All Chapters of 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした: Chapter 971 - Chapter 980

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第971話

朔は手を伸ばし、紗月の腕をぐいと引き寄せた。不意を突かれた紗月は体勢を崩し、そのまま朔の膝の上に倒れ込んだ。朔は紗月の腰に腕を回して抱き留めると、床に広げた荷物へ視線を戻した。「学生の頃にもらった賞状も、まだ結構残ってる」「これも捨てるんですか?」「紗月ちゃんが決めて」学生時代の賞状も、朔にとっては昔の思い出の一つにすぎなかった。わざわざ残しておきたいほどのものでもなかった。清春もまた、朔の過去を形作ってきた大きな存在だった。それだけ長く気にかけてきた相手だからこそ、今回のことは簡単には割り切れず、気持ちを整理するにもまだ時間がかかりそうだった。紗月は手元の賞状に目を落とした。「取っておいたらどうですか?いつか子供ができた時、パパは昔こんなにすごかったんだぞって自慢できますよ」「ママだって負けてないだろ」紗月は振り返った。「……ママって誰ですか?」「今、俺の膝に座ってる人」朔はさらりと言った。「俺は、そのつもりだけど」そんなことを何でもないように言われて、紗月はますます落ち着かなくなった。まだ気持ちが沈んでいるせいか、朔の声はいつもより低かった。話すたびに吐息が耳元をかすめ、紗月はくすぐったさに思わず肩をすくめた。「それは……まだ先の話じゃないですか」朔は小さく笑った。今日こうして紗月が来てくれたことだけで、朔には彼女の気持ちが十分伝わっていた。朔は少し顔を寄せ、紗月の耳元にそっと口づけた。「来てくれてありがとう、紗月ちゃん」紗月は頬を赤らめ、こくりと頷いた。……それから季節は巡り、初雪の頃に結衣は六歳の誕生日を迎えた。やがて春になり、小学校へ入学する朝を迎えた。制服に着替えた結衣は椅子に座って朝食を待っていた。湊は靴下を手にすると、結衣に履かせてやった。「パパ、悠斗くんも同じ学校なの?」「ああ。でもクラスは別だ」入学前のテストでは、結衣のほうが悠斗よりずっといい点を取っていた。一方の悠斗は運動神経がよく、体を動かすことのほうが得意だった。ただ、なかなか体重が落ちず、恵も少し気にしていた。恵は悠斗にそこまで厳しい練習をさせるつもりはなく、本格的に選手を目指させようとも思っていなかった。体を動かす習慣として続けるくらいが、ちょうどいいと考
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第972話

結衣は首を横に振り、椅子に座ったまま足をぶらぶらさせていた。「行かない。だって、うおちゃんもかわいいもん」美月はまだ一歳になったばかりで、一緒に遊ぶには少し早かった。その点、今の瑛太はちょうど一緒に遊ぶのが楽しい年頃だった。「じゃあ今度、真理おばさんが美月ちゃんを連れて帰ってきたら、ママと会いに行こうか」結衣は頷いたものの、少し考えてから口を開いた。「ママ、その日、何もないか先に見てね。習い事いっぱいあるから」結衣は習い事が多く、放課後も何かと忙しかった。遥からすれば、よく嫌にならずに続けられるものだと感心するほどだった。遥自身も子供の頃はいろいろ習っていたが、飽きるのが早く、何を始めても長続きしなかった。しばらくすると正男に頼み込んでは、やめさせてもらっていたものだ。けれど、結衣はまるで違った。どの習い事も嫌がるどころか、むしろ楽しんで続けていた。そこは湊に似たのかもしれない。新しいことを覚えるのが好きで、頑張ったぶんだけ結果が出るのも嬉しいらしい。一番になれた時は、なおさら嬉しそうだった。もっと小さい頃は、結衣にここまで負けず嫌いなところがあるとは、遥も思っていなかった。けれど、それは決して悪いことではなかった。ふと隣を見ると、瑛太は相変わらず豪快な食べっぷりだった。服まで食べこぼしだらけにしながら、それでもかなりの量をちゃんと食べていた。朝食が済むと、湊と遥は結衣を学校まで送っていった。ランドセルを背負って校門をくぐっていく結衣を見送りながら、遥は胸がいっぱいになった。あんなに小さかった娘が、もう小学生になり、今年で七歳になる。子供の成長は本当に早いものだと、改めて実感した。そして今日は、遥がもう一つ心待ちにしていた日でもあった。留学していた凛が、久しぶりに帰ってくるのだ。留学中は勉強を続けるかたわら、「àl'aube」の海外での事業にも携わっていた。滞在していた地域ではK22のゴールドジュエリーが多く、国内で一般的なものとは金の純度も違っていた。そんな中、アンサンブルのゴールドジュエリーは思いのほか人気を集め、昨年の海外部門の売上もかなり伸びていた。遥としては、最初は試しにやってみるくらいのつもりだった。ところが凛は持ち前の負けん気で粘り強く取り組み、少し
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第973話

楓たちに見られたことを思い出すと、遥の頬はまた熱くなった。それに比べて湊は、いつも何事もなかったような顔で平然としていた。どうして毎回あんなに落ち着いていられたのか、遥にはさっぱり分からなかった。遥は湊をさっさと車から降ろすと、アクセルを踏み、そのまま本社前から走り去った。湊はその場に残り、あっという間に遠ざかっていった遥の車を見送った。軽く眉間を押さえたものの、口元にはどうしても笑みが浮かんでいた。「まったく、妻はつれないな」ちょうどそこへ朔の車が入ってきた。車を降りた朔は、妙に機嫌のよさそうな湊を見るなり、少し呆れたように笑った。「おはよう、湊。朝からずいぶん機嫌いいな」「奥さんに送ってもらったことのないお前には分からない」朔は一瞬、返す言葉に詰まった。確かに妻はいなかったが、恋人までいないように言われたのは心外だった。もっとも、その恋人の紗月は最近、資格試験の勉強で忙しく、ここしばらくはろくに相手をしてもらえていなかった。そんな時に朝から幸せそうな顔を見せつけられれば、さすがに羨ましくもなった。朔は小さくため息をつき、湊と一緒にエレベーターへ乗り込んだ。扉が閉まり、ふと正面の鏡に目をやると、スーツ姿の二人が並んで映っていた。上へ向かう途中、湊がふと思い出したように口を開いた。「そうだ。近いうちに清春が戻ってくる」九条グループはその後も清春の行方を追っていた。最近になって、ひそかに帰国するらしいという情報もつかんでいた。警察にもすでに情報を伝え、入国が確認され次第対応できるよう準備を進めていた。その話を聞いた朔は、ふっと黙り込んだ。さっきまでの笑みも、いつの間にか消えていた。「……そうか」「会いに行くか?」「いや、いい」朔にできることは、もう残っていなかった。清春に対しては、両親も朔も、家族としてやれるだけのことはやってきた。今回の件が明るみに出たばかりの頃には、清春に連絡し、戻ってきてきちんと自分のしたことと向き合うよう伝えたこともあった。けれど、返事はなかった。それからというもの、朔は何度も眠れない夜を過ごした。夜中にふと目を覚ましては、昔のことばかりが次々と頭に浮かび、そのまま眠れない夜も多かった。ずっと、自分がそばにいれば、清春が道
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第974話

隣の席には、浩介と玉希がいた。十分ほどして、遥たちの料理が次々と運ばれてきた頃、隣から椅子を引く音がした。続いて聞こえてきたのは、蓮の声だった。「そんな急かすなって。渋滞してたんだから仕方ないだろ」「よく言うわ。たまにご飯でもどうって誘っても、全然時間作ってくれないくせに」蓮は軽く笑った。それを見て、浩介が口を開いた。「お前、最後に家帰ったのいつだよ。いつまで母さんと意地張ってるつもりだ?」「別に意地張ってるわけじゃない。忙しいだけだ」二年前、凛が海外へ行ったあと、琴子は蓮に見合いをさせようとして、使っていたカードをすべて止めた。それをきっかけに蓮は佐原家を出て、自分で会社を立ち上げた。この二年で会社も軌道に乗り、規模は少しずつ大きくなっていた。ただ、実家にはほとんど寄りつかなかった。それでも琴子は諦めず、今度は別の女性と会うよう勧めてきた。相手は以前から蓮に好意を持っていて、年明けにも結婚したがっていると、琴子は言っていた。蓮はとうとう琴子の連絡先をブロックし、それきり連絡を取らなくなった。さすがに琴子も焦り、浩介と玉希に蓮を説得して家へ戻すよう頼んだ。今日の食事も、そのためだった。浩介と玉希が何度も声をかけて、ようやく蓮を誘い出せたのだ。玉希はため息をついた。「いつまでも母さんと意地張ってないでよ。体もあんまり丈夫じゃないんだし」「俺は見合いしたくないって言ってるだけだろ。母さんが勝手に話を大きくしてるのに、なんで俺まで付き合わなきゃいけないんだよ」「そこまで嫌がらなくてもいいじゃない。一回くらい会ってみたら?案外気が合うかもしれないし、そうじゃなくても友達にはなれるでしょ」蓮は首を横に振り、イシモチを一口つまんだ。「その気はない」この二年の間に、浩介も玉希もそれぞれ結婚していた。昔のことは、二人ともいつの間にか口にしなくなっていた。三十を過ぎた頃からは、家族も結婚相手に以前ほど口を出さなくなり、二人ともそれぞれ納得した相手と結婚していた。けれど蓮には、二人とも結局どこかで折り合いをつけたように見えていた。最初に選びたかった相手でないのなら、無理に結婚する気はなかった。浩介も続けた。「母さんだって、お前のためを思って言ってるんだろ。相手の子
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第975話

その反面、一度こうと決めたら、誰に何を言われても簡単には譲らなくなっていた。それでも今日は、浩介と玉希に何度も誘われて、わざわざ時間を作って来ていた。玉希は少し黙ったあと、ため息をついた。「母さんに頼まれてたの。でも、もうこの話はいいわ。せっかく来たんだし、食べよ」蓮はそれ以上何も言わず、箸を動かした。二人が琴子に頼まれて来たことくらい、蓮にも分かっていた。この二年、琴子との関係はこじれる一方で、顔を合わせれば喧嘩になるほどだった。数か月前には、琴子が具合が悪いと言って蓮を実家へ呼び戻したこともあった。ところが、家に着くなりスマホを取り上げられ、そのまま部屋に閉じ込められた。琴子は、用意した相手と見合いをするまで蓮を外へ出すつもりもなかった。そこで蓮は窓から抜け出し、二階から飛び降りた。そのせいで足首を骨折し、治るまで三か月もかかった。それ以来、蓮は琴子から連絡が来ても、ほとんど相手にしなくなっていた。玉希も、そのことは知っていた。「足、もう平気?」「うん。もう治った」浩介も、まさか蓮と琴子がここまでこじれるとは思っていなかった。浩介と玉希は琴子の実の子ではなかったこともあり、琴子も二人にはそこまで強く出ることはなかった。けれど、蓮のことになると別だった。何もかも思い通りにさせたがり、少しでも逆らえば、すぐに怒り出した。凛と遥も、いつの間にか黙って食事をしていた。しばらくすると、隣の話題は琴子のことから仕事へ移った。仕事の話になると、蓮はさっきまでより口数が増えた。その話し方も、二年前とはずいぶん違っていた。以前のように熱くなることもなく、何を聞かれても冷静に答えていた。凛は隣で聞きながら、この二年で蓮なりにいろいろあったのだろうと思った。やがて遥が小声で尋ねた。「向こうの学校には、また行くの?」「いくつか参加しなきゃいけないプロジェクトはあるけど、オンラインで済むから大丈夫」卒業式もまだ先で、凛自身も今のところ出席するつもりはなかった。二人は声を落として話していたものの、隣との間にあったのは仕切り一枚だけで、会話は向こうにも聞こえていた。その声に、蓮はふと箸を止めた。どこか聞き覚えがある気がして、眉を寄せたまま耳を澄ませた。毎晩のよう
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第976話

帰国したばかりで、まだ片づけなければならないことが山ほどあった。凛はひとまず自宅へ戻った。留学前に買っておいた家だったが、その頃はほとんど蓮のところで暮らしていたため、内装が終わってからも使う機会がなかった。こうして実際に住むのは、今日が初めてだった。部屋を見回すと、明るく日が差し込み、間取りもすっきりしていて開放感があった。時間をかけて選んだだけあって、改めて見てもやはり自分好みの家だった。海外から持ち帰ったものは少なかった。着替えが数着と、向こうで買った土産がいくつかあるくらいだった。土産は、これから会う人に少しずつ渡すつもりだった。荷物を片づけている途中、スマホが鳴った。凛は手を止め、電話に出た。「帰ってきたんだろ?いつ飯行く?」「今はいいよ。帰ってきたばっかりだし、明日は会社にも顔出さないと。落ち着いたらこっちから誘う。今度は私がおごるよ」「そんな遠慮するなって。母さんも会いたがってる」電話の相手は、美和の息子の千田慧(ちだ けい)だった。二年前、たまたま美和と連絡先を交換してから、凛は時々メッセージをやり取りしていた。留学中、美和がたまたま同じ街を訪れたことがあり、その時に初めて慧とも顔を合わせ、三人で食事をした。慧は凛と同い年くらいで、AI関係の仕事をしていた。この二年でかなり成果も上げていた。何度か会ううちに自然と話すようになり、今ではたまに一緒に食事をするくらいの友人になっていた。慧には、何年も想い続けてきた女性がいた。ただ、そのことは美和には話していなかった。慧は以前、その女性とは結局うまくいかなかったし、わざわざ母親に話して心配させるつもりもないと言っていた。美和に知られれば、あれこれ聞かれるのは目に見えていたし、下手をすれば相手の女性にまで迷惑をかけてしまうかもしれなかった。だから、そのことはずっと話さずにいたのだろう。凛とはたまに食事に行き、仕事でも何度か助けてくれた。それでも必要以上に踏み込んでくることはなく、二人はずっと友人として付き合っていた。凛も異性の友人とは、親しくなっても一定の距離を保つようにしていた。「じゃあ、また今度ね。帰ってきたばっかりで、しばらくバタバタしそうなの。落ち着いたら美和さんも誘って、三人でご飯行こう。今度は私が出
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第977話

会場には、今回のパーティーに合わせて各社の製品もいくつか展示されていた。凛は淡い紫のサテンドレスをまとい、「アンサンブル」のジュエリーを合わせていた。なめらかな生地が体のラインをきれいに拾い、ジュエリーも一つ一つが装いによく馴染んでいた。海外にいた頃もこうしたパーティーには何度も出ていたため、凛はこの手の場にはすっかり慣れていた。ふと隣を見ると、慧も淡い紫のチェック柄のネクタイを締めていた。偶然なのか、それともわざと合わせたのかは分からなかったが、二人で並んでいると、まるで色を揃えてきたようにも見えた。すると、顔見知りの男が二人を見て、笑いながら声をかけてきた。「相沢さん、お久しぶりです。……もしかして、千田さんとお付き合いしてるんですか?」凛は柔らかく笑った。「千田さんとは仲のいい友人ですよ。もう、からかわないでください」相手も軽い冗談のつもりだったらしく、凛が否定すると、それ以上は聞いてこなかった。慧が肩をすくめた。「せっかく誘えたんですから、あまりからかって逃げられたら困りますよ」男は楽しそうに笑った。「そういえば、S2グループが新型チップを開発したそうですね。うちの業界にもかなり影響が出そうですよ。佐原さんはまだ若いのに、たいしたものですね」「確かにすごいですよ。起業したのは俺より後なのに、もう業績ではうちを上回ってますから」「千田さんのところだって十分でしょう。今年あたり、上場も狙えそうじゃないですか?」慧は軽く笑って受け流した。その言葉を聞いた凛は、慧の腕に添えていた手に、ほんの少し力を込めた。S2グループという名前には、凛も聞き覚えがあった。以前、真理とビデオ通話をした時、蓮が立ち上げた会社の名前や、どんな事業をしているのかを聞いたことがあった。蓮はAI分野で起業し、これまでにいくつものAIツールを開発していた。それらが市場でも好評を得たことで、S2もこの二年で一気に成長していた。蓮自身も業界で名前を知られるようになり、ここ最近はかなり勢いがあった。男がぼそりと呟いた。「佐原さん、まだ付き合ってる人はいないのかな。うちの娘も同じくらいの年でね……」慧はちらりと隣の凛を見た。凛はいつもと変わらない穏やかな顔で、口元にも柔らかな笑みを浮かべていた。慧は何
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第978話

凛はドレスの裾をきゅっと握った。ここで蓮に会うと分かっていたなら、今日は来なかったかもしれない。会うのが怖いわけではなかった。ただ、今は顔を合わせたくなかった。凛はほんの少し後ろへ下がった。「佐原社長、何かご用ですか?」落ち着いた声だった。かつて恋人だった相手ではなく、以前仕事で付き合いのあった相手に向けるような、よそよそしい態度だった。蓮はそんな凛を見ながら手を伸ばし、肩に垂れていた髪を一筋、指に取った。「ちょっと仕事の話がある。相沢さんなら興味あるかと思って。アンサンブルじゃなくて、相沢グループのほうに関係する話だ」二人の距離は近かったが、蓮は凛の髪に触れるだけで、それ以上近づいてくることはなかった。凛はその指から髪をそっと抜いた。「佐原社長と組むような案件は聞いてません。正式な話なら、私じゃなくて担当者に話してください」「相沢グループが今、AIの案件を進めてるのは知らないのか?向こうから話は来てる。まだ受けるとは言ってないけどな」今の蓮には、そう言い切れるだけの実績があった。しかも、その言い方には以前にはなかった余裕があった。少し挑発するようなところは昔の蓮らしいのに、それでも以前とはどこか違って見えた。この二年、仕事の中でいろいろ経験してきたのだろう。ただ向かい合って話しているだけなのに、凛は以前の蓮にはなかった圧を感じた。凛は蓮を見上げた。「そちらで難しいと判断したなら、断っていただいて構いません」「断っていいのか?この案件に、そっちがどれだけ金をかけてるか知ってるのか?俺が断ったら、これ以上の相手を見つけるのはそう簡単じゃないぞ」実際、相沢グループはここ最近、AIやロボット関連の事業にかなり力を入れており、投じていた資金も相当なものだった。ただ、帰国するまで凛は、グループが話を進めていた相手が蓮だとは知らなかった。けれど、言われてみればS2を選ぶのも納得できた。今のS2には勢いがあり、業界でもかなり注目されていた。かといって、すでに地位を固めた大手ほど条件が厳しいわけでもなかった。もっと実績のある企業と組めば費用も跳ね上がるし、こちらの要望に合わせてもらうのも難しくなる。そう考えれば、相沢グループにとってS2はかなり条件のいい相手だった。凛は改めて目の前の蓮を見た
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第979話

凛は笑顔で次々と人に声をかけ、誰が相手でも自然に会話を弾ませていた。以前取引を通じて知り合った奥様方ともすぐに打ち解け、ほどなく楽しそうな笑い声が上がった。少し離れたところでグラスを傾けていた蓮は、ふと慧のほうへ目をやった。ちょうど慧もこちらを見ていて、二人の視線がぶつかった。同じAI業界で競う立場でもあり、こうした場で顔を合わせることも少なくなかった。慧はグラスを軽く掲げて挨拶すると、そのまま凛へ目をやり、どこか意味ありげに笑った。蓮は何も言わず、残っていた酒を飲み干してグラスを置いた。慧のことは、蓮も知っていた。美和の息子で、真理の結婚式の時、琴子の前で凛に紹介されていた男だった。まさか、あれからずっと連絡を取り合い、今では一緒にパーティーへ来るほど親しくなっていたとは思わなかった。蓮にはあれほどよそよそしかったのに、慧の隣では楽しそうに笑っていた。この二年、蓮も何度か凛に連絡していたが、返事は一度もなかった。もう別の男がそばにいて、蓮のことなどとっくに忘れていたのかもしれなかった。そう思うと、蓮は鼻で笑い、奥歯がきしむほど強く噛みしめた。そのままスマホを取り出し、秘書に電話をかけた。「この前、相沢グループから来てた提携の話、断っておいてくれ。相沢さんに話を進める気がないなら、こっちも受けるつもりはないって伝えて」「その理由まで、先方にそのまま伝えてよろしいんですか?」「ああ。相沢さんがもう一度俺と話す気があるなら、まだ考える。そうじゃないなら、S2は今後、相沢グループとは一切組まない」秘書は少し間を置いてから、了承した。蓮は通話を切ると、会場を回る凛を黙って目で追った。やがて凛が慧のところへ戻ると、慧は彼女の髪に引っかかっていた細いリボンを取ってやった。ほんの何気ない仕草なのに、蓮には妙に親しげに見えた。蓮は口元をわずかに歪めた。慧はさりげなく凛の前へ回り、蓮の姿を遮った。「挨拶、終わった?俺もひと通り済んだし、送ってくよ」「美和さんも誘ってご飯行くって言ったでしょ。行こうよ。この前紹介してくれたところのネフライト、すごくよかったの。質もいいし、値段も良心的だったし」「アンサンブル」では、ゴールドとネフライトを使った新シリーズの発売を控えていた。天然石は
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第980話

翌朝。凛が会社に着いて間もなく、秘書が部屋に入ってきた。「相沢グループの方がお見えです。凛さんにお会いしたいそうです」この二年、凛は相沢グループの仕事からほとんど離れていて、顔を出すのも年に一度の株主総会くらいだった。そんな凛をわざわざ訪ねてきたとなると、よほどの用があるのだろう。少し考えてから、凛は言った。「会議室で待っててもらって」「分かりました」服を軽く整えて部屋を出ると、ドアのそばに美鈴がいた。片手にコーヒーを持ち、ブラウンのベストにすっきりとしたスラックスを合わせていた。きりっとした着こなしがよく似合っていた。凛が海外にいた間、「アンサンブル」をずっと支えてきたのは美鈴だった。今では、ほとんどの仕事を安心して任せられる存在になっていた。美鈴はドアにもたれたまま、凛を見るなり笑った。「帰ってきたばっかりなのに、もう呼び出し?」「代わってくれる?今日の分、全部」「無理無理。そんなの、会社に泊まっても終わらないって」美鈴はすぐに手を振った。凛が戻れば、美鈴は今の仕事を外れることになると思っていた。けれど遥からは、これまで通り「アンサンブル」を任せたいと言われていた。この二年で、凛も営業や商談に出るより、経営に関わる仕事をすることが増えていた。現場を美鈴に任せられるぶん、凛の負担もかなり減っていた。これから「アンサンブル」がさらに広がっていくことを考えても、美鈴には今のままいてもらうのが一番だった。しばらくして、美鈴が別の話を切り出した。「そういえば、幸雄、もうすぐ出てくるらしいよ」凛が眉を上げた。「まだあいつのこと、気にしてるの?」「するわけないでしょ。知り合いの投稿でたまたま見かけただけ。できることなら、まだしばらく出てこないでほしいくらいよ」幸雄の話になると、美鈴は今でも腹が立って仕方がないようだった。あんな男と結婚していたこと自体、美鈴にとっては思い出したくもない過去だった。「ただ、出てきたあとでまた凛に絡んできたら嫌でしょ。だから、先に言っとこうと思って」「前の時だって、私が目当てだったわけじゃないけどね。でも、なるべく関わらないほうがよさそう。教えてくれて助かった」美鈴と別れ、凛はそのまま会議室へ向かった。相沢グループから来ていたのは
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