二人の凄まじい剣幕を前に、杏奈はぱちりと一度だけ瞬きをし、それから、試しにと一つの提案を口にしてみた。「じゃあ……円香を連れていくっていうのはどう?」その名前には、何か不思議な魔法でも宿っているらしかった。言葉が落ちた瞬間、祐一郎と裕司の顔に張り詰めていた緊張と頑なな反対の色が、ぴたりと固まり、霧散したのだ。二人は素早く視線を交わした。互いの瞳の中に、奇妙なほどの……深い安堵感を見出している。幾度もの「実戦」を経て、鈴木円香の「往復ビンタの女王」「人間兵器」としての定評は、もはや二人の間で揺るぎないものとなっていた。身内を守るための凶暴性と、物理的な障害を力技でねじ伏せる実力は、天下一品と言っていい。あの円香が一緒なら、たとえ伏魔殿のような吉川邸へ乗り込んだとしても――想像しただけで、妙な安心感が込み上げてくる。祐一郎の表情から、ようやく険しさが消えた。それでも念を押すように確認する。「円香は、今日は授業があるんじゃなかったか?夜なら都合がつくのか」「午後の授業が終われば、大丈夫なはずよ。私が少し遅めの時間に行けば、ちょうど授業が終わる時間に合わせられると思う」と杏奈が答えた。「……わかった」祐一郎は深く息をつき、暗黙の了承を与えた。裕司も小さく頷き、反対の意志を引っ込める。吉川家行きの懸念が片付くと、裕司が切り替えて本題に入った。「ソーン・ティアーズの生産ラインは、ほぼ最終の調整段階に入っている。明日には全工程が完了する予定だ。プロモーション戦略だが、公式サイトや各チャンネルでの事前告知に加えて、そろそろイメージキャラクターの選定も具体的に始めた方がいい。何か希望や、外せない条件はあるか?」若いトレンド層をターゲットに据えたソーン・ティアーズには、ファンに対する強力な訴求力を持つ著名人が不可欠だ。それに対して、モーニング・ライト・シリーズのような上位ラインは、そういった大々的な露出に頼らずとも、ハイエンド層へ直接アプローチできる独自のルートが確立されている。杏奈はこの件に、さほど強い関心を持っていなかった。彼女の情熱はあくまでデザインそのものに注がれているのだ。「キャラクターの選定は、先輩に一任しますわ。ただ、一つだけ絶対に外せない条件があるの――私生活が完全にクリーンであること。どれだけ
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