【蓮side】2月17日、深夜11時。俺は、柊吾と会社に残っていた。誰もいないオフィス。非常灯の微かな光が、俺たちの影を長く引き延ばしている。「蓮、ここだ」柊吾が社長室の壁に掲げられた絵画を外すと、重厚な金庫が姿を現した。ダイヤルを回す音が、静寂を切り裂くように響く。カチリ──。金庫が開いた。俺は、17年間の執念が詰まった封筒をその奥へ置いた。立花誠の日記、謝罪の手紙、契約書、録音データ。父の無実を証明する、すべての証拠を。「これで、橋本も手出しはできない」柊吾が金庫を閉じ、絵画を元に戻した。窓の外には、東京の夜景が星屑のように瞬いている。「決戦は、明後日だ……」「ああ。蓮、今夜は少しでも休め。明日は、最後の詰めだ」親友の言葉に頷き、俺たちは静まり返ったビルを後にした。◇【咲希side】2月18日、午後7時。ペントハウスのキッチンに、出汁の香りがふわりと漂う。今夜は、緊張で食欲が落ちているであろう蓮さんのために、胃に優しい湯豆腐と、蓮さんが好きな具沢山の豚汁を用意した。昨夜は、深夜まで会社にいた蓮さん。今日も朝早くから出かけて、ずっと準備をしているはずだ。玄関のドアが開く音がした。振り向くと、蓮さんが立っていた。「おかえりなさい、蓮さん」「……ただいま」スーツ姿の蓮さんは、いつになく疲弊しているように見えた。「お疲れさまです。温かい飲み物を淹れますね」ソファに身を沈めた蓮さんの隣に座り、私はハーブティーを差し出した。蓮さんは一口飲み、小さく息を吐く。「明日の準備は、すべて終わらせたよ」カップを持つ蓮さんの指先が、かすかに震えている。私はその手を、自分の両手でそっと包み込む。
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