は歯を食いしばると、ビリッという鋭い音とともに、迷わず高級なドレスの裾を引き裂いた。一方、窓の外では、チンピラたちが外から窓を押し開けようとしたが、何かに引っかかってうまく開かないことに気がついた。男たちも中の異変を察知した。「チッ、兄貴、中の女が窓を塞いでやがりますぜ」「今更じたばたしてどうする!大人しく俺たちの言うことを聞けば、痛い目は見せずに可愛がってやるんだぜ!」チンピラたちのリーダー格の男が、欲情と苛立ちを交えて喚き散らした。しかし、紬は無言で歯を食いしばって窓を塞ぎ続け、決して開けさせまいと必死に耐えた。今の彼女にできることといえば、文人や理玖が一刻も早く見つけ出してくれるようにと、心の中で祈ることだけだった。そうでなければ、女の細腕ではこれ以上持ち堪えられない。外にいる連中の下劣さは、窓越しでもはっきりと伝わってくる。間違いなく、金で雇われたただのゴロツキだ。まともに話が通じる相手ではない。自らの尊厳を守るため、紬は全身の体重をガラクタの山に預け、必死に耐え抜いた。だが、窓は内側に開く構造になっている。このまま
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第786話

頬に少し汚れが付着していたものの、その美しさが損なわれることは全くない。紬は、まるで磨き抜かれた陶器のように美しかった。色気を帯びた三日月のような瞳は水面のように潤み、妖艶な輝きを放っている。その姿にチンピラの親分はごくりと喉を鳴らし、穴があくほどまっすぐに紬を見つめていた。吐き気を催すほどねっとりとした視線を向けられ、紬は肌が粟立つのを感じた。全身に不快感が這い上がってくる。素早く立ち上がり、彼らとの距離をスッと開ける。瞳をわずかに細めた紬は、男たちが梯子を伝って上ってきたのだと状況を把握した。「誰かに指図されてやってるのは分かってるわ。私たち、ちゃんと話し合えるはずよ」そう言いながら、紬はじりじりと窓際へ近づいていく。互いに探り合いの駆け引きが続いていた。「話し合うことなんてねえよ。俺たちは今、いい女の上で死ねりゃそれでいいんだからな」「兄貴、こんなに色っぽい女、芸能人と同じじゃねえっすか?」紬は心の底からゾッとするような悪寒を覚えた。だが必死に焦りを押し殺し、男たちの機嫌をとるように話を合わせる。「あなたたち、いくらもらったの?私が倍額払うわ!」毅然とした態度で言い放つ。少しでも時間を稼ぐしかなかった。手下の一人が躊躇い始め、頭を掻きながら親分の顔を窺う。「兄貴、この女の言ってること、マジみたいっすよ。俺たちを騙すつもりはなさそうっす。それなら、やっぱり倍の金をもらった方がいいんじゃねえっすか?」結局のところ、金が多くて困る人間などいない。手下の言葉に、紬の強張っていた顔色が少し和らいだ。お金で解決できる問題なら、何も心配する必要はないからだ。「ダメだ!」親分は血相を変えてきっぱりと拒絶した。予想外の返答に、紬も手下の男も驚いて呆然とする。二人は信じられないといった様子で親分を見つめた。だが親分は一歩また一歩と紬に迫り、凹凸のある顔を歪めて笑うと、黄色い歯をむき出しにした。「こんなに色っぽい女、手放すわけねえだろうが。そんなの馬鹿のやることだ。金はまた稼げるが、こんな上玉、この先二度とお目にかかれねえからな!」そう言い放つや否や、親分が勢いよく飛びかかってきた。紬は鋭く目を細め、すぐさま窓枠によじ登って外の梯子から逃げようとしたが、バルコニーに足を踏み入れた途端、別の二人の男に
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第787話

この時間になっても文人がまだ来ないということは、おそらくはぐれてしまったのだろう。普段の彼であれば、とうに駆けつけているはずだ。未だに姿を見せないのは、間違いなく何か足止めを食らうようなトラブルに巻き込まれたからだろう。彼が来るまでは、自力でこの場を切り抜けるしかない!紬は依然として男たちとの交渉を試みていた。「さっき言ったことは全部本当よ。2倍がダメなら3倍の額を払うわ。そっちで金額を提示してくれてもいい」そう口にしながらも、紬は何か武器になりそうなものはないかと周囲を探る。ここで大人しくやられるのを待つわけにはいかない。一方の親分は、その金額に心が揺れ動きはしたものの、今は欲望が理性を上回っており、金のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。目の前にいるこの口達者な女を、力ずくで屈服させることしか考えていない。親分は紬の提案を鼻で笑って一蹴した。「無駄な抵抗はやめろ。俺が欲しいのはお前だけだ!」そう言い放つや否や、男が飛びかかってくる。紬は相手を蹴り飛ばそうと身構えた。しかし次の瞬間、予想していた吐き気を催すようなねっとりとした感触は伝わってこなかった。ぎゅっと瞑っていた瞳を恐る恐る薄く開けて前を見ると、紬は思わず喜びの声を上げた。「りっくん!?」なぜこのタイミングで、理玖がここに現れたのだろうか?理玖の視線の先には、本来なら白く滑らかなはずの紬の肌が、泥だらけに汚れている姿があった。足首まであった長いスカートも、裾がボロボロに引き裂かれている。理玖の瞳に冷酷な光が宿った。先ほど紬に飛びかかろうとしていた親分を、まるで死体でも見るかのような、氷のように冷たい灰色の瞳で見下ろしている。紬も、これほどまでに恐ろしい理玖の姿を見るのは初めてだった。無意識に目を逸らし、震える声で呼びかける。「りっくん、どうしたの?」「紬、怪我はないか?」理玖は心配そうな声で尋ねたが、その目尻は真っ赤に染まっており、明らかに激怒していることが窺えた。紬は慌てて首を横に振る。「大丈夫よ」その言葉を聞いて、理玖はようやく安堵の息を吐いた。だが、目の前の男たちを見逃すつもりなど毛頭ない。首根っこを掴まれ宙吊りにされた親分はメンツを潰され、必死に暴れ回った。「放しやがれ!てめえ、
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第788話

チンピラの親分はしどろもどろになり、どう答えればいいのか分からない様子だった。心の中ではよく分かっている。それを口にすれば、この男はさらに容赦しなくなるはずだ。自分だって馬鹿ではない。紬は理玖のもとへ駆け寄り、その袖をつかんでそっと揺らした。瞳にはまだ動揺の色が残っている。「りっくん、もういいよ。先にこの人たちを捕まえて、それから警察に引き渡そう」そう言う紬の声は、ぞっとするほど冷たく響いていた。「安心して。私たちの代わりに、こいつらをきっちり懲らしめてくれる人がいるから」頃合いを見計らったように、文人がカメラを放り投げてきた。「それから、これもあります。全部、証拠になります」そのカメラを見た瞬間、理玖にはすべてが分かった。「佐々木!」理玖は鋭い声を上げる。「まず一度、徹底的に思い知らせてやれ。そのあとで警察に引き渡すんだ。一人も逃がすな。特に、俺が今つかんでるこいつはな」そう言うと、理玖は親分を乱暴に地面へ放り出した。そして紬の手を引き、その場を後にする。部屋の扉は、すでに文人が叩き壊していた。立ち去る直前、理玖は親分を一度踏みつけた。男の身体をそのまま踏み越えるようにして通り過ぎていく。地面に倒れた親分が、苦痛に呻き声を漏らした。紬は眉をぴくりと上げると、ごく自然な動作で同じように男の身体を踏み越えた。しかも、理玖と同じ場所を。その一撃には、紬もまったく手加減をしなかった。チンピラはそのまま気を失ってしまう。理玖と紬は、振り返ることなくその場を離れていった。文人はその場に残り、後始末を引き受ける。今回ばかりは、少しも不満を口にしなかった。もともと自分の失態なのだ。文人は冷え切った目でチンピラたちを見つめ、他の者たちに指示を出した。「しっかりと教育してやれ。くれぐれも、丁重にもてなすのを忘れるな」――紬は理玖に連れられ、その場を離れた。しばらくして、彼女は不思議そうに尋ねる。「りっくん、どうして私がここにいるって分かったの?」そこでようやく、理玖は順を追って事情を話し始めた。ただ、その瞳に宿る陰鬱な色は、まだ完全には消えていない。「佐々木が足止めされて、お前を見失ったんだ」「やっぱり、そうだったんだ」道理で、文人がいつ
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第789話

悠真は時間を確認した。「僕にも分からない。もうこんな時間になっているのに」悠真の計算では、そろそろ結婚式が始まる頃合いのはずだった。芽依は、いかにも悔しそうな表情を浮かべていた。「私、ちゃんとあの女の言う通りにしたのに、どうしてまだ私たちを外に出してくれないの?ママに会わせてくれてもいいのに」芽依にとって、望美はもはや全く信用できない相手だった。本当にどうしようもなくなり、最終的に望美へ協力することにしたのだ。自分の口に食べ物を押し込まれたときの力も、ひどく強引だった。ましてや今の望美には、以前のような優しさなど微塵もない。食べさせられそうになったものを、芽依は怖くてとても口にできなかった。ただ涙をいっぱいに溜め、必死に飲み込むしかなかったのだ。悠真も、望美が動画を撮影していることに気づいていた。彼女が何を企んでいるのか、察していたのだ。それでも、ママに会えるのならと見て見ぬふりをするしかなかった。「あんな悪い女の言うことなんか、聞いちゃダメだ。やっぱり、僕たちで何とかするしかない」悠真はきっぱりと言い切った。その目は芽依を真っ直ぐに見つめ、小さな拳をぎゅっと握りしめている。芽依も納得したように大きく頷いた。泣きすぎて目は腫れていたものの、その小さな顔には真剣な表情が浮かんでいた。「うん、お兄ちゃん。やっぱり自分たちで何とかしよう」悠真は立ち上がった。もう、このまま黙って待っているつもりはなかった。部屋の中を見回し、扉の前まで行ってドアノブを揺すってみる。だが案の定、鍵がかけられていた。芽依は大きな瞳に落胆の色を浮かべる。「じゃあ、どうやって外に出るの?」「僕がなんとかする」悠真は今度、窓のほうへ向かった。ベランダへ出ると、身を乗り出して周囲を見渡す。ここは五階だ。子供の二人では、軽率に動くわけにはいかない。芽依は以前ベランダから下りた経験があるせいか、かえって少し大胆になっていた。期待に目を輝かせながら尋ねてくる。「お兄ちゃん、ここからベランダを伝って下りられないかな?」悠真が何か言おうとした、そのとき。芽依の瞳に浮かんだ興奮を目にして、悠真は言葉を失った。「……」どうやら、芽依には安全についてきちんと教えておく必要が
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第790話

悠真は芽依がそこまで言い張るのを見て、これ以上何も言えなくなった。心の中で、自分を奮い立たせる。――僕はお兄ちゃんだ。ちゃんと芽依を守らなきゃ!芽依だって怖がってないんだ。僕がビビってるわけにはいかない。大丈夫。ただのベランダだ。一歩踏み出せば、届く。そう自分に言い聞かせてから、悠真はベランダを見た。すると、さっきまでほど怖くは感じなくなっていた。小さな拳をぎゅっと握りしめ、芽依に続いてベランダへと足を踏み出す。実際に渡ってみると、思っていたほど怖くはなかった。芽依は兄の表情が和らいだのを見て、思わず顎を上げ、誇らしげに言った。「ほら、そんなに怖くないって言ったでしょ。すぐにこの部屋から逃げ出せたら、ママに会えるよ!」「うん!」悠真は力いっぱい頷いた。胸の内は喜びでいっぱいだった。前を進んで道を切り開いていく妹を見ていると、悠真は少し申し訳ない気持ちになった。悠真は頭をかく。「芽依ちゃん、やっぱり僕が前に行くよ。もう怖くないから。僕に任せて」芽依は悠真の目をじっと観察した。本当にもう怖がっていないのだと分かると、ようやく安心した。「じゃあ、お願い。お兄ちゃんが前ね」芽依はずっと後ろから、悠真を一生懸命励まし続けた。二人はそのままベランダを伝って隣へ渡り、そこから梯子を使って下へと降りていった。その梯子は、以前望美が人を遣ってここに置かせたものだった。チンピラたちが連れ去られたあと、誰も彼も梯子のことをすっかり忘れていたのだ。無事に小さな部屋から抜け出すと、二人の顔には興奮が満ちていた。「やった!逃げ出せた!」芽依は嬉しそうに悠真に抱きついた。一方、悠真は胸を大きく上下させていた。まさか、本当にやり遂げられるとは思わなかった。あのベランダも梯子も、想像していたほど怖いものではなかった。悠真は芽依の瞳に浮かぶ興奮と喜びを見つめる。すると、自分の胸の中にも自然と嬉しさが込み上げてきた。そして、芽依の小さな手を取る。「行こう。ママを探そう!」「うん!」芽依は力いっぱい頷いた。――一方その頃、凛花は治の後をついて歩いていた。ところが、治がまるで勝手知ったる場所のように、迷うことなく舞台裏へ向かっていることに気づいた。凛花の
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