一ノ瀬蓮(いちのせ れん)と共に過ごした九年間、私は彼のために九人の恋人との関係を清算してきた。そして十人目は、私自身だ。別れを決意した私は、これまで九度も突きつけてきた手切れの合意書を手に取り、そこに自分の名前を署名した。蓮にそれを渡すと、彼は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべて言った。「待たなくていいのかい?もしかしたら、本当にお前と結婚する気になったかもしれないのに」この九年間、そんな台詞は嫌というほど聞かされてきた。だが、九人目の相手の後始末をした時、私は愕然とした。その相手は、私が初めて彼のために女性トラブルを解決した際に出会った、あの時の少女だったのだ。彼女は目を細めて私に言った。「意外だわ。あれから何年も経って、まだ彼のそばにいるのがあなただったなんて」胸が締め付けられるような痛みに襲われ、私はようやく悟った。九年間も囚われていたこの茶番劇から、今こそ降りるべき時なのだと。私は荷物をまとめ、五日後に出発する航空券の手配をした。九年間の別れを告げるには、五日もあれば十分だ。……蓮が私の元へやってきた時、彼はいつものように口角にキスをした。「今度の子はちょっと厄介でね。お前に直接出向いてもらわないといけない」そう言いながら、彼の冷ややかな指先が私の背筋をなぞり、自分では留めにくい服のボタンを留めてくれた。私は眉をひそめたが、表情には出さなかった。どうせ、こんなことは初めてではない。だが、その相手を見た瞬間、私は理解した。蓮の言う「厄介」がどういう意味だったのかを。九年という月日は、彼女を大きく変えていた。青臭い女子大生から、洗練されたキャリアウーマンへ。かつて肩までだった髪は、栗色のウェーブヘアに変わっていた。彼女は、かつての私のように淡々とした眼差しを向けた。「また会ったね、佐伯奈緒(さえき なお)さん。まさかあれから何年も経って、まだ彼のそばにいるのがあなただったなんて」私は呆気にとられ、目の前の事実が信じられないほどだった。しばらくして、ようやく席に着き、手元にある見慣れた書類を取り出した。「顔なじみとなれば、単刀直入に言わせてもらうわ」口に出してみて初めて、自分の声がひどく枯れていることに気づいた。奥歯を噛み締め、数秒間呼吸を整
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