All Chapters of 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした: Chapter 1041 - Chapter 1050

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第1041話

九条家の本館へ戻ると、最近ますますおしゃべりになった瑛太が、真由美に今日あったことを一生懸命話し始めた。みんなで山へ行って、女の人と男の子を見つけたらしい。遥たちがお墓参りに出かけたことは、真由美も知っていた。墓地のあるあの山で人を見つけたと聞き、真由美はぎょっとした。「えっ……誰?どんな人だったの?」手にしていた花瓶を落としかけ、声まで震えていた。墓地で人を見つけたと聞いて、一瞬、義母が何か知らせに来たのではないかとまで考えてしまった。ありえない話だとは分かっていたが、修が何度も見たという夢のことまで思い出すと、妙に落ち着かなかった。そこへ、手を洗って着替えを済ませた遥が戻ってきた。真由美の顔を見るなり、遥は苦笑して事情を説明した。倒れていたのは、敏の今の妻と子どもだった。しかも、見つかったのは九条家の墓地だと聞き、真由美は目を丸くして修と顔を見合わせた。「敏って、もう五十過ぎてるわよね?まだ子どもができるの?」修は呆れたように真由美を見た。「そこじゃないだろ。問題は、なんで妻と子どもを山に置いて帰ったのかってことだ。遥さんたちが見つけたからよかったけど、あのまま誰にも見つからなかったらどうするんだ」ここ数年、孫たちの面倒を見ることも増え、修は以前にも増して子どものことを気にかけるようになっていた。敏が再婚して子どもを持つこと自体は、修が口を出すことではなかった。だが、生まれた子をろくに気にもかけず、あんな山の中で倒れていたとなれば、さすがに黙ってはいられなかった。「母さん、これを知らせたくて夢に出てきたのかもな。孫が墓のそばで倒れてるのを見て、放っておけなかったんじゃないか?」真由美は呆れた顔をした。「また始まった。お義母さん、亡くなる前は話すのだって大変だったのよ?それがわざわざ夢に出てきて知らせたって?そんなに何でも分かるなら、宝くじの当たり番号でも教えてほしかったわ」「教えてくれたって、お前どうせ買わないだろ!」九条家では、昔から宝くじとはほとんど縁がなかった。ただ、菊だけは数年前、結衣の誕生日の数字で買った宝くじが当たったことがあった。大喜びした菊は当選金の半分を結衣に渡し、結衣は九条家に福を呼ぶ子だと嬉しそうに話していた。そこで湊が口を開いた。「敏さ
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第1042話

敏のことを思うと、修は思わずため息をついた。もう自分は何も言わない、あとは湊に任せると決めた。けれど、短い足でぱたぱた走り回る瑛太を見ているうちに、修の表情は自然とやわらいでいった。そのとき、湊は健太からの電話に出ていた。「社長、確認できました。彼女は敏様に連れられて墓参りに行ったわけではなく、自分でお子さんを連れて行ったようです」健太は一度手元の資料に目を落としてから、続けた。「DVの件ですが、現地で警察が対応した記録までは確認できていません。ただ、国内では以前一度警察沙汰になっていて、そのときは夫婦げんかで双方が手を出したとして扱われたようです。彼女もけがをしていましたが、敏様のほうは歯を三本折られ、肋骨も二本折れていたそうです。その後は二人の間で話がついたそうです」健太は額の汗をぬぐった。秘書室長という立場上、こうした身内のことまで調べるのも仕事のうちだった。とはいえ、湊本人のことで、ここまで込み入った調べものをすることはほとんどなかった。遥に内緒で検査の予約を入れたり、子どもたちへのちょっとしたプレゼントを用意したりするくらいだった。それが九条家のことになると、決まって話がややこしくなった。「それと、もう一つ。敏様は、お子さんが自分の子ではないんじゃないかと疑って、DNA鑑定までしたそうです。ちゃんと実の子だったんですが、疑われたことに彼女が腹を立てて、先に敏様に手を上げたようです」先に手を出したのは奏だったが、その後は互いに手が出たため、結局は夫婦間のトラブルとして扱われ、二人の間で話がついていた。湊は眉間を押さえた。「ほかは?子どもが栄養不足だったのはどうしてだ」「お子さんは軽度の自閉スペクトラム症と診断されていて、かなり偏食があるそうです。栄養不足もその影響があるようですが……原因はそれだけではないようです」健太は言いにくそうに続けた。「敏様を家に帰らせるために、彼女がわざとお子さんに食事を与えないこともあったそうです」健太は報告を続けながら、心の中でため息をついた。敏はもう五十をとうに過ぎていた。それなのに、夫婦げんかでけがまでして、そのうえ子どもまで巻き込んでいた。湊は少し黙ってから聞いた。「葉月さんのことは?」「社長、葉月さんなら数年前に亡くなっていますが
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第1043話

今の修は、孫さえいればそれで満足だった。結衣は賢く、瑛太は可愛かった。外へ出ても、修は同年代の男たちよりよほど元気だった。そんなふうに上機嫌でいたところへ、菊が外から戻ってきた。エプロンで手を拭きながら、そっと声をかけた。「奥様、琴子さんがまたいらしてます」真由美はそれだけでうんざりした。「また?今度は何なの。蓮はまだ帰ってないの?」「連絡はついたそうですが、まだ家には戻っていないそうです。それで、これからどうしたらいいか相談したいと」真由美は呆れたように息をついた。「自分の息子のことになると、急にどうしたらいいか分からなくなるのね。凛さんと蓮を引き離そうとしてたときは、誰にも相談せずに好き勝手やってたくせに」それが、蓮が自分の言うことを聞かなくなった途端、今度は真由美を頼ってきた。真由美は小さく舌打ちした。「今日は会えないって言っておいて。うおちゃんを予防接種に連れて出かけたことにして」「分かりました」真由美は、どうしても琴子に会う気になれなかった。会えばまた、蓮のことで延々と話を聞かされるのが目に見えていた。そもそも蓮は、もう母親があれこれ口を出すような年でもなかった。琴子がどれだけ蓮を自慢に思っていても、周りまで同じように思っていたわけではなかった。それに、琴子が凛とのことにあれこれ口を挟まなければ、今ごろ蓮にも、美月や瑛太と同じくらいの子どもがいたかもしれなかった。そう考えると、なおさら琴子と顔を合わせたくなかった。真由美はスマホを取り出すと、琴子からの連絡を受けないよう設定してしまった。「遥さん、今度琴子さんに聞かれたら、瑛太がスマホいじってて間違ってブロックしちゃったって言うから、話合わせてね」遥は、何も知らない瑛太のせいにするつもりなのがおかしくて、思わず笑った。「分かった。琴子さんに聞かれたら、瑛太がスマホをいじってて、間違えて押しちゃったって言っておくね」それを聞いた瑛太が、すぐに声を上げた。「ぼく、字よめるもん!」とはいえ、瑛太が読める文字は、まだ片手で数えられるほどしかなかった。修もそれならとスマホを取り出し、敏の番号まで着信拒否にした。孫たちとの時間を邪魔されたくなかったのだ。どうやら二人とも、しばらくは余計なことに関わらず、孫たち
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第1044話

やはり親子だった。結衣には、湊の考えていることがよく分かっていた。結衣と瑛太と離れるのは寂しそうだった。それでも、遥とは二人きりで出かけたがっていた。そんな父親を見て、結衣は少し大人ぶった様子で言った。「毎日ちゃんとビデオ通話するから、心配しないで」それを聞いた湊は、ふと結衣に聞いた。「結衣も一緒に行くか?」瑛太まで連れていくのは、さすがに無理だった。まだ小さく、旅先で何を見ても、あとになればほとんど覚えていないだろう。そのうえ、あれだけ元気の有り余る男の子を連れて歩けば、旅先で大変なのは目に見えていた。考えただけでも疲れそうだった。結衣は首を横に振った。「近いうちに大会やコンクールがいくつかあるの。心お姉ちゃんがもう予定を組んでくれてるから、行けない。それに、パパとママが行くところ、私も行ったことあるよ。そこで生まれたんだもん」以前、遥が結衣に、海外の病院で生まれたのだと話したことがあった。結衣は記憶力がよく、自分がそこで生まれたこともちゃんと覚えていた。遥は心から渡されたタブレットに目を落とした。画面には大会やコンクールの予定がずらりと並び、ほとんど毎日のように何かしら入っていた。あまりの多さに、遥は思わず眉を寄せた。「結衣、そんなにたくさん出なくてもいいんじゃない?」「ううん、大丈夫。どれも好きでやってるし、今はまだ初級のものが多いから、そんなに大変じゃないよ。この先もっと上手になりたいから、今からちゃんと続けたいの」結衣が習っていたのは、ピアノやバレエ、乗馬、子ども向けのプログラミングなどだった。遥は予定を眺めているだけで、なんだか疲れてきた。遥自身、子どものころは習い事を始めても、通ったり休んだりでなかなか続かなかった。そういうところは、瑛太のほうが遥によく似ていた。遥は少し心配そうに言った。「あんまり無理しないでね」結衣は少し照れたように笑った。少し前まで幼さの残っていた顔も、今ではだいぶお姉さんらしくなっていた。目元には真由美に似たところがあり、ふとした表情には遥の面影もあった。結衣は落ち着いた声で答えた。「無理してないよ。私、勝つの好きだし。運動はあんまり好きじゃないけど、心お姉ちゃんが体も大事だって言ってたから、ちゃんとやるって決めたの。
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第1045話

湊は遥のふくらはぎをつかんだまま、指にぐっと力を込めた。そのまま自分のほうへ引き寄せると、遥の脚はほとんど湊の腕の中に収まった。それだけで、遥には湊が不機嫌なのが分かった。こういうところは昔から変わらなかった。何年一緒にいても同じだった。敏とあそこまで揉めている以上、奏も一筋縄ではいかない相手だった。湊は、遥までそんな揉め事に巻き込みたくなかった。湊は黙ったまま、指の腹でゆっくりとボディローションを遥の肌になじませていった。遥は落ち着いた声で言った。「今回は会わないことにする。明日から湊と海外に行くし、しばらく家にもいないから。何の用かだけ聞いてみて。私にできることなら、また連絡して」「分かりました」しばらくすると、健太から折り返しの電話がかかってきた。「立花社長、奏さんは、ただお話ししたいとだけ言っています。詳しい用件は話してくれませんでした。それと、敏様が病院に来られて、お子さんを連れて帰ろうとしているんですが、奏さんが応じず、今ちょっと揉めています」健太は続けた。「ただ、今のところはこちらで収められます。対応は任せてください」健太は、ときどき考えすぎるところはあったが、湊の秘書室長を任されているだけあって、仕事の腕は確かだった。九条家の揉め事でも、任せればきちんと片づけられるだけの力はあった。しかも、敏の持ち株はすでに湊へ渡り、海外部門も潤が引き継いでいた。今の敏は、もう健太に指図できる立場でもなかった。多少敏の機嫌を損ねても、健太が困ることはなかった。奏と敏の言い争いは、夫婦のことだけではなく、九条家のことにまで及んでいた。奏は子どもを九条家の子として認めてもらい、いずれはその子にも九条家の財産を残してほしいと考えていたらしい。将来、九条家のものがすべて瑛太に渡るのを黙って見ているつもりはない――奏自身、そこまではっきり口にしていたという。遥は苦笑した。「もう、好きにさせておけばいいよ」湊が顔を上げた。「今のところ、九条家を継ぐなら結衣のほうだろ。うおちゃんは、食べること以外じゃまだ結衣にかなわない」奏にそんな考えがあっても、遥はもう驚かなかった。これまでのことを思えば、父親ほど年上の敏と、何の思惑もなく結婚したとは思えなかった。以前は奏を気の毒に思っていたが
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第1046話

岸に上がってから、蓮は琴子の実家の親戚を何人か訪ねていた。祖父が健在だった頃、琴子の実家であの一件があって以来、親戚付き合いもすっかり疎遠になっていた。ところが祖父が亡くなったあとは、いろいろな事情が重なり、かえってまた顔を合わせる機会が増えていた。蓮はそうした親戚のもとを回り、裏社会に関わる仕事も一つずつ片づけていった。これで、裏社会の仕事からは完全に手を引いた。凛が昔から、蓮が付き合いであちこちに顔を出したり、裏社会の人間と関わったりするのを嫌っていたことは、蓮もよく分かっていた。この前、琴子と口論になったときには、祖父が残した後ろ盾がなければ今の蓮はなかったと言われた。蓮にも、その言葉を完全には否定できなかった。数年前までの自分は、何をするにも先のことを考えすぎて、なかなか決断できなかった。凛なら迷わず踏み切るようなことでも、蓮はいつまでも考え込んでしまうことがあった。蓮は立ち上がると、そばにいた千春を見た。「ありがとう。俺は大丈夫。凛を起こしたくなかっただけだから」千春は二人を見比べているうちに、ようやく事情を察した。雨に濡れたまま玄関先で眠っていたのも、蓮なりに凛を気遣ってのことだったのだろう。そう思うと、千春は少し感動した。あの最低な元彼とは比べものにならなかった。こんな人もいるのかと、少し羨ましくなるほどだった。二人の様子を見れば、これ以上ここにいるのは邪魔だということも分かった。「じゃあ、私は先に戻りますね。何か私にできることがあったら、いつでも声をかけてください」凛も蓮も、千春にとっては、これから仕事をしていくうえでつながりを持っておきたい相手だった。せっかく知り合えたのなら、この縁は大事にしておきたかったし、そこまで親しくなれなくても、悪い印象だけは残したくなかった。千春はそれ以上長居せず、そのまま帰っていった。玄関のドアが閉まると、凛は蓮の腕を引いて部屋の中へ入った。「先にシャワー浴びてきて。びしょ濡れじゃない。どうしたの?」「三十分くらい前に着いたんだけど、地下駐車場が浸水してて入れないって言われてさ。外に車を停めて、ここまで走ってきたんだ」凛は蓮の背中を押しながら、そのまま浴室まで連れていった。ところが、蓮は浴室に入ったところで凛の手首をつかみ、その
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第1047話

窓の外では風雨が激しさを増し、雨粒が窓ガラスを打ちつけていた。リビングでは、つけっぱなしのテレビからニュースが流れていた。ここしばらく、凛はずっと胸の奥が落ち着かなかった。家に帰るたび、誰もいない部屋がやけに広く感じられた。テレビをつけっぱなしにしていたのも、少しでも音があれば、その寂しさが紛れる気がしたからだった。「台風は本日上陸し、市内の一部では激しい雨となっています。非常に強い風も吹いていますので、十分にご注意ください……」また、台風だった。ニュースを聞いていた蓮が、ふと笑った。「俺たちが付き合うようになったのも、こんな天気がきっかけだったな」あのときも、こんなふうに雨と風が荒れていた。あの台風をきっかけに、二人の距離は一気に縮まった。もっとも、蓮にとってはただの偶然ではなかった。簡単には人を近づけない凛に、少しでも近づきたくて、ずっと前から機会をうかがっていた。そのあとも、蓮が望んでいたことはずっと同じだった。ただ、凛に本気だと信じてもらいたかった。凛は蓮の首に腕を回したまま、ふと蓮の手首に残る傷に気づいた。「これ、どうしたの?ちょっと待って。救急箱取ってくる」「大丈夫。岸に上がるとき、岩で少し擦っただけ。もう手当てもしてあるから」大きな傷ではなかった。それでも、凛は見ているだけで胸が苦しくなった。今回のことで、ずっと張りつめていたものが一気にほどけてしまった。一度あふれた涙は、もう止まらなかった。窓の外では雨が降り続け、凛の頬にも涙が次々と伝った。泣きすぎたせいで、目の奥までじんと痛んだ。「無茶しすぎだよ。もし本当に何かあったら……私、どうすればいいの?」怒って責められるだけなら、蓮にもまだなだめようがあった。けれど凛は声を荒らげることもなく、ただ泣いていた。震える声を聞いていると、どれだけ怖かったのかが伝わってきた。蓮はたまらず凛を抱きしめ、頬の涙を拭った。「大丈夫。ちゃんと考えてやったことだから」凛が何も言わないので、蓮は続けた。「あの辺には前もって人を待機させてたし、海のことも前から調べてた。何も考えずに飛び込んだわけじゃない。真理ちゃんが海に落ちたときにも、あの辺りはかなり調べたんだ。暖流も流れてるし、水温だってそこまで低くない」
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第1048話

海の向こうでは、真夏の強い日差しが降り注いでいた。休暇のつもりで出てきたはずが、アメリカで仕事を済ませたあと、そのままニュージーランドへ移り、二人とも結局仕事ばかりしていた。遥はここ数日、ほとんど休む暇もなく働き続けていた。「àl'aube」と「アンサンブル」のライブコマースは、両方合わせて十六時間にもなり、遥もその間ずっと配信につきっきりだった。終わってからも、スタッフと一緒に注文対応までこなした。ようやく仕事を終えたときには、すっかり夜も更けていた。外へ出ると、海辺にはいくつもの焚き火が見え、その周りでは人々が思い思いに夜を楽しんでいた。夏の夜らしく、行き交う人たちの服装も色鮮やかだった。カラフルなパンツスタイルが次々と目に入り、遥もつい目を奪われた。「さっきまであんなに働いてたのが嘘みたい」真理も辺りを見ながら笑った。「なんか不思議だよね。こっちじゃ死ぬほど忙しくしてる人もいれば、ああやって思いきり遊んでる人もいて。ほんと別世界みたい。私は今夜の便で帰るけど、遥たちはいつ?」遥は肩をすくめた。「いつ帰るっていうか、私たちって休みに来たはずじゃなかった?」真理は思わず吹き出した。休暇と言いながら、結局、二人が過ごしていたのはそれぞれの仕事場だった。この数日は出店候補を見て回り、現地で好まれるジュエリーの傾向まで調べていたせいで、二人ともすっかり頭が回らなくなっていた。「私はもう、みっきに会いたくなってきたから帰るけど。遥は結衣とうおちゃんに会いたくならない?」遥は眉を上げた。「最初の頃みたいに、ちょっと離れただけで気になって仕方ないって感じでもないかな」結衣が小さかった頃は、遥もなかなかそばを離れられなかった。ただ、あの頃は気持ちだけの問題ではなく、そばを離れられない事情もいろいろあった。結衣は家にいても、予定がぎっしり入っていた。気づけば、遥といる時間より、心と一緒に過ごしている時間のほうが長いくらいだった。遥はおかしそうに笑った。「そのうち結衣に会うにも、アポ取らないといけなくなったりして」「ありそう。結衣、下手したら遥とお兄ちゃん以上の仕事人間になるよ。この前一緒に出かけたときなんて、新幹線の中まで宿題してたんだから」真理は思い出して笑った。「それ見たお義母
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第1049話

遥は一瞬、目を瞬いた。蕾は部屋に入ると、開いていた窓を閉めた。風が入ると体も冷えるし、部屋で飼っている猫たちが窓から落ちる危険もあった。「お会いになりますか?まだこちらにはお通ししていません。一階のラウンジでお待ちいただいています」遥の手には、赤い万年筆が一本あった。鮮やかな赤が、白い指によく映えていた。それを見て、遥はふと大学時代のことを思い出した。大学の寮にいた頃、遥はルームメイトたちに万年筆を贈ったことがあった。正男の会社が出していたサブブランドのもので、友達に配ればいいと、何本か遥にも持たせてくれたのだ。奏以外の二人は、有名ブランドではないと分かると、露骨に微妙な顔をした。受け取るには受け取ったものの、その後、二人が使っているところを見たことはなかった。ところが後になって、奏が偶然、正男の会社が有名な高級万年筆ブランドの製造も請け負っていることを知った。遥が贈った万年筆も、実はかなり値の張るものだった。それを知った奏は、もったいなくて使えなくなったのに、残りの二人は値段を知った途端に使い始めた。遥は手元の万年筆に目を落とし、ふっと笑った。「今は忙しいし、いつ時間が取れるかも分からないって伝えて。今日は帰ってもらって」「承知しました」その日も予定はぎっしりで、このあとも会議がいくつか控えていた。ニュージーランドで出した新商品は売れ行きがよく、現地の責任者も交えて、次の四半期の販売戦略を詰めることになっていた。先日のライブコマースも好調で、配信経由の注文だけで、その四半期の販売数の三分の一を占めていた。会社としても、十分満足できる結果だった。ただ、十六時間も配信につきっきりだった遥は、さすがに疲れ切っていた。海外で販路を広げるのは簡単ではなかった。立ち上げのうちは、遥もできるだけ自分で現場を見ておきたかった。そのほうが、遥自身も安心できた。会議室に入ると、凛が小ぶりの箱を差し出してきた。「何これ?」「開けてみて」遥は眉を上げ、蓋を開けた。中にはチョコレートやハンドクリーム、香水、フルーツキャンディーがきれいに詰められ、お祝いらしいデザインのクッキーまで添えられていた。凛は笑いながら言った。「私と蓮から。式はしばらく挙げないつもりなんだけど、こういうのは
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第1050話

そういえば、奏が「àl'aube」に来て、自分に会いたがっていると聞いたのは朝だった。時計を見ると、もう午後五時を回っていた。まさか、ずっと待っていたのだろうか。奏は向かいのソファを指した。「時間、大丈夫?ごめんね。私も、ほかに頼れる人が思いつかなくて……」そのとき、バッグの中でスマホが鳴った。取り出して画面を見ると、真由美からだった。「ごめん、ちょっといい?」遥はそのまま電話に出た。「遥さん、何時ごろ帰れそう?」「ちょっと遅くなるかもしれません。敏さんの奥さんが会社まで来てて、一階で待ってるんです」「じゃあ、その人も一緒に連れて帰ってきなさい。敏のお嫁さんなんだから、うちに来たっておかしくないでしょう。あなたまで夕飯を遅らせることないわよ」電話の向こうでは、瑛太がまだ泣きぐずりながら遥を呼んでいた。遥は瑛太のことが気になって仕方なかった。このまま会社に残っても、奏と落ち着いて話せそうになかった。「ありがとう、お義母さん」「もう、遥さんったら。あの人、遥さんに会いに来たっていうより、九条家に用があるんでしょう?一緒に連れて帰ってきなさい。大丈夫よ。何かあっても、私がいるんだから」真由美は少し呆れたように、言葉を続けた。遥は昔から、よほどのことがない限り、人を疑おうとはしなかった。「試しに、うちでご飯でもどうって言ってみなさい。あの人が何て返すか、聞いてみればいいわ」遥は電話を切ると、少し申し訳なさそうに奏を見た。「ごめんね。息子がちょっと熱を出してて、そろそろ帰らないといけないの。よかったら奏も一緒に来る?お義母さんも、せっかくだから夕飯食べていけばって」奏は少し戸惑ったようだった。「え、でも……いいの?」「大丈夫。敏さんの奥さんなんだし、そんなに遠慮しなくていいよ。ご飯食べるだけだから」奏は少し迷ってから、遥の誘いを受けた。帰りの車では、遥はシートに身を預け、目を閉じていた。奏は窓の外を流れていく街並みを眺めていた。高級住宅街に近づくにつれ、人も車も少なくなっていった。「遥って、旦那さんのご両親とずっと一緒に住んでるの?」「ううん、一緒に住んでるわけじゃないよ。むしろ向こうが私に合わせてくれてるかな。私が引っ越すと、近くに家を買って、子どもたちの面倒も見てくれる
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