All Chapters of 杖も呪文もいらなくなった世界で、機械仕掛けの魔法使いたちは希う: Chapter 41 - Chapter 50

57 Chapters

五十の同志 05

「拓斗くんは、どこのクラスかなぁ?」 詩乃ちゃんの何気ない一言に、私とカナタの目が同時に合った。(昨日も思ったけど、詩乃ちゃんっていつからそんなに拓斗と仲良かったんだろう?) そんなふうに考えていると、車内にアナウンスが流れ、バスがゆっくりと動き出した。 窓の外の景色が少しずつ流れ始める。その変化に背中を押されるようにして、私は思い切って口を開いた。「……詩乃ちゃん」「ん?」「詩乃ちゃんって……そんなに拓斗と仲良かったっけ?」 問いかけると、詩乃ちゃんは一瞬キョトンとした顔をして、それから少し考えるように言葉を選んだ。「あー……えっと。前にちょっと色々あって落ち込んでた時に、慰めてもらったことがあるんだ」(拓斗が、慰めた!?) その言葉に、思考が一瞬止まる。驚きと戸惑いが一気に押し寄せて、視線を横にやるとカナタは表情を変えずに流れる窓の外を静かに見つめていた。「へぇ……何か、すごく意外だなって思って……」 私がそう言うと、詩乃ちゃんは口元に手を当てて、ふふっと笑った。「あっ、でもね、この事は拓斗くんには言わないでね」「えっ、どうして?」 思わず首を傾げると、詩乃ちゃんは少し拗ねたように唇を尖らせて答える。「だって拓斗くん……その時のこと、覚えてないんだよっ。何か、悔しいんだもん!」 その表情があまりに可愛らしくて、思わず笑みが溢れる。「だからね、思い出してくれるまで言わないの! ちゃんと思い出してもらってから『ありがとう』って言いたいの! だから、お願いっ!」 真剣な目で頼んでくる詩乃ちゃんに、私は小さく笑って頷いた。「分かったよ。……私たちだけの秘密だね」「うんっ!」 詩乃ちゃんが安心したように笑う。  胸の奥がじんわり温かくなって、秘密を分け合うことで、もっと仲良くなれた気がした。 私はカナタの方へ向き直った。「カナタも、内緒だよ」 一瞬だけ驚いたように瞬きをしたカナタが、ゆっくりと私を見て頷く。『……うん。言わないよ』 その落ち着いた声に、胸の奥がふっと軽くなる。 カナタにまで秘密を共有できたことが、何だか心強かった。 この雰囲気を変えるように、詩乃ちゃんがカナタに話しかけた。「そうだっ、カナタくん。『宵』って何のことか分かる?」 その言葉に、カナタは一瞬だけ考えるように目を伏せた後、静かに
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

五十の同志 06

 そんなふうにカナタへの質問会が続いているうちに、次々と同級生たちが二階へ上がってきて、フロアはどんどん人で賑やかになっていった。(そろそろ切り上げないと) 私は声をかけようと息を吸った、その時。友達の一人がパッと身を乗り出す。「ねぇねぇ、カナタくんは本当に莉愛ちゃんと付き合ってないのっ?」「っっ!?!?」 空気が一瞬で張りつめた。私は胸の奥が跳ね上がって、思わず息を呑む。 芽依ちゃんたちは目をキラキラさせて、期待するようにカナタを見る。 カナタも驚いたように目を見開き、動きを止める。「ほ、ほらっ! もうおしまいっ! 行こっ! 芽依ちゃんもっ!」 私はそう言って急いで詩乃ちゃんの腕を引っ張り、カナタの背中をぐいっと押した。 背後から「え〜」何て声が聞こえたけど、振り返らずに足を速める。 宵の鏡の前に着くと、その大きさに驚いた。(すごい。四人でも、一度に入れそう)「これ、普通に入っていいのかな?」「ね、どうなんだろう……」 鏡を見ながら考えていると、カナタが呟いた。『ここの鏡は、もう行く場所が決まってると思うよ』 そう言って、カナタは左手を静かに鏡へ伸ばした。指先が触れた瞬間、宵の空を映す鏡が柔らかく揺らぎ、そのままカナタの身体を呑み込んでいく。「お〜っ!」 詩乃ちゃんが驚きの声を上げる。(そっか……行き先が決まっているから、それぞれの鏡にその時間帯の空模様が写っていたんだ) 胸がドキドキして、私はそっと鏡に右手を伸ばした。 ——ゆらり。 鏡の表面が水面みたいに揺れて、指先が触れると冷たさよりも柔らかな抵抗が返ってきた。まるで温い水に手を入れたみたい。(月縁の儀の時とは違う感覚だ) あの時より、ほんのり温かい。だけどやっぱり少し不安で私は左の義腕で鞄を抱きしめ、ギュッと目を瞑ったままおずおずと前に進んだ。 どれくらい歩けばいいのかも分からないまま、胸の鼓動ばかりが耳に響く。 その時—— 不意に、伸ばしていた右手を誰かが握った。 驚いて目を開けると、そこには先に着いたカナタがいて私に手を伸ばして握ってくれていた。『大丈夫だよ』 機械混じりの優しい声と確かな温もりに、不安がふっと溶けていく。私は自然と頷きそのままカナタに手を引かれて鏡を抜けた。「ありがとう……。ここは?」 カナタの存在に、私はホ
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

五十の同志 07

 教壇に立った日向先生は、教室をゆっくりと見渡してから、穏やかな声で話し始めた。「本日やることは、この後の一時間目の時間に皆さんの自己紹介。そして二時間目から四時間目までは学園の案内になります。案内が終わったら、これから使う教科書を受け取る予定です」 さらりと告げられたそのスケジュールに、教室のあちこちで小さなざわめきが起きた。(学園案内って、三時間もあるんだ) 思ったより大がかりな内容に、思わず心の中で溜息を吐く。(覚えるの、大変そうだなぁ) 早くも不安が頭をもたげてくる。先生はそのまま続けた。「自己紹介は、先生が名前を呼んだらその場で立ち上がってください。そしたら出身地と所属している寮を教えてください。人数も多いので、簡単な挨拶だけで大丈夫です」 クラスは五十人。持ち時間一人一分でも、一時間目が丸っと潰れてしまう。(うわぁ、何て言おう) 心臓が少しだけ、落ち着かなくドキドキしていた。日向先生は壁かけの時計を見て、小さく「うーん」と唸った。「……時間が、少し余りましたね。では残りの時間で——私の自己紹介をしましょうか」 そう言って軽く背筋を伸ばすと、先生は静かに話し始めた。「私の名前は日向です。教職歴は、今年で十年になります。出身は山吹街。得意な魔法は『視覚魔法』です」 無駄のない簡潔な紹介だったが、どこか自信に満ちていた。不意に先生が教卓から一歩、スッと身を引いた。 そして、魔械義肢の音が聞こえると、その姿がふっと掻き消えた。「……!?」 あまりにも自然過ぎて、誰もが息を呑んだ。クラスの空気が一気に揺らぐ。あちこちで戸惑いの声が上がるなか——「……こんな感じです」 その声が、教室の後ろから聞こえてきた。 思わず振り返ると、そこには後ろで手を組みながら微笑んでいる日向先生がいた。ついさっきまで前に立っていたはずのその人が。「えっ、えっ!? いつの間に……!」「凄い……どうやって……?」 生徒たちの間に驚きと興奮が広がる。だが、そのざわめきの中、日向先生はふと視線をある一点に止める。 そして口元に、ほんの少し意味深な笑みを浮かべた。 私も釣られてその視線を辿る。 ——そこには、カナタがいた。 みんなが振り返って先生を見ている中で、カナタだけはずっと前の教卓を見たままだった。(どうして?
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

五十の同志 08

「ていうか、同級生なんだし、敬語はいらないわよ」「あっ、うん……ありがとう!」 私が少し照れながら言うと、その人は柔らかく頷いた。すると隣で聞いていた詩乃ちゃんが、パッと顔を向ける。「そういえば、名前聞いてなかったよねっ。名前、何て言うの?」 その人は少しだけ考えた後、ふわりと微笑んだ。「……『やさしい』って書いて、“優”っていうの。……でも友達は“優”って呼んでくれるの。だから、好きに呼んでちょうだい」 そう言ってにっこりと笑ったその姿が、今までよりも少しだけ近く感じられた。「じゃあ……優ちゃんっ!」 詩乃ちゃんが元気いっぱいに呼びかけると、私も思わず笑顔になる。「うんっ、優ちゃんだね」 その呼び名がしっくりきて、自然と笑みが溢れる。 そう呼ぶと、優ちゃんはどこか安心したように、嬉しそうに目を細めていた。「えっと、私は——」 自分の名前を口にしようとしたその瞬間、「莉愛と、詩乃でしょ」 優ちゃんが軽く微笑みながら言った。「ごめんなさい、話してるのが聞こえちゃって」 少しだけ申し訳なさそうな笑み。その表情に詩乃ちゃんが肩をすくめる。「そうなんだっ。えへへ、うるさかった?」 照れくさそうに笑って謝る詩乃ちゃん。「ん〜ん、全然。仲良いなぁって思ってたわ」「そうなのっ、私たち初等部から一緒なんだよっ! 隣のふたりもっ!」 詩乃ちゃんがパッと隣のカナタと拓斗を指差す。不意に名前を出されたふたりはこっちを見た。 頬杖をついていたカナタと、椅子に浅く座り後ろに寄り掛かって座る拓斗は、こっそりと聞き耳を立てていたのか、少し驚いた顔をしている。「あら、そうなの。どーも」 優ちゃんは、私たちと話していた時と同じ柔らかな笑みを崩さずに、ふたりへ視線を向けた。「……どーも」『……どーも』 ふたりがほぼ同時に挨拶をすると、優ちゃんは何かに気付いたような顔をする。すると、カナタを凝視するように少し顔を前に出す。「へぇ……話には聞いてたけど、あなただったんだ」 優は、視線を少し細めてカナタをジッと見つめた。その目はただの好奇心じゃない。「……聞いてた?」 私が思わず聞き返すと、優ちゃんは軽く頷いて笑う。そして腕を組み、右足の義足をサッと組み替えてからカナタの方へ向き直る。「うちの母親、よく緑の教会に行って
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

五十の同志 09

 クラスメイト全員の自己紹介が終わって、日向先生が時間を確認する。一時間目がそろそろ終わりそうな時間だった。「丁度いい時間ですね。ではこの後は学園内を案内します。『刻名』で分かれて行動しますので、宵のクラスの人たちと行動します」(てことは、芽依ちゃんも一緒に行けるかもっ) 胸の奥がワクワクした気持ちでいっぱいになりながら、日向先生の話を聞き続けた。「二時間目の時間に、私たちは専門棟から周ります。専門棟は七賢者や教会関係の方々から、直々に授業を受ける特別な場所です。迷子や遅刻なんてしないようにちゃんと覚えてください」 キーン、コーン、カーン、コーン—— 日向先生の説明が終わると同時に、一時間目の終了のチャイムが響いた。「では、学園案内が始まる前に、水分補給やお手洗いなど各自済ませておいてくださいね」 そう言って日向先生は、足早に教室を出て行った。きっと先生には先生の準備があるのかもしれない。 途端に教室の空気が緩んで、友達同士で話し出す子や水筒の蓋を開ける子、お手洗いに向かう子、別のクラスに顔を出す子、みんな思い思いに散って行く。 私も席でひと息つこうかと思ったけど……頭の中に浮かんだのは、自己紹介の時のカナタの姿。 あの時のカナタの目。 教室の壁を見ていたけど、焦点はもっと違う場所に合っているような。 誰にも見えない場所を見ているみたいな、そんな目。 初等部の頃にも、似たような表情を一度だけ見たことがある。 拓斗に初めて言い返した後、窓の外をぼんやり見つめていた時の横顔。 その横顔が、今と重なった。 あの顔は、何だか怖い—— カナタがどこかに行ってしまうような気がするから。 胸の奥に、小さな針のような不安が刺さる。ジッとしていられなくて、気付けば私は立ち上がっていた。 そして自分でもよく分からないまま、カナタの席へ向かって歩き出していた。 壁際の席。窓際の私の席の反対の席。カナタは頬杖をついたまま、視線を机に落としていた。「……さっきの自己紹介、緊張した?」 カナタの元に着いた私は、カナタに声をかけた。 気遣うというより、ただ何か糸口が欲しくて出た言葉だった。 カナタはゆっくりと顔を上げ、私を見た。 話しかけてきたのが私だと気付くと、その目元がいつものように優しくなった。 機械混じりの声が、静かに
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

五十の同志 10

 その後「一緒に回れたらいいね〜」何て話して、芽依ちゃんは自分のクラスへ戻って行った。 私も少し一息つくために、席に戻って座ったら——「……ねぇねぇ」 小さ過ぎて、聞き間違いかと思うくらいの声がした。思わずキョロキョロしていると、背中をツンツンと突かれる。 ビックリして振り返ると、そこには肩より少し長く伸びたウルフヘアの黒髪の子がいた。陽の光が当たった部分が薄ら赤く煌めいて、何だかワイルドな雰囲気。でも顔立ちは大人っぽくて、同じ中学生に思えなかった。 名前は確か、玲央くん。「えっと、莉愛さん……だよね?」「? ……はい」 玲央くんは、どこか遠慮するような、もしくは迷っているような、そんな雰囲気で私に話しかけて来た。「あのぉ……さっきのボブヘアの子って、友達?」 ボブヘアの子。芽依ちゃんの髪型だ。私は話しやすい体制になるために、窓を背中にして椅子を横向きに座る。「えっと……さっき私たちと一緒にいた子のことかな?」「うん、そう。その子」 短く答えた声には、はっきりとした好奇心と、ほんの少しの躊躇いが混ざっていた。「うん、同じ寮の友達だよ。隣の二〇組の子」「そっか……あの……」 言葉を区切った玲央くんは、頬をほんのり染めながら、まるで秘密を打ち明けるみたいに右手を口元に添えて私へ顔を寄せてきた。 その仕草の意図を察して、私もそっと顔を近付ける。「……その子と仲良くなりたいんだけど、色々教えてくれない……?」 耳元に落ちたその声に、思わず目を見開いた。そのまま玲央くんへ視線を戻す。「……その“仲良く”って……えっと、そういう……?」 私の含みをすぐに察したのか、玲央くんは顔を真っ赤にしながら、小さくコクリと頷いた。 まさか男の子から恋愛相談をされるなんて思ってもみなかったし、その相手が自分の友達だとなると胸の奥がくすぐったくなる。気が付けば、私の頬もじんわり熱くなってきた。「……ふふっ、いいよ。でも、私も昨日仲良くなったばかりだから……ちょっとずつね」 そう答えると、玲央くんの目がパッと明るくなった。まるで秘密を共有した仲間同士になったみたいで、私まで嬉しくなってしまう。「マジでっ! 本っ当、ありがとう! えっと俺は……」「えっと、確か玲央
last updateLast Updated : 2025-11-28
Read more

五十の同志 11

 そんなふうに話しているうちに、列の前方がゆっくりと動き出した。私たちもそれに合わせて歩みを進める。 廊下には、等間隔で先生たちが立っていた。「止まらないように」「なるべく前に詰めてねー。喋らないよー」 淡々とした声が飛び、私たち生徒を急かすようにも導くようにも感じた。 前の人の背中を追いながら進んで行くと、廊下の突き当たりに巨大な鏡が現れた。高さも幅も大人をすっぽりと飲み込めるほど大きくて、その横で日向先生が鏡を操作しているみたいだった。 次々と生徒たちが鏡の表面に足を踏み入れ、そのまま水面に溶けるように姿を消していった。誰ひとり立ち止まらない。まるで自然な流れのように、全員が“向こう側”へ吸い込まれて行く。(っ!) 胸の奥で鼓動が強く跳ねた。まだ慣れない光景に、無意識に両手をギュッと結び握りしめる。「このまま鏡へ入ってください。大丈夫ですよ」 日向先生の明るい声が、張りつめた空気を和らげるように響いた。 私は小さく息を吸い込み、目をギュッと瞑る。そしてホームルーム塔の時と同じように、覚悟を込めて鏡へ飛び込んだ。・・・ 温かな感覚に包まれたのはほんの一瞬。すぐにその温もりは消え去り、次に押し寄せてきたのは眩い光だった。 私はゆっくりと瞼を開ける。そこには、広々とした屋外訓練場を見下ろす長い廊下が広がっていた。風が吹き抜け地面を覆う白砂と、規則正しく並ぶ演武台が視界いっぱいに広がる。思わず、足を止めて見惚れてしまうほどの迫力だった。「ここは“練磨演武場”」 耳に届いたのは先生の声。「赤の賢者が管轄する場で、武術や魔法を用いた模擬戦を行う実践訓練の場です。選択授業『赤』を選んだ場合、ここで学ぶことになります」 その説明に、生徒たちが小さくざわめく。 ここで教わるのは、『戦う技術』と『心技体を鍛えて成長するための武』の修練。そして魔法を絡めた模擬戦は、魔械義肢を自在に操るための練習も兼ねているらしい。 言葉を聞くだけで背筋に自然と緊張が走る。目の前の広大な演武場は、まるで私たちを試すかのように静かにそこに存在していた。(私にできるかなぁ) 体育は得意だったけど、きっとここで求められるのはそういうものじゃない。戦うなんて、私にはまだ想像もつかなかった。 演武場を見下ろす廊下を歩きながら
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more

五十の同志 12

 鏡を抜けた瞬間、空気が冷んやりと変わった。そこはさっきまでの明るい雰囲気とはまるで別世界で、夜を思わせる空間だった。だけど真っ暗ではなく、星や月のような和らかく光が廊下を照らし、壁付近には星型の魔械灯が浮かんで私たちの足元を導いてくれる。(わぁっ!) 思わず息を呑んで天井を仰ぐ。高く広がる天井一面には春の星座が鮮やかに瞬いていた。まるで本物の夜空を切り取って持ってきたみたいで、今の時期の空と同じ景色が広がっているのだと分かる。「ここは“時空観測棟”。天体、気象、時空、未来予測、自然と時間の流れを読む力を磨く場所です。選択授業『藍』を選んだ場合は、ここで学ぶことになります」 先生の声が静かに響く。(ここが、藍の賢者の授業を受ける場所かぁ) 京香副寮長が言っていた“天文時相学”が学べる場所。過去や未来を見つめ、時空を読み解く力。もしかしたら私は得意なのかもしれない。 幻想的な光に包まれながら歩みを進めると、天体観測ドームや時の魔法の研究室が現れる。巨大な天球儀は静かに回転し、宙に浮かぶ天文鏡が視線を誘う。壁際にはそれぞれ違う時刻を刻む時計が並び、さらに進んだ先には揺らめく時空断層を観測するための部屋が広がっていた。 心臓が僅かに速まる。胸の奥で密やかに鐘が鳴るような高鳴り。 それと同時に、底の見えない闇を覗き込んでいるような怖さもあった。 未来を覗くことは、まだ見ぬ自分に触れること。 時を渡る観察は、失われるはずの瞬間を抱きしめること。 どちらも抗い難いほどに魅力的で、そして取り返しがつかないような危うさを感じた。 心は高揚しているのに、足元だけが不安に震えているような……そんな、名付け難い感覚。 そんな取りとめのない思考に沈んでいるうちに、また巨大な鏡の前にやってきた。胸のざわめきを払拭するために、私は少し足早に鏡へ飛び込んだ。 飛び込んだその先に広がっていたのは、息を呑むほど幻想的な光景だった。 大きな紫水晶でできた柱は、淡く煌めく光を宿している。その間を縫うように木材で組まれた回廊が連なり、まるで杜と鉱石が調和して築き上げた神殿のようだった。柱に触れれば冷たく透き通る気配が返り、足下の板張りからは温もりが伝わる。 頭上には高く組まれた梁が伸びて、黒光りする木目が静かに|縦横《じゅう
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more

五十の同志 13

 鏡を抜けた先の別館は、本館とはまるで違う雰囲気だった。 まず目に飛び込んできたのは中庭の光景。本館の整然とした広場とは違い、そこには柔らかな雰囲気が漂っている。陽を避ける白いパラソルが規則正しく並び、その下には木製のテーブルと椅子がいくつもセットになって置かれていた。 テラスのような空間は、自然と生徒たちが腰を下ろして談笑する光景を想像させる。中庭の一角にはガラス張りの壁があってその中にはカウンターがあり、まるで学園内の小さなカフェのように見えた。「「わぁ……!!」」 周囲の生徒たちも同じように気付いたみたいで、一斉に歓声をあげる。驚きと期待が入り混じった声が、広々とした空間に弾むように響いた。「ここ別館には、特別教室や職員室、保健室、そして食堂とカフェがあります」 列になって前の人に続いて歩いて行くと、先生の落ち着いた声が耳に届いた。案内に従って曲がり角を抜けると、視界が一気に開ける。 そこは大きな食堂だった。寮の食堂と似てはいるけど規模がまるで違う。磨き込まれた床に規則正しく並んだ長テーブルと長椅子は、見渡すだけで数え切れないほど。入り口近くには巨大なカウンターが構え、背後の厨房には幾人もの料理人や補助員が動き回っているのが見えた。 天井は高く魔械灯が柔らかな光を放ち、窓からは朝の陽光が差し込んで空気全体を明るく照らしている。思わず息を漏らす生徒の声があちこちから聞こえてきた。「食堂は、多くの生徒が同時に利用できるように広く設計されています。皆さん、どうぞ安心して利用してくださいね」 先生の説明が続く中、私はその広さに圧倒されながらここでどんな日常が待っているのかを想像せずにはいられなかった。 その後も案内は続いた。 理科室、家庭科室、音楽室、美術室、視聴覚教室、多目的室—— どれも初等部の時に利用したことがある特別教室ばかりだけど、どの部屋も広さも設備も格段に充実していて、同じ“特別教室”という名前でも、まるで別世界のように感じられた。 さらに、保健室や職員室といった基本的な場所に加えて時計塔、中は見れなかったけど生徒会室や生徒会長専用の部屋まで案内される。廊下の一角には文具店が並んでいて、さらに制服の仕立て屋まであったのには驚いた。校舎というより小さな街の中を歩いているような感覚。 そして案内の最後に辿り着いたの
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more

五十の同志 14

 教科書の山を眺めていると、その中に一際分厚い本が目についた。思わず手に取って表紙を確かめると、そこには大きく“術理言語学”と書かれていた。 選択授業『黄』の教科書だ。 パラパラと開いてみる。中には呪文の成り立ちや魔法陣の解析方法が、細かい文字と複雑な図式でぎっしりと並んでいる。どうやら、今では使われなくなった古い魔法の歴史を学ぶ教科らしい。 今の魔法はもっと感覚的。魔械義肢を鳴らし、頭の中で「使いたい感覚魔法」を思い描けば、そのまま発動できる。呪文も、魔法陣も、もう必要とされていない。(面白い。でも、やっぱり難しそう) 魔械義肢そのものには、未だにどこか違和感がある。だけど、魔法の使い方については不思議と受け入れられてる気がする。寧ろ、呪文や魔法陣を使う昔のやり方こそ違和感を覚える。 こんな面倒なことをしないと魔法を扱えなかったなんて。 そう考えると、大昔の魔法使いたちはきっと目の前に積まれた教科書なんかよりもっとたくさんの本を読んで、果てしなく勉強を重ねていたのだろう。そう思うと自然と感心せずにはいられなかった。 他の教科書は、初等部の時にも見たことのある科目が並んでいたけど、それ以外にも気になるものがある。 例えば、選択授業『赤』——“戦術演習学”。 戦術って名前だけど、中をパラっと巻くってみると実際には魔械義肢を使った魔法の実戦訓練がメインみたいだった。 次は、選択授業『橙』——“魔械工学基礎”。 魔械義肢や魔械機器の仕組みや構造、それから身体との接続方法や神経の補助まで書かれていて、ちょっと理系っぽい匂いがする。 選択授業『緑』——“治癒薬学概論”。 薬草の採集や保存、それに変質を防ぐ方法。治癒魔法に頼らない応急処置や、魔力の状態を見極める技術も学ぶらしい。 選択授業『青』——“精神感応芸術”。 絵や音楽なんかの芸術に触れて、心の揺れと魔力量の関係を調べたり、心のケアを目的にした魔法を習うみたい。ちょっとおしゃれで楽しそう。 選択授業『藍』——“天文時相学”。 気候の予知とか、出来事の
last updateLast Updated : 2025-12-02
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status