All Chapters of 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした: Chapter 1051 - Chapter 1060

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第1051話

菊がお茶を運んできて、白磁の湯呑みを奏の前に置いた。「奏様、お茶をどうぞ」奏はソファの端に腰を下ろし、そつのない笑みを浮かべた。「ありがとうございます」真由美はお茶をひと口飲んだ。「これ、この前湊がオークションで落とした『白峰茶舗』の玉露でね。数百万円はするのよ。口に合うかしら」奏もお茶に口をつけた。いい香りはしたが、まだかなり熱かった。正直、奏には味の違いまではよく分からなかった。ただ、これだけの値段で、九条家で出されるものなら、きっといいお茶なのだろうと思った。「本当に、おいしいお茶ですね」真由美は遥にも声をかけた。「遥さんも飲んでみて」遥はひと口飲むと、少し眉を寄せた。「これ、『白峰茶舗』の玉露じゃないですよね?この前、結衣が持って帰ってきたお茶じゃないですか?」真由美ももうひと口飲んで、少し目を丸くした。「あら、本当だわ。これ、結衣がこの前摘んできたお茶ね。菊が仕上げてくれたやつだわ。ごめんなさいね。私ったら勘違いしてた。これ、大した値段じゃないの」奏は口元をわずかに引きつらせた。さっきまで気にならなかったのに、口をつけたお茶が急にやけに熱く感じられた。真由美には胸の内まで見透かされているようで、どうにも落ち着かなかった。そこへ、新聞を手にした修が二階から下りてきた。二人の話が耳に入ったらしく、そのまま口を挟んだ。「何が大した値段じゃないだ。結衣が自分で摘んだお茶だぞ。『白峰茶舗』なんかより、こっちのほうがよっぽど値打ちがある」真由美は修を呆れたように見たが、どこか楽しそうでもあった。目尻には皺が増えていたものの、真由美らしい華やかさは少しも変わっていなかった。遥はその横で、何も言わずにお茶を飲んでいた。今日はゆったりとしたワンピースを着ていて、腰にはパールのベルトを合わせていた。幾重にも重なった裾はつぼみのようにふんわりと広がり、その間から白くすらりとしたふくらはぎがのぞいていた。そんな遥の姿は、どこかアイリスを思わせた。奏はひと目で、それが有名メゾンの今季の新作だと気づいた。しかも、誰でも簡単に手に入れられるようなものではなく、限られた顧客しか注文できない特別な一着だった。人気女優でさえ、こういうドレスを着るのはレッドカーペットのような晴れの場
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第1052話

真由美はゆっくり口を開いた。「葉月さんは敏と離婚してから、うちとはもう付き合いがないの。前に、うちで働いてた人と一緒に骨董品を持ち出してね。今もどこにいるか分かってないのよ。もしまたあなたのところに現れたら、私に連絡して。こっちから警察に話すから」奏は九条家のことを、ほとんど何も知らなかった。敏も家の話をするほうではなかったし、身内の込み入った話になると、なおさら奏には話さなかった。真由美の話を聞くうちに、奏は目に見えてうろたえ始めた。指先でスカートの裾を落ち着きなくいじりながら、思わず遥を見た。「え?葉月さん……そんなことしてたの?」「だいぶ前のことだよ。てっきり知ってると思ってた。葉月さんと敏さんも、最後はかなり揉めてたみたいだし」遥は少し笑った。「まあ、身内のことだし、夫婦なら敏さんから聞いてると思ってたんだけど」どうやら敏と奏は、それほど何でも話すような夫婦ではなかったらしい。葉月と敏が最後はかなり険悪なまま別れたことも、葉月がすでに亡くなっていたことさえ、奏は知らなかった。奏は慌てて口を開いた。「き、聞いてたよ。ただ、すっかり忘れてて……航希を産んでから、ほんと物忘れがひどくなっちゃって。産後って、そういうことあるでしょ?」遥はその苦しい言い訳を、あえて追及しなかった。「航希くん、体が弱いって言ってたよね。栄養士さんとかには相談したことある?」「うん。でも、なかなか良くならなくて。今回来たのも、遥ならいい栄養士さん知ってるかなって思って。いたら紹介してほしくて」「いるよ。前に結衣もお願いした人。結衣のときは、けっこう良くなったよ。ただ、料金はちょっと高めだけど」その栄養士の食事プランには薬膳も取り入れられ、高価な食材も多く使われていた。ある程度続ければ、費用もかなりかかった。料金の話が出た途端、奏は一瞬言葉に詰まり、膝元へ目を落とした。遥に頼みに来たうえ、真由美もそばにいたのだから、費用も九条家が出してくれるものだと、奏はどこかで期待していた。ところが、遥のほうから先に料金の話をされてしまい、今さら自分から費用まで出してほしいとは言い出しにくくなった。以前の遥は、こういうことでお金を惜しむような人ではなかった。それに奏は、九条家の今の状況もある程度調べていた。潤
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第1053話

それでも、奏はこのまま何も得ずに帰るつもりはなかった。ここへ来るまでに、それなりの準備もしてきた。奏が敏と結婚したのは、当時売れっ子の映画監督だったからというだけではなかった。敏が九条家の人間だったことも、大きな理由の一つだった。九条家の勢いは今も衰えていなかった。東都の中心部には何棟ものオフィスビルがあり、その周辺の一等地や商業施設にも、湊たち一家が所有するものがいくつもあった。「麟龍」はジュエリー業界でも有数の企業で、九条グループはIT分野でも業界有数の規模を誇っていた。ゲーム事業も好調で、毎月の売上ランキングでも常に上位に入り、月商は数億円規模だった。遥が普段着のように着ている服も、どれもかなり値の張るものばかりで、身につけるジュエリーは「àl'aube」のオーダーメイドだった。この家では、ゴミ箱ひとつでさえ何十万円もした。床にも上質な大理石が惜しげもなく使われていた。目に入るものがどれもあまりに桁違いで、奏は見ているうちにだんだん胸が苦しくなった。別に、奏自身が贅沢をしたいわけではなかった。航希が敏の息子である以上、あの子にだって受け取る権利はあるはずだった。奏はそう思い込もうとしていた。奏は目を伏せたまま言った。「航希だって九条家の子なんです。あの子の取り分まで減らすようなことはしないでください」真由美は顔をしかめた。「減らすって、何をよ?敏は何年も前に、自分が持ってた株を湊に譲ってるの。そのあと湊から翔に渡って、翔が刑務所に入ってからは増資で持ち分もかなり薄まったの。もう航希くんの分として残ってるものなんてないわ」実際、その株がすべてなくなったわけではなかった。一部は真理と健に渡り、残りは増資で持ち分が薄まっていた。ほかの株主にも少しずつ回ったが、それで誰か一人の持ち分が大きく増えたわけではなかった。奏はそこまでの経緯を知らず、思いもよらない話に目を見開いた。「な……何も残ってないんですか?」「ないわよ。家なら一軒あるけどね。離れはもともと敏の名義だったけど、去年もう潤に譲ってるの。航希くんを住ませたいなら、潤に聞いてみなさい」しかも、その離れは潤の手元にも残っていなかった。去年の暮れには結衣へ贈られ、誕生日プレゼントになっていた。その話を思い出すたび、真由美は少し不思議
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第1054話

瑛太は薬を飲んだあと、ぐっすり眠っていた。頬にはまだ少し赤みが残っていた。今回の予防接種を受けてから、瑛太は何度か熱を出していた。熱が上がるたび、遥は心配になったが、だからといって予防接種を受けさせないわけにもいかなかった。そんな遥を見て、真由美は安心させるように声を落として言った。「うおちゃんはもともと丈夫な子だし、大丈夫よ。先生にも診てもらったけど、特に心配はいらないそうよ。今は具合が悪いから、いつもより遥さんに甘えたいだけ。結衣が小さい頃のほうが、もっと大変だったでしょう?」遥は少し笑った。「そうですね。結衣はあの頃、体も弱かったし、食べ物でアレルギーが出ることも多くて。しょっちゅう病院に行ってました」真由美も当時のことを思い出しながら言った。「あの頃は、遥さんのそばで支えてあげられる人もいなかったでしょう。ずっと一人で頑張らせてしまって……今でも申し訳なく思ってるの。うちは遥さんに、本当につらい思いをさせたわ」「どうしたんですか、急に」真由美は小さく首を振ると、ベッドのそばに腰を下ろした。眠っている瑛太の背中をそっと撫でながら、静かに言った。「敏の奥さんを見てたら、なんだか昔のことを思い出してね」大学時代に同じ部屋で過ごしていた奏と遥だったが、今ではまるで違う人間に思えた。だからこそ、湊が好きになったのが遥で本当によかったと、真由美はしみじみ思った。遥がいたからこそ、結衣も瑛太もこんなにいい子に育ったのだろう。真由美にとっては、二人とも何よりかわいい孫だった。そのぶん、遥がたった一人で結衣を育てていたあの二年間を思うと、なおさら胸が痛んだ。遥も小さく息をついた。「奏は昔、こんな感じじゃなかったんです。いろいろあって、少しずつ変わったのかもしれません」学生だった頃の奏は、少なくともこんなふうではなかった。けれど、環境が変われば、人の考え方も少しずつ変わってしまうのかもしれなかった。真由美は遥を見て言った。「あの人とは、あまり深く関わらないほうがいいわ。何か言われたら、私に止められてるって言えばいいの。用があるなら、敏から私に連絡させなさい」言い方は強かったが、遥を面倒なことに巻き込みたくないのだと分かった。遥は頷いた。「分かりました。でも、いざとなったら私もちゃんと断れ
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第1055話

カゼは今も、業界でもよく知られたイラストレーターだった。依頼された原稿をこなすだけでなく、遥は毎週何点か新しいイラストも公開していた。どれも、その時々に浮かんだアイデアを形にしたものだった。ファンの間では、才能があって努力家なのもすごいけれど、これだけ上手いのに、作品を出すたびにまだ上達しているのが一番すごいとよく言われていた。そんなとき、結衣が言った。「パパ、今度学校で行事があるんだけど、先生がパパに来てもらって、みんなの前でお話ししてほしいって」「いいぞ。いつだ?」結衣のこととなると、湊はいつだって真剣だった。「今週の金曜日。パパが忙しかったらママでもいいって。どっちか来られるほうでいいって先生が言ってたよ」遥は少し意外そうに眉を上げた。「ママも呼ばれてたの?」「うん。私が先生にママのことも話したの。パパだけじゃなくて、ママだってすごい経営者だし、すごいイラストレーターでしょ?それに、パパが前に言ってたことも話したよ。今のパパがあるのは、家族や周りの人にたくさん助けてもらったからだって。ママにしかできないこともあるって」遥は驚いて湊を見た。「結衣にそんなこと話したの?」「いや。前に雑誌の取材があっただろ。そのとき結衣がたまたま会社に来てて、そばで宿題してたんだ」その取材で、記者の一人が遥についてこんな質問をした。「奥様は普段、家庭とお仕事をどう両立されているんですか?」湊はすぐに答えた。「妻が家庭のことまで無理に抱える必要はありません。仕事に集中できるように、家のことは私がやります」「でも、九条社長もお仕事でかなりお忙しいですよね?」「妻だって忙しいのは同じです。だから、家のことはできるほうがやればいいんです」湊は淡々と続けた。「妻が自分の仕事で積み上げてきたものは、私には真似できません。私は家にも周りの人にも助けてもらって、ここまで来ました。そういう支えが何もなかったら、今と同じところまで来られたかは分かりません」そのとき、結衣はすぐそばで宿題をしていた。雑誌はまだ発売前だったから、遥はそんなやり取りがあったことすら知らなかった。けれど、結衣はしっかり覚えていたらしい。胸がじんと熱くなった遥は、照れ隠しのように少し口を尖らせた。「そんなこと言ったら、また私が
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第1056話

――番外編――月日は流れ、気づけば十数年が過ぎていた。それでも湊は、昔とほとんど変わっていなかった。こうして顔を見ていると、本当に十数年も経ったのかと思うほどだった。そんなある日、遥が部屋でフェイスパックをしていると、湊が慌ただしく入ってきた。「どうしたの?」よほど急いでいたのか、シャツは背中まで汗で濡れ、肌に張りついていた。「遥!」手には、小さな紙切れが握られていた。湊はそれを見せるでもなく、ひどく険しい顔で遥を見つめた。声も表情も、いつもの湊とはまるで違った。何も知らずに見れば、とんでもないことでも起きたのかと思うほどだった。遥までつられて不安になった。遥はフェイスパックを剥がすと、残った美容液をついでに脚へ塗り広げた。「何?どうしたの?」「これ」遥は受け取ると、そのまま開いた。力強い字で、短いメッセージが書かれていた。【立花さんのことが好きです。よかったら、僕と付き合ってください。】下には、林颯真(はやし そうま)と名前があった。結衣と同じクラスの男子だった。遥にも名前には覚えがあった。少し考えると、すぐに顔も思い出した。「へえ、林くんなんだ。あの子、けっこうかっこいいよね。結衣を好きになるなんて、見る目あるじゃない」「遥!何言ってるんだよ!結衣はまだ十六だぞ!今から学校に乗り込んで、そいつ一発ぶん殴ってくる!」あまりの剣幕に、遥は呆れて湊を見た。こんなことで完全に我を忘れている男が、いくつもの大企業を率い、何年も富豪ランキングの首位を守ってきた人物だとは、とても思えなかった。「もう、落ち着いて。まず結衣に聞いてみようよ。林くんのこと、どう思ってるのか」「聞くまでもないだろ。結衣はまだ十六なんだぞ。こんなの、俺が何とかすればいい!」遥は立ち上がると、湊の後ろに回り、なだめるように肩を揉んだ。「結衣って昔から、自分のことはちゃんと自分で決める子でしょ。もう十六なんだし、何も聞かずに勝手に決めたら、絶対嫌がるよ」それは湊にも分かっていた。結衣は昔から、自分のことを勝手に決められるのを嫌う子だった。そもそも、ラブレターだって結衣の本から落ちたものを、たまたま見つけただけだった。ここで勝手に口を出せば、あとで結衣に怒られるのは目に見えていた。頭では分かってい
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第1057話

湊はしばらく迷い、何度か口を開きかけたものの、結局うまく切り出せなかった。そんな湊を見て、瑛太はひと口食べてから、不思議そうに首をかしげた。「父さん、さっきからどうしたの?」真由美と修も、何事かと湊に目を向けた。「何が言いたいんだ?さっきからもったいぶって」見かねた遥が笑って、代わりに口を開いた。「湊が結衣の本棚を片づけてたら、手紙みたいなのが本から落ちてきたの。クラスの男の子が書いたみたいで、午後からずっと一人で気にしてるのよ」いろいろ考えているうちに、湊はすっかり落ち着きをなくしていた。しまいには、結衣はもう誰かと付き合っているんじゃないかとまで疑い始めていた。結衣はまだ十六歳だった。少なくとも湊には、恋愛なんてまだ早いとしか思えなかった。話を聞いていた真由美と修まで、つられるように結衣を見た。結衣だけは何のことか分からず、きょとんとしていた。「どんな手紙?」湊はポケットからラブレターを取り出し、結衣に渡した。結衣は受け取って目を通したが、特に驚いた様子はなかった。「この前、この本を貸したんだ。返してもらってから開いてなかったから、全然気づかなかった」そう言っても、結衣はいつもと変わらない様子だった。照れるでもなく、嬉しそうな顔をするでもなかった。あまりにも平然としていたので、かえってみんなが顔を見合わせた。真由美がやさしく尋ねた。「結衣はどう思ってるの?」「別に。ただのラブレターでしょ?直接渡す勇気もなかったみたいだし、知らなかったことにしておけばいいよ」結衣はラブレターをテーブルに置くと、そのまま何事もなかったように食事を続けた。遥は少し意外そうに結衣を見た。「本当に何とも思わないの?」「え?別に、何とも思わないよ」遥は、年頃の女の子ならもう少しくらい気にするものだと思っていた。けれど、ここまであっさりしているのも、いかにも結衣らしかった。「じゃあ、好きな男の子はいないの?」「今はいないかな。勉強で私より上の子もいないし、見た目だって父さんやうおちゃんのほうがかっこいいし。これといって気になる子はいないよ」瑛太はまだ十代前半だったが、すでに女の子の目を引くほど顔立ちが整っていた。毎日のように鞄からラブレターや女子生徒にもらったプレゼントが出てきたので、
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第1058話

結衣はラブレターをもらっても、まるで動じなかった。それとは対照的に、湊はそれ以来ずっと落ち着かない様子で、食事のたびに何かと結衣に話を振っていた。どうやら、本当に誰かと付き合うつもりがあるのか気になって仕方がないようだった。そんなことが何日も続き、さすがの結衣も少しうんざりしてきた。そこで一度きちんと話しておこうと、湊に向き直った。「父さん、結局何が言いたいの?何かあるなら、はっきり言ってくれればいいよ」そう言われてみると、湊にもこれといって口を出すようなことはなかった。結衣は昔から、ほとんど手のかからない子だった。小さい頃は身体が弱く、運動も好きではなくて、放っておけばどこかで本ばかり読んでいた。その頃だけは、遥も湊もずいぶん心配したものだった。けれど十六歳になった今では、すっかり年頃の娘になっていた。遥にも湊にも似た整った顔立ちで、普段のあの淡々とした性格でなければ、今回が初めてのラブレターというほうが不思議なくらいだった。湊は軽く咳払いをした。「そういえば、結衣って学校じゃ『クール美人』って呼ばれてるんだって?」「知らない。勝手に言ってるだけでしょ」湊は返す言葉に困った。結衣は昔から落ち着いた子だったが、こういう話までさらりと受け流すとは思わなかった。湊が十六だった頃は、とてもこんなふうにはいかなかった。「別に、彼氏を作るなって言いたいわけじゃないんだ。ただ、まだ十六だし、父さんとしてはちょっと……」「分かってるよ。今から彼氏作るのも心配だけど、このままずっと恋愛に興味ないのも心配なんでしょ?」そこまで言い当てられ、湊はばつが悪そうに視線をそらした。結衣には、湊の考えていることなどすっかりお見通しだった。結衣は昔から察しがよかった。少しくらい父親らしく構えてみても、こうしてあっさり先回りされてしまう。結衣の言うとおりだった。今から誰かと付き合うのはまだ早いと思う。けれど、恋愛に疎いまま誰かに騙されるのも、この先ずっと一人でいるのも心配だった。考え出すと、きりがなかった。「大丈夫だよ、父さん。私、ずっと父さんと母さんを見てきたんだから。恋愛がどういうものかくらい、ちゃんと分かってるよ」結衣はそう言って、少し笑った。「私も、お二人みたいになれたらいいなって思ってる。父さんが私を大事にし
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第1059話

家のことはもともとあまり学校で知られておらず、結衣と瑛太が実の姉弟だと知っている生徒もほとんどいなかった。結衣も、わざわざ人に話す必要はないと瑛太に言っていた。知られたところで面倒が増えるだけだった。十六歳になった結衣は背もずいぶん伸び、今では遥とほとんど変わらないくらいになっていた。もう少し伸びれば、遥より背が高くなりそうだった。成績は抜群で、参加したコンテストでも何度も一位を取っていた。人目を引く雰囲気もあって、校内ではかなり有名だった。学年が違っても、結衣の名前を知らない生徒のほうが少ないくらいだった。中等部に入ったばかりの瑛太も、高等部で結衣が有名なのは知っていた。きれいだけれど愛想がなく、近寄りがたい――そんな印象で通っていた。ある日の体育の授業後、瑛太がバスケを終えてシャワーを浴びていると、隣から何人かの男子の話し声が聞こえてきた。「俺、あいつがいつまであんな澄ました顔してられるか見てみたいんだよな。ダメなら、無理やりでも連れて帰ればいいだろ」「おい、それ普通に犯罪だぞ。あいつの家族にバレたら洒落にならねえって」「俺の顔見たら、案外向こうから惚れるかもしれないだろ?」隣から笑い声が聞こえ、瑛太は思わず眉をひそめた。今すぐ乗り込んで殴ってやりたいくらい腹が立ったが、こんな連中がほかにもいるかもしれないと思うと、結衣を一人で帰らせる気にもなれなかった。シャワーを済ませて着替えると、そのまま高等部のほうへ向かった。まだ結衣の授業は終わっていなかったので、出てくるまでしばらく待つことにした。しばらくして、夕暮れの中に結衣の姿が見えた。髪をポニーテールにまとめ、制服の上には久美子が編んでくれたカーディガンを羽織っていた。人混みの中にいても、結衣はすぐに見つかった。毎日顔を合わせていたせいか、瑛太にとって結衣がきれいなのは当たり前のことだった。家族もみんな顔立ちが整っていたこともあって、普段はそこまで意識したこともなかった。けれど、こうして大勢の生徒に囲まれた結衣を見ると、目立つのもよく分かった。下校する生徒たちの中には、さっき話していた男子たちの姿も見えた。瑛太はすぐに結衣のもとへ駆け寄り、鞄を受け取ると声を潜めた。「姉ちゃん、あいつらさっき、姉ちゃんのこと無理やり家まで連れてくとか言ってたよ
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第1060話

瑛太は中等部に入ったばかりだったが、背はもうかなり伸びていた。目の前の高等部の男子たちと比べても、そこまで体格差はなかった。「だったら、本人にそう言わせてみれば?」男子たちが面白くないのも当然だった。結衣は普段、誰に対してもそっけなかった。自分たちがどれだけ話しかけても、ろくに笑ってくれなかった。それなのに瑛太とは昼休みに一緒に食事をし、ときには自分のおかずまで分けていた。自分たちには見せない顔を、瑛太には見せていた。それがどうにも気に食わなかった。「おい、調子乗んなよ。この学校でこの先もやってくつもりなら、結衣から離れろ」瑛太は鼻で笑った。遥によく似た柔らかな顔立ちに、その瞬間だけはどこか湊を思わせる鋭さが浮かんだ。「嫌だって言ったら?僕に手を出したら、結衣だってもうお前らなんか相手にしないと思うけど」その言い方が癇に障ったのか、一人が瑛太の胸ぐらをつかんだ。それでも瑛太はされるがままで、やり返そうとはしなかった。「何だよ、その余裕。こっちが手ぇ出さないとでも思ってんのか?中坊のくせにナメてんじゃねえぞ。この学校で俺らにそんな口きいて、ただで済むと思うなよ」そのとき、声が飛んできた。「何してるの?」男子たちが振り向くと、少し離れたところに、弁当箱を手にした結衣が立っていた。制服のスカートからのぞく脚はすらりと細く、目を引くほど白かった。さっきまで騒いでいた男子たちも、思わず見入ってしまった。「いや、こいつ、いつも近くにいるだろ?何考えてるか分かんないし、ちょっと注意してやってただけだって」結衣は男子たちを相手にせず、後ろで襟元を直していた瑛太に目を向けた。「なんでやり返さなかったの?」瑛太は近くの防犯カメラを指した。「ここ、カメラあるから」瑛太は小さい頃から空手を習っていて、去年は全国大会のジュニア部門で優勝していた。数人を相手にしても、そう簡単に負けるほど弱くはなかった。ただ、防犯カメラの前で先に手を出すつもりはなかった。結衣はすぐに納得した。「そっか。じゃあ先生と母さんたちに話せばいいね。行こ、ご飯食べよ」「ああ」生徒同士のちょっとした揉め事なら、その場で収まってしまうことも多かった。けれど、結衣が先生に話せば、学校もさすがに無視はできなかった。しかも遥と湊は、
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