作戦は即座に開始された。 実加はスマートフォンを片手に、せせらぎ亭の館内を走り回った。 カメラで写すのは、徹底的に磨き上げられた大浴場。それから、翔吾と2人で苦労して整えたあの露天風呂だ。「よし、夕日が沈むこのタイミング! ここだ!」 実加は露天風呂の縁に立ち、山の稜線に沈む黄金色の夕日を背景に動画を撮影する。 画面の中の湯船は、鏡のように夕日を反射し、息を呑むほどの美しさだった。「キャプションは……『ボロ宿かと思ったらエモすぎた件』『幽霊も成仏する極楽露天風呂』……っと」 実加が若者ならではのポップな感性で動画を編集していく。 一方、翔吾はロビーの隅でノートパソコンを開き、キーボードを高速で叩いていた。(動画のクオリティは申し分ない。実加さん、意外にセンスがいいな。……問題は、これをどうやってターゲットに届けるかだ) 翔吾の脳内で、複雑な計算式が組み上がっていく。 ターゲット層である20代から30代の旅行好きが、最もSNSを閲覧する時間帯。 トレンド入りしやすいハッシュタグの選定。 そして何より、御子柴が仕掛けたボットの動きを逆手に取るSEO対策。「ボットが『せせらぎ亭』『幽霊』というキーワードで検索ボリュームを上げているなら、その波にこの動画を乗せればいい。悪評の検索結果のトップに、こちらの宣伝動画が表示されるようにアルゴリズムを調整する……」 翔吾の指先が、流れるようにキーボードの上を舞う。 感情という不確定要素を排除し、純粋なデータと論理だけで構築された完璧な拡散ルートが展開されていった。 翔吾の得意分野であり、SNSという巨大な波がうねる場所へ。「……完了しました。投稿の最適時間は、本日の午後8時15分。実加さん、このタイミングでアップロードしてください」「おう! 任せとけ!」 実加は頷いて、スマホを掲げてみせた。
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