杏奈は円香へ目配せし、先ほど話題に上ったあの人へ連絡するよう促した。自身は当面、どう見ても常軌を逸しているこの女の相手を買って出るつもりだった。意図を察した円香がスマホを取り出し、創大へ連絡を入れようとした、まさにその矢先のことだ。「どきなさいっ!」気配を察した女が、甲高い金切り声を上げた。立ちはだかる二人を力任せに突き飛ばすと、素早く身を屈めて心愛を抱きかかえ、一目散に駆け出したのだ。遠ざかる背中から、無邪気な声が水面の波紋のように広がってくる。「レアアイテム、ゲットー!」不意を突かれ、大きく体勢を崩した二人は、しばし言葉を失った。……正直、もう関わりたくない。内心で毒づきながらも、体勢を立て直した二人の足は、すでに地を蹴っていた。本音とは裏腹に、追跡の手を緩めるつもりは毛頭なかった。数人がドタバタと追いかけっこを演じて去った直後、低く重厚な排気音を響かせて一台のスポーツカーが滑り込んできた。その後ろには、数珠つなぎになった漆黒のSUVが列を成している。黒龍を思わせる重厚な車列がアンティーク街の路地に停車すると、重いドアが一斉に開かれた。黒スーツに身を包んだ屈強なボディーガードたちが雪崩を打つように降り立つなり、周囲の露天商たちは顔を真っ青にし、商品を放り出して我先にと逃げ散っていった。先頭のスポーツカーから降り立ったのは、仕立てのいい白スーツを纏った長身の男だ。精悍な顔立ちは、今や冬の底冷えする水面のごとき静謐な怒りを湛えており、刃のような視線が一帯を射抜く。残っていた野次馬たちも、たまらず首をすくめてその場から逃げ出した。「探せ」男が、静かに口を開いた。本来ならば爽やかな印象を与えるはずの澄んだ声は、今この場にあっては、筆舌に尽くしがたい威圧感となってボディーガードたちの胸にのしかかった。「この街をひっくり返してでも、必ず見つけ出せ」「はっ!」一糸乱れぬ声で応じた黒服たちは、即座に四方へと展開していった。……一方、その頃。子どもを抱えて走る女の足は、それほど速くはなかった。百メートルも行かないうちに円香に追いつかれ、すぐさま回り込んだ杏奈が、鮮やかに心愛を奪い返した。「説明して」円香が女の肩を掴んで壁に押し付け、鋭い目を向ける。「あんた、何者?この子をどこへ
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