――サンクチュアリの温かな空気とは対極にある、無機質な空間がある。 グラン・ヘリックス日本支社の社長室は、白とグレーだけで統一され、人間の体温を一切感じさせない。 立派な造りのデスクの前に立つ御子柴玲二は、手元のタブレット端末を忌々しげに睨みつけていた。 画面には、台風によって完全に倒壊したリゾート建設現場の損害報告書が表示されている。 報告書の数字はもちろん、添付された無惨な現場の写真が目立つ。 巨額の損失と工期の大幅な遅れは、誰の目にも明らかだった。 このままでは、御子柴の支社長としての手腕と判断を問われる。 最悪、進退問題にもなるだろう。「……チッ」 御子柴は舌打ちを漏らすと、タブレットをデスクに放り投げた。ガタンと乾いた音が室内に響く。 嵐の夜を思い出すと、せせらぎ亭で出された雑炊の味が、ふいに舌の上に蘇った。 冷え切った体を芯から温めた、あの素朴だが優しい出汁の味が。 その記憶が蘇るたび、御子柴のプライドはズタズタに引き裂かれる。 圧倒的な資本と最新鋭のAIを誇る自分が、あんな時代遅れのボロ宿に助けられたのだ。 彼にとってあの夜の出来事は、「恩」ではなく「屈辱」に変わっていた。「人間の熱、だと……。虫酸が走る」 御子柴はスーツのポケットに手を突っ込み、ギリッと拳を握った。爪が手のひらに食い込む。 市場競争での真っ当な勝負など、もはやどうでもよかった。 アーク・リゾーツの、そして黒崎隼人と小夜子の掲げるあの温かな理想を、根底から破壊してやりたい。 彼の掲げるAIこそ最上なのだと、知らしめてやりたい。(いいや、必ず破壊しなければならない。あんなものは認められない。認めてたまるか。私の効率は何よりも至高なのだと、証明する必要がある!) 御子柴は考える。 黒崎隼人や小夜子の脇は甘くない。 そう簡単に追い落とすことはできないだろう。 しかし、最近急激に頭角を現し
Last Updated : 2026-05-21 Read more