All Chapters of あなた、この結婚を終わらせましょう: Chapter 231 - Chapter 240

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第231話

疲労困憊の旅を経て、瑛司と絵理奈はようやく我が家に辿り着いた。しかし、テラスでは翔と琴音が腕を組み、今にも爆発しそうな顔で待ち構えていた。「……どうしてそんなに怖い顔をしているの?」絵理奈は苦笑いしながら歩み寄った。「パパとママの嘘つき!すぐ帰るって言ったのに、朝起きてもいなかったじゃない!」琴音はママそっくりの顔で抗議した。「そうだよ!吾妻おじさんのスマホから何度も電話したのに、全然出ないし!」翔も不満げに頬を膨らませた。怒り心頭の子供たちを前に、絵理奈はたじろいで唾を飲み込んだ。瑛司は小さく息を吐き出した。「どうしてパパたちを責めるんだ?怒るなら、昨夜酔い潰れたママを——」「ちょっと!」絵理奈は慌てて瑛司の口を塞いだ。子供たちの手前、必死に作り笑いを浮かべて言い訳をひねり出した。「ご、ごめんなさいね。パーティーが夜中までかかっちゃって。疲れたまま運転するのは危ないから、ホテルに泊まったのよ」「それでも怒ってるもん!」二人は声を揃えた。瑛司は絵理奈の手をどけ、子供たちに顔を近づけて悪戯っぽく笑った。「そうか、ならママにたっぷり怒ってやりなさい」そう言い残し、絵理奈の睨みつける視線を背に受けながら、可笑しそうに笑って家の中へ入っていった。子供たちの怒りを静めるため、絵理奈はとっておきの切り札を切った。「そんなに怒らないで。お詫びに、琴音にはプリンセスのお人形、翔くんには欲しがってた黄色のユニフォームを買ってきたわよ」その言葉に、二人の目はパッと輝いた。「本当!?ママ嘘じゃないよね!?」「ええ、城田おじさんが車から運んでくれたはずよ。さあ、一緒に開けましょう」さっきまでの怒りはどこへやら、二人は歓声を上げて家の中へ駆け込んでいく。大喜びでプレゼントを抱きしめ、「ママ大好き!」と絵理奈に抱きつく子供たちを、ソファに座った瑛司が目を細めて見守っていた。絵理奈は瑛司に得意げな視線を送り、ペロッと舌を出してみせた。愛する絵理奈と子供たちの笑顔。瑛司の胸の内に、長年求め続けていた穏やかな幸福が確かに満ちていた。午後。テラスでは、翔がバスケットボールのドリブル練習をし、琴音がその傍らで人形遊びに夢中になっていた。「ママ、こっち!」琴音が手を振った。絵理奈が近づく
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第232話

昼から夜へと時間が移り変わる。今夜の絵理奈はひどく忙しかった。琴音を寝かしつけた後も、すぐにノートパソコンとタブレットを開き、新しいドレスのデザインに取り掛かっていた。夕方に明日香が屋敷を訪ねてきて以来、今年発表予定の新作サマーコレクションのデザインを急ピッチで進めているのだ。書斎で一心不乱に作業を続ける絵理奈を、瑛司は時折心配そうに覗き込んでいた。普段夜更かしをしない彼女が、無理をして体調を崩さないか気が気ではない。「絵理、眠くないのか?もう午前一時を回っているぞ」軽くドアをノックし、瑛司が声をかける。顔を上げた絵理奈は、ふるふると首を横に振った。「あなた、先に休んでいて。まだ手直ししたい部分がいくつかあるの」そう答えると、絵理奈は再びタブレットに視線を落とす。瑛司は小さくため息をつき、絵理奈のそばへと歩み寄った。画面に描かれた緻密なデザインを覗き込み、どうすればこんなにも美しいドレスを生み出せるのかと、密かに舌を巻いた。「まだかかりそうか?」長く伸びた髪を指先でそっと耳にかけてやりながら、優しく尋ねる。「あと一枚だけよ」「そうか。じゃあ、俺も付き合おう。何か飲み物か、軽いものでも作ろうか?」絵理奈はぱちぱちと瞬きをし、唐突に腕を伸ばした。瑛司はすぐさまその身を抱き寄せる。腕の中の温もりを感じ、瑛司の口元に自然と柔らかな笑みが浮かんだ。「疲れているんだろう?」「ええ。温かいミルクをお願いできる?」瑛司を見上げて、優しく微笑みかけた。「ミルク?ははっ、てっきりまたワインを飲んで泥酔したいのかと思ったよ」おでこにキスを落としながらからかうと、すかさず絵理奈の軽いパンチが腕に飛んできた。「もうっ。あと、冷蔵庫に入っているビスケットも持ってきてね」「了解。少し待ってなさい」瑛司は足早に書斎を出て、キッチンへと向かった。一人残された絵理奈は、瑛司の後ろ姿を見送って頬を緩めた。手で頬杖をつき、可笑しそうに首を振りながら甘い笑みをこぼした。彼があんな風に変わってくれたこと、本当に感謝しなきゃ。今の瑛司は、昔のあの冷たかった彼とはまるで別人だわ。今のこの幸せが、本当にありがたい。しばらくして、瑛司が書斎に戻ってきた。リクエスト通り、温かいミルクの入ったグラスとビスケットの皿を机の上に置
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第233話

「翔くん、これからパパとママとお出かけしない?琴音がどうしても遊びに行きたいって聞かなくて」ブティックの仕事を片付けた絵理奈は、家にいる翔に電話をかけた。「僕はいいや。ママたちだけで行ってきてよ」と、翔はあっさり断った。「本当に?後で怒らない?」「もう、ママったら!僕はもう大人なんだから!」神谷のスマートフォンから、翔の抗議の声が響く。その背伸びした口調に、絵理奈は思わず吹き出した。「分かったわ、私たちの『大人』さん。お土産を買っていくわね……また後でね。愛してるわ」通話を切り、車で待つ瑛司と琴音の元へ向かう。運転席には城田が控えていた。「ゲームセンターに行きたい!」琴音がパパの首にしがみついておねだりする。「いいぞ、小さなお姫様。だが、もう癇癪は起こさないと約束できるか?」瑛司が鼻先を軽くつつく。「うん、約束する!」車は琴音念願のゲームセンターへと向かった。「今日は会社の方は忙しくないの?」車窓の景色を眺めながら、絵理奈が瑛司に尋ねる。「ああ。実務はすべて吾妻に任せてある。明日はいくつか重要な会議があるがな」「じゃあ、この後少し買い物に付き合ってくれる?アクセサリーが見たいの」「もちろん。どこへでも付き合うよ」絵理奈は嬉しそうに微笑んだ。ここ最近、どこへ行くにも一人か、あるいは神谷がボディーガード兼運転手として片時も離れず付き従うばかりだった。こうして瑛司が買い物に付き合ってくれる時間ができたことが、絵理奈にはたまらなく幸せだった。ゲームセンターに到着すると、琴音の護衛と子守りを城田に任せ、瑛司と絵理奈は水入らずで高級ジュエリーショップへと足を運んだ。ショーケースに並ぶ煌びやかな宝石の数々を、絵理奈は目を輝かせて見て回る。「これ、どうかしら?」見事な細工のネックレスを絵理奈は指差す。「お前は何を着けても美しいが……こっちの方がもっと似合う」瑛司は店員から、淡いブルーダイヤモンドがちりばめられたホワイトゴールドのネックレスを受け取り、絵理奈の首元に当てた。「すごく素敵……でも、私のお小遣いじゃちょっと手が出ないわ」絵理奈は名残惜しそうに視線を落とした。「気に入ったのか?」「ええ。でも、またお金を貯めてからにするわ」瑛司は小さく息を吐き、店員に向
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第234話

翌日、絵理奈は花子だけを伴ってスーパーへ買い出しに出かけた。カートを押す花子を振り返り、絵理奈は気になっていたことを尋ねた。「そういえば、お母様の具合はどう?もうすっかり良いの?」花子は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに穏やかな笑顔を作った。「はい、奥様。おかげさまで、もう仕事に専念できます」少し違和感を覚えたものの、絵理奈はそれ以上追求せず、「それはよかったわ」とだけ頷いた。食器コーナーで絵理奈が美しい陶器の皿を吟味していると、花子がサッカーボールの形をした可愛らしいお弁当箱を見つめているのに気づいた。花子はそれを手に取り、期待に満ちた目で絵理奈を見た。「奥様……これを買ってもよろしいでしょうか?坊ちゃまが私と口を利いてくださったお礼に、プレゼントしたくて」「ええ、もちろんよ。カゴに入れてちょうだい」絵理奈は快く承諾した。「ありがとうございます!」花子の顔がパッと明るくなる。二人の距離が縮まっていることを実感し、絵理奈は密かに喜んでいた。「ねえ、田村さん。最近、翔くんは自分はもう大人だからって、私たちとお出かけしてくれないの。あなたが翔くんとあんなに仲良くなってくれたなら、私たちが外出する時、あの子の留守番を頼んでもいいかしら?」「はい、もちろんです!どうかご安心ください、坊ちゃまのことは私がしっかりお守りいたします」花子は力強く請け負った。夕方、瑛司が車で翔を学校まで迎えに行った。「パパ!今日、小テストで満点取ったんだ!」助手席に乗り込むなり、翔は誇らしげに十本の指を立ててみせた。「さすが俺の息子だ。帰ったらすぐシャワーを浴びなさい」瑛司は笑って頭を撫でた。家に入った翔は、ママを見つけるなりパッと笑顔を咲かせ、小さな砲弹のように駆け寄り、絵理奈にぎゅっと抱きついた。瑛司はリビングで琴音をからかって遊んでいた。「ママ、僕、今日の小テストの点数がまた上がったんだよ!前回は八点だったけど、今回は満点の十点取れたんだ!」翔は得意げに十本の指をパーにして見せた。「まあ、さすが私の自慢の息子ね!さあ、早くシャワーを浴びていらっしゃい。着替えはもうベッドの上に置いてあるわよ」絵理奈がくしゃりと髪を撫でてやると、翔は「はーい、ママ!」と声を弾ませ、風のように二階へと駆け上がってい
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第235話

翌朝、絵理奈と瑛司が出社し、家の中には花子と家政婦だけが残されていた。キッチンを片付けていた家政婦が、テーブルの上にある真新しい弁当箱を見つけた。「あれ、田村さん。これ、誰のお弁当かしら?置いてけぼりみたいだけど」花子が近づいて確認すると、それは昨日自分が買ってあげたサッカーボール型の弁当箱だった。「坊ちゃまのお弁当です!忘れていかれたんですね。どうしよう、夕方まで帰ってこないのに、お腹を空かせてしまいます……」「でも、学校までかなり距離があるし、今日は運転手もいないわよ」と家政婦が困り顔で言った。花子はエプロンを素早く外した。「私が歩いて届けてきます。坊ちゃまをお腹を空かせたまま我慢させるわけにはいきませんから」そう言い残し、花子は弁当箱を抱えて屋敷を飛び出した。一方、学校の教室では、翔が絶望的な顔で机に突っ伏していた。昼休みまであと十五分。お弁当を忘れたことに気づき、お腹の虫が容赦なく鳴っている。なんで忘れちゃったんだろ……お腹空いたよお……「おい、翔。校門のところで誰かお前を呼んでるぞ。お母さんじゃないか?」クラスメイトが声をかけてきた。重い体を引きずって校門へ向かうと、そこに立っていたのはママではなく花子だった。「田村さん?」「坊ちゃま、お弁当をお忘れでしたよ。さぞお腹が空いたでしょう」花子は息を切らしながらも、優しい笑顔で弁当箱を差し出した。翔はそれを受け取り、周囲を見回した。「田村さん、車は?」「歩いてきましたよ。さて、私は家の掃除があるので、これで失礼しますね。午後からの授業も頑張ってください」花子は翔の頭を優しく撫で、来た道を足早に引き返していった。翔は手の中の弁当箱と、遠ざかる花子の背中を交互に見つめた。「あんなに遠いのに、わざわざ歩いて届けてくれたんだ……」胸の奥が温かくなるのを感じ、翔は決意した。「田村さんは本当にいい人だ。僕、田村さんと友達になる。今日の夜、パパとママにも絶対話そう!」その夜。絵理奈が琴音に絵本の読み聞かせをしていると、翔が興奮した様子でリビングに駆け込んできた。「パパ、ママ!今日ね、僕がお弁当忘れちゃって、田村さんが学校まで届けてくれたんだよ!」「えっ、忘れ物なんて珍しいわね」絵理奈は少し驚いた顔をした。「
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第236話

絵理奈の手助けもあり、翔は花子へ渡すためのプレゼントの準備を終えた。今日の午後、ママと一緒に買ってきたチーズケーキの箱を抱え、翔は花子が暮らす離れへと小走りで向かった。足音を忍ばせてドアの前に立ち、声をかける。「田村さん……」コンコンと軽くノックした。「僕だよ!翔だよ!」しかし、中からは何の返事もない。少し躊躇ったものの、翔は思い切ってドアノブを回した。室内はしんと静まり返っており、花子の姿は見当たらない。「田村さん、どこにいるの?」呟きながら、辺りをきょろきょろと見回しつつ慎重に奥へと進む。寝室の前に差し掛かった時、翔は足を止めた。少し開いたドアの隙間から、ベッドに腰掛けている花子の背中が見えたのだ。彼女は手に持った写真立てを愛おしそうに見つめ、その表面を指先で優しく撫でながら微笑んでいた。「こんな風にまた会えるなんて、本当に夢みたい。ずっとこの日を待っていたの」誰に言うともなく呟き、嬉しそうに首を振る。「私、今のこの生活がすごく好き……」翔はドアの隙間からぱちぱちと瞬きをして、その様子をこっそり覗き見た。花子が誰の写真を見てあんなに幸せそうに笑っているのか、全く見当がつかない。トン、と半開きのドアをノックすると、花子は弾かれたようにビクッと肩を揺らした。「田村さん……僕だよ」と翔が声をかける。「まあ、坊ちゃま!?」驚いたように声を上げ、花子は慌ててベッドから立ち上がった。足早にドアを開け、部屋の前に立つ翔を見下ろす。濃紺の長袖パジャマを着た可愛らしい翔は、手に持っていたチーズケーキの箱を真っ直ぐに差し出した。「これ、田村さんに」「今日は何かのお祝いでしたか、坊ちゃま?」花子は不思議そうに箱を受け取る。翔は首を横に振った。「ううん、何でもない日だよ。ただ、今日お弁当を届けてくれたお礼」と照れくさそうに本音を言う。花子の顔に、パッと華やかな笑顔が咲いた。「まあ、ありがとうございます、坊ちゃま。さあ、こちらへ座ってください……」翔は彼女の後に続いて部屋に入った。二人はベッドの端に並んで腰を下ろす。花子が手際よく箱を開け、ケーキを切り分けて一切れを翔に差し出した。「坊ちゃまもご一緒にどうぞ」「ありがとう、田村さん……あのね、さっき外で何回も呼んだんだけど、
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第237話

翌日の午後、絵理奈と瑛司は琴音を連れて翔を学校まで迎えに行った。新しいおもちゃを買ってもらい上機嫌の琴音は、兄の姿が見えるなり車の窓を開けてブンブンと手を振った。翔が小走りで近づき、車に乗り込んでくる。「お兄ちゃん、見て!ママに買ってもらったの!お家に帰ったら一緒に遊ぼうね」琴音は新しいおもちゃを見せびらかし、期待に満ちた目で兄を見た。しかし、翔は首を横に振った。「ごめん、琴音ちゃん。今日は田村さんと約束してるんだ。田村さんの話の続きを聞かなきゃ」と、冷たくその誘いを断った。「えー……お兄ちゃんの分も買ってもらったのに。ほら、青いのはお兄ちゃんの」琴音は不満げにおもちゃを差し出した。「駄目って言ったら駄目!」翔は頑なに拒否した。助手席に座っていた絵理奈は、信じられないものを見るように振り返った。翔が琴音の誘いを無碍に断るのを見たのは、これが初めてだった。普段なら何よりも琴音を最優先し、絶対に悲しませるようなことはしない子なのに。「翔くん、少しでいいから琴音の相手をしてあげて。彼女はずっとあなたが帰ってくるのを楽しみに待っていたのよ」絵理奈は翔をたしなめるように言った。「ママの言う通りだぞ、翔」運転席の瑛司も、バックミラー越しに鋭い視線を送る。翔はこれ見よがしに長いため息をついた。「……分かったよ、ちょっとだけね」数分後、車は屋敷のガレージに滑り込んだ。翔が着替えを済ませて一階に降りてくると、新しいおもちゃを抱えた琴音が金魚のフンのようについて回る。「お兄ちゃん、待って!琴音も行く!」短い足で一生懸命に後を追った。翔は立ち止まって琴音を待ち、二人は一緒に裏庭のテラスへと出た。そこではちょうど花子が庭木の手入れをしていた。「田村さん!」翔は満面の笑みで駆け寄った。「おや、坊ちゃま。お帰りなさいませ。学校はどうでしたか?」花子は手を止め、笑顔で迎えた。「今日の小テスト、九十点だったんだよ!すごいでしょ!」と得意げに報告した。「まあ、素晴らしいですね」遅れてテラスにやってきた琴音は、おもちゃを床に放り出し、花子と楽しそうに会話する兄を不満げに睨みつけた。「お兄ちゃん!早く一緒に遊ぼうよ!」大声で呼んだ。「一人で遊んでて!僕は田村さんと話があるの!」
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第238話

この三日間、絵理奈の顔から笑みが消えていた。翔が自分たちと過ごす時間を避け、外で花子とばかり遊んでいることに、深く傷つき悩んでいるのだ。妻の沈んだ様子に心を痛めていた瑛司は、今夜、子供たちが寝静まった後で彼女をバルコニーに誘い出した。夫婦水入らずで話をするためだ。夜の冷たい風が、火照った思考を心地よく冷ましてくれる。「眠くないか?」瑛司は絵理奈の肩を抱き寄せ、優しく問いかけた。ゆっくりと首を横に振った絵理奈は、そのまま瑛司の肩に頭を預けて、彼の腰に腕を回した。「翔くんのことばかり考えてしまうの。どうして私たちを避けるようになったのかしら……今日の夕方だって、一緒に過ごそうって誘ったのに断られたわ」と、不満げに唇を尖らせた。「何か理由があるんだろう。俺たち夫婦がイチャイチャしているのを見て、邪魔しちゃ悪いとでも気を遣っているのかもしれないぞ」瑛司は冗談めかして言い、妻の沈んだ気分を少しでも晴らそうと努めた。「本当にそうかしら?」白いシルクのネグリジェ姿の絵理奈が呟いた。「私たちから距離を置こうとしているみたいで、すごく嫌な気分。私たちはあの子の親なのに。あの子は、私たちよりも他の人に時間を使いたがっているわ」瑛司は黙って頷き、背中を優しくトントンと叩いた。「ああ、お前の気持ちはよく分かる。でも焦るな、きっとまた昔みたいに戻るさ」絵理奈は頷いた。何とかして、翔との心の距離を縮めなければならない。しばらく夜風の音だけが二人の間を流れていたが、やがて瑛司が少し身を離し、妻の顔を真っ直ぐに見つめた。「数日、有給を取るよ。子供たちを連れて家族旅行にでも行こうか。俺もついでに、旧友に会いに行きたいしな。どうだ?」瑛司は提案した。「旅行?」絵理奈の目がパッと見開かれた。「ああ。琴音も翔も一緒に連れて行く。そうすれば、家族水入らずで過ごす時間がたっぷり取れるだろう」瑛司は自信ありげに言った。「名案ね!どこに行くの?」絵理奈はすっかり乗り気になった。「K市はどうだ?ずっと行ってみたいと言っていた場所があるだろう?あの歴史ある立派な神社を、この目で見たいって」瑛司は絵理奈の反応を窺った。絵理奈は弾かれたように顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。「本当!?本当に連れて行ってくれるの!?ず
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第239話

午後二時、瑛司と絵理奈はK市に到着した。吾妻の運転する車は、予約していたホテルの正面玄関に滑り込む。そのホテルは、街のシンボルであるあの歴史ある立派な神社のすぐ近くに位置していた。車窓からそびえ立つ神社を見上げ、絵理奈は感嘆の声を漏らした。「わあ……なんて美しいの」興奮して目を輝かせた。「この街には何度も来ているのに、この目で歴史ある神社を見るのは初めてだわ。ホテルからは少し歩くみたいだけど」彼女は深く深呼吸をし、この街の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。瑛司が、途中で買ってきた冷たいドリンクを二つ手に持って歩み寄ってくる。「気に入ったか?」絵理奈の視線の先を追いながら尋ねた。「ええ。ずっとここに来てみたいと夢見ていたの。昔、宗介と一緒に来ようと計画していたんだけど、結局実現しなかったから」と、絵理奈はくすくすと笑った。「で、結局誰がお前をここに連れてきてやったんだ、絵理?」瑛司は眉をひそめ、わざと意地悪く問い詰めた。絵理奈はむっとして唇を尖らせた。「はいはい、分かってるわよ……あなたが連れてきてくれたんでしょう?でも、子供たちも絶対に喜ぶと思っていたのに、まさかお留守番を選ぶなんてね」「気にするな。仕事のプレッシャーから離れて、夫婦水入らずでリフレッシュする良い機会だと思えばいい。そうだろう?」絵理奈は素直に頷いた。「ええ、そうね」ホテルのスイートルームに入ると、瑛司はソファでくつろぐ絵理奈にドリンクのグラスを手渡した。しかし、絵理奈はその紫色の液体をじっと見つめたまま口をつけようとしない。その警戒しきった様子に、瑛司はたまらず吹き出した。「安心して少し飲んでみろ。酔っ払ったりしないから」笑いながら彼女の頬にキスをする。「本当?もしまた私が酔い潰れたら、午後の観光が台無しになっちゃうじゃない」絵理奈は不満げに口を尖らせ、グラスを軽く揺らした。「一口だけ、味見してみろ」「……分かったわ」促されるまま、絵理奈は目を閉じて恐る恐る一口だけ飲んだ。その愛らしい姿に、瑛司の顔にさらに深い笑みが広がる。一口飲んだだけで、絵理奈はグラスを押し付けるようにして彼に返した。「もういいのか?」「私を酔わせて、また変なことするつもりなんでしょう?」絵理奈は彼の首に腕を回し、半
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第240話

翌朝、絵理奈と瑛司はフォーマルな装いに身を包み、K市にある木下淳也(きのした じゅんや)の私邸を訪れた。淳也は非常に成功した実業家であり、瑛司の大学時代からの旧友だった。卒業後は互いに別の道を歩んでいたが、長年ビジネス界でしのぎを削るうちに、再び交流を持つようになったのだ。「やあ!本当にうちに来てくれるとはな!てっきり冗談かと思ってたよ、瑛司!」淳也は満面の笑みで出迎えた。「約束したからには、すっぽかすわけがないだろう!」瑛司も笑顔で歩み寄り、固く握手を交わす。淳也は豪快に笑った。旧友の訪問を心から歓迎しているようだ。数年ぶりの再会とはいえ、学生時代の気安い空気は少しも変わっていない。「さあさあ、遠慮せずに中へ入ってくれ」宮殿のように壮麗な邸宅に足を踏み入れ、絵理奈は感嘆の溜息を漏らした。高価な骨董品や美術品が立ち並ぶ広大なリビングへと案内される。「で、こちらの美しいレディが奥様かい、瑛司?」淳也が絵理奈を見て感嘆の声を上げた。「信じられないほど綺麗だ!一体どんな手を使ってこんな美人を射止めたんだ、え?」瑛司は妻の肩を抱き寄せ、得意げに顎を上げた。「紹介しよう。妻の絵理奈だ。俺の地元で一番の美女だと評判だったんだぜ」と誇らしげに言った。「お前の方はどうなんだ?奥さんは?」「よしてくれ。俺は独り身の自由を謳歌しているんだ。お前も知っての通り、今はビジネスのことで頭がいっぱいだからな」淳也は苦笑して額を掻いた。「女にかまけている暇なんてないのさ」瑛司は納得したように頷き、隣で大人しく自分の手を握っている絵理奈を横目で見た。心ここにあらずといった様子だ。きっとまた、家で待つ子供たちのことを考えているのだろう。「昔は俺もそうだったさ、淳也。だが、この絵理奈が俺にベタ惚れでね。どうしても結婚してくれって泣いてすがるもんだから、仕方なく貰ってやったんだ。これほど俺を愛してくれる女に出会えた俺は、本当に果報者だよ」瑛司は絵理奈を見て、これ見よがしにホラを吹いた。少しでも彼女の気を紛らわせようとしたのだ。絵理奈は驚いて目を丸くした後、瑛司の腕を思い切りつねった。「痛っ!」と声を上げながらも、瑛司は可笑しそうに笑った。三人はソファに腰を下ろし、大学時代の馬鹿話に花を咲かせた。ひとしきり盛り上がった
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