「この万年筆は遥が俺にくれたものだ。瑛太も欲しいなら、大きくなってから自分の嫁さんに買ってもらえ」湊は息子に譲るつもりなどさらさらないらしく、そう言って万年筆をさっさとしまい込んだ。真由美は呆れて言葉も出なかった。まったく、大人げない。実の息子相手にここまで張り合うあたり、いかにも湊らしかった。瑛太は本当に手のかからない子だった。生後二か月で、ちょうどぐずりやすい時期だったが、遥の前では遠慮でもしているのかと思うほどおとなしかった。それが湊や修を相手にすると、途端に声が大きくなった。ちょうどミルクを飲み終えたところで、もちろん読めるわけもない本をしばらくじっと見つめていたが、湊に背中をぽんぽんとされるうちに、またすぐ眠ってしまった。結衣は身を乗り出して、瑛太の顔を覗き込んだ。「ママ、私も小さい頃、瑛太みたいによく寝てた?」久美子は笑った。「もちろんよ。これくらいの赤ちゃんは、一日のほとんどを寝て過ごすものだから」瑛太は、結衣が赤ちゃんだった頃に比べても、ずっと手のかからない子だった。結衣も十分に育てやすいほうだったが、体が弱く、なかなかぐっすり眠れないことが多かった。毎日の寝かしつけにも、少なくとも三十分はかかっていた。それに比べて瑛太は、眠くなるとあくびをして、そのまますっと寝入っていた。九条家が産後の世話を頼んだシッターたちからも、ここまで手のかからない赤ちゃんは珍しいと言われるほどだった。湊は書き直した式の進行表を修に渡した。修はさっと目を通すなり、思わず笑った。「ここまで削るなら、もう全部なしでいいんじゃないか?」「それでも構わない。俺と遥の時だって、こんなのやらなかったしな。面倒だ」修は何も言えなくなった。九条家では、すでにほとんどのことを湊が仕切っていた。修もたまに湊と話していると、相手が息子だというのに、なぜか少し緊張してしまうことがあった。修は改めて進行表に目を落とした。「じゃあ、これでいこう」真理も進行表を受け取り、ざっと目を通した。ほとんどの項目が削られていて、残っていたのは、本邸で親族の年長者たちに挨拶をしたあと、そのままホテルへ向かう予定だけだった。厳をはじめ、高橋家の面々が揃って来ていなければ、湊はおそらくこれすら省くつもりだったのだ
Read more