輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした のすべてのチャプター: チャプター 791 - チャプター 800

909 チャプター

第791話

「違うわ。あんたも見たでしょう。今日のこの場に、あんたが現れるのはふさわしくないわ」望美は表面上、治をあしらおうとした。しかし、治はそんな言葉に耳を貸そうともしなかった。その視線は望美の白い首筋に釘付けになり、暗い瞳の奥には抑えきれない情欲が渦巻いていた。治は手を伸ばして白く柔らかな首筋を撫で、指先で肌の上をゆっくりと、少しずつ滑らせていく。望美は抵抗できなかった。この男に逆らえばどんな目に遭うか、痛いほど分かっていたからだ。思わず息を呑むその瞳の奥には、治に対する恐怖が潜んでいる。「主導権が、お前にあるとでも思っているのか?」治の声は極限まで掠れていた。その言葉を聞いて、望美は瞬時に抵抗を諦めた。瞳から光が消え、絶望の色に染まる。治の言う通りだった。自分は元々、この男に操られるだけの存在なのだ。主導権など、最初からあるはずもなかった。望美は下唇を強く噛みしめ、拒絶の言葉を飲み込んだ。――いいわ、少し我慢するだけ。無事に結婚さえできれば、後で必ずこの男から逃れる機会を見つけられる。完全に抵抗を諦めた望美の赤い唇から、承諾の言葉が漏れる。「優しくして。あまり大きな音を立てないでね」紬の相手をさせる人間を探すため、メイクアップアーティストたちを追い払っていなければ、控え室でこんなことを受け入れるはずなどなかった。治は喉の奥で低く笑うと、望美の白い首筋を優しく摩った。「どうした、嫌なのか?お前の結婚式で、新郎の従弟とヤるなんて、すごく刺激的だと思わないか?」治は望美の耳元に顔を寄せ、吐息混じりに囁く。二人の体は隙間なく密着していた。望美の心は本来、拒絶で満たされていた。しかし治にそう言われると、心の奥底でわずかに情欲が刺激されるのを感じる。「メイク室の中へ行って」望美はただそれだけを口にした。「ふん」治の陰鬱な顔に、ようやく微かな笑みが浮かんだ。身を屈め、望美の赤い唇に口づけを落とす。「素直な子は好きだ」そう言い終わるや否や、望美は小さな悲鳴を上げた。治に横抱きにされたのだ。治は長い脚を踏み出し、メイク室へと向かう。やがて、中からは想像を掻き立てるようなあられもない声が漏れ聞こえてきた。凛花が片隅から姿を現した。その顔は怒りで青ざめている
続きを読む

第792話

望美のほうがよほど憎むべき存在ではあるが、天野家の面目を守るためにも、凛花はこのことを隠し通さなければならない。理玖が一瞥すると、文人が凛花の背後から現れ、その行く手を塞いだ。前も後ろも塞がれ、凛花にはもう退く場所がない。手の中のスマホを強く握りしめる。「あなたたち、何をするつもり?」紬はにこりと笑い、人差し指を立てて声を落とすよう合図した。「ここは話をする場所じゃないよ。別のところへ行こう」凛花は横目で後ろを見た。文人がすぐ背後で見張っている。今の自分は、まるでまな板の上の鯉だ。ただ相手のなすがままになるしかない。凛花はとうとう頷き、紬たちとともに化粧室から離れていった。それに、今も中から聞こえてくる声を聞いているだけで、吐き気がするほど気分が悪くなる。確かに、こんな場所で話をするものではなかった。十分に離れたところまで来ると、凛花の瞳に冷たい光が集まった。「あんた、いったい何が目的なの?勘違いしないで。神谷さんがいるからって、何をしても許されると思わないことね」凛花は紬の隣に立つ理玖へ視線を向けた。内心は不安でたまらなかったが、それでも背筋を伸ばして言葉を続ける。理玖はその言葉を聞いても、何も言わなかった。ただ、さりげなく紬の一歩前へ出る。庇う意思は、あまりにもはっきりしていた。紬は眉を軽く上げた。「私が欲しいものは簡単だよ。あなたが持っている動画」「無理よ!この動画は、あなたに渡すわけにはいかない」凛花は考えるまでもなく言い切った。その反応を見ても、紬は少しも驚かなかった。スマホを取り出し、長い指で何度か画面を滑らせる。それから、画面を凛花に向けた。そこには、凛花が望美と治の密会を盗撮している一部始終が、はっきりと映っていた。さらに動画を拡大すると、望美と治が不貞行為に及んでいる場面まで鮮明に映し出されている。凛花は手のひらを強く握りしめ、理解できないというように紬を見つめた。「いったい何をするつもり?」紬は小さく笑い、ゆっくりとスマホを引っ込めた。「凛花さんのスマホに入ってる、もっと鮮明な動画を私に送って。私たちは協力する立場でしょ。敵同士になる必要なんてないよ。それに、望美みたいな女が自分の従弟とこんなことまでできるんだよ
続きを読む

第793話

望美は心から成哉を愛していた。何年もの間、ずっと抱き続けてきた夢が、本当に叶おうとしている。この瞬間、望美はかえって現実味を感じられずにいた。一方、白いウェディングドレスに身を包んだ望美が、一歩ずつ自分のもとへ歩いてくるのを見つめながら、成哉はぼんやりとしていた。この瞬間になっても、心の底から嬉しいとは思えない。それはいったい、なぜなのだろう。記憶の中では、自分が愛していたのは、ずっとあの「望美」だったはずなのに。今、その記憶の中の「望美」が純白のウェディングドレスを身にまとい、もうすぐ自分だけのものになる。それなのに、どうして想像していたほど嬉しくないのだろう。成哉は胸元を押さえ、困惑したような表情を浮かべていた。だが、会場にいる人々は、そんな成哉の様子を見て、嬉しさのあまり呆然としているのだと思った。何しろ、人気女優と大企業の社長の恋物語には、以前から誰もが夢中になっていたのだ。「まさか、天野グループの社長ともなると、自分が心から愛する人と結婚するだけで、あまりの嬉しさに反応できなくなるんだな」「成哉さんのあの呆然とした表情を見てたら、本当に尊すぎる!」「二人とも顔立ちが、本当にお似合い!」「こんな夢みたいな恋、いつになったら私のところにもやってくるのかな!」周囲のざわめきが、かすかに望美の耳へ届いてくる。すると、望美の唇に浮かぶ笑みは、次第に大きくなっていった。成哉がその場で呆然としているのを見て、望美もまた、彼が嬉しさのあまり我を忘れているのだと思った。それに、今は紬が邪魔をしに来ることもない。式を無事に終えたら、すぐに人を連れて紬の醜い本性を暴いてやればいい。そのときには、紬はすべてを失い、世間からも見放される。そう思うと、望美は思わず笑い声を上げそうになった。だが、次の瞬間。その笑顔が、ぴたりと凍りついた。視界の端に、紬と理玖の二人が人混みの中に現れたのが見えたのだ。それに気づいた望美は、慌てて振り向いた。すると、意味ありげに細められた紬の三日月のような瞳と、まともに目が合った。紬は眉をわずかに寄せると、さらには手を上げて、望美に軽く挨拶までしてみせた。そして、唇だけを動かして伝える。――驚いた?望美は美しい瞳を大きく見開き、足元が
続きを読む

第794話

「僕、フラワーボーイじゃないの?」悠真は首を傾げ、無邪気な瞳で望美を見つめた。望美は手のひらを強く握りしめ、この問いにどう答えればいいのか分からなかった。すると芽依が、理解できないというような口調で尋ね、唇を尖らせて不満そうに言った。「望美おばさん、私の口に食べ物を詰めて、そのあと動画を撮ってママに見せれば、ママが私を探しに来るって言ったよね?口に入れるとき、すごく痛かったんだよ。私、ちゃんと言うことを聞いたのに、どうしてママはまだ来てくれないの?」望美は思わず二歩、後ずさった。垂れ下がった両脇で、拳をぎゅっと握りしめる。このクソガキたち、やっぱり生かしておくわけにはいかない。こんなところででたらめを言われたら、周りから自分がどう見られると思っているの?望美は成哉の視線をまともに見ることすらできなかった。二人の子供の声は、壇下にいる人々にちょうど届くほどの大きさだった。だが紬は拳を強く握りしめ、思わず歯を食いしばった。脳裏に、涙で潤んだ芽依の大きな瞳が再び浮かぶ。身体が止まらないほど震えていた。理玖はそんな紬の手の甲をそっと叩く。「大丈夫。全部俺に任せて。すぐに、あの女には思い知らせてやる」紬もまた、冷え切った目で壇上を見つめていた。周囲のざわめきは、次第に大きくなっていく。「二人の子供の話を聞く限り、まさか望美さん、子供を虐待してるんじゃないか?」「俺もそう思う。子供は嘘なんてつかないからな」「昔から、継母っていうのは大変なものだろ。それも、あんな名家ともなればなおさらだ」「そう言われてみれば確かに。夫の前妻の子供を、本心から大切にできる人なんて、そうそういないだろう」壇下から聞こえてくる声を耳にして、望美は心の中で二人の子供を何度も呪った。それでも何とか取り繕おうと、笑顔を作る。「ママはちゃんと壇下にいるでしょ?それに、あれはただの遊びだよ。今はおじいちゃんと一緒に下に戻ってて。まだあなたたちの出番じゃないからね」もともと望美の声は甘く柔らかい。さらにしゃがみ込み、優しく芽依の頬を撫でるその姿は、誰が見ても非の打ち所がなかった。征樹もようやく事情を察した。二人の子供に声をかける。「悠真くん、芽依ちゃん、先に下りてきなさい。まだ式は始まったばかり
続きを読む

第795話

これくらいの些細な問題なら、これから自分が直していけばいい。司会者はようやく本題に戻ったことに気づくと、慌てて額の汗を拭い、次の進行へと移った。「この新郎新婦の素晴らしい愛の物語を見届けることができて、本当に嬉しく思います!ここで、新婦が特別にドキュメンタリーを用意してくれました。結婚式の会場で上映するそうです。新郎へのプレゼントだそうですよ!」司会者は興奮した様子で、声を張り上げる。だが、望美は困惑しきっていた。自分がいつドキュメンタリーなんて用意したというのだろう。そんな話、まったく知らない。望美が顔を上げると、成哉の感動に満ちた眼差しとぶつかった。「望美ちゃん、君は本当に気が利くな」それを聞いた望美は、にっこりと微笑み、そのドキュメンタリーを自分が用意したものだと認めた。「私たちの結婚式に、後悔を残したくなかっただけよ。あなたと一緒にいられるなら、それだけで私は幸せだから」成哉の胸にも、温かなものが込み上げてきた。心の奥底には、罪悪感まで湧き上がっていた。こんなにも素晴らしい女性を、疑っていたなんて。それどころか、何か企みがあるのではないかとさえ思っていた。望美は、ずっと自分のそばを離れずにいてくれている。それだけで、喜ぶべきだったのだ。司会者もまた、二人の愛に感動していた。存在しない涙を目尻から拭う仕草をすると、スタッフに上映を始めるよう合図する。会場の人々も、二人が出会ってからの素敵な恋物語が流れるのだと思い、祝福の眼差しを大スクリーンへ向けた。次の瞬間。男女の甘い吐息が響き渡った。「もっと優しくして、あまり大きな音を立てないで……」「こういうの、すごく刺激的だと思わない……」「メイク室の中へ行って……」スクリーンに映し出されたのは、望美とある男の横顔だった。望美は艶やかな顔に恍惚とした表情を浮かべ、しかも身につけているのはウェディングドレスだった。そして、望美の首元に顔を埋めている男の顔立ちは、壇上にいる成哉と三割ほど似ている。だが、明らかに成哉ではなかった。望美は瞬時に目を見開いた。穏やかで上品な表情を保つことなど、もうできない。スタッフに向かって叫んだかと思うと、今度は壇下に向かって叫ぶ。「消して!あなたたち、いったい何を流してるの
続きを読む

第796話

壇下の客たちは息を呑み、誰一人として声を上げることなく、壇上の成哉と望美を見つめていた。ただ普通に結婚式へ参列したはずが、まさか最後にはこんな展開を迎えるとは、誰も思っていなかったのだ。成哉が冷たく手を振り払うと、望美はそのまま床へ尻もちをついた。成哉の瞳からは、先ほどまでの優しさが完全に消え失せている。そこに満ちているのは、激しい怒りだけだった。凍りつくような目で、成哉は望美を見下ろした。「俺を馬鹿だと思っているのか?」「違う、違うの……」望美はただひたすら泣きじゃくることしかできない。成哉の冷たい態度を前に、望美は慌てて自分の腹へ手を当てた。「成哉、忘れたの?私たちには子供がいるじゃない。二人の愛の結晶なのよ」壇下の人々は望美の言葉を聞いて、思わずひそひそと話し始めた。「このタイミングで子供の話をするってことは、まさかお腹の子まで成哉さんの子じゃないんじゃ……」「私、今まで成哉さんと望美さんの恋愛を応援してたのに。まさか全部、笑い話だったってこと?」「あれだけのことをやってるんだ。その子供だって、あの男の子かもしれないぞ」「そう言われてみれば、本当にあり得るな。妊娠中に他の男とあんなことをして、普通なら夫が黙っていられるわけないだろ」「そういえば、あの男って成哉さんの親戚なんじゃないか?」スクリーンでは、動画がまだ流れ続けていた。誰もが、動画の男の顔立ちが成哉とどこか似ていることに気づいている。だが、纏う雰囲気は成哉とまるで違った。治は長年帰国していなかったため、ここにいる人々のほとんどは、あの男が何者なのか知らなかった。そんな囁きは、一つ残らず天野家の人々の耳に入っていた。当然、壇上の成哉にもすべて聞こえている。暗い瞳が望美へ向けられる。その眼差しは、ますます冷たく恐ろしいものになっていた。もし視線で人が殺せるなら、望美は今頃、全身を射抜かれて穴だらけになっていただろう。成哉は、まさか望美がここまで破廉恥な女だったとは思ってもみなかった。よりにもよって、大勢の面前で自分に恥をかかせるとは!「失せろ!」成哉は必死に怒りを抑えながら吐き捨て、もう望美のほうを見ようともしなかった。だが、床に座り込んでいた望美は、ずるずると這うように成哉のもとへ近づいて
続きを読む

第797話

「嫌よ、嫌!そんなの、認めないわ!」望美の瞳は驚愕に染まっていた。これほど長い間、必死に努力してきたのに、最後に待っていたのはこんな結末なの?こんなことになったのは、絶対に紬のせいだ!自分の計画が失敗するはずなんてない!だが絵美は、もうこれ以上見ていられなかった。太腿を叩きながら、声を荒らげる。「黙りなさい!そこで何を喚いてるの!まだ恥を晒すのが足りないって言うの?結婚式の日にこんな大騒ぎをして、もう何をやってもおかしくないわよ!」絵美は険しい顔で、息子を脅すように言い放った。「成哉、よく聞きなさい!あなたの父親が言った通りよ。この女を家に迎えるというなら、私を母親だと思わなくていいわ!」ここまで騒ぎが大きくなってしまえば、結婚式を続けることなど到底できなかった。それでも、会場にいた人々は帰ろうとはせず、この騒ぎの行方を見届けようとしていた。記者たちはますます熱を帯びていた。カメラのフラッシュが絶え間なく光り続けている。こんな豪門の裏話など、百年に一度あるかないかだ。しかも、人気女優と大企業の社長の恋物語ときている。結婚式当日、新婦が新郎に隠れて、新郎の従弟と化粧室で激しい情事に及んでいた。これを記事にすれば、間違いなく大きな話題になる。征樹の心はすっかり冷え切っていた。やがて二人の子供の目を覆っていた手を離し、壇上へ上がる。そして、会場にいる人々へ真摯に頭を下げた。「本日はお越しいただき、ありがとうございます。そして、このような形でお時間を取らせてしまい、大変申し訳ございません。天野家の内々のことでございますので、これ以上皆様をお引き止めするわけにはまいりません。後日、改めて天野家よりご挨拶に伺わせていただきます。どうかお気をつけて、順にお帰りくださいませ。ありがとうございました」そう言って、征樹は深々と頭を下げた。一方、成哉はその隣に立ったまま、まるで雷に打たれたように呆然としていた。床に座り込んで泣いている望美を見つめながら、どうしても理解できなかった。自分の記憶の中では、あんなにも美しかった晚晚が、いつからこんなにも嘘ばかりつく女になってしまったのだろう。壇下の客たちは、征樹がそこまで言ったこともあり、天野家の顔を立てて会場を後にしていった。
続きを読む

第798話

結婚式当日に、よりにもよって自分の従兄弟の未来の嫁と関係を持つなんて、いったいどういうつもりだ!普段は落ち着き払っている拓海の顔にも、気まずそうな色が浮かんでいる。視線を泳がせ、征樹にどう説明すればいいのか分からずにいた。何しろ、治が帰国していたことなど、拓海自身も何も知らされていなかったのだ。あの馬鹿息子は、自分に何一つ話していなかった。拓海も内心では頭を抱えていた。――治の野郎、一体何を考えてるんだ。女なら他にいくらでもいるだろうに。それなのに、よりにもよって望美だ。しかも、従兄弟の相手と重なるなんて。まったく、天野家の名が泣くわ。絵美は胸を押さえ、今にも息が止まりそうなほどだった。「そうよ!あの恥知らずな治はどこなの?こんな恥を晒しておいて、今さら人前に出てくるのが怖いっていうの?」「治はどこだ?」成哉も目を伏せ、床に座り込んで生気を失っている望美へ冷たい視線を向ける。「私は……」望美には、どう答えればいいのか分からなかった。今この状況で治の居場所を口にすれば、成哉との可能性が完全に断たれてしまう。そんな中、拓海はさらに火に油を注ぐように言った。「征樹、そう怒るな。俺に言わせれば、もしかしたら治はこの女に誘惑されたんじゃないか?従兄弟揃って望美に惑わされたんだ。万死に値するのはこの女だけだ。うちの治には、何の落ち度もない!」さらに拓海は、動画の中の一言をわざと取り上げた。「そもそも『メイク室へ行こう』って言い出したのもこの女だ。つまり、最初からあの子を引っかけてやろうとしてたってことだ!こんな女の言いなりになって、あの子が悪者にされるなんて、たまったもんじゃないだろ!ここはひとつ、思い知らせてやるべきだぞ」拓海だって腹を立てていた。息子がこの女と関係を持っただけなら、まだいい。だが今や、それが大スクリーンに映し出され、これだけ大勢の人間に見られてしまったのだ。これでは天野家の面子を潰されたも同然ではないか!絵美は目を見開き、拓海の鼻先を指差す。「あんた……」そう言いかけては、言葉が出てこない。拓海の厚かましさに、すっかり言葉を失っていた。人間、どうしたらここまで図々しくなれるんだ!?やがて絵美はがくりと項垂れ、目の前が真っ暗になると、その
続きを読む

第799話

凛花はまるで怯えた小動物のように、すぐさま絵美を抱きかかえ、もう紬のほうを見ることさえしなくなった。典型的な、弱い者には強く、強い者には弱いタイプだ。望美は壇上にへたり込み、腹を押さえながら、どうしていいのか分からず途方に暮れていた。この瞬間、ようやく誰一人味方がいない孤立無援の感覚を味わっていたのだ。先ほどの拓海の言葉を思い出し、望美は思わず拳を強く握りしめる。あまりにも耳障りな言葉の数々は、鋭い刃物のように何度も何度も彼女の心を突き刺した。望美は顔を上げ、涙で潤んだ瞳で成哉を見つめる。腹を抱えながら、震える唇から小さな声を漏らした。「成哉、本当に私を信じてくれないの……?」「そんな呼び方をするな。反吐が出る!」成哉は低く怒鳴り、すでに電源の落とされた大スクリーンを指差した。「これ以上、俺にどうやって信じろっていうんだ?証拠は全部目の前に出てる。お前が動画に映ってるのは別人だと信じろっていうのか。それとも、治と関係を持ってないって信じろっていうのか?」成哉は絵美を指差した。「母さんまであんなことになって、それでも俺に信じろっていうのか?望美、お前には本当に失望したよ!」そう言い捨てると、成哉は大股で壇上を下り、絵美のもとへ向かった。壇上に座り込んでいる望美には、もう一度も目を向けようとはしなかった。成哉がしゃがみ込み、絵美の様子を確認したときだった。さっきまでごちゃごちゃしていた頭の中に、舞絵の言葉が蘇った。舞絵は前から、はっきり言っていた。望美はろくな女じゃない。きっと後悔するぞ、と。それだけではない。以前、望美が病院にいたとき、首にははっきりとキスマークが残っていた。成哉は思わず拳を強く握りしめる。――きっとあの頃には、もう望美は治と関係を持っていたのだろう。ふっ……俺は本当に愚かだった。成哉の整った顔は怒りで真っ黒になったかと思うと、突然眉間に深い皺が寄った。こめかみを押さえ、苦しそうに低く呻く。「お兄ちゃん、どうしたの?」凛花が慌てた様子で声をかける。まだ救急車は来ていない。兄まで倒れたら大変だ。征樹も慌てて尋ねた。「成哉、どうした?」だが成哉は頭を押さえたまま、混濁していた頭の中で、まるで映画のワンシーンのように記憶の断片が
続きを読む

第800話

紬だって、二人の子供が成哉を心配するのを止めるわけにはいかなかった。紬の言葉を聞いて、二人の子供もようやくほっと息をついた。悠真はつんと顎を上げ、強がるように言った。「今はあの悪い女の味方をしているんだから、あの人なんて僕たちのパパじゃない」芽依は何も言わなかったが、その瞳にははっきりと同意の色が浮かんでいた。悠真の言葉に、無言で頷いているのと同じだった。凛花は泣きそうな声で尋ねた。「お父さん、じゃあ治はどうするの?あんなことしておいて、今も隠れたままだよ。もしこのまま見つからなかったら、どうするつもりなの?」凛花は悔しそうに訴えた。征樹が頭を悩ませていた、そのときだった。文人が後ろ手に縛られた男を一人引きずってきて、征樹の目の前へ無造作に放り出した。「お待たせしました。どうぞ、お好きに」文人はさらにパンパンと手を払い、得意げに声を弾ませた。「お礼は結構です。私はいいことをしても名乗らない主義でしてね。社長の命令で来たということだけ覚えておいてください!」征樹も凛花も言葉を失い、顔を見合わせて呆れ果てたような表情を浮かべた。そして縛られた治へ視線を向けると、そこには先ほどまでの意気揚々とした姿とはまるで違う陰鬱な姿があった。青白い顔には口元に血の跡まで残っている。どう見ても神谷家が実力行使に出たのは明らかだったが、治はまるで何事でもないかのように平然としている。バレたなら、それでいい。だが拓海は、まだ事態を飲み込めていなかった。急いで治のもとへ駆け寄る。「お前、いったいどうしたんだ?」「ホテルで足止めされたんだよ」治は冷たく鼻で笑い、適当に答える。そして何気なく目を上げると、壇上で涙の跡を残した望美へ視線を向けた。その目は冷たく粘ついており、まるで暗闇に潜み獲物を狙う毒蛇のようだった。望美はその黒い瞳と目が合った瞬間、思わず下腹部に力が入り、鈍い痛みが走った。こんな状況になっても、治はどうして平然としていられるのだろう。征樹は歯を食いしばると、治の頬を思いきり平手打ちした。乾いた音が会場に響き渡る。「この出来損ないが!」拓海は慌てて駆け寄り、治を支え起こしながら征樹を睨みつけた。「……お前、自分の息子じゃないからって、そこまでやるか!」治は、何をや
続きを読む
前へ
1
...
7879808182
...
91
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status