All Chapters of 月給80万円の偽装花嫁: Chapter 101 - Chapter 110

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第100話

もう一度重なり合った彼の唇が、名残惜しそうにゆっくりと離れていく。目の前にいる蓮さんの、少し潤んだ瞳。その熱に当てられたように、私の顔が火照り続けていた。「料理……続けましょうか。このままだと、夜になっちゃいますよ」照れ隠しのように私が言うと、蓮さんは目を細めて笑った。「ああ。最高のディナーにしよう」そんな何気ない会話を交わしながら、私たちは再びキッチンに向き合った。◇メインの煮込み料理がお鍋の中でコトコトと音を立てる間、私たちはリビングでくつろいでいた。蓮さんは、ソファに座って私の肩を抱いている。「そういえば、今朝もらったチョコ……まだ食べてなかった」蓮さんが、箱を取り出した。「一緒に、食べよう」蓮さんは、ハート型のチョコを一つ取って、私の口元に運んだ。「咲希、あーん」恥ずかしくなったけれど、口を開ける。甘いチョコレートが、口の中で溶けていく。「美味しいです」蓮さんが微笑んだ。「今度は、私が」私もチョコを一つ取って、彼の口元に運ぶ。「……はい、蓮さん。あーん」蓮さんは少し耳を赤くしながらも、観念したように口を開けた。その無防備な姿に、心臓が跳ねる。「甘いな」「チョコレートですから」「いや」蓮さんは、私を見た。「君が、甘い」その言葉に、顔が真っ赤になった。蓮さんは、笑いながら私を抱き寄せた。どちらからともなくキスをすると、甘いチョコレートの味がした。◇夕方、6時。私たちは、一緒に作った夕食をテーブルに並べた。じっくり煮込んだ牛肉の赤ワイン煮に、彩り豊かなサラダ、そして香ばしく焼いたバゲット。「いただきます」二人で、食事を始めた。「美味しい」蓮さんが、お肉を口に運びながら言った。「
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第101話

翌朝、2月15日。スマホのアラームが鳴る前に、私は目を覚ました。昨夜の謎のメッセージが、頭から離れない。『森川咲希さん、立花椿について知っておくべきことがあります。彼女は──』途切れた言葉の先には、何が隠されているのか。私はベッドから起き上がり、枕元のスマホを確認した。画面には、新しい通知が一件。昨夜と同じ、知らない番号からだ。恐る恐る開くと──。『失礼しました。昨夜のメッセージの続きです。立花椿は──』そこまで読んだ瞬間、私は息を呑んだ。『立花椿は、氷室グループ元社員の娘です。詳しくは、お会いして話したい。今日の午前11時、渋谷のカフェ『コーヒーハウス・リバティ』で待っています。──氷室グループ元社員より』心臓が跳ね上がった。氷室グループ元社員の娘──それが、椿さん?17年前。蓮さんのお父様が亡くなった時期と重なる。まさか……。私は、急いでリビングへ向かった。◇リビングでは、蓮さんが既に起きていた。窓際に立ち、コーヒーカップを手に外を眺めている。その背中が、どこか張り詰めているように見えた。「蓮さん」私が声をかけると、蓮さんは振り返った。「咲希、おはよう」「おはようございます。あの……昨夜のメッセージの続きが来たんです」私は、スマホを見せた。画面をのぞき込んだ蓮さんの表情が、一瞬で凍りついた。「氷室グループ元社員の娘……」低く呟いた声が、部屋の空気を重くする。「そういえば……父を追い詰めた経営陣の中に、立花という男がいた」蓮さんの拳が、音を立てずに握られる。「え……」彼の言葉に、私は喉の奥がヒリついた。「だから、椿は俺に近づいたのか」その声には、怒りではなく深い痛みが滲んでいた。私は彼の手を取った。氷みたいに冷たい。
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第102話

「立花椿さんのお父様……いえ、立花誠は当時の経理部長で、不正取引の首謀者でした」私は、息を呑んだ。椿さんのお父様が……。「立花は、海外企業との裏取引を主導していました。粉飾決算、裏金の受け渡し、全てを指揮していたのは彼でした」真壁さんが俯く。「そして、蓮様のお父様を──死に追いやった一人です」彼の言葉が、胸に突き刺さる。蓮さんはノートを開いた。几帳面な文字で綴られた日記。ページをめくる音だけが、静かな店内に響く。「あなたのお父様は、不正を正そうとされました。でも……」真壁さんの声が詰まる。「立花たちは、お父様を脅迫したんです。息子さんの将来を人質に」蓮さんの顔から、血の気が引いた。「俺を……?」真壁さんは、もう一枚の紙を取り出した。「これは、立花が書いていた手紙のコピーです。結局、送られることはありませんでしたが……おそらく原本は、ご家族が保管されているかと」蓮さんが受け取った便箋には、震える文字が刻まれていた。『氷室隆一郎様申し訳ございませんでした。私は、あなたを脅迫しました。息子さんの将来を人質に取り、あなたを黙らせました。そしてあなたは、命を絶たれました。全て、私の罪です。許してください。でも、この手紙を送る勇気が、私にはありません。立花誠』「……っ」便箋を握る蓮さんの指が、白くなっている。「立花誠さんは……その後、どうなったんですか」私は、真壁さんに尋ねた。「彼は……事件の1年後、心臓発作で亡くなりました」真壁さんの声が、沈む。「ですが、罪悪感に耐えきれず自ら命を絶ったとも&h
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第103話

2月16日、午後1時50分。青山のカフェ『ル・シエル』の前に、車が停まった。窓越しに見えるカフェの中は、誰もいない。貸し切りだ。蓮さんが車のドアを開けてくれる。外に出ると、2月の冷たい風が頬を撫でた。「咲希」蓮さんが私の肩を抱く。彼の指先が、わずかに震えているのが分かった。「覚えていてくれ。何があっても、俺は君の味方だ」「はい」私は力強く答えた。蓮さんがカフェのドアを開けると、暖房の効いた空気が流れ込んできた。けれど──どこか、冷たい。店内の窓際の席に、椿さんは座っていた。深紅のスーツ。真っ赤な口紅。完璧に整えられた黒髪。まるで、戦いに臨む女王のような装い。椿さんがこちらを見た。その目が、私の薬指に注がれる。婚約指輪が、光を反射して輝いた。椿さんの目に、何かが光った──嫉妬?それとも、痛み?「ようこそ」椿さんがゆっくりと立ち上がった。「お待ちしていましたわ、蓮。そして……」椿さんの視線が、私に向けられる。「森川咲希さん」その声には、棘があった。「さあ、お掛けになって?」椿さんが、向かいの席を示す。私たちは、椿さんの向かいに座った。ウェイターが近づいてくる。「ホットコーヒーを二つ」蓮さんが注文してくれた。椿さんは、既に紅茶を飲んでいる。ウェイターが去ると、刺すような静寂が訪れた。椿さんが、紅茶のカップを優雅に持ち上げる。けれど、その指先がかすかに波打っているのが見えた。私の心臓が、早鐘を打つ。「蓮」椿さんが、口を開いた。「久しぶりね」「……ああ」蓮さんの声が、低く響いた。「椿。一体、何の用だ」椿
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第104話

「……そう。すべて、知って……」彼女の声が、乾いた音を立てて途切れた。「君の父、立花誠氏のこと。彼が17年前の不正取引に関わっていたことも」蓮さんは椿さんを真っ直ぐに見つめ、逃げ場をなくすように言葉を継いだ。「そして……俺の父を死に追いやった、経営陣の一人だったことも」椿さんの瞼がゆっくりと閉じられ、そこから一筋の涙が頬を伝った。「そう……なら、話は早いわ」椿さんは立ち上がり、窓の外を見つめた。冬の光を浴びて輝く青山の街並みが、彼女の孤独を際立たせる。「私は最初から……」椿さんの声が途切れがちになる。「あなたを、破滅させるために近づいたの。7年前も、今回も」私の息が止まり、蓮さんの拳がテーブルの上で固く握られる。「あなたの父親が不正を告発しようとしたから……私の父は、追い詰められた」椿さんの目に、涙が滲む。「罪悪感に苦しんで、毎晩悪夢にうなされて……そして1年後、自ら命を絶ったわ!」椿さんの声が、カフェ中に響き渡る。「だから私は、ずっと氷室家を恨んでいた。父を追い詰めたのは、氷室家だって!」椿さんが、叫んだ。「7年前、情報を売ったのは……お金のためだけじゃない。氷室グループに泥を塗って、あなたを絶望の底に叩き落としてやりたかったからよ!」肩を激しく上下させる椿さんに対し、蓮さんは怒るでも責めるでもなく、ただ悲しげな瞳を向けていた。「椿。君に一つ、聞きたい」蓮さんが静かに口を開く。「君は本当に、俺を破滅させたかったのか?それとも……」蓮さんの目が、鋭く光った。「俺と同じ『痛み』を、分かち合いたかっただけじゃないのか?」椿さんの顔が、蒼白になった。「7年前……」蓮さんが続ける。「君は裏切った後で『蓮、ごめん』と、泣きながら謝った。本当に俺を絶望させたいだけなら、あんな声で謝る必要はなかったはずだ」蓮さんが立ち
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第105話

「……その指輪。昔の私なら、きっと奪い取っていたわ」椿さんが、ふっと自嘲気味に笑った。「でも、今は……ただ、羨ましいだけ」椿さんが、私を見つめる。「咲希さん、改めて……ごめんなさい。あなたを傷つけたこと」私は首を横に振った。「いえ……椿さんも、ずっと独りで戦っていたんですね」「優しいのね、あなたは」椿さんは目を細め、ぽつりぽつりと過去を語り始めた。「父亡き後は、中学生から働いて。新聞配達、夜を徹してのアルバイト……生きるためには、そうするしかなかった」床に視線を落とす、椿さん。「男の人は、私を人間として見なかった。綺麗な顔、若い体──それだけ。お金を渡せば、何でもする女だと思われた」彼女の拳が握られる。「そんな中で、蓮だけは違った。お金じゃなく、私という人間を見てくれた。『椿は、頭がいいな』って言ってくれて、私を尊重してくれた。だから、私は蓮に依存した」椿さんが、私に顔を向ける。「でも、咲希さん、あなたを見て分かったわ」彼女の目には、清々しい光が宿っていた。「愛は、奪うものじゃなくて、与え合うもの。全てを賭けて蓮のそばにいるあなたの強さが、本物の愛なんだって」椿さんが、柔らかく笑った。「椿さんも、幸せになれますよ。今のあなたなら、きっと」椿さんの目が、潤んだ。「ありがとう……咲希さん」消え入りそうな声。「あなたみたいな人に出会えて、蓮は幸せね」カフェの中は、時間が止まったように静かだった。しばらくして、椿さんはハンドバッグから茶色い分厚い封筒を取り出した。「これを、蓮に渡してほしいの」私は受け取った。「これは……?」
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第106話

ペントハウスに戻ると、蓮さんはリビングのテーブルに封筒を置いた。しばらく、じっと見つめている。「蓮さん……」私が声をかけると、蓮さんは深く息を吸った。「開けよう」封筒を手に取り、ゆっくりと開ける。中には──USBメモリ、古びたノート、何枚かの契約書。そして、一通の手紙。蓮さんが手紙を手に取った。真壁さんに見せてもらったコピーとは違う、インクの滲んだ原本。便箋を開くと、震える文字で書かれていた。『氷室隆一郎様申し訳ございませんでした。 私は、あなたを脅迫しました。 息子さんの将来を人質に取り、あなたを黙らせました。 そしてあなたは、命を絶たれました。 全て、私の罪です。許してください。 でも、この手紙を送る勇気が、私にはありません。立花誠』立花誠から、蓮さんのお父様への謝罪の手紙。以前、コピー越しに見た無機質な文字とは違う。震える筆跡の合間には、涙の痕があった。立花誠がこの手紙を書きながら、どれほど苦しんでいたのか。インクの滲みから、彼の後悔が伝わってくるようだった。蓮さんの手が、激しく震えた。「父さん……。あいつも、父さんも……みんな、苦しかったんだな」蓮さんの目から、堪えていたものが溢れ出す。怒りでも憎しみでもない。それは、17年間の呪縛から解き放たれた、浄化の涙だった。「これでやっと、父の無実を証明できる」私は蓮さんを抱きしめた。蓮さんも、私を強く抱きしめ返してくれる。彼の体が、わずかに揺れていた。17年間──ずっと探し続けてきた、真実。それが今、この手の中にある。蓮さんは私を見た。「咲希、もしこれを世間に公開すれば……株価は暴落し、会社は大混乱になる。それでも……」「はい」私は、首を縦に振った。「真実を
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第107話

【蓮side】2月17日、午前8時30分。俺──氷室蓮は、ペントハウスのリビングで、スマホの画面を見つめていた。昨夜届いた、あのメッセージ。『証拠の公開は、氷室グループの敵を目覚めさせる。覚悟はできているか?氷室蓮』送信元は、不明。誰からだ?橋本常務か?それとも、別の誰かか。「蓮さん」背後から、咲希の声がした。振り返ると、彼女が心配そうに俺を見ている。「大丈夫ですか?」「ああ」俺は、スマホをポケットにしまった。「このメッセージ……おそらく脅しだ。だが、今さら怯むつもりはない」咲希は、俺の手を取った。「蓮さん。何があっても、私は一緒ですから」その言葉に、胸が熱くなった。「ありがとう、咲希」俺は彼女を抱きしめた。──誰が何を言おうと、俺は真実を明らかにする。父の名誉を回復するために。咲希と別れ、俺は祖父の執務室へ向かった。◇午前9時。俺は、祖父・厳造の執務室の前に立っていた。重厚な扉。この向こうに、氷室グループの頂点に君臨する男がいる。手に持った封筒には、17年間探し続けてきた真実――父の汚名を雪(そそ)ぐ、決定的な証拠が詰まっている。──コンコン。扉をノックする。「祖父上、私です」「入れ」低く、威厳のある声。俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと扉を開けた。◇執務室は、いつもと変わらず静謐な空気に包まれていた。窓から差し込む朝日が、年代物のマホガニーの家具を照らし出している。祖父・氷室厳造は、デスクに座っていた。80歳を目前にしても、その背筋はまっすぐで、鋭い眼光は少しも衰えていない。「蓮、座れ」祖父は、デスクの向かいの革張りの椅子を顎で示す。
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第108話

『あなたには、15歳の息子さんがいますね。確か、蓮くんでしたか』『……息子を、脅すのか』父の声が、低く響いた。『脅すだなんて。ただ……蓮くんの将来が心配なだけです』立花誠の声が、ねっとりと続く。『父親が不正を告発して、会社を混乱させた。そんな噂が立てば、お子さんの進学や就職に、影響が出るかもしれませんね』『っ!』父の息を呑む音。『それに』橋本常務の声が割り込む。『氷室家の後継者としての立場も、危うくなるでしょう。厳造会長も、会社に損害を与えた息子の子を、後継にはしたくないはずだ』祖父の顔が、さらに蒼白になった。沈黙が流れる。長く、重い沈黙。父の荒い息遣いが、録音の中に聞こえる。やがて、父は絞り出すように答えた。『……分かった。もう……何も言わない』『賢明な判断です』橋本常務の勝ち誇った声。『しかし……』父の声が低く、強く響いた。『お前たちのしたことは、必ず明るみに出る。いつか、必ず』『ふん。その時には、私たちはもう引退していますよ』笑い声が、録音の中に響いた。録音は、そこで終わった。室内が、刺すような静寂に支配された。15歳の俺。何も知らずに学校へ通い、父の背中を追いかけていたあの頃の俺が、父を追い詰めるための「刃」になっていた。その事実が、冷たい氷の棘となって俺の胸を突き刺す。父は……あの日、冷たかったあの手で俺の頭を撫でた時、どんな思いでこの沈黙を飲み込んでいたのだろうか。祖父はデスクに両手をつき、深くうなだれていた。その強靭だった肩が、力なく上下している。「隆一郎……」祖父の声が、砂を噛むように掠れた。
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第109話

「祖父上……」「蓮」祖父はデスクに戻り、椅子に深く腰かけた。デスクの上の書類に、視線を落とす。「昨夜、お前からのメールを読んだ瞬間に……私の腹は決まっていた」祖父が、一枚の書類を俺の前に滑らせた。『緊急重役会議 招集通知(案)』俺は息を呑んだ。「まさか、既に……これを用意されていたのですか?」「ああ。お前から『父の件で話がある』と連絡が来た時点で、秘書に命じておいた。お前が真実を背負ってここに来るなら、私は即座にそれに応えるつもりだったからな」祖父が深く頷く。「蓮。お前が過去と向き合うというのなら、私も逃げるわけにはいかん」祖父の鋭い眼光が、俺を真っ直ぐに射抜いた。「……いつか、この日が来ることを、私はどこかで恐れ、そして待ち望んでいたのかもしれない」祖父の声が、静かに響いた。「真実が明らかになる日。私は隆一郎に、謝罪しなければならないと」祖父はインターホンのボタンを押した。「高木、例の件だ。重役会議の招集を正式に通達しろ。2月19日午前10時、全員出席必須だ」『かしこまりました』秘書の声がスピーカーから聞こえた。祖父は俺を見た。「蓮。お前は本当に、氷室のすべてを敵に回す準備ができているのか」「はい」俺は迷わず答えた。「氷室グループは大混乱になるでしょう。株価は暴落し、当時の経営陣は逮捕される。会社の信用は、地に落ちるかもしれません。それでも……」俺は、祖父を真っ直ぐ見つめた。「父の名誉を回復します。嘘をついたまま、生きていくことはできません」祖父は深く息を吐いた。「そうか……やはりお前は、隆一郎の息子だな」立ち上がり、俺に近づいてくる祖父。「蓮」祖父は俺の肩に手を置いた。その手は、思いのほか温かい。「お前の父親は、正しかった。そして……お前も正しい」祖父の
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